環島台湾紀行


<2023年某日>


 ↑かねてから読んでいる某女子高生&バイク漫画の新刊リリースタイミングで

 ↑同時リリースの台湾編があることを知り、一挙に全4巻買って読んだ
 うきはは2003年に台湾に出かけているが、以来興味がありつつも転職、結婚、子育てに忙殺され(?)再訪の機会がなかったのだが、ここに来て台湾に行きたい欲が増してきた
 前回は社員旅行ということもあり、行程に制限があったので中々乗れなかった台湾鉄路管理局の列車達。近年主要幹線の電化が完成し、2024年には客車急行の「莒光号」が無くなるとの話も聞こえてきた。行くなら今しかない
 年内はもう厳しい、今住んでいる社宅が2024年の5月には満期になってしまい、次の家を探さねばならない。10月には近所に中古住宅のいい塩梅の物件を発見し、購入に動き始めた。住宅購入もある程度長期間時間を要する、落ち着いたころを見計らい、年明け2024年の2月初旬をターゲットにした
 海外旅行なんて高校生の頃に家族で香港、社員旅行での前回台湾の2回しか経験はない。今回は個人で行くので、手配ももちろん自分でしなければならない。パックツアーも勿論選択肢にはなるのだが、たまたまネット広告で「東京~台北 往復¥29700 中華航空」の文字を発見。これで良いじゃん!安いじゃん。ホテルが仮に2泊で1万ずつでも5万円だ。これにしょう!
 というわけで、年末には意気込んで中華航空の羽田発往復航空券と台南、台北に一泊ずつのホテルを確保。台湾鉄路管理局のネット予約の仕方等を勉強して来るべき日を待った・・・・・・
 年が空けて、1月末。仕事から帰宅したうきはは猛烈な寒気に襲われた。圧倒的な発熱感。布団に包まってもガタガタと震えが止まらない。何とか夜を明かして、翌日の病院で下された病名は「新型コロナウィルス」であった。向こう、1週間の強制休暇である。だが、安心してほしい。休暇解除になって、1回仕事に行けば台湾出立日だ。全然間に合う・・・・・・
 以降、時系列で行こう

1/25 喉に違和感を覚える。19時 39.4度 寒気ヤバい。翌日以降の休暇を職場に電話
1/26 診察。コロナ罹患。保険適用でも9000円の薬を処方してもらい療養に入る
 ~31 療養。解除
2/1 久々に出勤。泊まり勤務終えたらまた6連休だぞ!・・・・・・午後、寒いな・・・・・・38度・・・・・・orz全部キャンセルした
2/2 溶連菌と診断。またもや自宅療養開始である・・・・・・流行ってんだよな・・・・・・
2/3 くやしいので2月末にリスケ
2/4 当初の出発日・・・・・・うきはは布団の中

その間に日帰り旅行に行きつつ、再出発の日を待つ
 今度は休暇取れないから、仕事明けの日と公休2日使っての2泊3日だな。急な手配なので中華航空は高い。お、新興のスターラックスが安いな。成田発だけど仕事を朝9時に明けてからでも間に合うな、これにきーめたっ!!

2/24 16連勤後の明け・・・・・・喉いてぇ・・・・・・こんなんで出掛けたらヤバい( ;∀;)
2/25 特に病名は付かなかったが、薬をたんまり処方してもらって布団の中で公休を過ごす

 ・・・・・・出掛ける前には体調整えるために仕事なんかしちゃだめなんだ・・・・・・ 


<2024/3/26>

 なんだかんだ理由付けて10連休をもぎ取った。余裕がたくさんできたので3泊4日だ。春休み入っちゃったから金も当初より倍はかかったぞ。ホテルも軒並み高い。でも三度目の正直で行くのだ
 出立はあいにくの雨模様。しかも寒い。電車に乗ってしまえば問題は無いが

  高尾→八王子:E233 8:11発  810H 快速「東京」

  八王子→東京:クハE352-20 8:34発 5004M 特急あずさ4「東京」 12号車12D 普通車指定席


 雨の中いつもの特急で東京を目指す

  東京→上野:モハE232-1280 9:31発 870C 各停「大宮」

 雨の日の上野なんて来ることないので、地下鉄から京成駅までの地下道を探しながら歩く
<京成上野>
 
 まだ乗る列車は入線してきていない。隣のホームの普通電車の撮影なぞして過ごす

 乗車するスカイライナーは営業列車でやってきたが、折り返しあんまり時間ないな

 スカイライナー乗るのはANAのA380乗りに行ったとき以来かな

  京成上野→空港第2ビル:AE6-1 10:00発 スカイライナー127「成田空港」 1号車8A


 春休みだけど、平日だし空いている。最も休日でも成田行のアクセス列車が京成もJRも混雑していて乗れないなんて経験ないけど
<新鎌ヶ谷>

 都心方面からの集客のために青砥に停まるようになって久しいが、最近は北総線内新鎌ヶ谷にも停まるようだ。成田空港への客向けではないな?この辺の人が成田へ行くには間違いなく自動車だし
<新東京国際空港>

 今日は中華航空なので第2ターミナル。冬用の装備は必要ないのでコインロッカーに保管。なるべく不要なものは置いて行く。保険証や使わないポイントカードもコインロッカー行だが、むしろここからは別の財布を用意して現金カード類を選別して出掛ける

 海外旅行に行ったのも20年は前なので、前回はこうゆう物はなかった気がする「自動化ゲート」。出入国が機械的に簡単に出来るシステム。パスポートと指紋データを連携しておくとスムーズに入出国審査を通過できる。混雑空港では最強だ。申請手続きは無料だし、当日でも出来る。ネットで評判を見るに、便利なシステムなのに申請カウンターは御覧の通りで待つことなく手続してもらえた

 オンラインでチェックインは済ましてあるし、搭乗券はQRコードでアプリから出せるので保安検査場にそのまま行く
 保安検査場は特に混んでなかったし、出国審査も先ほどの自動化ゲートを使用したのであっという間に通過

 到着してから30分少々で出国審査終了してしまった。これから3時間、何しよう・・・・・・

 搭乗ゲート近くまで来て待機。雨で外には出られないのでさっさと手続きしたが、中からも飛行機はよく見えないな・・・・・・建物のデザイン上、雨滴がガラスに付着してしまってカメラ越しだと写りこんでボヤケてしまう。撮影にはまったくもって適合しない環境だが、やることも無いので四苦八苦しながら撮影を敢行してみる

 セブパシフィック。RP-3901、A330-900、つまりA330neoってことだな。その名の通りのセブ島と、マニラに就航している。フィリピンへの国際線といえば老舗の国営フィリピン航空が有名だが、最近はLCCの台頭も盛んで、フィリピンLCCの筆頭がこのセブパシフィックともいえる。設立は1988年で1996年から運航を開始している。日本への就航は2008年の関空便からで、成田へは2014年にマニラ線開設で運航を開始した

 チェジュ航空B737-800 HL8061。韓国のLCCの1社でプサン、ソウル(仁川)に飛ぶ
 日韓関係は数年周期で浮き沈みが激しくその度に韓国便は運休復便が繰り返される。最も影響を被るのはもちろんLCCで比較的需要を吸収しやすいようにB737やA320の使用が多い。FSCの大韓航空やアシアナ航空が時としてはA380まで投入するのとは対照的だ。需要が太い時期でも小型機での運航となっている

 海南航空のB737-800、B-1795。ひと昔前は中国からこんなにたくさんの会社が日本にやってくるなんて考えられなかった。そもそも、中国といえば国営航空のエアチャイナ一択だったし、1990年代に分割化されてもせいぜい中国東方航空が乗り入れを追加しただけだった
 2010年代半ばからいろんな会社が乗り入れを始めたが、この海南航空もその1社で、北京と西安に飛ぶ。同社は航空会社番付けのスカイトラック社より中国の会社としては初の5つ星を獲得している

 見慣れたフィリピン航空のA321。遠いし雨で霞んでレジは見えないが、翼端の形状からA321neoと判る。昔は小さくたってA300だったのに、同じエアバスでもナローボディのA321が飛んでくるようになった。フィリピン方面もLCCがたくさん飛んでいるので、昔みたいにフィリピン航空に客が集中するということも無いんだろうな

 日本では成功しなかったエアアジアだが、東南アジアでは堅調に成長しており、成田にも乗り入れている。エアアジアは東南アジア各国に会社をもっているが、同機はエアアジア・フィリピンの所属。側面に「PUREGOLD」とデカ書きされたSPカラーのA320、RP-C8975
 この短時間でフィリピン方面の3社が成田に行き来しているのだから需要はあるのだろう

 中華航空のA321-200neo。737の置き換えに導入を始めた最新鋭機材だ。今後この機材が地方発着の台湾路線の主役になっていくのだろう。もっとも、成田~台北みたいな高需要路線にも飛んでいるが。東京~台北間に本当にこの頻度でフライトが必要なのか?って位飛んでいるので、時間によって旅客需要にマッチする機材を選んでいるのだろう。比較的空いてるお昼ごろの羽田~伊丹にA321が飛んでるようなもんだ

 タイガーエア台湾のA320、B-50023。シンガポール航空傘下のタイガーエアと中華航空による合弁で設立されたのがタイガーエア台湾で、中華航空系のLCCとして就航する。本家のタイガーエアがスクート(これもシンガポール航空系の直距離LCC)に合併しブランド消滅した後も、唯一「タイガーエア」の名前のまま飛んでいる。台北桃園からこの成田と羽田、高雄から成田へも飛んでいる

 さすがにちと遠いな・・・・・・スターラックスのA350-900。スターラックスは初めて見るね。関東圏では成田にしか就航していない、台湾3つめのFSC。2月末の予定では往復スターラックス利用を計画していた。行きがA350だったが、帰りは乗ったことないA330neoだったので超期待していたのだが、結果は先述の通りだ

 セブパシフィックがプッシュバックを開始した。マニラ行の5055便だろう

 香港からのキャセイパシフィックB777-300、B-KQE。B777-300ER。成田へはERじゃない-300も就航しているが、これはER機。航続距離的にERである必要はないが、収容力としては成田線には必須なのだろう

 日本の大きな空港ではよく見るエアチャイナのA330-300、B-5978
 さて、搭乗機はCI100で台北から成田に向かって飛行しているが、定刻なら13時30分に到着して、101便になって14時35分に再び台北に向かって出発する
 ターンアラウンド1時間しかない、国内線みたいな運用だけど大丈夫なんか?これ・・・・・・多分給油しないんだろうな。一番時間かかるの給油だから、長距離機のA350ならオルタネート含めて台北をフルペイロードで出てくれば台北戻れるってことだろうな。フルペイロードで15000km飛べるから、ルートにもよるけど片道2500km程度の東京~台北なら楽勝だもんな。行きは偏西風に乗って来れば多少重くても支障ないし

 遅れながらも台北からのCI100が降りてきた、A350-900、B-18902。2016年11月から飛んでいる同社2機目のA350だ

 厦門航空、B787-8、B-2760

 ベトナム航空、A350-900、レジはちょっと判らないな

 放送で名前を呼ばれたのでゲートまで行ってきた。航空券とパスポートの紐づけが必要だったようだ。アプリのオンラインチェックインを行って、そのまま検査場通過しちゃったからな。チェックインカウンター滅茶苦茶混んでたし。オンラインチェックイン済みの旅客用の窓口もあったそうだが、搭乗便のチェックイン業務そのものがまだ開始されていなかったのでスルーしてきたんだよな

 隣のスポットに入ったフィンエアーのA350-900、OH-LWP。機体後部にはムーミンのステッカーが貼ってある

 先ほどBランウェイに着陸したCI100便がスポットにやってきた

 折り返し、CI101便となる

 搭乗ゲートまで来ちゃうと自機は良く見えない。同じ350だけど、見えている機首は隣のスポットのフィンエアーのもの

 搭乗した。搭乗の順番が良くわからんかったな。まぁ、飛行機ってのは全員乗らないと出発しないし、荷物も大して持ってないので、荷物棚の取り合いの必要もないから後でも全然かまわないんだけどさ

東京・成田→台北・桃園:CI101 14:35(14:55) A350-900 B-18902 32K(プレエコ)

 使用機の到着が30分遅れたので、出発は20分ほどディレイとなった

 新しい機材だからモニターも新しい。日本発着便なので中国語、英語と共に日本語の文字も表示される

 最初は後方のエコノミー席窓側を確保していたが、オンラインチェックインの時に追課金すればプレミアムエコノミー席がチョイスできるのに気付いてこちらに切り替えた。少しでも安楽に過ごしたい。エコノミーは3-3-3の9列配置だが、プレエコは2-3-2の7列配置。当然前後間隔も広いので安楽度は段違いだ。プレエコは「エコノミー」と付いているけど、シートデザインなんかはひと昔前の国際線ビジネスクラスに比肩するし、今の最新の小型機のビジネスクラスならA350のプレエコの方がずっと豪華だ
 中華航空では日本路線は国際線でも近距離と言うことで、ビジネスとエコノミーしかクラスを設定していない。料金上設定していないだけで、飛行機によっては設備はあるので、エコノミー扱いでプレエコに乗れるわけだ。最も機内食やマイル換算がエコノミーでプレエコ料金取られている、という感覚に近いかもしれないが

 プッシュバック開始してからも中々滑走路にたどり着かなかったが、なんとかエンドに

 北に向かって離陸

 雲中クライムして雲を出ると晴天。もう午後遅い時間になってきてるけどなんとか青空の中フライト
 時間的には日本に遊びに行った台湾人が帰国するために選ぶフライトって感じで、みんな遊び疲れか機内はいたって静か。もちろん日本人もいるけど、圧倒的に少ない

 まもなく機内食が配られた、カレーとシーフードパスタってことなので、シーフードをチョイス

 パスタってよりはマカロニだけど。美味しかったので良し。日本発なのでデザートは抹茶ケーキだw

 西日本は天気が回復傾向にある。プレエコはエンジンの真横かと思ったが、思いのほか眺望が利いて、これは断然アリとご満悦だ。元々どうせ海しか見えないしな・・・・・・と思っていたものの、ルートは日本列島から九州横断と割と陸に近いところを飛んでいるし

 お代わりのオレンジジュース。メインのテーブルの裏にもう一つ小さなテーブルが付いているのこれ便利で良いね。大きいテーブルは邪魔だしね
 
 鹿児島掠めて飛んで行く。知覧とかの上だな

 西へ行くとともにまた雲が広がってきた

 随分降下してきた。太陽もそれに伴って沈んできている

 薄い雲の下に出ると台湾海峡。なんとなく奥の方に見える影は中国かな?とも思えるし、ただの雲の影かもしれない。一旦桃園空港を南方にオーバーシュートして北向きに降りるようだ

 左旋回して台湾本島が見えてきた。新竹のちょっと北側辺りだ

 遅れていたけど、ぎりぎり日没までに着陸できそう。地上の様子がよくわかるようになってきた。遠くに並走する台湾高速鉄道の列車も見える

 水田の中を降下してゆく。もうすぐ着陸。台湾は温暖でこの辺りは二期作をやっているので、3月でも既に水田に水を張っているな。高雄の方に行くと三期作も出来るそうだ。

 05Lに着陸。エミレーツのA380が窓外を過ぎる

 20年ぶりの台湾!

 ターミナルには台湾の国旗、晴天白日満地紅旗が掲揚されている

 桃園国際機場も成田空港と同様混雑空港なので出発機との間隔調整などで中々スポットに辿り着かない。ピーチの新型、A321neoをこんなところで見るとは思わなかった

 現地時刻、18時20分ごろにスポットイン。随分陽も落ちてしまった

 到着、降機からイミグレ(入国審査)、クーポン受け取りまでほぼ1時間
 今回はオンラインで事前入国申請しているので入管では「オンライン」と告げるだけでカード記載なしで突破。時間がかかったのは夕方ラッシュで到着便が多いからだ。しかも家族連れが多いので列が中々進まない。とはいえ、機内預けの荷物も無いので、いつも混んでいるという印象の桃園空港でもこの程度で済んでいる
 揺れる狭い機内で入国カードを書かないで済む、という点だけでも事前にオンライン入国申請をしておく価値はある
 両替は20000円分をイミグレ前の一番最初の両替所でしてしまう。4032元になった。30元が手数料で引かれ、4002元が手元に残る。1元が4.96円。約5円だから、20年前に来た時より1円以上違う。2003年当時は3.5円くらいだった
 無事に台湾入国したらまずやるのが、宿泊クーポンの受け取り。空港で受け取っておかないと大変なことになる。今回、延期に延期を重ねて色々コストが掛かるようになってしまったが、唯一得したのが楽天トラベルの訪台援助キャンペーン。当選すると5000元分の宿泊用クーポンを受け取れて指定したホテルで使用できる。人数限定で抽選なのでダメモトで登録してみたが、いとも簡単に当選を引き当てたので普段はこんなものには目もくれないのに今回は意気揚々と引き換えカウンターに乗り込んだ次第だ。実際、日本から台湾への観光客数は落ち込んでいるようで、この引き換えカウンターも待ち客無し、あのタイミングだったら全員当選するくらいのキャンペーン参加率だったろうな・・・・・・でも、25000円分くらいの宿泊補助出るのは有難いよ、ホント。最終日の台北はホテル代奮発しちゃったものw

 昔はバスで台北市内まで出なければ行けなかった。2003年に来た時も観光バスで1号線を走って小1時間かけて行ったが、今は捷運(メトロ)が開通したので渋滞知らずだし時間も読みやすい
 桃園捷運が開通したのは2017年の6月で各駅停車で50分ほど、快速なら39分で台北まで行けるようになった
 さっき両替した4000元のうち、半分の2000元を台湾のICカード、一卡通(イーカートン・iPASS)にチャージしておいた。台湾には現在3種類のICカードがあり、それぞれに特色があり使い分けられている。もっとも有名でメジャーなのが台北を中心に普及が始まった「悠遊卡」(悠遊カード、ヨウヨウカー)で台湾全土で使用できる。交通系ICカードだが、コンビニやレストランでの使用も可能でこれ1枚持っておけば台湾で困ることはない
 続いては高雄捷運が発祥の一卡通。当初は高雄周辺のメトロ等のみの利用しかできなかったが、現在は台鉄全線や台北などのメトロでも使用が可能となり、悠遊カードとの差異は殆どなくなっている。今回、うきはは旅行前に未チャージカードを入手して臨んだわけだが、拘りが無ければ上記2つのうちどちらか1方を持っていれば問題ない。うきはは日本で入手できるカードの絵柄から選んだだけである。後述する3つ目の愛金卡も含めて、日本のICカード以上に様々な絵柄のカードが流通しておりコレクターには嬉しい悲鳴。さすが台湾とばかりに二次元キャラの作品等も多く、ヲタクには興味が尽きない
 改めて三つ目の愛金卡(アイチンカー、icash)、前者二つとは異なり、台湾でセブンイレブンを展開する企業が発行しているICカードで日本で言うところのnanacoみたいなものだが、これも鉄道で利用が出来る。鉄道に関してはほぼ全土で利用できるが、バスの利用が一部地域に限定されているので、バスも含めて使うのならば前者2種がおすすめだ
 チャージはメトロ駅にある専用チャージ機行うほかは、コンビニのレジでも行える。日本だと各種カードはほぼ駅だけでの発売だが、台湾ではこの手のICカードはそこらのコンビニで普通に売っている
 もう一点、ICカードを入手しておいた方が良いのは、交通機関に関してはほぼICカードの方が割引料金で乗れるのだ。可能であれば出掛ける前に、現地到着後も早めに入手しておくのに越したことはない。いちいち判らん言語で切符を購入したり、バスで慣れない硬貨を探して料金箱に・・・・・・なんて煩わしさから解放されてストレスフリー間違いなしだ

 そんなわけで日本と同じように改札機に「ピッ」としてホームまで降りてきた。メトロは日本と通行方向が逆なので、気を付けねばならない。ホームにある公衆電話も異国ならではのデザイン

 あんまり客がいないな。夕方のラッシュ時なんだけどな。さっきの審査場の混雑からは想像できないくらいには人がいない。みんな車やバスだろうか?捷運は台北駅に行くには良いのだろうが、市内各所のホテルとかに行くにはバスやタクシーの方が直行出来て便利かもしれない。羽田空港から新宿の京王プラザホテルやお台場のヒルトンに直行出来るのは便利だもんな
 新しくできた鉄道なのでホームはフルスクリーンのドアが付いている。裏を返せば撮影には最も不向きだということ

 向かいのホームにやってきた反対方面行きの電車。「普通車」って書いてあるということは、運用が完全に分かれているのか?

 先に普通車が来たがこれはパス。次の直達車こと快速に乗る。こうゆう側面の途中で折れ曲がるような、カクカクしたデザインの車体を見ると海外に来たなって気がするね

  機場第二航廈・ジーチャンディアーハンシャ
→台北車站・タイペイチャーヂャン:2102 19:25発 直達車「台北車站」

 「車站」がそもそも「駅」という意味だが、台鐵の台北車站前駅みたいな名前の付け方なんだろうな。路面電車の広島駅前停留所みたいな感じで

 空港アクセスに特化している快速はここが始発駅の列車が多いみたいだ。車内はクロスシートなんだね。転換クロスシートみたいなデザインだけど、固定されていて動かないタイプ。4人向かい合わせのところはかなり広い。4人向かい合わせと、2人だけの区画がドア間にある

 肘掛けにはUSBポートが付いている

 座席背面には小さなテーブルも。もっとも車内は飲食禁止なので何に使うのか?スマホを置いておく位しかできないな。充電しながら椅子の上とかに置いておくと忘れやすいので配慮してあるのかな
 日本ではメトロ=地下鉄ってイメージあるけど、諸外国では近郊電車ってイメージ。地下鉄は「サブウェイ」だしね。日本は東京メトロが有名だからメトロ=地下鉄になっちゃうんだよな
 そんなわけなので、この桃園メトロも「メトロ」って言っているけど眺めの良い高架橋の上を走っている。快速は機場第二航廈、機場第一航廈、長庚医院、新北産業園区、台北車站の順に停車する。先行の普通車は長庚医院で追い越す
<台北車站>
 
 40分ほどで台北車站に到着した。2010年代後半に開業しただけあって綺麗で近代的。ここは台鐵台北車站の外れの方に位置する
 ここもフルスクリーンドアで車両の撮影は叶わなかった。普通車は1000型、直達車は2000型という2種類が運用されている。どちらも20m車5両編成、1435mm軌間の第三軌条方式で日本の川崎重工が製作している
 
 空港アクセス客と明確に分けるように直達車専用ホームがる。ホームから改札階コンコースは巨大な吹き抜け空間。例えば東京駅や新宿駅で後発の地下鉄がこんなに贅沢な空間を確保することは出来ないな
 後はもうホテルに向かうだけなのだが、その前に事前に予約しておいた明日以降の台鐵指定券を発券しておこう。最近は1か月前からスマホアプリやインターネットで台鉄の優等列車座席指定券が日本にいながらにして手配できる。日本語対応にもなっているので簡単だし、やっておけば安心して渡航できる

 捷運駅から5分も歩けば台鐵駅。途中にあるのは台鐵直営の弁当販売スペースだが、当然のようにこの時間ではやっていないんだな。電車の形の販売スペースが台湾各地の駅にあり「臺鐵便當」が販売されている。ここにあるのは先ごろ引退した自強号用電車EMU1200型を模したもの
 EMU1200は1987年に3両編成11本が製造された南アフリカ製の特急用電車EMU200を2003年に更新改造したものだ。3両1編成だったものを9両固定編成に組成し直し、中間車化するなど9連3本と3連1本に組み替えた。EMU200時代に事故廃車となったものを除いて30両がEMU1200となり全車が高雄機務段潮州車両基地に配置された。それまでの黄色基調の塗色からは一変し、白地に赤とオレンジの縞模様に塗り替えられた本車は現地の鉄道ファンには紅斑馬(赤いシマウマ)と呼ばれた。EMU200時代からのチョッパ制御、吊り掛け駆動のまま車体のみ更新されている
 当初は基隆から屏東間で、電化延伸後は潮州までの間で使用されたが、2016年のダイヤ改正からは北部を撤退、彰化以南の運用に縮小された。2022年3月には定期運用から離脱し、臨時列車運用のみになったが、それも最近は使用を停止したようだ。現在は潮州の車両基地の奥に留置されている
 この弁当売り場は2017年3月に桃園捷運開業に際して連絡通路に設置された

 台鐵乗り場のそばで割とすんなり見つけた自動券売機。予約済みチケットもこれで発券できる。最新タイプの機械だ
 もっと混んでてみんな使っているのかと思ったが、全然人が居ないので初めての利用でもゆっくり焦らず発券できたし、写真撮ってても支障なかったのは良かったね
 ネット予約はスマホにQRコード表示させれば直接自動改札機通れる見たいだし、ネットで事前に予約しないと人気列車は取れないし、一日の終わりの頃の時間では使う人がいないのも納得かも

 これがデフォルト画面。最初に言語選択し、日本語を押して表示を切り替えた段階がこれ。予約なしの購入から予約済みチケット受け取り、ICカードへのチャージ、払い戻しまで出来る。ボタンに表示された文字を見れば何ができるか一目瞭然で、使い辛いと高評価のJRの指定席券売機を弄ったことのある人間なら苦も無く扱えるだろう
 うきはは予約済みチケットの受け取りがしたいので、右上のボタンをタップ

 画面はこれに切り替わる。チケット予約番号とパスポート番号が予約時に紐づけされており、両者を入力することで判別、発券される。つまり、予約ではパスポート番号の入力が必須となる。有人窓口での購入などでは実際に提示が必要だそうだが、仮に違うパスポート番号で予約をしていても予約番号とパスポート番号の紐づけが間違っていなければ発券することは可能である。では、乗車中にパスポートの提示が必要か?と問われれば、この後の4日間、車内外を問わず鉄道でパスポートを提示することは一切なかった。参考までに記すと、出入国以外でパスポートの提示を求められたのは、両替の時、ホテルへのチェックイン手続きの時、空港内売店で土産を購入した時(免税扱い)だけである
 5分程度で明日以降の4列車の指定券を発券し、それでも全然利用者が来なかったので、こうしてゆっくり画面を撮影するなどした

 切符の手配も無事に完了したので地下街に戻り、捷運でホテルに向かう。明日は台北から朝8時の列車で南下するので台北駅近くのホテルが良かったが、いろいろ勘案した結果少々離れたところに宿を取ることにした

  台北→民権西路・ミンチュェンシールー:1030 20:24発 「北投」

 淡水(タンシュイ)線に乗って、3つ目の民権西路で降りる。この列車は途中の北投(ペイトウ)止まりだが、路線はさらに先、海沿いの淡水まで繋がっている。北投からは1駅だけの新北投支線が分岐しており、支線の終点、新北投が有名な温泉街、北投温泉の中心である。台湾の温泉もちょっと興味があるが、今回全島ぐるっと駆け足で一周する都合上、温泉地への投宿は叶わなかった
<民権西路>

 5分ほどで民権西路站に到着。ラッシュで混雑していたが日本ほどでは無かったな

 地上には立派な駅舎。日本の地下鉄からは考えられない立派な駅。日本の地下鉄は地上から1階下がって地下に駅設備、そのさらに下に線路というところが大半だが、台湾の捷運路線は地上にしっかりとした駅舎があるところが少なくない
 そもそも、淡水線は台湾鉄路管理局の地上路線だったところを捷運化しているので、そうゆう意味でも街中にもかかわらず施設建設の自由度は高かったのかもしれないが

 正面を走る大通りが民権西路

 日本の都市の風景とあまり変わらないが、夥しいバイクの数、通行方向、そして看板の色彩文字。紛れもなく台湾、台北だ!
 
 民権西路站を出て、民権西路上を東へ200m程歩くと本日の宿、ホテルサンルート台北。リーズナブル(今回2450元、11700円)なビジネスホテルで、その名の通り日系のホテル。フロントも不自由なく日本語が通じて安心。ホテルぐらいは言語でのストレスを軽減したいので日本語が通じるところばかり選んだが、一番安心なのは日系ホテルを選ぶことだな。旅行期間を通じて、いろいろ不手際や失敗も経験したが、ホテルに関してだけは全く問題起こらず満点の出来だった
 室内も日本のビジネスホテル。海外に行くとバスタブにお湯を張るという文化が無いので、シャワーブースしかないところが殆どだが、このホテルはさすが日系だけあってバスタブがきちんとついていた
 とりあえず、荷物を置いて夕食を確保しに外出。旅行中の食にはいつも特にこだわらないし、地方の特産品を食べないと気が済まないなんてことが無いので、ホテルの地下にある大戸屋でも全然良かったが、初日くらい台湾のローカルフードを食べたい
 そんなわけで、荷物を置いたらすぐ外出してきたのだが、ホテル出た後にスマホが通信不可になっているのに気が付いた。ポケットwifiを荷物と一緒に部屋に置いてきてしまったわけだ。夕食の買い出しだけなのでさして困らないが、以降気を付けよう

 駅への道を少し戻る。さっき通った時に場所を確認しておいたお店

 鬍鬚張魯肉飯。髭の親父が目印のチェーン店。台湾全土に展開している台湾ローカルフード、魯肉飯(ルーローハン)のお店。日本にもあるらしい
 店内でも勿論食べられるが、今日は持ち帰りの弁当で。カウンターのおばちゃんの愛想が悪いのはデフォ。レシートもらって店内で待つ。ほどなく出来た弁当を受け取りホテルに戻る

 弁当のパッケージも髭親父アピールだな。FORMOSA(フォルモサ)というのはポルトガル語で美しいという意味で、併せて台湾という意味も持つ。漢字では美麗島とも書かれる。台湾髭親父ってことか?

  魯肉飯弁当、100元。魯肉飯とはブタの角煮を刻んだようなお肉が乗ったご飯の事
「1960年 ヒゲの張さん(当店のマークのモデル)が、コラーゲンたっぷりの豚のほほ肉と秘伝のタレを使い「ひげ張魯肉飯」として売り出すや一度食べたら癖になる味だと大人気に。今では屋台街やお弁当には欠かせないメニューです。」と日本店舗(渋谷とかあちこちにかつたはあったそうだが、現在は金沢工大前店のみ営業しているようだ)のHPに紹介文が掲出されているので、今の魯肉飯の標準的な味付けを広めた発祥の店と言うことになるのかな
 ご飯の真ん中あたりに乗っている茶色の肉が魯肉飯部分。お弁当になると大体に卵と、これも台湾でよく食べられるソーセージが一緒に入っていることが多い
 甘辛なタレでそぼろご飯を食べるようなものなので日本人でも抵抗なく食べられると思う。現地の小規模店舗や屋台だと独自の味付けなので八角がきつかったりもするけど、髭は大丈夫w

 魯肉飯食べながらテレビ。日系ホテルだからか日本のTV番組がそのまま見れる。日本語の番組には中文の字幕が入るんだな

 BSで日本のチャンネルが多数設定されている。現地のテレビ番組も見てみるが、もちろん何を言っているのか判らない。CMなんかはアピールしたいものが明確にわかるので、通常の番組なんかよりは理解しやすい。テロップが漢字で流れたりするから余計に察することが出来る。反面、トーク番組とかは一切わからない
 初日なので無理をせずに就寝しよう。明日もそれなり早起きだ


<3/27>


 台北からおはようございます。通勤のバイクラッシュの洗礼を浴びつつ、駅を目指す

 ホームドアがあって写真は撮り難いな・・・・・・。向かいのホームにはサンリオラッピングの電車が入って来たけど撮影できない

  民権西路→台北:1513 6:57発 「大安・ダーアン」

 昨日乗ったルートを逆に辿り台北車站へ。台鐵に乗る前に、地上に出てやっておきたいことがある
 四角くて巨大な台鐵台北車站の東側に向かう

 外に出るとすぐに見たかった保存車輛を発見できた。台湾が鉄道で一周できる前、離れ小島的に存在していた花蓮~台東間の台東線で使用されていた蒸気機関車とディーゼルカーが連結されて保存されている。現在は一周1067mm軌間の鉄道路線が繋がっているが、1975年に北廻(ベイフイ)線の一部が開通するまでは離れ小島の762mm軌間の路線だった。1982年に1067mmへの改軌工事が完了し、それまで使用されていたナローゲージ車両は多くが置き換えられたが、一部は1067mm軌間の台車に振り替えられ、ナローゲージ規格の車体のまま運行が継続された

 蒸気機関車はアメリカのポーターや日立、汽車製造、日本車輛などで1913年から1938年にかけて13両が製造されたタンク機でLDK50を名乗った。主に入換や貨物輸送に従事していたという。
 このLDK58は1923年日本車輛製。最初の3両がアメリカのポーター製で、以降は日本のメーカーがコピー製造したものとされている
 台北の駅前にはLDK58が保存されているが、LDK59が花蓮で動態保存されているほか、日本にも数台がやってきて展示保存されているそうだ
 
 国鉄の大型蒸機とは比べ物にならないくらいにシンプルなキャブ、そして機器。とはいえ、森林鉄道などの産業用路線ではなく、ナローゲージとはいえ本線の蒸気機関車なのでやや立派かな
 LDK58は引退後、澎湖(ポンフー)諸島、澎湖県、澎湖県立文化中心で展示されていたものを引き上げ修復後、2010年から台北駅前で展示されている
 なお、澎湖諸島と言うのは嘉義の西50km程にある群島で大小併せて90もの島からなる。中心都市は馬公市で本島主要都市から航空便が就航している

 機関車に連結されているので客車のように見えるが、ディーゼルカーで運転台が付いている。こちらは貫通扉が付いているが、

 反対側は正面非貫通の2枚窓のこの車両はLDK58と共に台東線を走ったLDR2200ディーゼルカー(台湾では紫油客車という)のトップナンバーLDR2201で、1956年に台湾で製造され改軌される1982年まで使用された。花蓮の自社工場で4両が作られ台東線で活躍したが、改軌後はそのまま引退となったようだ。国鉄の80系湘南電車を参考にしたとされているが、本当の説かね・・・・・・・?
 引退後は苗栗(ミャオリー)の博物館で展示されていたが、2010年に修復後ここに移設されている
 台東線では通勤通学用に使用されており、黄色と白の塗装から黄皮仔車などと呼ばれていたそうだ
 
 車内は左右2人掛けのクロスシートが並ぶ。蒸気機関車側、貫通型の左正面部分は手洗いである。便所は当然垂れ流し・・・・・・とはいえ、この規模の車両で手洗いが付いてて、水が搭載できるんだから大したものだ
 
 運転台はかなりオープンな設計。車内ももっと詳しく見てみたいところだが、公開している日とかあるんかな?
 以上、お手軽な保存車巡りw

 台北駅のメインコンコースにやってきた。吹き抜けでとても大きい。今日はがらんどうだが、このスペースでイベントとかやっていることもあるそうだ。地下街は有名だが、台北駅の上の建物には何が入っているんだろうね?
 調べたら台鐵関連の施設が多数入っているようだ。運転指令所もここのどこかにある。2階部分は商業エリアでフードコートとか入っているそうだ。行ってみりゃよかった

 縦貫線を南下(台中・高雄方面)する列車の発車案内。首都の中心駅のラッシュど真ん中だが日本に比べてダイヤは非常にゆとりがある
 新竹を越えて嘉義、台南方面に行く列車は経由が記されている。台中に行くなら山線経由の列車でないと経由しない。嘉義以南なら海線でも良いが、海線経由の優等列車は希少
 月台はプラットホームのことで、左右でA、Bと分けている。日本なら1、2、3、4番線と付けるところ、1月台A、B、2月台A、Bとなる。3のA、Bが縦貫線を南下する列車。北上し基隆や花蓮、台東に向かう列車は4月台を使用する
 右端の列車状態、「準點」は定刻の意味
 
 乗車列車が来るまで月台でちょっと撮影でも

 EMU800。2014年から運行開始した4M4T、8両編成の区間車。先行2本が日本車輛で製造され、以降が台湾現地で生産された。43編成344両が使用されている
 設計上は1組4両編成を2組併結した8両編成である。車内はセミクロスシートだが、後期の増備車ではオールロングシートになっているものもある。ほぼ台湾全土の電化区間で使用されている。先頭部分の塗り分けが笑っているように見えることから「微笑号」の愛称が付いている
 本系列はEMU500(総数344両)以来になる大形増備で、古いEMU400や莒光号、復興号と言った客車列車を大幅に置き換えた

 通勤用の区間車としては最新鋭のEMU900。韓国の現代ロテムが製造する10両固定の電車で2021年から運用が開始されている。車体は韓国製だが、制御機器などは日本の東芝製である。52編成520両が製造され、EMU700、800、900といった近代的な通勤電車が台湾全土に蔓延ることになる

 樹林発台東行の自強408次、EMU3000。EMU3000は2021年から運行開始した最新の特急用電車で、日立製作所によって50編成600両が増備される予定である
 6M6Tの12両編成で、うち1両は日本のグリーン車に相当する商務車(ビジネスクラス)が組み込まれている。商務車の設定は1990年代にEMU100によって極短期間試験的に運用されて以来である。近年の特急用、TEMU1000やTEMU2000は車体傾斜装置がある為立ち席を認めず、編成も8両と輸送力に限界があったため、本系列では需要拡大の為に一気に12両編成となった
 大量に増備が続いており、残置されていたEMU300やEMU1200といった旧来の自強号用特急電車が引退し、足の遅い客車列車である莒光号も多くが運行をやめてしまった

 かつては1~4月台まで8線あった台鐵台北駅だが、1、2月台4線が高鐵に振り分けられた為に2面4線の首都中心駅とは思えない規模になってしまった。経営母体が違うライバルに土地を取り上げられたような形だ

 編成と停車位置案内。対号列車(優等列車。対号は指定席の意)は前より、区間車は中~後よりに停車する
 台鐵は台湾をぐるっと一周しているので上り列車、下り列車とは言わず、時計回りを順行、反時計回りを逆行としている

 列車時刻表。日本だと0時過ぎての終電までが1日なので23時の下に0時があるけど、これは0時が一番上だな。0時台に1本しかないのも驚きだが

 対号列車の停車駅名標。列車ごとに停車駅が列挙されている。凄い!、と思ったけど、新宿駅の中央線特急ホームにも似たようなのあるな
 客車急行の莒光号はもう4本しかないんだな。風前の灯火だ。しかも1本(667次)は週末にしか走らない夜行列車だし

 日本ほどあちこちに自販機はないけど、駅の中には結構ある。黒松「ヘイソン」は台湾の主要な飲料メーカー。ちょっと喉が渇いたので、外すことは無いだろうと思ってパックのリンゴジュースを買って、その場でチューチュー

 EMU900の区間車。中央上の緑の丸が閉扉合図(ドアを閉めて良いよって合図)。日本なら車掌が見えやすい位置にあるが、台湾では運転士が見やすい位置なんだな。ワンマン運転やっているわけでも無いのに

 TEMU2000普悠瑪(プユマ)号がやってきた。TEMU2000は2013年から2015年にかけて増備された8両編成の車体傾斜装置付き特急電車。日本車両が製造した。東部幹線の台東電化に際して高速化と需要拡大の為に造られており、車体傾斜装置が付いているので立ち客は認められず、必ず座席指定券が必要である。E1000型自強号や莒光号では無座、いわゆる自由席の制度もあるが、本系列使用列車には適用されない。最も、混雑緩和の為に後年になって1列車120枚限定で無座票が発売されるようになり立ち席も可能となった。しかし、ICカードでの飛び乗りは依然禁止で、それを含めて乗車券を持たずに乗車すると5割増しの運賃を請求される
 なお、無座=自由席というわけではく、日本で言うところの座席未指定券という感じ。台鐵の優等列車は座席指定が基本で、空いていれば無座票の旅客が利用できるが、指定券を持っている旅客が来たら譲らなければならない。そうゆう運用を行っている

 通称プユマ号と呼ばれるが、列車の種別としては自強号で、便宜的に「普悠瑪自強号」とされる。切符や時刻表は単に自強号と書かれていることが多い

 最近の日本の特急電車とおんなじだ。ドア上には大きな液晶ディスプレイ

 車内は2人掛けのリクライニングシートが並ぶが、車両中程には左右1区画ずつ4人向かい合わせの固定席が設置されている。真ん中には固定テーブルがあるが、ちょっと狭くて乗り降りし辛そう。4人グループには良いけど、個人で乗り合わせちゃうとちょっと嫌だな
 
 朝ごはんは台北駅地下のセブンイレブンで買ったいちごジャムパン。所謂ランチパック。一緒に買った緑茶はちゃんと日式を選んだ。「日本茶」という意味ではなく、日本のお茶のように「無糖」の意味。日式と書いてない、もしくは台式と書いてあるものは「加糖」、つまり甘い

  台北→台南:40TEMB2018 8:00発 普悠瑪自強111「枋寮・ファンリャオ」 4車25番

 東部幹線の高速化の為に導入されているが、その高速性能を買われて西部幹線にも投入されている。停車駅の少ない台北~高雄間の速達型自強号にはこのTEMU2000が限定的に投入されている
<板橋・バンチャオ>
 走りだしてすぐに停車する。隣を走る高鐵も停車する板橋はここからの乗車がかなり多い。隣にもお兄さんが乗って来た。ほぼ満席になる。みんなどこまで行くんじゃろか。この先は桃園に停まったら次は台中だ
<山佳・シャンジャー~鶯歌・インガー>

 大漢渓に落ちる河岸段丘の中腹を走る。河を挟んだ向こう側は三峡地区のマンション群
<桃園・タオユェン>

 20年前に来た桃園。ここからは初乗り区間だ。駅はかつて貨物側線があった南側に移設されており、20年前にうきはが降り立った旧ホームは使用が停止され撤去工事が進んでいた
<新竹・シンチュー>

 台鉄は軍用装備の貨物輸送も盛ん。陸軍のジープやトラックを積んだフラットカーの列が過ぎる

 保線用の機関車も普通に本線の旅客列車を牽引しそうな立派なやつだな

 南新竹機務段(運転所みたいな意)に憩う内湾線用の気動車、DR1000。内湾線は新竹の一つ台北寄り、北新竹から分岐し東部の山間に至る非電化路線。途中の竹中までは電化されており、竹中からは高速鉄道新竹駅に接する六家までの六家線が伸びている。殆どの列車が新竹~竹中~六家の運転でこれは電車が担っており、内湾線は竹中始発が殆ど。朝夕に入出庫を兼ねた気動車列車が新竹発着で少数設定されているに過ぎない
<銅鑼・トンロウ~三義・サンイー>

 竹南で海線と別れて山間部に入り込む

 背は高くないけど、この辺は山がちな地形。日本の山岳路線に比べれば大したことないと思うけど、この勾配を嫌って平坦な海沿いに別線を設けるくらいはかつての蒸気機関車はパワーが無かった。台中という無視できない都市が無ければこの路線は成立しなかっただろう
<三義~泰安・タイアン>

 トンネルから出て高い鉄橋で影山渓を渡る

 続いて大安渓を渡る。ここが苗栗県と台中市の境。向こうに見える鉄橋は旧縦貫線のもので1998年まで使用されていた。電化されてはいたが、三義~豐原は山岳地帯の為単線で輸送のボトルネックとなっていた。この為、電化複線化の際に新線へと切り替わり廃止された。廃止区間の一部はレールバイクなどのアクティビティ用に整備が進められている
<后里・ホウリー~豐原・フォンユェン>

 続いて渡る大甲渓にも別ルートの廃線、鉄橋が見える。この区間は線路が剥がされ、自転車道として整備されているそうだ

 旧線は鉄橋を渡ると1991年に廃止された東勢線と合流し、その後現在線と合流する。この辺りで山岳地帯は終わり台中の街へと平野を進んでゆくようになる
 東勢線は周辺で産出される木材の輸送の為に敷設された路線だが、トラック輸送化によって用途を失った。全線僅か14.1kmの非電化路線であるが、日本が運営していたら花蓮や宜蘭までの中央山脈横断鉄道の一部になっていただろうな。振り子式気動車の自強号とか走っていたかもしれない。実際、普悠馬号導入前後には、台東線方面の高速化の為に車体傾斜装置付きのディーゼルカーの導入が考えられていた
<台中・タイジョン>

 かなり降りたが、同じくらいに乗って来た。人の流れが台北起点なわけではないんだな
 麻雀やってたりすると、中は「チュン」って発音しそうになるけど台湾では「ジョン」。この「ジョン」が中々頭に定着してくれない。刷り込み恐るべし
 台中はその名の通り、台湾の中程にある都市で、台中県の人口は台湾第二位なので鉄道も無視できない大都市となっている。この為、縦貫線の対号列車も殆どがこの台中を経由し、必ず台中には停車をする。なお、地形的な台湾の中心は台中市より少し南東に行った埔里(プーリー)にある
<彰化・チャンファ>
 海線と合流し、機関区もある鉄道の要衝の街だが我が111次は通過。歴史ある扇形庫が一般公開されており、興味が募る街ではある。いつか来てみたい。泊まれる良いホテルがあればこんな街に泊まるのも良いな
<彰化~花壇・ファータン>

 さっきから幾度となく窓の外、遠くを過る戦闘機を無理矢理撮影した。とがった機首、1枚尾翼に双発エンジン。間違いなく台湾国産戦闘機のF-CK-1「経国号戦機」だ。初めて見た。これを見たかったんだ。もっと間近で見てみたい
 F-CK-1は1989年に初飛行し、92から運用されている台湾空軍のマルチロール機だ。ご存じの通り、台湾は政治的に非常にデリケートな立ち位置で、米国からの兵器供与などは当時の政権の指針によってコロコロと対応が変わってしまう。特に、対中国への温度差で方針がひっくり返ることなぞ日常茶判事だった
 80年代の台湾の航空戦力はF-104とF-5が主流で、F-5は初期のA型と後期のE型が混在していた。日本で飛んでいたようなF-4クラスの制空戦闘機は存在してらず、どれも軽戦の域を出ていない。今後、老朽化するF-104を更新するには待ったなしの時期で、台湾当局は最新鋭のF-16の供与を望んでいた。しかし、米国は最新鋭であることと、対中国政策の為供与を拒否。この代替案として提示したのがF-5Eのアップデート、F-5G後のF-20タイガーシャーク戦闘機であった。しかしながら、F-20は能力こそF-5Eを凌駕していたが空軍の要求には応えられず、台湾は自主開発に乗り出すことを決定した(F-16のエンジンや装備ダウングレード版も提示があったが、台湾空軍はこれも拒否した)
 F-16供与を拒否したものの、米国にとって台湾はおろそかにできない地域の為に開発には全面的な協力体制を敷いた。機体設計製造にはF-16を開発ジェネラルダイナミックスを、装備品開発にはギャレット(現在のハネウェル)、ウエスチングハウス等が関わっている。特に性能に直結する機体デザインはF-16を開発したばかりのGD社が参画しているので、その形状は非常にF-16に似通ったものとなった。双発ではあるが、中翼配置のブレンデットウィングボディ、単尾翼などにそれは現れている
 当初は256機が生産される見通しで合ったが、その後の米国議会の方針変更によりF-16供与が許可されると生産数は130機余りに削減された。最終的に試作機6機、量産機131機が製造され、当初予定の半数程度の配備となった
 現在は2つの航空団、5つの飛行隊で運用されている。写真は台中清泉崗飛行場の第3戦術戦闘航空団、第7もしくは第28戦術戦闘飛行隊所属機だろう
<二水・アーシュイ>

 集集線の分岐駅。ディーゼル機関車の後になにやら廃客車が見える。ノーシルノーヘッダーの小窓の客車。日本のナロ10みたいなやつだ。形式は解らないけど、塗装からすると昔の莒光号とかに使用されていたのかな?
 集集線はここから車埕車站までを結ぶ全長29.7kmの非電化ローカル線で、台湾有数の観光地、日月潭へのアクセスルートの一翼を担っている。元々は水力発電所への建設資材輸送の専用線で、発電所建設終了と共に台湾総統府鉄道に売却されている。山間部を走るので被災することが多く、2021年の土砂災害で現在も集集~車埕間が運休中である
<嘉義・ジャーイー>

 阿里山森林鉄路の乗り換え駅。森林鉄路のナローゲージ線路は見えたけど、車両は見れなかった。本数が圧倒的に少なすぎて、通り過ぎるだけで見れるとは思っていなかったけどもさ
 阿里山は行ってみたいけど、単純に往復するだけでも1日仕事だから今回みたいな弾丸行ではなかなか・・・・・・それに一人で行っても楽しくなさそうだし。災害で不通になることも多いから、走っているときにさっさと乗ってしまいたいとも思うけど。終点まで行く列車が平日1往復、土日2往復、途中駅止まりの列車が土日1往復だけなのでプランニングが難しい。片道3時間もかかるしね。まぁ、今後、台湾にもっと慣れてから・・・・・・かな
<台南・タイナン>
 
 曇りがちだった沿線から雲が消えて、これは暑さを覚悟しなけりゃならんぞ?と思い始めてたら台南到着。台北から3時間。結局、隣のお兄ちゃんもここまで乗った。大学生風だけど、成功大学の学生さんかな?台南には駅の東側に台湾有数の大学、成功大学のキャンパスがある。台湾中南部では最難関校だそうだ

 乗って来た自強111次と、順行の潮州発七堵行自強120次のEMU3000。この自強は台中を通らず、海線を経由してゆく

 ホームのスレート屋根の下で日差しが無いけどむわっと暑い

 ここからICカードで乗るので、一回改札を出て乗り直す。駅舎は改装工事(?)中。今年の6月には地下線化されるそうなので、地上の台南車站は最後のチャンスだったな。駅舎は多分残すんだろうけど

 昔からある台湾のある程度大きな駅では改札口が入場と出場で完全に分けられている。ここは入場用改札口
 現在の台南駅舎は1936年に竣工したもので、65年までは2階にホテルが、86年まではレストランが営業していた。現在は地下化工事と共にこれら施設の復元工事が行われているそうだ

 さっき降りたホームに再びもどってきた。凄い色のEMU800が停まっている。この区間車に乗って先へ進もう

  台南→保安:45EMA882 11:19発 区間3167「潮州・チャオヂョウ」


 乗り込んだEMU800の車内。かわいらしいラッピングでいっぱい
 1月23日から4月30日まで限定のラッピング電車で嘉義~屏東間で運行されているようだ。「西拉雅号・シラヤ号」と言い、鐵路公司と交通部観光署が協力して施行した。シラヤと言うのは台湾南部の景観が良い地区
<保安・バオアン>
 
 一駅乗って保安で下車。日本統治時代の駅舎が残っている。屋根が一部傾いているのが気になるな

 保線用モーターカー

 かわいいお家ですね!線路があればどこでも行けますね!

 駅舎表側。1.5km程南から(現仁徳駅付近)現在地に移動した1909年に建築された古い駅。台湾歴史建築百選にも入っている。日本のローカル線の駅舎みたいで鉄道ファンにも人気だ
 ただ、僕はこれを見に来たわけではない。駅前通りを進むと駅前バス停に、そこでレンタサイクルを借りる。台湾ではバイクが一般的な道路交通手段だが、自転車も人気で特にシェアサイクルも盛んに利用されている。西側の都市部では多数のステーションが整備されているので気軽に自転車行が活用できる。日本にいる間にシェアサイクル/YouBikeアプリ登録しておいたので利用も直ぐに・・・・・・直ぐ・・・・・・あれ?認識しねーな。これ、位置情報系の機能全てアクティブにしないとだめなのか・・・・・・
<台南飛行場>
 
 慣れない逆側通行を20分ほどかけてやってきたのはドブ臭が鼻につく晋祥橋

 北を見ると、台南の空軍基地が見渡せる。そう、ここにはF-CK-1のフライトを見に来たのだ。台湾には航空ファンがどれぐらいいるのか、どのくらい市民権を得ているのか不明だが、炎天下の平日にも関わらず20人近くのギャラリーが居てちょっと困惑
 グーグルマップで良さげな場所を探してきたが、現地人には普通に認知された撮影スポットだったわ
 そして汗だくで待つが民間機も含めて一機も動きが無い。台南基地方面を見ると掩体壕が見える。ひと昔前よりも緩くなったのかな?エンドで撮影された戦闘機の写真なんかも見かける機会が増えたが、塩梅が解らないの迂闊に基地方向を撮影できない
 着陸機を2~3機撮影したらさっさと切り上げるつもりでいたのだが、周辺空域も基地内も動きが無い。中国軍の動きが活発で、スクランブルが多発しているような報道を最近見たが、今日に限っては中国軍もおとなしいようだ
 おっかなびっくり基地方向を撮影してみる。もともと距離があるので、基地内の機体の撮影は考えていない。長いレンズも荷物になるので持ってきてはいない

 掩体壕部分拡大。中央のやつには機体は入っているな

 うーんちょっとしんどいな・・・・・・台湾の国産戦闘機、FC-K-1である。まぁ、とりあえず、これで見たことにするか。さっきも飛んでるところ車内から見たしな
 台南空軍基地には第1戦術戦闘航空団が配置され、麾下の第1、3、9の各戦術戦闘飛行隊がF-CK-1を運用している
 動きもないし、現地マニアも半数は帰り支度してるし、こちらも引き上げるか・・・・・・まぁ、海外の空軍基地に初めてやってきたってことでね

 なお、台南所属機のフライトは全くなかったが、こんなのが上空を航過していった。最後のミッションとされたNASAのDC-8である。東南アジア方面に来ていたのは知っていたが、まさかこんなところでお目にかかるとは思わなかった
 出発地のUTP/RAYONG(ラヨーン)はタイのラヨーン県、ウタパオ国際空港。タイ有数の観光地パタヤまで車で1時間くらいの位置にある。ベトナム戦争時はアメリカ軍の重要な作戦基地でB-52やKC-135が駐留していた。今もアメリカ政府絡みのミッションでは重要な空港なのだろう。到着地のLPT/LAMPANG(ラムパーン)はこちらもタイで北部に位置する。機体はタイから来てタイに戻るわけだが、ミッションは台湾南西部を南北に横断している。中国絡みの情報収集ミッションだろうか?

 来た道を戻る。付近に製糖工場の専用ナロー廃線跡があるので当初はこれ見に行くつもりだったが、もう暑くてしんどいのでまた今度で良いやw

  保安→沙崙・シャールン:45EM541 12:38発 区間3733「沙崙」

 20年ぶりのEMU500!冷房涼しい、生きかえる♪
 ここまで来たついでに、高速鉄道開通に併せて開業したアクセス線、沙崙線に乗っておきたい。2007年に開通した高速鉄道は台南駅を台南市街から東へ数キロ離れたところに置いた。日本の新幹線と同様で、幹線の主要駅付近は住宅密集地で大規模な駅が設置できないためと高速化の為にルートを曲げられないからだ
 このため、高速鉄道の台南駅と台南市街まではバスで連絡輸送する必要があった。これを是正するために台南捷運紅線敷設でのアクセスが計画されたが、財政難からとん挫、台鐵の在来線から支線建設に変更された
 高速鉄道の開通から遅れること4年。2011年に縦貫線の中洲から高架複線の支線が開通し、台南中心部から新幹線への鉄道でのアクセスが完成した。これが沙崙線である
 仁徳・レンドゥ、中洲・ジョンジョウと停まって、高架複線線路に入る。大きく高く縦貫線と別れて唯一の途中駅、長栄大学・チャンロンダーシュエを出ると高速鉄道線路が寄ってきて終点沙崙だ。台南からだと20分程度で到着する
<沙崙・シャールン>

 高架1面2線のまだ新しい沙崙車站に到着

 乗って来たEM541。ごっつい幌枠。Wikiで見ると沙崙線はEMU600での運転て書いてあったが、今日は500だったな
 EMU500は韓国大宇重工で1995年から97年にかけて2M2Tの4連86本、実に344両が増備された通勤型電車で。縦貫線のローカル輸送の輸送力、サービス品質共に大幅に向上させた形式だ。当初はドイツ、シーメンス製のインバーター装置を搭載した中空軸可撓式吊り掛け駆動だったが、近年機器更新され三菱製のインバーター装置にWN駆動という組み合わせになった。電化ローカルでは4両。本線系では4+4の8両で全土で使用されている。更新されているとはいえ、台鐵で一番古い電車なので今後はこの形式は置き換え対象になってゆくだろう
 なお、EMU600はEMU500の車体を基本に2001年から02年にかけて4連14本、56両が増備された。EMU500の後継車なので仕様が共通化されており、両車連結して運用することが出来る

 となりは高鐵駅。高鐵は「台南」だけど、台鐵には台南駅があるので沙崙を名乗っている。日本なら「新台南」にしているところだな。台鐵と高鐵では経営母体が違うのでこんな所にも差が出てくる
 ここからだとちょっとわからないが、本線から分岐して副本線上に上下ホームが設置されている。殆どの列車が停車するのだが、新幹線のローカル駅のような構造
 
 この時間は折り返しまで結構間が空く。パターンダイヤではないので15分ぐらいで次の列車がある時と、3~40分空いてしまう時がある
 12時55分に到着したのに、折り返しは13時半だ。時間があるので車内は閉め切っているのかと思ったが、1扉だけ開いているのが見えたので改札を通った。写真は反対側先頭のEMC541
 台鐵はどの列車もドアを閉めるのに凄く時間がかかるな、と思っていたのだが、それもそのはず。車掌が運転台で閉扉操作をするわけではないのだ。客用ドアの横にドアスイッチが付いていて、操作しているドア以外の全てを閉めてから、目の前のドアを閉めて発車となる2段構えなのだ。よく見たら、乗務員室に専用扉も付いていないし、運転台に客用ドアのスイッチも付いていないのだろう。各駅とも発車まで妙に間延びするな、と思ったらそうゆうことなんだな
 そうゆうわけで、編成中1か所だけ開いていたドアから車内に入って涼む

  沙崙→中洲:45EP541 13:30発 区間3736「台南」

<中洲・ジョンジョウ>

 高雄方面に向かうので、分岐駅の中洲で下車。丁度南下する電車との乗り継ぎの便も良い

  中洲→岡山:45EMA834 13:43発 区間3191「潮州」

 2回目の800。セミクロスシートだが、固定されている向きがまちまちなので座るところ選ぶのに苦労するなw
<大湖・ダーフー>

 側線の更に向こうに青い復興号用客車が見えた。屋根の下はホッパー車と、背が低い銀色の奴は自強号用客車だろうか?
 煜翔機械股彬有限公司という台鉄の車両を修理する企業の工場のようだ。復興号は1981年から走り始め、現在も種別は残っているが2022年の3月改正で定期運行が終了した列車。日本国有鉄道で言うところの準急列車クラスだが、現在の日本で準ずるクラスを当てはめるとしたら全席指定の快速列車と言った所だろう
 復興号には1980年代初頭に新規製造された冷房付き客車の他に、旧型客車に自動ドアを設置し冷房を搭載したものがあるが、写真に写っているのは前者であろう。形式はSP20000、SPK20000、21000辺りだ。なお旧型客車改造のそれはSPK2000、2100、2150、2200等となった
 インターネットで写真を探すと、古い客車が側線に留置されてたりするし、廃車解体作業なんかもやっているんだろうな・・・・・・
 調べてみた。高雄の南に、南部の中心的車両基地である潮州車両基地があるが、その隣に鉄道公園を建設中なのだそうだ。そこに展示する車両として、復興号客車3両と、DR2800自強号が修繕目的で2月に運ばれてきている。そのうちの1両が写真の復興号用客車で、屋根の下にいるのはDR2800のうちの1両だ。40SPK2101、2011、40SP20060、DR2803、DR2852の5両が電気機関車に牽かれて入場している
<路竹・ルーチュー>

 ちょっと洋風のカクカクした建物があったので撮影
<岡山・ガンシャン>
 
 乗って来たEMU800

 クレーン付きのモーターカー。さっき保安車站で見たのよりも大形で立派

 形式はちょっとわからないな。高工010と書いてあるのがナンバーかな?単機なら65km/h出せる性能らしい。中国語で公理はkmのことね

 普通に電気機関車だけど、これも保線用だろう。CMB-45ってのが番号かな?こいつは単機なら時速100キロ、牽引時で75キロ出せるみたいだぞ。普通に本線本務機じゃん
 調べたら、韓国製の電車線維修車(架線工程車)と出てきた。なるほど、車体中央にあるのは作業用の櫓かCMB-43~48まで同型車がいるみたいだな

 入換中の小貨物みたいな感じ。スイッチャーと有蓋車。スイッチャーはDL-2524、貨車は35C25036。1991年から50両が作られた有蓋車。わりと新しい。日本では90年代にはこの手の貨車は新製どころかどんどん廃車していた
 ちょっと見難いけど、扉が二つ付いていて、片側2か所ずつから出し入れ出来る

 南側の端には貨車に挟まれた旧型客車が留置されていた

 青い非冷房の客車はかつては平快車あたりで使われたのだろうか?番号は30ES32703

 35SPK32700型から改造された工事用の宿泊車だということだ。30ES32700型と言う形式が割り当てられている。こうした工事用の宿泊車両が台湾では至る所で使われていた(いる?)らしい
 これに冷房装置を付けて自動ドア化したのが先述の復興号用35SPK2300だ。国鉄のナロ10みたいなスマートな客車だね。これが営業運転している時に来たかったな・・・・・・
 午前中に二水で見たのもこれの1種だろうな

 ほとんど消えかかっていて判別が困難だったが、形状と台枠部分のかすかなナンバーから特定できた、35EC21378。1971年から73年にかけて製造された35C21000形から改造された救援車。35C21000形は台鐵で初めての35トン積み有蓋車だった

 広いけど、人気の全然ない岡山車站の月台を高雄方から望む
 予定では、ここから自転車に乗って空軍岡山基地横にある航空教育展示館、つまりは飛行機博物館に行くつもりであったが、この暑さに完全にめげたので、博物館の代わりに沙崙往復することに切り替えた
 なら、なぜここで降りたのか・・・・・・

 まさにぴったりのタイミングでこれが来るからだ!E209に牽引された莒光554次
 莒光554次は13時丁度に潮州を発車、縦貫線を北上し海線を経由、日付が変わった0時48分に花蓮に至る長距離長時間運行の列車だ

 こちらは運用なんて全く知らないし、有志が公開している旅客列車用時刻表しか参照する術がなかったので、まさか機関車次位に荷物車が3両もくっついているとは思いもしなかった
 思わず「荷物車付いてるじゃん!」とか叫んじゃったわ

 日本では絶滅した荷物車運用。しかも深い丸屋根の旧型荷物車だ。ノーシルノーヘッダーの車体は日本なら10系の郵便荷物車オユ10相当のものだ

 かつての急行列車然としていて良いな

 旅客車は8両、荷物車は3両の11両編成、機関車を入れると12両は実に堂々としていて立派だ。まだこんなの走っていたんだ。これを見れた、撮れただけでも今回の訪台は成功だな♪

 荷物車のUP。郵便マークも小さくついている。職員が乗っているかどうかは解らないが、冷房は付いていなさそうだ。窓が開いているので乗っているのかな?
 番号は45MBK80011。45MBK80000は1981年から82年にかけて唐営鐡工廠で15両が製造された郵政行李車。つまり日本で言うところの郵便荷物車だ。莒光号と併せたクリーム&オレンジの塗色のものと、写真のように普通列車用のブルーのものがある。この列車にはブルーのもの3両が連結されていた
 発車時の動画を撮りたかったので、先頭の1両しか写真を撮っていないが、先頭から80011、80014、80004の順で3両が組成されていた。なお、旅客車は先頭から35FPK10436、10424、10434、10540、10543、10527、10408、11405の8両だった

 莒光号の追っかけでやってきたED874以下8連の区間車3208次。潮州を13時7分に発車し、山線経由で后里に18時44分に到着する列車だ

  岡山→橋頭:45EMA856 14:26発 区間3197「潮州」

 特にこの先の予定は決めていないが、やってきた区間車で南下。そのまま高雄まで行ってもまだホテルには入れないしな・・・・・・
<橋頭・チャオトウ>

 そう言えば、と思い出したことがあって橋頭に寄り道

 近くに製糖工場の煙突が見える。歩いても行ける距離だが、すぐそばまでメトロが走っているので一駅乗ってみる

  橋頭火車站・チャオトウホアチャージャン→橋頭糖廠・チャオトウタンチャン:1139 14:39発 「小港」

 
 車内広告。運転台との仕切り壁に掲出されていた。みかんちゃんは所謂ネコ駅長。これから行く橋頭糖廠にいるらしい。もう一枚は日本でも見かける「混雑時はリュックサックは前に抱えましょう」ってやつ・・・・・・だと思う
<橋頭糖廠・チャオトウタンチャン>
 
 読んで字のごとく、製糖工場駅ということ。乗ってきた電車は高雄捷運高運量電車と呼ばれるもので、広義に××形みたいな形式は無い。捷運開通に併せて2005年から06年にかけて製造されたシーメンス製の第三軌条集電車。3両編成で先頭車両が1100、中間車が2100と附番されている。両端が電動車の2M1T構成だ
 高雄捷運は現在この紅線(南岡山~小港)と橘線(西子湾~大寮)の2路線が運行されているが、どちらも電車は本車両を使用している
 
 階段を下りてゆくとネコのステッカーが至る所に貼り付けてある。猫出没注意

 改札外に出てきたかのような開放感だが、ここはまだ駅構内。ここもネコちゃん展示

 改札脇。ネコだらけw
 右側2枚が、高雄捷運公式の猫キャラクター。蜜柑ちゃん。2020年より野良猫だった蜜柑が駅長として常駐している

 煉瓦調の外壁が特徴的な橋頭糖廠駅舎

 直ぐ向かい側に閉まっているもう一つの駅。平日は運行していない、シュガートレインの保存鉄道だ。台湾の製糖工場専用線は762ミリのナローゲージなので、標準軌の半分、つまり五分ということで五分車と呼ばれている
 台湾はサトウキビの生産が昔から盛んで、それを輸送するナローゲージもかつては網の目のようにあちこちを走っていた。一部は旅客運行もしており、これらを乗り継ぐと行けない街は無いほどに縦横無尽に走っていたのだ
 日本統治終了後、当局は戦争時(もちろん対岸の中華人民共和国が相手だ)に輸送力を確保するため台鐵縦貫線に並行して台中から高雄まで各糖廠が保有していた多数の路線を延伸、新設の上、連絡し代替輸送路線を建設するように指示した。これが南北平行予備線で1953年に完成した。しかし、1980年代以降は輸送方法の変更(自動車化)やそもそも砂糖産業の縮小でこれら製糖鉄道も縮小が続き、南北平行予備線は解体され。小規模に残った各線も、現在でも営業しているのは雲林県虎尾糖廠の1路線だけであり、他に数路線の保存線があるだけだ
 ここ橋頭糖廠の保存線は台湾糖業公司が運営していた仁武線の一部で、観光鉄道化によって橋頭線を名乗るようになった。路線は台鐵縦貫線に沿っており、総延長1.3kmである

 野犬が出るんか・・・・・・こわ

 捷運駅前の道をしばらく南へ歩くと道路と交差して踏切が現れた

 糖廠の方向を見る。台鐵線路と捷運の間をヘロヘロと走っている五分車橋頭線

 現役ナローみたい。まぁ、現役と言えば現役なんだけどさ

 踏切の南側には駅がポツンと。廃止された興糖駅で、保存運転開始時はここから南へ、精農駅までが運転区間であったが、後に北へ300m程延伸され起点駅が捷運駅横に変更されると廃止された
 踏切があるのが興糖路なので、興糖駅になったのかな

 五分車は土休日にしか走っていないそうなので、捷運駅に来た道を戻る

 かつての製糖工場の敷地内なのか、レンガ積みの古い建造物があちらこちらに遺棄されている。もちろん、何に使われていたのかは知る由も無し

 人気の無い駅前通りを進む

 これも何かの建物の基礎かな

 捷運駅近くはちゃんとした建物がちょっとある

 従業員のか、観光客のか判らないが自動車たくさん。殆ど日本車だね

 幼稚園だとかデザイナー事務所だとかが並んでいるので、まったくの無人地帯ではないようだな

 これも用途不明の建造物

 なんかの倉庫かな。相当古いと思われる。戦前のものかもしれない

 捷運駅に戻ってきた。案内ディスプレイの可愛いちゃんは高雄ライトレールの公式キャラクター、軽軌少女隊の克萊兒(クレア)ちゃん

 先に掲げた車内広告のピンク髪の娘の方。青髪の方が妹の克芮兒(クリエル)ちゃん
 高雄捷運は蜜柑駅長の他に多数の美少女キャラクターを輩出しており、台湾の現地二次元キャラの牽引役の一つと言っても過言ではないだろう。日本より後発のはずなのに、日本よりも市民権を得ているよな、これ・・・・・・

 展示の中はぬいぐるみダヨ

 妙にリアルだったり、妙に中華風だったり

 一転して萌え絵だったり、もう何でもアリだな

 なお、蜜柑駅長姿見えず・・・・・・

 駅の裏は橋頭糖廠で無料で工場見学とか出来たみたい

 捷運駅構内から西側を見ると、縦貫線に沿って五分車線路がまだ先に伸びている。画面の奥の方で右に曲がって、橋頭糖廠の中に入っており、観光列車はかつてのサトウキビ列車のヤードで留置されているようだ。営業時はここを走ってきて、この先の駅で客扱いするんだな

 五分車見てたらPP自強がやってきた

 屏東14時3分発の山線経由基隆行、自強134次だ

 電車一本、目の前で行っちゃったので撮影して次を待ち

 空軍岡山基地がすぐそばにあるので、駅の横を練習機がぐるぐるひっきりなしに回って飛んでいる
 岡山基地はかつての日本海軍高雄飛行場で、高雄海軍航空隊が置かれた基地だ。木更津、鹿屋に次いで、海軍3番目の陸上攻撃機部隊として発足した。太平洋戦争中の海軍主力陸上攻撃機である一式陸攻はこの高雄空に一番最初に配備された。最も戦闘そのものは進出した中国の漢口基地から行われている
 戦後は台湾空軍の教育部隊が置かれており、基礎教錬大隊のT-34C(メンターまだ使っているんだ!?)、戦闘教錬大隊のAT-3(写真の機体)、空運教練大隊のB-1900Cが配備されている。写真のAT-3は1982年から60機が製造された中華民国空軍用の練習機。台湾の国産機の一つで、航空自衛隊で言うところのT-4相当になろう。愛称は「自強」

  橋頭糖廠→橋頭火車站:1181 15:03発 「南岡山」

<橋頭>

 長閑な橋頭の風景

 急峻な山岳部を構える台湾だが、この辺は広い平野で殆ど山が見えない。この広大な平野部で大量のサトウキビが栽培されていたわけだ

 駅の中に小規模なゲームセンター。キャッチャー系ばかりだな。中身は日本のキャラクターかぬいぐるみばかりだった。台湾オリジナルのキャラクターとかあれば良かったんだが・・・・・・先述の高雄捷運ののキャラグッズとか入ってたらやっちゃったなぁw

 捷運駅と並んで台鐵駅がある。ピクトグラムが莒光号だな

 しばらく高雄方面行列車は無く、一瞬捷運で行ってしまうかとも考えたが、乗り残すと厄介なので撮影でもして待つことにする

 橋頭は2面3線の地上駅で、台南方面が片面1線、高雄方面が島式2線になっている。現在の駅舎は2008年に捷運との共同駅として橋上化されたもので、それまでの駅舎が台南方面行きホームのところに残っている

 日本統治時代からの駅舎だそうだ。旅客用としての使用は停止されたが、倉庫や事務用としては使用しているようだ。実際に職員が出入りしていた

 別の角度から旧駅舎。台南方面行ホームには改札からそのまま上がれる構造になっていた

 台鐵の駅構内だけど、モチーフは製糖会社のDLかな?ベンチをサトウキビ輸送用の貨車に見立てているのだろう

 車内に設置してあったであろうクロスシートがそのまま置いてある。固定式のクロスシートなので、対号特快車のものかな?座面と背もたれの×テープは「壊れてます」じゃなくて、コロナ対策で「並んで座るな」、だろうな

 駅舎のちょっと北側にある建物は保線関係の詰所。入り口横に高雄工務段、橋頭道班と書いてある

 資材運搬用の手押しトロッコ。手作り感が良いな

 引き込み線の最末端に置いてあるのは小型移動車、日本で言うところの「アント」だろう。シートの中身の詳細が気になるところだ

 側線のわりには番手の大きい感じの分岐器。入換専用機ではなく、本線用の機関車が入ることを想定しているのかな?

 その割には、複線部分は短い気がするな。あまり長編成の貨車は運用できない

 望遠で撮っているのは確かだが、あそこのぐにゃぐにゃはエグクね?本線級の機関車はやっぱり入れないよ・・・・・・あ、さっきのアントを使うのか!ぐにゃっているところの横、シャッターが下りているところは入換機の車庫のようにも見えるな。いずれにせよ、この有様ではここからの製品出荷は行っていないであろう

 取り扱い貨物はこの工場の出荷品かな?福寿実業股彬有限公司という会社。だから福禄寿のマークが付いているんだな。農産品、水産品や粉製品の加工業者らしく、シリアルとかを販売しているそうだ。日清製粉みたいなもんかな?

 丁度よくやってきた莒光511次。E222牽引で客車は8両。これには荷物車ついてないな。全ての莒光号に荷物車が付いている訳ではないんだな
 この莒光511次は七堵8時44分発、海線経由新左營行で。終着新左營目指してラストスパートだ。新左營には15時39分に到着する

 疲れちゃってもうメンドクサイなぁってベンチに座りながら撮影した七堵10時30分発の屏東行自強121次

 続いてEMU3000が通過したけど、これは時刻表に乗ってないな。大幅な遅れとかは無いし、回送列車かな?

  橋頭→高雄:45EMA852 15:40発 区間3207「屏東」

<楠梓・ナンズー>

 橋頭の隣の駅。莒光号は一部が停車する。さっきの莒光511もここに停車する。1本前の区間車に乗れていたら、ここで莒光号に乗り換えできたな
<新左營・シンズゥオイン>
 高鐵の乗り換え駅なので広い大きな駅。ここが始終点となる列車も多い

 さっき橋頭で見た莒光号が停まっている。もう車内の電灯は消え、機関車は切り離されていた
<新左營~左營>
 ここから高雄の先、鳳山まで地下区間
<高雄・カオシュン>
 
 今日の宿泊地、高雄に到着。ここも地下化されて味気ない駅になってい。大きめの駅名標も見当たらないな

 台北と同じく2面4線の地下駅。地上駅時代はもっと広くてホームもたくさんある駅だったろう。南部最大都市の駅にしては簡素。そして人気が全然ないな・・・・・・

 直営の弁当屋はみんな電車の形しているんだろうか・・・・・・ここはEMU800スタイル。そしてこの時間でもやってないんだな

 こっちは遊具。プユマ号ごっこが出来る。平日はともかく、休日は子供で賑わうのだろうか

 吹き抜けの広いコンコース。駅の設備はほぼ完成しているようだが、地上階は絶賛工事中で工事の音が絶えない
 2018年に地下ホーム、地下駅が併用開始しておりもう6年経つがまだ工事は終わらない

 ホテルは南側なのだが、南北方向に直接出る出口が無いので、取り敢えず東側から地上に出てホテルを目指す

 駅の周りをぐるっとまわって

 工事現場の壁づたいに進むので全容がわからんな・・・・・・

 南側、高雄駅正面玄関に通じる駅前通り、中山一路。通りの奥、正面に見えるのが1997年に建設された高雄85ビル。アンテナ部を含めると高さ378mで2004年に台北101が出来るまでは台湾で一番高いビルだった。現在、台湾では2番目、世界では21番目の高さ

 直ぐ振り返るとかつての高雄駅舎。地下化、近代化後もこれは残す。この駅舎は1941年に建てられ、2002年まで使用された。その後は地下化工事の為、駅舎は仮駅舎となり、この駅舎は今後の保存の為に一旦移築、2021年に現在の位置に戻された。今後は出入り口として使うようだ

 駅前にあるのに各所工事中で辿り着くのに苦労したが正面のエアラインインが今日の宿だ

 飛行機の窓を意識したデザインの入り口壁面
 2月末の第2次計画の際に選んだホテルだが、キャンセルの際の親切に対応してもらったので、今回もチョイスすることにした

 高雄周辺の簡易な地図。鉄道路線と名所がいくつか特徴的なデザインで描かれている

 部屋は西向きのダブルベッドルーム。小さくても窓が付いててありがたい。今回の台湾行では楽天トラベルを使用して自身でホテルを探して手配したが、安い宿やそれなりのランクのホテルでも安い部屋は窓無しの部屋が多かったので予約には非常に神経を使った。もちろん、寝るだけと割り切ってしまえば窓無しでも良いけど、ホテルの窓から眺める街の様子も楽しみの一つだからね

 広いソファもついてて綺麗な部屋だ

 西日が射し込む部屋からの風景。窓からの眺めは日本の中規模都市のようだな

 妙に目立つ青いビルは、あれもホテル。御宿行旅 雄中館。高雄駅が地上だったら、あのホテル選んでたかもな。後側の部屋なら台鐵線路見えそうだし

 ごちゃごちゃっとした高雄駅前の裏町

 赤い十字、教会かな・・・・・・財団法人基督教火車頭教會。キリスト教駅前教会・・・・・・みたいなもんか?

 コーヒー淹れて一息ついて、体力も回復したので、夕方の散歩に繰り出す

 工事中高雄駅の周辺図。東西2か所からしか入れない。地下街もあって、そこに行きたいのだがやはり大回りしていかないと入れないようだ
 さっきは東から回ったが、今度は西から入ってみよう。ホテルの目の前が站西路なので直接行きたいが、建國三路を渡る横断歩道が工事で通行止めなので中山一路の交差点まで行って戻るという不便を強いられる。次来るときは駅前の道路事情も是正されていると良いな
 高雄車站改札フロアまで降りて、更に地下街である高雄駅一番街に降りてゆく

 お、スパイファミリー!嫁さんが近ごろご執心なので台湾限定のグッズを探したい

 見つけた!安利美特高雄店。つまりアニメイトだ。ここなら高雄捷運からみのグッズ置いてありそう。蜜柑ちゃんいるしね
 店内は日本のアニメイトと概ね同じ。日本の作品の台湾語版が並ぶが、普通に日本語版も並んでいるね。台湾語版になってない作品もたくさんあるからね。そして店内は人たくさんだ。若い子が多いね。白髪のおっさんなんてうきはぐらいだ。台湾でのサブカルはまだ文化として若いので、中年以上の人には浸透していないんだ。今の若い子たちが年を食うまで中年世代の人口は少ないままだろうな

 軽軌少女隊もいるよ!グッズ無かったけど・・・・・・フィギュアとかほしいな。出さないかな・・・・・・
 
 店内奥で麻衣さん発見。小学生バージョンも。青ブタシリーズ最新作映画、「青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない」台湾では12月15日から公開してるんだ。てか、台湾でやってんだ。台湾だと「青春豬頭少年不會夢到紅書包女孩」って表記になるんだな。これ、そのまんまグーグル翻訳に入れたら「豚頭の少年は赤いランドセルを背負った少女の夢を見ない」になった。翻訳割と優秀だな。大体あってるなw日本語から台湾語へ翻訳かけたら流氓不會夢見書包女孩」ってなったので、実際の台湾語の題名の方がそれっぽいな

 みょーちゃん先生だ。「みょーちゃん先生はかく語りき」は「小美老師如是説」になるんか。台湾題をグーグル翻訳かけたら「シャオメイ先生はこう言いました」になった。なるほど・・・・・・?

 アニメSHOPとかのそばってこうゆうの多いよね。自由に描きましょうボード

 もう1枚。こうゆう所に描くくらいだから、まぁレベル高い人達なんだろうけど・・・・・・よく見たらジバニャンいるな。妖怪ウォッチ台湾でもやってたか?

 アニメイトでの戦利品。嫁さん(スパイファミリー)と娘(蜜柑駅長)へのお土産。スパイファミリーは台湾カドカワの表記があったので、台湾オリジナルだろう。そうだと信じてる。国内だと見たことない商品だし

  高雄→美麗島:1143 17:51発 「小港」

 土産も手配できたし、捷運でお出かけしよう。まずは紅線で一駅
<美麗島・メイリーダオ>

 一駅乗って橘線に乗り換え。ステンドグラス製のパブリックアートが有名だとか、出立前に調査していたのにすっかり忘れてて、そそくさと乗換移動してしまった

  美麗島→西子湾:1110 17:57発 「西子湾」


 FRPのロングシート。硬いし滑る。長時間乗車には向かない。そして全然乗客いない。高雄の中心部を走っているんだよね?違うの??
 高雄捷運は終着駅ではフルで日本語のアナウンス流れるんだな
<西子湾・シーズーワン>

 終点に到着。紅線も橘線も電車は同じなので面白くないな。地下区間はホームドアのせいもあって撮影出来ないしね

 他の物品の価格に比べるとかなり高額。35.0でも3.50でも無いよな、左の奴。1500円以上するってこと???さすがに馬鹿らしくてこんなのは手を出せない。なんか台湾オリジナルの萌えキャラグッズでも入っていたら間違いなく手を出していたな・・・・・・
 キャッチャーのそばにセブンイレブンブランドの自販機があったので、小腹が空いたのでイチゴサンドを買って食す。台湾でサンドイッチは三明治(サンミンチー)、何となくサンドイッチって読めるな
 地上にあがる。まだちょっと光があるから、鉄道公園を見に行こう

 捷運から地上に上がると、旧高雄港車站跡が広がっている。高雄港を眼前にした貨物駅として2008年まで営業していた広大なヤードが現在は哈瑪星鐡道文化園区となっている


 車両もたくさん展示されているが、貨物駅なので貨車と機関車ばかりである。これは15EC8074。15C8000から改造された工事用貨車。外観はワム9000そのものだ

 25C10008。代用行李車と書いてある。1939年に日本で製造された25トン積みの有蓋車。日本形式だとワキ1に酷似している。標記の通り客車(荷物車?)代用としても使用されていたようだ

 30L20002。1970年に日本の舞鶴重工で製造された30トン積みの重油専用のタンク車。タキ2100にそっくり

 P35H22019。1996年に台湾機械公司にて製造された35トン積みの炭積車。比較的新しいが、桃園から伸びていた林口線、林口火力発電所への石炭輸送が終了し、2013年には用途を失っている

 凸型の平べったいディーゼル機関車。台鉄の大形ディーゼル機関車はアメリカ型が主流にな印象だが、これは日本のような凸型機

 よく見たらこれ2車体連接か?左側、切れ目があるし、車体下にバーが見えるな

 台湾電力公司CFL-350形と言うディーゼル機関車だった
 台中の発電所専用線でホッパー車の牽引に使用されていた1986年ドイツ製の機関車。箱型車体とL型車体を連結した関節式というもの。急曲線のある専用線で牽引力を発揮するのには適した構造だろう
 台鐵の機関車じゃなかったねw

 高雄港への廃線跡は現在LRTが走行している。台鐵が高雄中心部の地下化に切り替わった際に、接続できない貨物線跡をLRTに転用したのだ

 LRT路線は鐡道園区の真ん中を通り、捷運西子湾駅に接続する哈瑪星停留所が置かれている
 LRT線路を渡って西側に

 正面には高雄港駅のホームと上屋がそのまま残されている。地下化に伴い、貨物の拠点も移動、2008年に廃止となるまで使われていた
 高雄港は1900年に縦貫線建設の際に打狗車站として開業、後に高雄車站となり、現在地に高雄車站が出来ると貨物専用の高雄港車站になって現在に至る

 スイッチャーが佇む現役の臨港線みたい

 広大な廃線ヤードの中を現役の電車が走っているの不思議

 セミセンターキャブの機関車。これも「台電」のステッカーが貼ってあるな

 林口の台電発電所専用線で2013年まで使用されていた、1970年日立製の機関車だそうだ。形式HG60BB
 林口・リンコウというのは桃園から北へ向かった海沿いの地域である。台鐵縦貫線の桃園車站から分岐する全長18.4キロの非電化貨物専用線が林口線で終点の林口火力発電所への石炭輸送がその敷設目的であるが、他にも周辺の工場への専用線がいくつも分岐していた
 貨物専用線であるが、周辺には住宅地が広がり、学校も多く地元住民からの要望があり試験的に旅客列車を桃園~海湖間で運行していた。この旅客輸送は利用者からはおおむね好評であったが、発電所への石炭輸送貨物列車のダイヤに支障をきたすということから平日2往復のみの運転に留まっていた
 将来的には桃園空港へのアクセス線として整備する計画も持ち上がったが、地上を走行する非電化単線では設備が貧弱で、アクセス鉄道は新規に建設されることとなった。発電所への石炭輸送が海上輸送に切り替えられ、縦貫線の桃園駅高架化事業着手によって2012年に営業休止、2013年には正式に廃止となった

 大形の蒸気機関車が見えてきた

 キャブにはCT259のナンバープレート

 先輪の前にはカウキャッチャーが付いているのが台鐵蒸気機関車の特徴だが、それを除けばまさしく日本型の蒸気機関車である
 このCT259はCT250型の9号機。国鉄C55型蒸気機関車を台湾向けに製造した9両の最終号機である。1938年三菱重工製で1970年代末頃まで縦貫線の急行列車牽引に活躍した
 台湾にはもう1台、CT251が台南の公園に保存されている

 スイッチャーとスイッチャーの間に緩急車が3両挟まり列車のようになっている。日本のちょっと大きな駅にもいそうなスイッチャーはDL-1043

 反対側はDL-1101。DL-1043とこのDL-1101は動態で展示車両の移動に使用されているそうだ

 臨港線にポツンと佇む蒸機みたいで好き


 近付いてみよう

 さっきのCT259よりも無骨なデザインなのは製造年次が古いからか、そもそもの用途が貨物用だからだろうか

 西からの残照を浴びて佇むのはD型機のDT609。日本形式だと9600形で1923年から39年にかけて台湾総督府鐡道向けに800形として39両が製造された。戦後はDT580形を名乗り縦貫線で貨物列車牽引に活躍した

 小型のカウキャッチャーを除けば、デフなしで筑豊炭田で石炭貨車を牽いていた日本のキューロクと全く同じだ

 高雄港車站を北側から臨む。ちょっと遅い時間だったけど、人が少なくて丁度良かったな。東側には鉄道模型のレイアウトを公開している展示館なんかもあったそうだけど、もう閉館時間過ぎているから今回はパスだ

 並行する道路の歩道には「KAOHSIUNG PORT STATION」の刻印ブロックが埋め込まれていた

 2番出口が高雄港車站駅舎のすぐ横だったか・・・・・・もう日没だがまだホテルには戻らず、もう少し高雄の街を探索してみる

 港へ続く道をテクテク歩く。街灯はあるが人通りは少ない。東南アジアじゃこんなところ一人で歩くのおっかないけど、台湾なら平気で突っ込んでゆく

 高雄の古い港町

 煉瓦造りの古そうな建物を見ながら歩く

 全体的に街灯も少なく、暗い街角なんだけど、時折突然眩い店舗が姿を現す。なんか歩いているだけで何を見るでもないんだけど、日本とは違う雰囲気を感じられて良い
<鼓山輪渡站>

 捷運西子湾車站からは歩いて10分ほど。「輪渡站」つまりフェリーターミナルだ。高雄港をフェリーで渡って、対岸にある旗津島に・・・・・・行こうと思うんだけど、どっから乗るんだ?これ。紹介サイトじゃここに旅客用の乗船ゲートがあるはずなんだけど
 渡船に乗りそうなバイクがいっぱい並んでいるからそっちに行ったら、おばちゃんがここじゃないってオーバーリアクションであっち行けされちゃったので、おばちゃんがアピールしたっぽいところを見てみると、

 さっき歩いてきた道の途中に入り口が別にあった。魚市場って書いてあるし、わからんよwww横にちゃんと書いてあるけどさ、アピールが足りないと思う

 バイクがたむろしていたターミナルとは異なり、旅客用のターミナルは小ぎれい。渡船もICカードが使えるので、もちろん自動改札もある。片道は大人30元だが、ICだと20元と割引運賃になるので、ICをフルに活用したほうがお得だ
 旗津へのフェリーは最多運行時間帯では数分おきに行き来しているので、こんなに快適なターミナルは必要ないと思う。乗り場を探している間に1便出て行ったけど、もう次の折り返し便が接岸開始した。下船客、下船バイクがひと段落したら乗船

 バイクは目の前から乗れるけど、旅客用ターミナルはちょっとだけずれた位置にある。下船の場合は目の前から出場できそうだけど
 尾道あたりでも運航されてそうな小型の渡船。下がバイクで、徒歩旅客は階段で上部デッキに上がる。バイクの乗客はバイクに跨ったまま下部デッキで待機。エンジンも掛けっぱなしだw

 エアコンの利いた密閉客室もあるが、人も少ないしオープンエアの後部デッキで

  鼓山輪渡站→旗津輪渡站:18:35発

 船の固有の名称、××丸みたいなのとか、トン数やその他性能が全く分からないな

 溜まっていた人たちが乗り込んだら出航。休日は観光客で賑わうようだが、平日の日没後では地元の人の行き来だけで閑散。徒歩旅客よりもバイクの方が多いな

 到着待ちのフェリー。湾内だし、短距離なので機能性重視のデザイン。タラップが4つもある。真ん中2つが徒歩旅客、外側二つがバイク用

 直ぐに代わりに港に入る

 右岸の哨船頭の街並みが流れてゆく

 直ぐに湾の中心部に出てきた

 正面が旗津島の北端。岬の上に高雄港へ入る船の為の灯台がある。水路を右へ抜けてゆくと外海だ

 左は高雄の中心部方面。高い近代的なビルが立ち並んでいる。夜景を眺めるにもフェリーは格好のスポットだね

 10分ほどで高雄港を横断して旗津島に。岸壁が近づいてきた
<旗津輪渡站>

 下船。乗客が少なく快適に移動出来た

 旗津輪渡站の建物。つまり駅舎。綺麗な煉瓦造り

 輪渡站正面の道を数分歩いて、やってきた旗津天后宮

 徒歩だし、時間も遅いので手っ取りばやく1スポットだけ観光しようと思ったら港から近いここになった

 媽祖様かな?
 旗津天后宮は1673年に創建された高雄初の媽祖廟とされている。媽祖は航海、漁業の守護神として中国沿海部を中心に信仰を集める道教の女神

 台湾の漫画家、韋宗成氏が描く台湾のファンタジー漫画、「冥戰録」のヒロイン、林黙娘(リンモーニャン)=媽祖というネタを知ってお参りに来たいと思っていたのだ。この方が描かれる林黙娘可愛いしね。作品はドラマ化されたり人気はあったと思うので、先のアニメイトでグッズ等ないかと探したが残念ながら発見は出来なかった。グッズや関連商品は明日台北でまた探そう
 なお、一時期日本語版が電子書籍公開されていたらしいのだが、現在は公開(販売)期間が終了しており閲覧は不可であった。明らかに完結していないところで公開終了して言うし、大人の事情が察せられる・・・・・・読みたかった・・・・・・

 そんなわけで、旗津の天后宮にやってきたということ。これは日本でいう所の5重の塔みたいなものか?色鮮やかで電飾もあるので夜間でも綺麗に見える。日本の寺社はこうゆうライトアップはしないからな、特別なイベントでもない限りは

 これが本尊。本尊ていうのかな・・・・・・高雄は軍港だったので太平洋戦争末期は米軍の激しい空襲に曝されており、旗津島も被害を受けこの天后宮も損傷を受けている。今の建物は1948年以降に修復されたものだ

 煌びやか。中国の伝統的な様式、華南様式という建築スタイル。中国や台湾スタイルの参拝の仕方は知らないけど、お辞儀!
 媽祖は1683年の清による台湾併合、占領に霊験があったという事で天后(字面的には神様の妃って感じだな)とされ、この媽祖廟が高雄での信仰の中心となった。1737年頃には旗後天后宮と改称されたが、天后宮の名が付いた最初の廟と言うことで、ここが台湾初の、天后宮とされる所以である。戦後の1946年に現在の名称、旗津天后宮と再度改称されて現在に至っている

 天后宮から奥に旗津の街が続いている

 昼間は観光客や地元の人で賑わうのだろうが、すでにひっそりとしている。店仕舞いも早いな。台湾は夜に出歩く「夜市」の文化があるにもかかわらず、早起き文化があるので特に個人の飲食店なんかは夜は早くに営業終了してしまう。まだ19時前なんだけどな・・・・・・

 フェリー乗り場に戻ってきた。旗津の乗り場の方が判りやすいな。左に人が、右にバイクが並ぶってことだ

  旗津輪渡站→鼓山輪渡站:18:50発

 船は既に待っていて、あらかた乗船は済んでいたみたいで乗り込んだらすぐに出航した。さっき乗った船と同じっぽいが、ずっと停泊してたのかな?
 今度は冷房付きの客室に席を構えて、また10分ほどの船旅。少ないとはいえ、行きよりも観光客で混雑している。旗津島にはフェリーが便利だが、台湾唯一の海底トンネルで陸路も繋がっており、バスでの行き来も便利だそうだ
 フェリー乗り場から再び駅を目指す

 慣れてきて大胆になってきたのか、行きとは異なりこんな路地に入り込んで歩いてみる

 元帝宮・・・・・・かな。逆から書かれているんだと思う

 街中の小さな寺院。日本と異なり、人気は無いけどきちんと電灯がともり管理されている様子がうかがえる

 哈瑪星鐡道文化園区まで戻ってきた。捷運で帰れば早いんだろうけど、それだと面白くないので、
 
 軽軌に乗ってみることにした
 正式名称、高雄捷運環状軽軌は捷運が運営するLRT路線で高雄の街をぐるっと一周環状運転をしている。今年の1月に最終整備区間が開業し、晴れて環状運転を開始した。特筆すべきは、高雄の港湾付近はかつての台鐵貨物線跡をそのまま路線に転換していることだ。一周すると1時間近くかかるので、今日は西側のちょこっとだけ乗ってみる

 地下鉄は西子湾だが、LRTは哈瑪星である

 反時計回りの「逆行」電車。山手線で言うところの外回りだが、走行路線が左右逆なので違和感を覚える。一瞬、どっちのホームで待てば良いんだっけ?って思ってしまう。台鐵は日本と同じだから良いけど、メトロやLRTは左側通行だから迷う
 ちょっと見難いんだけど、車両は全部蓄電池式の電車で、停留所で停車中に充電し、本線上は架線レスになっている。架線柱や架線を張らないで良いため、建設コストもランニングコストも低く抑えられる。路面電車なので電停が多いので、充電スポットの間隔が近いから出来る技だ。日本もこの方式を使えばもっとLRT増やせるかもしれないのにな。今のところ大成功している宇都宮LRTは普通の架空線方式なのは山坂多くてノッチ入れてる時間多いからだろうな。高雄みたいな港湾都市は平たんなので余り電気使わずに走行できそうだし
 車両は2種類あって、写真の電車は2020年から運転を開始した増備車でフランス・アルストムトランスポール社製の5連接トラム、シタディスである。シタディスX-05のうち、5連の305シリーズ

  哈瑪星→鼓山站・グーシャン:071 19:19発 1号線「順行」

 さっき見たのとは異なる初期開業時に準備されたスペイン・CAF社製の5連トラム、Urbos3(ウルボス3)だ。スペイン製の電車なんて初めて乗ったな!
 アルストムの車両も乗ったことないと思うけど、あれはアルストム・リンクという台車の軸箱(車輪を台車枠に固定するところ)支持方式が日本でも有名で聞き覚えがあるからだ。小田急ロマンスカーなんかこのアルストム型台車を履いてるくらいには有名
<鼓山站>
 
 4つ目の鼓山站で下車。この辺は高雄臨港線の線路をそのまま使っているが、外がほぼ真っ暗なのでよくわからんねw

 軽軌駅のところだけ明るい

 走ってきた南側、哈瑪星方面を見る。非電化の貨物線をそのまま転用するには架線レス、停留所での急速充電システムはスピーディーな路線整備にはうってつけということか

 台鐵が地上を走行していた時代はここで臨港線が分岐していた。高雄港への臨港線はまっすぐ南下し、縦貫線は高雄車站へ向けて左(東)へ90度曲がって進んでいた
 
 広々とした地下駅の鼓山車站。高雄方面行ホームでしばし列車を待つ

 19時19分発の区間快3082次、枋寮発新左營行EMU800。枋寮を18時丁度に出発、終着新左營には19時半に到着する快速列車

  鼓山→高雄:45EM569 19:38発 区間快3031「潮州」


 本日3度目のEMU500、4連×2の8連で、車内はクロスシートに更新された編成。屏東線系統では体質改善、サービス向上の為に車内をクロスシートに改造した編成が運用に就いている
<高雄>

 高雄に到着したEM569

 向かい側には屏東19時17分発の善化行区間車3266次のEMU500、8連が到着した。そんなに旅客いないのにどれもこれも長い編成なんだな。昔の日本の幹線は閑散時間帯でも長い客車列車が走っていたが、それが電車になったような感覚だな

 高雄車站。地上の駅名票

 まだ20時前なのにこの人気の無さ。近所の夜市には出掛けるが、夜に電車に乗ってまで遠くには行かないという事かな?

 ホテルに帰って来た

 晩御飯はマクドナルドのハンバーガー。キオスク(電子注文機。とでもいうものか?)でオーダー出来るのでお手軽。言葉の壁が無いのが良い。ただし、台湾のマクドナルドキオスクは言語が中文か英語しかない
 台湾オリジナルのアンガスビーフバーガーと、なぜか売っている骨付きチキン。ケンタッキーは別に展開しているが、マクドナルドでも骨付きチキンが売られている。ケンタよりはマイルドな味付け、かな?

 自販機で売っていたグミ入りのチョコ菓子

 台湾でも日本のソシャゲ出来るんですね、の写真。ちゃんとブルアカプレイできたよ先生!


<3/28>


 高雄からおはようございます。今日こそ天気悪いのかな?雲が多いな。残念な面もあるけど、今日は暑いエリアに行くので日差しがないのは助かるかも
 今日は6時台の列車に乗るので早起き

 まだ通勤ラッシュが始まる前の高雄駅前通り

 萌え絵のラッピングバスも走っている。「崩壊:星穿鐵道」・・・・・・あっ、崩壊:スターレイル!日本でもリリースされているソシャゲやな。良く知らないけど、てか、ソシャゲありすぎて良く知らないのが9割だけどさw描かれているキャラはブラックスワン。占い師キャラ。日本版ではCVは生天目仁美さんだ
 この感じだと、台湾では2月にリリースされたのかな?

 例によって周りに回って高雄車站に。コンビニで朝ごはん買い込んで月台に降りる

 乗るのは6時40分発の莒光701次だ。今回、莒光号に乗りに台湾に来たと言っても過言ではない。莒光号は自強号に次ぐ種別の列車で、JRで言うところの急行列車に当たる。台湾は概ね日本に比べて10~20年程度後を行っている感じがあるが、鉄道業界もそうで、2000年代初頭に辛うじてJRに急行列車が残っていたのと同じ状態になっている
 昨今自強号、特にEMU3000の運用が日増しに拡大されているので莒光号は既に風前の灯で、2024年を目途に廃止されるような報道もあり無くなる前に乗っておきたかった。台鐵の大規模なダイヤ改正がいつ頃行われるのか定かではなかったので、なんとしても来たかったんだよね
 なお、2024年3月時点では、以下の列車が運行されている。番号の若い順に

順行

510次 新左營8時35分発 海線経由 七堵15時04分着
516次 高雄11時15分発 海線経由 七堵17時50分着
554次 潮州13時丁度発 海線経由 花蓮0時48分着
602次 花蓮6時35分発 台東9時48分着
666次 潮州17時35分発 山線経由 台東5時48分着 金曜夜潮州発のみ運行の夜行列車
708次 台東15時27分発 新左營18時49分着
722次 台東6時10分発 潮州8時51分着

計7本。うち1本は週1回のみ運行

逆行

501次 彰化5時25分発 潮州9時36分着
511次 七堵8時44分発 海線経由 新左營15時39分着
521次 七堵15次39分発 海線経由 潮州23時41分着
653次 台東11時35分発 海線経由 彰化22時51分着
667次 台東22時45分発 山線経由 潮州11時03分着 日曜夜台東発のみ運行の夜行列車
701次 新左營6時26分発 台東9時54分着
727次 潮州12時27分発 台東14時58分着

計7本。うち1本は週1回のみ運行

 で、ある。台湾全島で満遍なく走ってはいるが、やはり南部の方が多い印象。なお、2020年の時刻表を見るとこの3倍は走っており、年々縮小されて現在は最末期なのがよくわかる

 そして今回乗車するのが新左營発屏東線、南廻線経由台東行莒光701次だ。E219に牽かれて6連の客車が到着した。縦貫線を上下する列車は8連だが、需要が少ないのか南廻線方面は6連のようだ

 固定窓の冷房付きリクライニングシート客車は、日本で言うなら14系座席車だろうか。そこだけみれば特急型と言っても遜色はない。最も、JRも末期は特急型の14系座席車が八甲田や大雪、利尻等の急行運用に就いていたが
 
 列車そのものは斜陽化しているが、相応に近代化されており行き先表示は3色LEDだ
 
 莒光号(列車名)、南廻線(経由)、台東(行き先)、701次(列車番号)と繰り返し流れる

  高雄→台東:35FPK10422 6:40発 莒光701「台東」 4車25番


 がらがらの4号車に収まる。進行方向右の窓側。海が見える側でラッキー窓枠の位置的にはもう1席前か後ろが良かったけど。台鐵のインターネット予約では自由に座席が選べないので仕方ない(EMU3000の商務車はシートが選べるようだが)

 ヘッドレストは観光局の広告になっている。色が付いてても、大体が無地で社名ロゴくらいの日本のヘッドレストとは異なり、こんな所にも力を入れている。これ準備するだけでも相当にコストかかるだろうけど
 6時40分。定刻にスルっと高雄車站を発車。定期客車列車に乗るのはすごく久しぶりだな。日本では観光用のイベント列車ばかりだものな
<鳳山・フォンシャン>

 まだ高雄市内の地下区間。中心駅の高雄以外では乗降なんてほとんどないんだろうと思っていたが、大量の乗車があり、車内はほぼ満席となった。立ち客はいないが、座席は見た感じ全て埋まっている感じ。通勤通学客にしては列車の向かう方向がおかしいんだよな・・・・・・
 鳳山を出るとまもなく地上に
<九曲堂・チョウチュイタン~六塊暦・リョウクワイツゥオ>

 高雄市と屏東県を隔てるその名もずばりな河川、高屏渓。下流側には単線時代の旧線橋梁が中間部分を取り外されながら残っている。全長1526mだった下淡水渓鉄橋だ。1992年にルート変更で廃止されている
<六塊暦>
 すぐ左側には空軍の屏東基地があるのだが、まだ早すぎて動きはないな。屏東基地は輸送機の基地でC-130が配備されているが、第2早期警戒中隊のE-2Tや対潜飛行群のP-3C等実戦機も配備されている。2011年までは民間航空路線(立栄航空の台北松山便等)が就航していたが、これも新幹線開業の余波で廃止されている。
<屏東・ピントン>

 大きな街だが、やはり乗客に動きが無い。これ、このまま混んでるのかな。この先の潮州に期待するか
 屏東市は屏東県の中心都市で高雄の衛星都市のような位置づけだ。この辺まではずっと市街地が続いている

 屏東を出ると街が小さくなり、緑が多くなる。背の高いヤシの木が林立している
<潮州・ツァオツォウ>

 高雄側、南の拠点駅潮州。縦貫線を上下する優等列車の多くがここを始終点にしている。高雄にあった車両基地が地下化と都市化で移転し、この先に大規模な車両基地が造られている
 隣の電車は団体列車みたいな表示だけど、多分これ、潮州車両基地への職員輸送列車だな。駅からはかなり離れているし、車両基地の直近に営業駅がないので職員輸送列車が設定されていると聞く
<潮州~崁頂・カンディン>
 広大な潮州車両基地は左側。混んでて身動きできないし反対側に座っているのであんまり良く観察できなかった。奥の方にEMU1200とか留置されているので、ちらっとでも見えないかな?と期待したんだが

 広大な溜池群の中を進む
<林邊・リンビェン~佳冬・ジャードン>

 林邊渓を渡る。すぐ先が河口で、あの先は海、南シナ海
<鎮安・ジェンアン>
 2002年まではここから西へ、東港までの東港線が分岐しており、駅南から分岐する廃線跡が見える筈だが、ちょっと判らないまま通過しちゃったな
 東港線は1940年に開業したが、最末期は「年間」利用客数60余名と営業成績は低迷しており、1991年に営業が停止されている。東港には軍事基地への引き込み線である東港飛機場線が存在しており、軍需があったので2002年までは一応存続していたことになっている。東港飛機場は元々は旧日本海軍の水上機基地で、東港海軍航空隊が置かれ、97式大艇を主力に、後期は二式大艇を運用していた。同飛行隊は横浜海軍航空隊に次ぐ、海軍二個目の飛行艇部隊であった
<枋寮・ファンリャオ>

 7時51分枋寮着。高雄の都市圏もこの辺りまでで、ここからは人口がぐっと希薄になる。屏東線の終点で、南廻線の起点。1992年に南廻線が開業して台湾一周路線が出来上がるまでは長い間ここが台東と共に南の終点だった
 ここまで来ても乗客は減らないのでもう混雑に関しては絶望している。台東に行くなら後の自強の方が早く着くのに、この列車が選ばれている理由が判らない
 高雄からここまでが概ね1時間、ここから台東までが2時間だ
<枋寮~加祿>

 これから台湾の背骨、中央山脈の南端を貫いて太平洋側に出るわけだが、このあたりはまだ平坦だ。海までの平地も比較的広々と距離がある

 やや遠くに南シナ海を見ながら南下してゆく。街道沿いにはまだまだ人家も多い

 鉄橋に差し掛かる

 率芒渓というらしい
<加祿・ジアルー>
 
 台東を6時10分に出てきた潮州行の莒光722次と交換する。乗っている701次は枋寮から大武まで通過だが、722次は台東から枋寮までの間に枋野しか通過しない。ほぼ各駅停車だ
<内獅・ネイシー~枋山・ファンシャン>

 海が近くなってきた

 山越えに備えて線路は高度を取ってゆく、視界は広がり一面の海。平地部分もわずかになってきた

 この先、ぐっと左に曲がり海から離れてゆく

 鉄道はここまで来たら山岳地帯に分け入る為に海から分かれてゆく。海岸線のほうは台湾最南端の鵝鑾鼻(ガランピ)岬に向けて50km余り続いている
 この辺が今回の旅の最南端になりそうだ。北緯22度15分。香港よりも微妙に南に来た。人生最南端だな
 鉄道はこの辺りから南へ、恆春(ヘンチュン)への鉄道建設計画があり、最短で2026年度の開業を目指すとされているが工事は始まってすらいない。完成すれば、新左營から最速90分の直通列車を走らせ高鐵との連絡で観光客を呼び込むとしている。最も、2004年に開港した恆春空港は立栄航空により台北松山空港間の定期便が就航したが、2014年には早くも無期限運航停止になり、2019年には廃止。以来定期便の就航が無い空港となっている程度には人の行き来が無い地域なので鉄道建設も実らない恐れが高い
<枋山・ファンシャン>
 
 台鉄最南端の駅。運転停車中に後続の自強301次に抜かれる。EMU3000だ
 どうせ停まるなら客扱いすればいいのにと思うのだが、この駅、区間車が1往復、莒光号が1往復停まるだけの無人駅なのだ。先述の恆春線が建設されれば、ここが分岐駅となる可能性がある。建設案としては本駅からの分岐、もしくは一駅手前の内獅を起点として途中から分岐する案が計画されている
<枋山~枋野>

 駅を出ると北東に大きく曲がり、南シナ海が見えなくなっていく。眼下は枋山渓

 山深く、トンネルの連続になってゆく。さっきまであんなに海のそばを走っていたのに、一気に水が見えない山岳路線に突入した。高速鉄道や都市部の捷運を除けば、この南廻線が最も新しい鉄道路線でいかにこの山岳地帯を突破するのに難儀したのかが良くわかる。長大トンネルや橋梁を建設する技術力が確立する近年まで建設は容易ではなかったのだ
<枋野・ファンイェー>
 
 駅を名乗っているが、実際は列車交換用の信号所。この列車もここで自強304次と軍用装備を載せた貨物列車と交換

 この先にある中央信号所の管理もここで行っており、職員輸送用に区間車が臨時停車するそうだ
 写真に写っている人々は鉄道以外でやってきた人かな?かつてはホームが無いのでデッキから直接軌道に降りて駅舎まで歩くことで有名な駅だった。今も臨時停車する区間車からなら下車できるのかな?台東駅の券売機には当駅のボタンがあるらしいが
<大武・ダーウー>

 多数のトンネルと橋梁、険しい山岳地帯を抜けて久々の客扱い駅。ここはもう太平洋側だ
<大武~瀧渓・ロンシー>

 陽光きらめく太平洋に沿って北上する
<多良・トゥオリャン>

 2006年に廃止になった駅で、その景観から「全台最美車站」、つまり台湾で一番美しい駅として有名
 付近に人家は無く、利用客が少なく廃止になったが観光駅として復活させる機運が高まっているそうだ。そんな多良車站はライブカメラがユーチューブで公開されているので出発前からちょくちょく鑑賞していた

 地勢は険しいが、この辺りまで来れば南廻線もポケットWifiが電波を拾うので、ユーチューブで見ながら自分の乗った列車が多良車站を通過するシーンを視聴、スクリーンショットも御覧のようにw「僕が乗っている莒光号が多良駅を通過したよ」ってXに投稿しちゃうもんね
 あの写真の前から4両目に乗っている。こうゆう芸当が出来るようになっているんだから、世の中凄いよねぇ
<金崙・ジンルン>

 6分停車。プチ下車。一斉に乗客たちがワッと立ち上がり、あれだけ混んでいた車内がほぼ下車して2名だけに。有名な観光地でもあるのかな?まさかみんな多良車站に行くわけではないだろうけど・・・・・・

 あんなに混んでたのに、ガラッガラになった

 高雄を1時間も後(7:48)に出てきた自強415次に抜かれる。向こうに停まっているのは花蓮を6時22分に出てきた新左營行の自強306次。415次は通過だが、306次は客扱いで停車している
 
 駅の向こうは国道9号線の大きくて長い金崙大橋が掛かっているので、駅はその陰の下に入っている
<金崙~太麻里・タイマーリー>

 太麻里渓を渡る

 少しずつ山と海の間の平地が広くなり、人家も増えてゆく
<太麻里・タイマーリー>

<太麻里~知本・ヂーペン>

 南国っぽい。ヤシの影

 白波立つ海岸線沿いに北上してゆく。線路が高いところにあるので海の眺めも最高。青い海、青い空、3月なんだけど、真っ青で真夏みたい

 知本渓を渡る
<知本・ヂーペン>

 台湾の有名温泉街のひとつ、知本温泉へのアクセス駅。温泉街は西へ7kmほど入ったところで駅からはちょっと離れている。

 観光地の駅だしちょっと位乗ってくるかと思ったが、まもなく終点の列車にそんな需要はないわな。1時間後に知本始発の花蓮、台北方面行自強号があるわけだし
<台東・タイトン>
 旧台東駅への分岐は全然わからないまま、終着駅台東に到着

 高雄から159.5キロを3時間14分かけて走破し、9時54分到着

 到着後早々に入換のディーゼル機が潮州方に連結されてしまった

 R100型126号だ。R100は1970年から39両が増備された莒光号用電気式ディーゼル機関車で、米国エレクトロ・モーティブ・ディーゼル社で製造された。メーカー形式はG22U。当初はオレンジに白帯で莒光号牽引機として活躍したが、電化が延伸するとともに普快車から貨物や入換用へと活躍の場を移してきた。この126号も現在は青地に白帯となっている
 エレクトロ・モーティブ・ディーゼル社とは聞き慣れない名前だが、米国にある世界第2位の機関車製造メーカーで、1922年に設立。1930年にはジェネラルモータース(GM)に買収され、長い間同社の機関車製造部門であったが、2004年に建設機械大手のキャタピラー社に売却されている

 流線型で展望車を連ねたステンレス製の高速気動車、パイオニア・ゼファーを生んだのがこのEMD社である。※写真はトヨタ博物館で展示されているHOゲージ

 連結部

 潮州方には電源荷物車が連結されていた。45PBK10401。1995年から10401~405の5両が製造された

 ディーゼル機牽引だと冷房用のサービス電源が確保できないのでこうした電源荷物車が作られ非電化の東部幹線を主体に運行されてきたが、環島電化完成後は電気機関車牽引となり発電セットを下ろした車両もあるようだ
 この車両はどうか判らないが、車体の大半が発電機室のように見えるな

 駅舎寄りのホーム、1月台には花蓮から到着した莒光602次が荷卸の為に停車中だ

 盛んに小鳥のさえずりが聞こえるので近くに森でもあるのかと思ったが、駅のそばにそんな緑はなく、いぶかしげに車両を見ていたら中程の荷物車の中に木箱に詰められたヒヨコが大量に載っていた。生物も輸送するんだな、この列車
 9時48分に着いてまだそれほど時間が経っていないが、車両内はスッカスカなのでそれほど荷があるわけではないんだ。最も、台東までの荷がこれだけで、途中で載せたり降ろしたりもあるんだろう

 郵便袋だろうか?今でも台湾の東側は鉄道輸送がこうしたインフラの重要な役目を果たしているんだな。自強号程急がない列車なので、途中拠点駅で荷物の積み下ろしの為の停車時間を設定しても問題ないので莒光号がこれを担っているのだ

 反射板の付いた荷物車。ナンバーを確認したら、昨日岡山で見た3両だった。日付が変わって花蓮に着いて、そのまま朝の台東行602次になってここまでやってきたわけだ。仮に毎日荷物車を連結する運用だとすると、もう1組同じ構成の列車が走っている筈だよな
 いや、しかし台東車站でのこの風景を見れただけでも台湾に来た甲斐があったなぁ
 今度は荷物車が最後尾になるので、反射板がひっくり返されて赤い表示になっている。旅客車のドアも開いているし、11時35分発の彰化行莒光653次になるのだろう。彰化には22時51分に着いて、夜を明かして翌朝5時25分発の501次で潮州まで下るんだ。これで潮州から台北経由して台東までの荷物輸送のスジが完成するという事か

 ちらっと荷物車室内を撮影させてもらった。荷物はすでに運び出されたのか、元々載っていなかったのか空っぽだ。奥の事務机で職員が作業中。日本の郵便荷物車でもこうした業務があったし、郵便車では郵便局員が走りながら仕分けなどしていた
 それにしても、3月でもこれだけ暑いのに非冷房だ、職員さん大変だな。真夏はどうなっちゃうのか

 台東車站の駅舎。ナローの台東線時代はもっと南に台東駅があり、現在駅は卑南を名乗った
 この駅のすぐ南方から南廻線が分岐し、全通になった1992年に台東新站と変更される。この先は潮州方面の南廻線と、旧来からの台東駅への枝線と二股の形になったが、旧台東駅方面の路線が2001年に廃止となると台東車站を名乗るようになった。駅舎は2018年に改築工事が行われ現在の姿になっている。旧線の台東車站が市街地の中心だったが、ここは街の外れであり台東の中心部へは3km程度離れている
 旧台東は鉄道公園として開放されており、古い気動車なんかが展示されているそうでちょっと気になるが、今日の行程では台東に1時間ちょっとしか滞在しないので訪問は難しい

 東側。東南部では最も大きな都市の玄関口だが、台東という都市そのものが台湾の中でも小さな規模なのでちょっと大きな幹線のローカル駅みたいな感じしかない。駅前に大きな建物は無いが、ホテルはあるのでちょっと泊まってみたい都市だった
 東部幹線が電化高速化され便利になったとはいえ、まだまだ台東は遠い土地。速達型の自強号でも台北から4時間ほどかかり、新幹線の恩恵がなく台北への空路もまだあるなど、台東は依然台湾各地の他都市と行き来がしにくい場所なのだ

 駅前コンコースには色鮮やかなカヌーが展示されている

 台湾には清の併合前からいくつかの原住民族が済んでおり、それは太平洋戦争終結後に至っても島内で部族の営みが行われていた。特に東部台湾は最近まで地勢の険しさから西部ほど往来が容易ではなく、古くからの部族の営み、慣習が残りやすい土地柄だったとされる。70年代に至っても山間部では原住民族が古来からの暮らしをしていたとも聞く
 この台東は東部の各都市の中でも人口に対する原住民族の割合が多いらしく、駅の構内放送も周辺で最多勢力のアミ族、アミ語のアナウンスが流れるそうだ・・・・・・流れていたかな?
 このカヌーもそうした先住民族のひとつ、タオ族が使用していたものだそうだ

 公共交通は台鉄とバスしかないので、東部台湾の観光にはレンタカーが便利。マツダのロードスターも借りられるよ。オープンカーでガランピ岬を目指そう!
 ちなみに、左ハンドルなのでロードスターではなくミアータかな?MX-5かな?マツダは台湾では「馬自達汽車」って言うよ。台湾マツダのHP見たらやっぱりMX-5で売っているね。クーペスタイルのRFも売っている。最安が140万元だから、700万円近くするな。たっかいな!!ちなみに一番安いMAZDA2、いわゆるデミオは78万9千元、390万円もする。マツダは台湾では高級車だな
 じゃぁ台湾自国メーカーのラクスジェンならどうかと言うと、U6NEOという車種が一番安そうで、これがエントリーグレードが75万8千元だった。デミオとあんまり変わらんなwいずれにしても、台湾では自動車は高値の華だな
 せっかくなので車の話を少し、高価な買い物のような自動車だが、バイクに順じて台湾ではポピュラーな乗り物の一つ。都市部でも大量のマイカーが走っているので、自動車保有割合は高そうだ。メーカーは圧倒的に日本車が多く、その他の有名海外メーカー、そして極わずかな国産メーカーという塩梅だ
 ちなみにトヨタや日産はそのまんまの漢字表記(最近のディーラーは日本同様アルファベット表記だが)で、マツダとスバルだけちょっと違う当て字になっている。先述の馬自達と、スバルは速霸陸

 駅舎に沿っている外通路コンコース。なんか置いてある
 
 有名なおっぱい裸婦像だ。グーグルマップでコメント見ると、台東に来たら必ず見たいランドマークって書いてあるwさすがにおっぱい丸出しは気が引けるのか、通路の端っこの方に目立たず置かれている。改札正面にもモニュメントのように別の木彫り像が置いてあった
 
 10時半になって鉄道グッズ店、薹鐵夢工場 薹東店がオープンした。その名の通り、台鉄関連の様々グッズ、駅弁なんかも販売している。台北の旗艦店を筆頭に南港、松山、台中、高雄、花蓮そしてここ台東等に出店している

 鉄道模型も僅かに扱いがあるので覗いてみたが、欲しい16番ゲージの車両は皆無だった。駅弁は車内で購入予定なのでここではパス。まだちょっと荷物を増やすのは得策ではないしね

 まもなく改札が開きそうなのでコンコースで待機

 再び構内に。EMU3000明るいところでやっとまともに撮影できた

 先頭は45ED3042

 E209が単機で停まっている
 E200は1975年に35両、1992年に5両の計40両が導入された台鉄の主力電気機関車でアメリカのGE製である。発電機を搭載しており、客車へのサービス電源を供給できるので旅客列車を牽引することが多い。同型にE300(39両)、E400(18両)があり、一族総数97両で台鉄の客車、貨車牽引輸送を支えている

 EMU900とのツーショット

 車両基地から回送されてきたEMU900、ED911-1。11時18分発の区間快3018次、新左營行となる。南廻線を走る貴重な非対号列車で、1日3往復しかない

 知本10時45分発の樹林行、太魯閣自強417次TEMU1000が到着した。知本方先頭のTED1008だ
 TEMU1000は2007年から運行が開始された自強号用特急電車で、日本の日立製作所が製造を行った。見ての通り、JR九州の885系電車をベースに設計されており、電化されているとはいえ、曲線が多く急峻な東部幹線を高速走行する為に振り子制御付きとなっている。振り子式の電車としては本系列が台湾初である
 4M4Tの8両固定編成で8編成、計64両が増備された
 昨日乗ったTEMU2000と共に東部幹線の高速輸送を担っている。TEMU2000は西部幹線のみの運転もあるが、本系列は員林・彰化以北から花蓮方面への直通運用しか行っていない

 運転席横には「Taroko」のロゴステッカーが貼られている
 「太魯閣・タロコ」は主に花蓮県、一部南投県、台中市にまたがる太魯閣国定公園から名付けられている。国定公園内の太魯閣渓谷は内外の観光客に人気のスポットで、これを目当てにする乗客輸送を改善させるために製造された本系列にはもってこいの名称
 
 愛称は太魯閣号だが、列車種別は自強号。側面表示器では太魯閣自強号と表示される。これは普悠馬号と一緒だ

 指定された席は6号車の1番。車端部

 中桟が付いていて、上半分は客室側に倒れるように開く。ここだけ・・・・・・その分視界は遮られる。外れ席かなw

 ヘッドレストカバーは太魯閣専用デザインだ

  台東→花蓮:45TEP1008 11:05発 太魯閣自強417「樹林」 6車1番


 4割強の乗車率かな・・・・・・観光客が台東から帰るには早いし、花蓮や台北に遊びに行くには遅い列車だしな。太魯閣号は人気列車だというが、それも曜日や時間帯によって、という事なんだろうな。もちろん混雑する区間ってものもあると思うし
<台東~山里・シャンリー>

 台東機務段。E408の奥にいるのは1両だけ残っている優等列車用気動車DR2700の中間車DR2750、35DR2752だろう
 DR2700は1966年に製造、運行開始された台湾初のステンレス車体気動車で、当初は西部幹線の優等列車「光華号」で使用された。日本の東急車両が製造しており、東急の他のステンレス車と同様に米国バッド社のライセンスの下に製造されている
 先頭車(DR2700)25両と中間車(DR2750)6両、併せて31両が製造され西部幹線に投入後、同線電化後は非電化の東部幹線に転用された。最後の運用線区は台東線で2014年まで使用されたのち、状態の良い先頭車4両だけが動態保存として2020年まで残ったが、それも台枠の腐食が進行したために運行終了となった
 これに限らず、電化後も東部幹線で残っていたディーゼル車での自強号運用も、2023年4月にDR2800、2900、3000の3系列が一気に定期運用終了し、趣味的に大きな転換点を迎えていることが今回の台湾行に大きく作用した。環島電化完成によって非電化路線はローカル支線だけとなり、これらの優等列車用気動車は軒並み職を失うのは判り切っていたことなのに、我ながら機を逃してしまったのは情けない限りだ

 ディーゼル機関車はまだまだそれなりの数が働いているんだな

 さっきまであんなに晴れ渡っていたのに走りだしたら急激に雲が広がって来たな。3月でもこの暑さならスコールみたいなものが降るのだろうか

 台東を出ると卑南渓に沿って内陸へと入り込んで行く。台東線は東部の狭い平地部分を北上してゆくわけだが、殆ど海沿いを走らない。海沿いにはその名もずばりな海岸山脈という小さい山地が延々と花蓮まで続いており、その山地に阻まれ内陸を流れている大河に沿って街が点在しているので、必然鉄道はこちら側を通る
 海沿いにも国道が走り、街が無いわけでは無いのだが、圧倒的に人口は少ないのだろう。特に台東線建設時には海沿いでは採算が取れないのと、主要な輸送品目の一つであったであろう木材なんかは内陸の方が集荷しやすかったに違いない

 西側に比べて、東側は特に山から海までの距離が短いので、川幅は広いが流量は少なく、砂利の河原ばっかりが目立つな

 どんよりしているけど、北側はまた青空が見えてきた
 ところで、台鐵は一部の自強号で事前の座席指定時に弁当の手配が同時に出来るサービスを実施している。座席指定と共に飲食物を選んでおくと自席まで持ってきてくれる便利なサービスだ
 時間帯によって飲食物の種類は変わるが、日中は概ね弁当がチョイスできる。この列車も対象列車なので勿論弁当も購入しており、指定時にどこで積載するかなどの情報も書いてあった(この列車は台東で積載)ので待ち望んでいるのだが、いまだに届かない
 隣に人が来ると食べにくいし、そもそも花蓮までしか乗らないので余り遅いと食事時間の確保が問題になる。そもそも、この弁当をあてにしていたので台東では飲食物を一切購入していない。つまり、お腹が空いたのである

 スマホでもできる台鐵対号列車の予約サイトである。区間、日付、時刻を選ぶと対象となる列車が表示されるが、赤囲いのアイコンのある列車が飲食物手配が出来る列車だ
 「乗車券を予約」ボタンをタップしてゆくと

 弁当購入ボタンが出てくる。この列車は東部幹線を使って台北から高雄へ向かう列車なので、途中の花蓮で弁当を積み込むことが解る
 弁当は2種類。排骨便當が骨付き肉弁当。素食便當というのは野菜メインの弁当だ。「紙盒」というのは紙箱ですよと言う意。かつての弁当はステンレス容器製で掛員が回収し再利用していたが、持ち帰ってしまう客が多くコストが掛かるので木製になり、その後紙へと変わっている
 今は持ち帰ることを前提にしたステンレス容器の弁当が復刻販売されているが、こうしたものはネット予約の対象にはならないようだ。予約サイトでは紙以外のものを見たことが無い


 昼前後に弁当を積み込みが出来る駅を通る列車以外は軽食になるのだが、弁当との格差があるのを是正するためかメインディッシュとドリンクのチョイスになる
 なお、この列車ではビジネスシートを選んでいるので、食事は運賃に含まれている

 哈根達斯冰淇淋はハーゲンダッツ(哈根達斯)アイスクリーム(冰淇淋)
 微熱山丘鳳梨酥蘋果酥は微熱山丘(サニーヒルズというお店の)鳳梨酥(パナップルケーキ)と蘋果酥(アップルケーキ)。1箱に1個ずつ2個入っている
 千層棒餅乾盒-鹹蛋黄+肉鬆はミルククッキーちょっと判り難いが
こんなお菓子らしい
 比利時蓮花薄脆餅はビスケット
こんなお菓子
 あの4択なら、夏場はハーゲンダッツ、お腹にちょっとでも貯めようと思ったらパイナップルケーキかな


 騰雲座艙限定氣泡水はAQUAGENというブランドのグリーン車限定炭酸水。騰雲座艙は日本で言うところのグリーン車
 樹頂100%純蘋果汁はTREE TOPというブランドの100%リンゴジュース
 (含糖)星巴克特濃珈琲拿鐵はスターバックスの缶コーヒー。含糖なので、微糖のか、少なくともブラックコーヒーではない。ネット情報によると、韓国製造のものが来るらしい
 3000設計款瓶装水の詳細がよくわからんが、EMU3000のグリーン車限定の瓶入りミネラルウォーターのようだ
 調べて日本語に置き換えれば何かわかるが、これ予約サイトだと翻訳機能がないので一体どんなものが来るのかさっぱりわからなくて、当初予約するときに凄く時間がかかった。一番最初に予約した時はハーゲンダッツとスタバ珈琲にしたよ。これだけ調べなくても何となく解ったからw
<海端・ハイトゥアン~池上・チーシャン>

 ずっと左側を沿ってきた卑南渓を渡ると、池上だ
<池上>
 結構乗って来た。空いていた隣にもお客さんが・・・・・・
<池上~富里・フーリー>

 池上出たらワゴンでお姉さんが弁当持ってきたよ。一昨日の夜に台北駅で指定券発券した時に、同時に出てきた弁当引換券を渡す
 貰ったのは80元の排骨便當(パイクゥピエンタン)。ラッピング仕様のDR3100列車が描かれている。線路端で水牛の親子が草を食むなんて風景はもう台湾でもさすがに日常的には見れなくなってきているんだろうな

 台鐵の代表的な駅弁。排骨、つまり骨付き肉弁当だ。煮卵、ソーセージ、なんかの揚げ物と野菜。標準仕様だな。販売個所や時期によっていろんなパッケージがあるが、大体このサイズの四角い紙箱弁当で、中身も凡そこれみたいだ
 TEMU1000、テーブルは付いているが、肘掛けに入る小型で片持ちのタイプだから弁当食べ難いな。すんごい揺れるし、排骨の骨が揺れで刺さるw
<玉里・ユーリー>
 東側から旧線が直角に合流すると玉里

 ホームの上までバイク入ってるよw
 玉里は台東を除くと、台東線で唯一の一等駅で全ての自強号列車が停車する。かつては機関区も置かれていたが、現在でも運行の中枢になる駅で夜間滞泊用の設備が備わっている
<玉里~三民・サンミン>

 高架橋で眺めの良い田園の中を突き進む。この辺は線路付替え区間で、かつては西側に大きく迂回して渡河していた
<瑞穂・ルイシュイ>

 ちょっと山側にはいると温泉街があるようだ
<吉安・ジーアン~花蓮・ファーリェン>
 台東線がナローゲージだった頃は吉安が接続駅で、ここから東へ花蓮の市街地を縦断して花蓮港まで通っていた。廃線跡が分かれていくはずなんだけど、道路化されているのでどれかわからなかったな
<花蓮・ファーリェン>
 
 久々にたくさんの住宅や中層のビルが線路際に建て込んできて花蓮到着。突っ走りまくって4分も早着しやがったwww
 振り子の強味を活かし、所定1時間40分のところ、4分早着したので1時間36分で走破した太魯閣号。停車駅の多いEMU3000自強で約2時間。莒光号では3時間半かかるところ1時間半強で走るのだから台東線の高速化にいかに寄与しているのかよくわかる。ナロー時代の台東線は最速達のディーゼル特急の光華号が今日の莒光号と同じ3時間半で走り、夜行列車が運行されていた頃に比べれば雲泥の差だ。なんなら花蓮~台東間でさえ遠東航空による定期航空路線が設定されていた時代すらあるのだ

 隣のホームには花蓮止まりの自強号を入換するR161。さっき台東で見たR100形と似ているが、こちらは1973年から20両が、1983年から追加で5両が製造されたR150形。EMD社内の形式はG22CUでブラジルやアルゼンチンに同型機がいる

 自強号の機関車はE1062。車両基地は台北方、つまり自強号編成の後ろの方にあるので、機関車は推進で基地まで押し込むのだろう

 同じ月台には乗って来た太魯閣自強を追いかける自強175次E1014が停まる
 縦貫線では多数が走行しているPP自強だが東部幹線では基本的に花蓮以南には入らないようだ

 中間にはファミリーカーが連結されていて側面には動物のキャラクターがたくさん。この号車は当然親子組の乗車券じゃないと利用できない
 かつての半室食堂車、PPD2500を改装して組み込んであるそうで、食堂車→荷物車→自転車輸送用車→ファミリーカーという変遷を経て形式もPPP2500になっている。2017年以降20両がこの仕様に改修されている

 この後、行きたい所には太魯閣自強が停まらないので、ここで自強175次に乗り換えてゆく

  花蓮→頭城:35PPH1328 12:52発 自強175「潮州」 8車42番


 小窓のところだ

 昼下がりで一番旅客が少ない時間帯だし、太魯閣自強の後を追っかけるので空いているな
 ここまで色々乗って来たが、PP自強ことE1000は初乗りである。前回来た時には最新鋭だったE1000型も定期運用を行う自強号としては最古参となった
 1996年から2002年にかけて導入されたE1000型は、韓国、現代精工製客車編成の前後を南アフリカ、ユニオン・キャリッジ・アンド・ワゴン社製の動力車で挟みこんで運行されるプッシュプル方式の電車で、動力車64両、客車381両が製造された
 後継車が増備された現在もその勢力は大きく、西部幹線を中心に多数が運行されているが、経年の為に故障率も高く、2023年以降導入の東芝製E500型機関車で電動車を置き換える計画も進んでいる
 いずれにせよ、EMU3000が完納されるまでは単一形式としては最多量数を誇っており、しばらくは活躍が続くと思われる
<花蓮~北埔・ベイプー>

 アメリカ型DLのR106が停まる。台東で見たR126と同型だが、こちらはかつて莒光号を牽いていた時代の塗装、オレンジに白帯のままである

 EMC551

 使っているのかどうか判らない電源荷物車群。青いやつもいるな。DE10みたいなDLはDHL100形。旧来の入換機を置き換える目的に2002年から2003年までに16両が製造された。各地の機務段で入換輸送に従事しているが、かつては支線区の貨物列車牽引にも使用された

 北廻線は貨物輸送が盛んなのでディーゼル機関車もたくさん配置されている。中央右はR190形R192。台鐵R180形と同型だが、台湾水泥公司が発注した機関車なので別形式にされている。いわゆる私有機関車

 車両基地が過ぎると、東側から複線架線柱の列が近づいてくる

 複線線路が合流。余りにも立派なので本線級の旅客線に見えるが、これが現在の花蓮港への貨物線。
<新城・シンチェン~崇徳・チョンドゥー>

 立霞渓を渡る。海側には旧線の単線橋梁が残っている。鉄橋なら外して溶かして再利用できるのだろうけど、特に北・南廻線はコンクリ橋梁が多いようでルート変更して不要になってもそのまま残っている例が多いように見受けられる。それにしても、重い機関車列車が行き交っていたにしては華奢に見える

 台東線は内陸に平地があったのでナローゲージとはいえ開業が速かったが、花蓮以北は特に蘇澳までの断崖絶壁に行く手を阻まれ、トンネル掘削技術が熟成するまでは鉄道の建設は不可能であった
 この周辺は3000m級の中央山脈が一気に太平洋に落ちるところなので海沿いにも山沿いにも鉄道や道路をまっすぐに通すような平地が存在していない。丁度、北アルプスこと飛騨山脈が日本海に落ちる親不知のようなものだ。もっとも、親不知子不知は全長15km程だが、こちらはそれが花漣から蘇澳にかけて延々80km近く続く

 海沿いの隘路をなんとか鉄道を敷設したという苦労の跡が垣間見える。都市間の需要は確かにあるが、沿線中間の人口は希薄なので鉄道が中々できなかったのは理解できる。もっと断崖絶壁に路盤を造っているとこは全国にあるが、費用対効果から得策ではなかったのだろう
 北廻線が出来るまでは断崖絶壁に張り付いて走る蘇花公路の路線バスしかこの区間を往来する術はなかった。それすらも難路で時間がかかり、台北から花漣は最近まで航空便が頻発しており短距離ながら航空輸送が盛んであった
<漢本・ハンベン~武塔・ウーター>

 南澳南渓を渡る
<武塔~南澳・ナンアオ>

 続いて南澳北渓を渡る。どこも複線化によって打ち捨てられた旧単線橋梁が隣に並行しているな
<南澳・ナンアオ>

 南澳南渓と北渓が合流して海に落ちる僅かな扇状地に開けた街。「澳」の文字が出てきたが、蘇澳まではまだ10km近くある
<永樂・ヨンルー~蘇澳新・スーアオシン>

 蘇澳からの支線が寄ってくる。支線と言っても、1980年の北廻線開通まではこちらが本線で、旅客は一駅先の蘇澳、貨物はさらに先の蘇澳港から南方へ連絡していた
<蘇澳新>

 1968年に南新城として開業、1975年に南聖湖に改称、北廻線開業後の1982年に現在の蘇澳新になった
 花蓮方面への直通の便を考慮して北廻線はこの駅分岐となったため、それまでのメインルートだった蘇澳新~蘇澳間は支線の様な扱いとなってしまった。2022年6月のダイヤ改正以降は対号列車の設定がなくなり、区間快車、区間車のみの運転となり、いよいよ支線然となってしまった。台北からも花蓮からも距離があるこの一区間を残すのは忍びないが、どうにも今日のタイミングだと蘇澳まで行くのは難しいのでこのまま素通りである。いや行けなくは無いんだが、行ったらこの後の観光が出来なくなる
<羅東・ルォードン>

 台湾の中では比較的後年(1979年)まで残っていた羅東森林鉄道の接続駅
 羅東は蘭陽渓が河口に作る三角州平野にできた街で宜蘭県の県都宜蘭に次ぐ都市である。宜蘭、羅東を合わせれば都市圏としては花蓮よりも大きいのではないだろうか。ホテルなんかもたくさんあるので、人気の花蓮よりもこの辺に泊まった方が便利かも?温泉もあるし
<礁渓・ジャオシー>

 また間違えて昨日の日付でチケット発券してたよ。礁渓で乗って来た今日の日付のチケットのおじさんに肩叩かれて発覚。急遽、頭城で下車。本当は自強号で行けるぎりぎりのポイント、雙渓まで乗るつもりだった
<頭城・トウチェン>

 予期せず降りることになった田舎駅。花蓮では改札を出ずにそのまま175次に乗り継いで来たので、全くチケットを持っていない状態。窓口で花蓮~頭城間の自強号無座の料金を精算しようとしたが、なかなか理解してもらえず難儀した。ただ乗り越しただけなんだけどな・・・・・・窓口のお姉さんごめんね。なお、花蓮~頭城間の料金は165元だった

 作ってもらった切符は頭城から花蓮。間違えて乗り過ごして戻ると思われたのかな。ちゃんと猴硐に行くって言ったんだけどな。あとこれ、区間車の料金だな・・・・・・うーんわからんな。仮に花蓮に戻る分のつもりで切符を作ったなら頭城までの運賃払ってないことになるしな・・・・・・
 そんなイレギュラー下車駅頭城だったが、窓口対応に時間を要したので駅名標を撮ることしかできなかった。北廻線は電化複線化、太魯閣号や普悠馬号等車両の高速化がなされても相応に時間がかかり僻地の感が拭えないが、古くから別ルートでの高速新線の計画が取り沙汰されている。台北市内南港車站から山中を長大トンネルで直線的に結び宜蘭地方を結ぶ「北宜直線鉄道」の宜蘭側接続駅がこの頭城だった。その後計画は変更され、接続駅は少し北部の大渓車站に変更になった。当初は2026年の開通を目指していたが、計画変更などに伴い、2030年代まで開業はずれ込む予想だ。この新線が開通すると、頭城車站は高架化されるそうなので、今のうちに見ておいてよかったとも言える

  頭城→猴硐:45EMC722 14:37発 区間4183「北湖」

 予定ではこの先、雙渓で自強号を下車してこの列車に乗るつもりであった。特段、この後の行程に影響はない
<雙渓・シュアンシー>

 ここまで来て乗換の予定だった。特急列車が停まるような規模の駅ではない。山越えの途上にあるようなローカル駅だった。ここはここで降りてみたかったな
<牡丹・ムーダン~三貂峯・サンディァオリン>

 日本人観光客に有名なローカル線、平渓線の単線線路が寄ってきた
 平渓線は三貂峯から基隆河を遡り菁桐(チントン)に至る12.9kmの非電化ローカル線だ。沿線の豊富な炭田開発を目論んで日本統治時代の1921年に開業した。現在では炭山は閉山しているが、商店街の中を通る十分(シーフェン)や美しい渓谷を目当てにする観光客向け路線へと脱皮している
<三貂峯・サンディァオリン>

 いわゆる秘境駅。台北方面行ホームは狭い崖下に張り付くように設置されている。直接駅に入る車道は無く、1km程西の平渓線鉄橋横の歩道からアクセスするしかない。跨線橋や地下道は無く、河沿いの駅舎から台北方面行ホームに出るには構内踏切を渡ってゆく必要がある
<猴硐・ホウトン>
 
 出っ張ったスカート兼連結器カバーが特徴的なEMU700、EMC722にて猴硐に到着
 その出で立ちから「スネ夫電車」と呼ばれる(似てる?)EMU700は2007年から08年にかけて日本車輛と台湾車輛で8両編成20本が製造された。2年で160両も投入されたために台鐵のローカル輸送は劇的に改善され、台鐵捷運化計画を協力に推し進めることが出来たという

 側線で土砂を積まれて佇む30G2085。砕石を載せることが多いからか側面は白く汚れている
 
 立派な駅ビル。周辺の小駅には無かった威容

 工場のシルエットがレリーフになって上部に貼り付けてあるね。今気付いたよw

 駅前にいた猫ちゃん

 シュッとしてるね君

 3月だけどもう暑いからぐったりしているねw
 猴硐はたくさんの猫が街のあちこちにいる「ネコ村」として有名で、今日も平日に関わらず多数の観光客で賑わっている。もちろん、猫ちゃんも見たいんだけど、それよりも

 駅前にいきなりある埋められた線路と、明らかに工場設備っぽい建物。こちらが本命である
 駅前近くは綺麗に整備されて炭鉱博物館となっているが、奥には廃墟と化した選炭場がそのまま残っている。駅横の一連の施設は瑞三礦業公司の選炭場で、基隆河を隔てた対岸の各抗からトロッコで運ばれた石炭を集めて、台鐵の貨車で運び出していた。このため、猴硐の街は炭鉱住宅街で木製住宅が多いのと、炭坑内の支保工(坑道を支える櫓)が木製だったためネズミ被害が多いので猫を多く飼っていたのがネコ村の始まりである
 日本統治時代の1920年に当時最新鋭の技術でもって操業を開始した選炭場は戦後も稼働し続けたが1990年に閉山。周辺は過疎化が進んだがネコ村化で村おこしが成功した例といえる

 対岸に渡りたいのだが、道が良くわからんので駅前から北側に見えていた橋まで向かってみる。河沿いに街が細長く続くだけで、周囲は鬱蒼とした山地なのがわかる

 基隆河を跨ぐ介寿橋を渡り対岸へ。ここから左方、北部側が猴硐の現在の中心部

 介寿橋と対岸道路、候硐路とのT字路付近にある懐徳亭と書かれた東屋。なんかモニュメントがあるけどしっかり調査せずに通り過ぎちゃった

 正面候硐路を進んで行けば目指すエリアに到達できそう。橋の建設記念碑と、福泉洞を見ながら進もう

 橋を振り返ると丁度奥の線路を太魯閣号が高速で通過していった

 ちょっと奥から介寿橋を撮影してみる。斜めに渡した鋼製アーチから鋼索で桁を吊ったアーチ橋だ

 南側を見ると基隆河にかかる運炭トロッコ用「瑞三運煤橋」と炭砿博物館が遠望できる

 手前の天然のダムも気になるね。自然の産物っぽいけど、流れを遮らないように穴が開いてるみたいに見えるね

 ほんとはあそこ渡っていけば近かったんだけど、どこから入り込むのかわからなかった。橋の向こうを台鐵の列車が走ってきている

 猴硐車站を通過してゆくのはDR3100、3×3の9両編成DR自強号だ

 かつては東部幹線の主力だったディーゼルカーでの自強号は電化完成と共に運用を減らし、今ではDR3100を使用する自強号は樹林~花蓮間に2往復だけとなってしまった
 写真の列車は花蓮13時48分発の自強221次で樹林までを約3時間で結ぶ。午後の1便で台北方面へはこれが最後のDR自強だ。こんな角度でも撮らないわけにはいかない列車だ。いや、判っていればもっと線路のそばで撮ったんだけどねw
 参考までに現行ダイヤでは順行が樹林15時26分発、花蓮18時22分着の236次、同18時18分着発、21時50分着の246次、逆行が花蓮10時35分発、樹林13時57分着のの215次、同13時48分発、16:44分着の221次の計2往復、4本のみだ

 ちょっと坂道進んでふっと横見たら穴が開いていた。最初は洞窟的な自然なものなのかと思ったらしっかり煉瓦で巻き立てしてある人工物。周辺は鉱山なのはわかっているので、古い坑道なんだろうな、と簡単に予想は付く

 大正年間に造られた運炭トロッコ用の隧道でしたか。この位置にあるということは、この先は今歩いている道路が軌道跡だったという事か。確かに道はこの辺りが勾配のトップで、この先は比較的平坦に見える。トロッコが走っても支障無さそうな地形だ

 坂を上りきって瑞三運煤橋の袂まで来たら道路を軌道が横切っているところに出くわした。山側の坑口が昔の鉱山でそのまま残してあるのかな?なんて思ったら、

 突然、機関車が坑口から現れて道を渡ってゆく。特に踏切警戒する要員もおらず、機関車も減速することなく横断を開始
 これ、鉱山体験用のトロッコ列車なんだ。150元で乗れるそうだけど、2~30分かかるらしいので、今日はパスだな

 狭い坑道用の背の低い機関車。運転手のおばちゃん頭がつかえるように窮屈そうに乗っているな
 後につながる人車(トロッコ)は体験運転用の新しいものみたいだが、機関車は鉱山現役時代から使われていたような古いスタイルだ。相当年季も入っているな

 川側の乗り場に入ってゆく
 調べたら機関車は100年ものの加藤らしい。新型の綺麗な機関車(蒸気機関車然としたもの)が主力らしく、加藤はあまり動いていないんだそう。動いているところ見れてラッキーだな♪

 結構お客さんいますね

 しかし長いな!!スピードは遅いから中々道路が空かない。奥の建物は瑞三鉱業の本社社屋だったそうだ

 やっと通過し終えたので、道路側からトロッコ乗り場を。両端がループ線になっていて、機関車を付け替えなくてもぐるぐる周れるような配線になっているようだ。一方通行なわけだからポイントもスプリングポイントで良さそうなものだが、ちゃんと任意の方向に転換できる梃子が付いているな

 車止めの上に無理やり載せた転轍機。凄い。車止めに載せることでしゃがまずに操作できる。なるほど!

 川沿い、崖の上に牽きまわした小さなヤード。周りにあるモニュメント的なものがいちいち台湾ぽいなw

 こっちは山側の本社社屋内にある軌道。繋がっていないので使用されていないのかと思うが、人車が置いてあるので修繕場なのかな?

 そしてとうとう現れた道路わきの廃線軌道!

 先の方までヘロヘロ伸びてる併用軌道。これを目当てにやってきた。ちゃんと存在していた。嬉しい♪♪
 軌間は508mmだそうだ。鉱山での主流は610mmなのでそれ以上に小さいスケール

 こっちにもヤードがあって線路が引き回されている

 坑道体験トロッコの反対側のループがこっちなんだ

 ループから分岐した線路が敷地外に出てきて、道路わきの廃軌道に合流していた。こっちのポイントは簡易的なものだな

 交換所がある

 道路の向こうから交換所、そして歩いてきた方向を見る。観光地化されていない廃軌道とその風景が展開されている。美味しい

 交換所は15mくらいだろうか?長編成の列車は交換できないが、果たして交換する必要もあるのか?どうした形でここが運営されていたのか、全然資料がない

 合流後すぐの地点。電柱を避ける軌道。これが一番見たかった。この写真を見かけて、調べたのが始まりだった。そして、最初に目撃した文献がいっさい判らぬ。なんとかそれも見つけたいな。ネコパブリッシングのトワイライトゾーンか何かだったろうか

 電柱が移設できないから軌道が避けているわけで、そうすると軌道の方が後に出来たことになる。鉱山の歴史は先述のとおり物凄く古く、各所に坑口があって駅横の選炭場までトロッコで運ばれたであろうから、ここもそんな昔からの軌道かと思うのだが・・・・・・
 まぁ時代が進んで車道を整備するのに軌道を端に寄せたけど、電柱をうまくクリアできなかった、みたいなことはありそうだ

 20mほど進むと軌道は終了した。この辺は枕木が見えている。レールと枕木が一体化した軌框なんだな
 手押しトロッコでも良いからゴロゴロ走らせたいくらい綺麗な軌道だな

 行きは軌道に夢中で気付かなかった。交換所のちょっと手前にある建物の壁面に現役時代の写真が飾られていた
 さっき観光トロッコを牽引していたKATOだな。長編成のナベトロを牽いている。こんなに長い編成が見える区間観光トロッコの営業路線上にはなさそうだから、この道路上を運行していたころの写真だろうか・・・・・・

 帰宅後、詳しい書籍「基隆&瑞三炭鉱鉄道」というムック本を高価だが取り寄せ調べてみた。それに伴って起こした地図が上図だ
 マウスをあてるとロールオーバーでかつての炭鉱鉄道ルートが表示される。赤ラインが右岸路線。今回全く歩いていない橙ラインが左岸路線でKATOが走っていたのは橙ラインの方の可能性が高い。赤ラインも歩いたのはほんのさわり程度で、復興坑までの運炭鉄道が右岸ラインだ。素掘りのトンネルがあるのはかなり先で、その周辺にも軌道が埋められたまま残っているそうだ。ここまで調査するにはもう少し時間が必要だな。平渓線乗りに来た際にはもう一度探索しよう

 駅へと戻る道すがら。平渓線の気動車がやってきた。DR1000の3両編成だ

 廃棄された車の遊具?カートなのか、置いて遊ぶだけのものか。観光地だし、こうゆうのが設置された時期もあるのかな

 観光トロッコの脇から運煤橋へ。帰りはここを通ってショートカットで駅へと向かいたい
 線路は残っているが歩きやすいように踏板が敷き詰められ、オリジナルの欄干よりも手前にガラスの柵が出来ている

 トロッコがモニュメントのように数台置いてある。トロッコの部分だけ床板が設置されていない。オリジナルの橋の平面が見えるね

 橋から南部、上流側を見る

 駅横の廃墟。選炭場の一部だが、崩れるに任されている状態。保存しようにも、やるとなるとこの風景は残せないよな。これがウリなんだもの

 橋を渡り終えて長い階段を下りてゆく。ここにもネコちゃんがいる。チャトラくん。しかし、至る所にいるな

 ちょっとまだ時間に余裕がるから、定点観測でもって思って移動してたら突然来ちゃって上手く撮れなかったR165牽引の貨物列車
 こっち側(東側)は柵があって安定して撮れるところがないな、駅の向こう側行くか

 駅横から西側へ渡る連絡橋があるので上っているとDR1000が到着した

 1033-?-1030の3連だった

 こっち側が猫村のメインなのかな?

 ネコチャン愛でながら、さっき目星を付けていたポイントへ向かう

 駅が見える線路端へおりてきた。ここで定点観測しよう

 台北方は直ぐトンネルになっている。トンネルの右側には単線の旧線。かつては基隆河沿いを短いいくつかのトンネルと急曲線の連続で抜けていた。1986年の複線化によってルート変更された。山陰線の保津峡や、福知山線の武田尾のような感じだな

 まずは台東発樹林行自強421次、EMU3000を後撃ち

 続いてやってきたEMU500、EM503以下4連の樹林発蘇澳行区間車4208次

 自強号退避の為に副本線に入る。こっちが2月台かな?5分ほど停車して、その間に自強号を先に通す
 スマホで時刻表アプリを見ていたら後から来た現地マニア(鐵路迷というらしい)の青年に何やら言われたが、こっちは中文全然わからんのよ。お兄さんはなんか列車の現在位置見えるアプリ的なの持ってる、最近の台湾では日本のような在線位置アプリがあるんじゃろな

 すぐさま、道を譲った相手の自強号がやってきた。樹林15時44発の花蓮行、貴重なDR自強236次だ。DR3115を先頭にした9両編成で轟音蹴立てて通過していった。鐵路迷のお兄さんもこれが目当てっぽいが、うきはよりも居座るらしい
 ともあれ、貴重なDR自強なんとか撮影できてよかった~

 目的は済んだから、ネコチャン見ながら駅に戻ろう

 みんな耳欠けだから、きちんと去勢避妊されている。野良猫・・・・・・なのかもしれないけど、ほったらかしにされているわけでは無いんだな

 台北松山空港からの出発経路にあたるのか、さっきから時折飛行機が真上を通過してゆく

 今日は105mmしか持っていないけど、もう少し長いレンズ持っていたらもっと大きく鮮明に撮れるな。例として台湾空軍のC-130を掲出したけど、航過するのは圧倒的に民間機が多い

 崖の隙間みたいなところに駅と集落、鉱山があるので、どっちに行っても高低差を越えていかなければならない。終始、上がったり下がったりしながらの探索だった。これで駅に戻って、再び列車の旅に

 ホームに行ったら貨物列車が停車していた。先頭の本務機はディーゼル機関車だったが、最後尾に補機なのか電気機関車が連結されていた
 さっき撮影した逆方面の貨物列車もディーゼルだったし、この辺の貨物列車の本務機はみんなディーゼルなのかな?
 花蓮の近く、新城や和仁、和平、東澳、永樂と非電化の専用線や積み込み設備がたくさんあるので、最初からディーゼル機関車の方が良いんだろうな

 すでに切り離されている
 産地は南部で、重い荷を載せた貨物列車は北部を目指すので、分水嶺を越えて基隆河沿いに出るまでは上り勾配に備えて補機が必要なんだ

 E400型、E407

 アップでもう1枚。外観的には200、300、400の違いは良くわからないな

 区間車を先行させる。蘇澳14時52分発、桃園行の区間4191次だ。桃園には18時22分に着くから3時間半の長距離列車
 最後尾EMC509他の8連。もちろんこれで先へ進んでも良かったのだが、ディーゼルカーに乗ってみたかったので見送る

 区間車を先行させ、今度は貨物列車。デッキに乗って車掌氏が先を睨む。緩急車がちゃんとその役割を果たしている

 どこまで行くんかなぁ・・・・・・

 補機はまだ止まったまま。隣の本線にまた機関車がやってきた

 また貨物だ。貨物の往来激しい。今度は本務機も電気機関車。E302牽引の石灰石輸送列車だ
 E300も撮影できたから、200、300、400各タイプ制覇出来たな

 後の方は灰色の貨車だった。そして、この列車は後補機を付けていない。牽引定数で補機の有無を決めているんだろうか。国鉄、JRと同じように。それとも、新しい感じの貨車出しブレーキ性能とか牽引が電気機関車だから補機が必要ないとか。そういえば、緩急車も付いてないものな

 側線をネコが渡る

 猫飛び出し注意看板があるくらい、道路を横切る動物は猫ばかり

 樹林15時51分発、東部幹線経由の新左營行自強434次。ED3202以下の12連だ

 花蓮14時30分発、斗南行自強177次。先頭はE1041

 後はE1062。さっき、花蓮でDLに牽引されてたやつだ。てことは、あれは出庫してきたところだったんだな

 また貨物が来た。E312牽引の無蓋車編成。後ろの方にフラットカーが繋がっている。フラットカーの荷は長尺のコンテナだ。コンテナは床に直置きしている。締結装置的なものが見当たらなかったけど、置いてあるだけか???
 貨物撮影で猴硐での定点観測終了

  猴硐→瑞芳:DR1003 17:00発 区間4831「海科館」

 平渓線沿線観光客で混雑している為数分遅れて到着した。その上で、猴硐からの帰宅観光客が乗り込むので車内は大混雑だ。平日なのにこんなに乗るんだ・・・・・・ちょっと想定外だったな
<瑞芳・ルイフォン>
 
 乗って来たDR1000。列車は深澳線に直通して海科館まで走る。平渓線も深澳線も非電化なので、直通運転させることで効率的に車両を運用しているようだ。どちらも乗っておきたいが、今日はもう疲れたので台北に向かおう。というか、乗るならいっぺんに乗ろう
 地下道入り口では「台北!タイペイ!!」と駅掛員が大声で捲し立てるように連呼して向こうのホームへ乗客を誘導していた

 深澳線ディーゼルカーが発車し、喧騒の消えた1月台。3両編成に押し込まれていた乗換客は台北方面の2月台にやってきたほか、ここからバスで有名観光地「九份」に行くのだろう。相当数が列車での旅程継続ではなく、改札口を出て行った。上手くバスを選べば、駅前から最速5分程度で九份老街まで行けるようだ

 瑞芳は乗換の拠点になる賑やかな駅だが、周辺は中低層住宅が点在する丘陵地帯のベッドタウン駅。こうした乗換でもなければ訪れることは無さそうだ

 緩急車が見えるので恐らく、先ほど猴硐で見送った貨物列車だろう。行き先は瑞芳だったんだな
 有効長の関係か編成を2分割されて西側の側線に押し込まれていった。こちらは2分割した後ろの編成

 前部編成を押し込んだディーゼルが戻ってきた。本務機だったはずだが、入換もそのままやるらしい

 連結前に停止。さっき花蓮で見たR150のうちの一両。こちらは青系の塗色になっている

 アメリカ型DLって見慣れないから嬉しくて何枚も写真撮っちゃうよね。最近、スイス製の新型DLが入ってきたそうなので、この辺の旧型機は置き換え始まるだろうし。積極的に残していかないとね
 うしろでちょこちょこ動いている入換機も撮っておけば良かったな

  瑞芳→八堵:45EMC520 17:25発 区間4193「樹林」

<八堵・パードゥー>
 
 八堵に到着したEMC520以下の区間車

 随分暮れてきた。このあたりも炭鉱で栄えたところで炭山があちこちにありトロッコが縦横に走っていたそうだが、今では台北のベッドタウンになっていて片鱗もないな

  八堵→基隆:35PPT1180 17:43発 自強122「基隆」 無座

 ちょこっとだけ自強号に乗る
<基隆・キールン>
 
 基隆に到着した自強122のE1024

 ファミリーカーの出入り口に貼ってあるステッカー女の子可愛い。なんてキャラでどうゆう立ち位置なのか?

 明るい時間なら港でも見に行くんだけども、もう大分疲れたのと直ぐに台北方面行の列車が出るのでトンボ帰り。瑞芳から乗った列車が座れたもんだから、そのまま台北まで行ってしまおうかと思ったくらいだ。頑張って乗り換えて基隆まで来たw
 横浜辺りから那覇を経由してここまでくるクルーズ航路があるらしい。基隆でしばらく停泊して観光できるプランでちょっと良いなと思ったり
 南の国際港が高雄なら、北の国際港がこの基隆。台北はちょっと内陸に入っているので、大規模な港湾は無く、台北での港と言えばこの基隆だ。ここからは先述の国際クルーズ船や、台湾域内の島嶼への定期船が出ている。中国大陸にほど近い、媽祖列島の南竿、東引きへの航路はここから。もっとも南竿には定期航空路線が就航しているので、東引にも南竿経由で出掛けたほうが時間は短くて済む
 最近のダイヤだと奇数日の基隆発は22時30分、南竿着翌朝6時30分。所要時間は8時間だ。南竿発は9時30分で、東引には11時30分に到着する。東引での停泊時間は短く、12時に出航し今度はまっすぐ基隆を目指して18時丁度着。偶数日にはこれが逆回りになり基隆→東引→南竿→基隆の回りになる区間ごとの所要時間は同じだが、東引に早く着きたいか南竿に早く着きたいかだな。個人的には偶数日の基隆発が南竿に8時30分到着なので非常に身体に優しいと思う。余裕が出来たらこんな船旅もしてみたいな。ちなみに基隆から南竿までの一等船室(2人用)料金は1人1890元だ。一番下等の座位で630元。航空便だと立栄航空では時間帯に関わらず2197元と出た。一日7往復、55分で結んでいる。他に華信航空も飛んでいるが、こちらは一日1便しかないようだ。ちょっと割高で2226元だった
 夜行の船で行って、一日遊んで夕方の飛行機で帰るのが賢そうだな

 さて、停まっていたEMU900で台北へ。さんざ見かけたけど今回EMU900は初めて乗るね

  基隆→台北:EM946-5 18:02発 区間1243「湖口」

<七堵・チードゥ>

 2023年11月のイベントで引退なんて言われていたEMU100、初代の自強号用電車見れた♪うきはが初めて乗った自強号もこれだった。もう走らないのかな・・・・・・また乗りたいな
 さすがに陽も暮れてしまって、外も街の灯りだけでよくわからなくなってきた。車内は各駅とも通勤通学客を乗せては降ろし、日本の大都市通勤電車と同じ風景だ
 汐科(シーカー)を出ると地下区間に入る。新幹線始発駅の南港(ナンガン)の次は松山(ソンシャン)でここからは2003年の前回訪台の時に乗っているので、記録としてはここで縦貫線も完乗と言って良いだろう。もっともあの頃はまだ松山は地上駅で、この先で台北地下駅へ向けて潜って行っていた
<台北>

 台北に到着。無事に環島達成!!
 その気になれば台北を朝に出れば自強号でぐるっと一周出来るけど、寄り道とかしたかったから2日かけて環島という結果。駆け足だったけどおめでとう!乗り残した各支線や海線なんかは次回以降の楽しみに取っておこう

 晩飯も考えるのはめんどくさくなっていたので台鐵弁当で良いやとか思って売店を見たがこの時間でも終了していたよ。台湾は冷たいご飯を食べる習慣が無いので、駅弁も温かい状態でしか置いてないんだよね。そうすると動きが鈍くなる夕方以降にはもう作られないんだろうな
 ホテルは地下鉄で1駅行った西門だが、歩いても大したことないので歩いて行くことにする。台北の街も少しは歩きたいしね
 でも、蒸し暑いので露店を冷やかしながら地下街をなるべく奥まで進んで地上へ

 近代的なビル群の中に唐突に古風な楼門が残されている。薹北府城北門。市の要塞化によって19世紀に建設された門番小屋、とある
 正式には承恩門と言い、台北城の表玄関だった。台北城の門の位置が現在の地名にも残っている。この周辺が北門というのはこの門があるからだ
 台北府城は清統治時代の1879年に建築計画が発布され、1882年に着工、84年に完成している。完成した台北府城は日本統治下となった1904年に台湾総督府によって解体され、4つの門(北、小南、東、南)を残して大部分が撤去され僅か20年しか存在しなった。なお、西門に関しては工事初期に解体されており、その後の市民感情を配慮して残りの門が保存されたと言われている

 北門の向かいには国立陽明交通大学台北校舎。これも建物は年代物に見えるが・・・・・・

 ホテルをどうやら行き過ぎたみたいなので、戻りがてら西門の中心街を散策してゆこう。元々見て回るつもりだったので後にするか先にするかの違いだけだ。繁華街だけあって人が多いのがちょっと・・・・・・

 入り口の車止めに早速、林黙娘発見。グーグルのストリートビューを出立前に確認したけど、ひところよりモーニャン関連の展示が無くなっているみたいで、一つもなかったらどうしようと思っていた。これを見に来るのが目的の一つだったからね
 モーニャンは西門地区のイメージキャラクターに抜擢されて一気に知名度上がったんじゃないかなぁ。他作品とのコラボイラストが随所にある。なお、この車止めに描かれている左が林黙娘(リンモーニャン)、右側の娘は韓国のイラストレーターDSマイル氏が西門で個展を開いた時の広告の娘ってのまでは突き止めたのだが、名前とかその他は一切追跡できなかった。イラストサイトのpixivで当該広告を見ると、オリジナルタグがあるから、特定の作品のキャラでは無さそうね

 何とコラボしているのかはさっぱりわからないけどw「好朋友」は仲良しって意味
 
 見たかったのは「ばくおん!!台湾編」とのコラボ。今回のきっかけにもなったしね
 ばくおん!!にも林黙娘は重要キャラとして出てくるけど、そちらはばくおん作者のオリジナルデザイン。西門のコラボイラストは韋宗成氏バージョンのモーニャン
 主人公(?)の羽音ちゃんとモジャこと恩紗ちゃん
 
 社長令嬢聖ちゃんと凜ちゃん。そうか、台湾編各巻の表紙と併せてあるから千雨ちゃんがいないのか。ばくおん版モーニャンとのコラボもないな

 「ネコぱら」のショコラだな?功克力はチョコレートって意味だから、ショコラはこう訳されるのか。なるほ
 ネコぱらは2014年からリリースされているPC用恋愛アドベンチャーゲーム。いわゆるエロゲだw

 まだまだ人でごった返す西門エリアを闊歩して、今日のホテル「ソラリア西鉄ホテル台北西門」に到着。九州の私鉄、西日本鉄道のあの西鉄である。グループの西鉄ホテルズが運営するソラリア西鉄ホテルブランドの一つで、2023年の夏に開業したばかりの新しいホテルだ
 日系ホテルは押し並べて料金は高めだが、初日にゲットした宿泊クーポンを使用するのでお得に利用できる。そして当然のようにフロントが日本語対応で助かる、疲れてくると思考力が落ちるからな
 この旅行で泊まった3か所のホテル全て日本語対応のフロントのところを選んだが、日本人がフロントにいるわけでは無く、現地の人が流暢に日本語を話すというものだった。すごいな、日本に留学とかしてたんかな。こちらも特に難しい言い回しとか使ってはいないが、それにしても普通に日本語でやり取りができた。きっと英語や韓国語なんかもしゃべれるんだろうな
 
 出来たばかりなので何もかも綺麗。ツインルームのシングル利用。3泊するうちにだんだんホテルグレード上がっていったな。ただし、ここは日系ホテルでもバスタブは無かった

 案内された部屋は26階。超高層ホテルなのでパッと見、目の前に自分の目線よりも高いビルが無い。台北車站方面を見ているが、台北車站は画面のはるか下だ

 取り敢えずどうするか黒松沙士(ヘイソンサースー)を飲んで一息つきつつ考えよう。ヘイソンサースーは台湾の代表的な清涼飲料でいわゆる台湾コーラだそうだ・・・・・・あーなんかサロンパス飲んでるみたいだな?口当たり、後味。鼻に抜ける風味はサロンパスだな

 やっぱサロンパスじゃねーか!!激マズとか書いてあるし。てか、カルディで売っているのかw

 晩飯も考えなきゃならんのでホテルを抜け出してきた。西門も少しは人が減ってるかな?という思惑がある。さっきのアーケード街?っていうのかな?メインストリートに行かなきゃ少しは歩きやすいでしょ

 少しは減って・・・・・・るかな?混んでるところは混んでる

 5分ほど歩いて萬年商業大樓、つまりヲタクデパートにやってきた。てっとり早くプラモや模型、グッズを探したいなと思って検索したらここの紹介が圧倒的だった。夜も比較的遅くまでやっているのが良い
 中野ブロードウェイみたいな感じの商業ビルかな?フードコートから各種小売店、ビジネスホテルに満喫、映画館まである。建物自体は日本統治時代からあるものだそうだ

 ガンプラの店はたくさんあった。1番くじの店とか、フィギュア関連も多い。そして日本の商品が圧倒的に多い。鉄道模型もまだ9mmをやっていたら掘り出し物とかあったかもしれない・・・・・・つまり、充ては外れた。まぁ、それも旅行の醍醐味だ。こんな雑居ビルに入ってウロウロするのも楽しみだろう

 こちらも海外の特色だと思う携帯電話、スマホ売り場もさすがにこの時間は閑散としてたなぁ
 
 ちょっと夜散歩してホテルに戻ってきた。どうせなので台湾のカップラーメンも食べてみた。ホテルのそばに台湾発祥のコンビニ、「Hi-Life:ハイライフ」があったのでそこへ。台湾のコンビニは圧倒的に外資、というか日本企業が多く、統一超商(セブンイレブン)、全家便利商店(ファミリーマート)、OK超商(サークルK)が強く、それに地場のハイライフを加えて四大超商と呼ばれている。「超商」とは直訳するとスーパーマーケットのことだが、特に台湾ではコンビニという意味が強い
 カップラーメンは日本のものっぽいのもあったが、牛肉麺と言うこともあり阿Q桶麺(アーキュートンメン)を買ってみた。もちろん、台湾メーカーで日本のスーパーカップみた感じかな?ボリュームたくさん。おにぎりは嘉義雞肉飯(ジーローハン)七面鳥の肉を使ったご飯で、台湾全土で食べられている。魯肉飯の鶏肉版だ。牛肉麺が食べられなかった場合の保険で買ってきた。結果はどっち美味しくいただきましたとさ
 鮮奶油布蕾はクリームブリュレと翻訳された。まぁ、普通のコンビニプリンだ。ハイライフのロゴが入ってたからハイライフに行ったという証拠の為に買ってきたw
 ご飯食べて松山機場に降りる飛行機眺めてから就寝


<3/29>


 おはようございます最終日。遠くはガスってるね。今日は曇りかな?あんまり気温上がらないと良いなぁ・・・・・・台湾に来て以来毎日、大体朝は曇りがちなんだが、日中は晴天になるんよね

 台北の駅前通り交差点。交通量多いけど、道が広いので窮屈に感じないね

 バイクの列がすごい。壁のようになっている。横断歩道の向こうがが待機スペースなのか?あれは

 国立台湾博物館の鉄道関連展示館があそこ。実車はなさそうなんだよな。HOゲージレイアウトはあるそうなんだけど
 台湾にもあちこちに鉄道車両の展示スペース、保存公園があるが台北のそれはかつての台鐵台北機廠、台北鉄道工場跡地にある国家鉄道博物館が最大のものだろう。工場施設をそのまま使用し、中に修繕機材や実車の展示されている。EMU100などはかなりの数がここで保存展示されているし、JRから譲渡された583系寝台電車のモハユニットが運び込まれたのはマニアに取っては有名な話だ。2012年の新幹線南港延伸の工事の際に機廠から営業線への連絡線が支障するということで使用が停止され、昨日は各地に分散された。この鉄道博物館は現在のところインターネットでのツアー予約のみで自由見学を開催していない。大体いつも急ぎ足で見学するうきはにはちょっと敷居が高い。間近でEMU100を見たいのだが、目当てがそれだけなのでツアーじゃなくて良いんだよなぁ・・・・・・

 北側遠望、淡水河を見る。奥が河口

 雑然とした新旧混在したビル群がみえる。すぐ下は小学校だ

 剥げ剝げの外壁の高層マンション。台北駅の至近だから見た目に反して家賃高いんだろうなw

 市中心方向への渋滞が目立つ国道1号線、忠孝橋。忠孝だとか、復興だとか成功とかの名前が多い台湾

 手前は高速道路のそのものずばりな名前、台北橋、奥の斜張橋は中山高速公路

 ゆっくり朝ごはん食べて出発。聳え立つソラリアホテルにお世話になった

 各種お店が開くにはちょっと早いけど西門地区を徘徊

 さすがに人通りが少ない。昨晩の喧騒が嘘みたいに静か

 24時間営業なのでやってきた我らがドン・キホーテ。帰りにお土産しこたま買おうと思って、小型のキャリーケース安く売ってないかな?と思ったのだが、そもそも旅行用品が一つも見当たらなかった。ちょっと日本のドン・キホーテとは品揃えというか、商品の傾向が違うみたい。地図のジャンルではスーパーマーケットと書かれているが、字面以上に日本のスーパー(いなげやとかたいらや的な)に近い業態だったな
<西門・シーメン>

 キャリー入手は諦め、取り敢えず台北車站に向かうべく捷運、西門駅に

  西門→台北:1114 9:13発 「南岸展示館」

 一駅だけ乗って台北車站

 初日に目を付けておいたコインロッカーに荷物放り込み、身軽になって再出発

 場所がわからなくなると困るので、付近の写真も撮っておく
 新幹線のチケットを今のうちに発券しておいて、台鐵乗り場に。最後だし、もう少しだけ乗っておきたい

  台北→樹林:ED937-1 9:29発 区間1147「苗栗」


 もう特に狙いの列車とかはないので、行き当たりばったりで停まっていた区間車に乗り込む。もう15分も早くホームに降りていたら莒光511に乗れていたが、まぁ仕方ない

<樹林・シューリン>
 15分ほどで樹林に到着
 
 樹林に到着したEMU900

 一回改札出て、台北へ帰る為の自強号のチケットを券売機で購入する。乗車予定はEMU3000なのでICカードでは乗れない
 券売機、窓口の上には台鐵の代表的列車のデフォルメイラストが掲げられている。EMU3000が描かれているので最近の作品だろう。左からE200(?)莒光、EMU100、400(500?)、E1000、太魯閣、700、普悠馬、800、900、3000だ。その隣の駅員の女の子かわいいな♪

 窓口と通路挟んで反対側には樹林車両基地のパノラマ写真。車両基地は隣の南樹林車站に隣接している
 台湾の2大都市、台北も高雄も駅は2面4線のコンパクトな地下駅化されてしまい、同駅での長時間の折り返し停車が出来ない関係で、どちらも通り越した先に車両基地や折り返し設備を設けている。台北側のこの樹林と七堵、高雄側の新左營と潮州である。台北発の花漣、台東方面行は西側の手前樹林始発、台北から台中、台南方面行は東側の手前七堵発と言う塩梅に台北駅を通り越して目的地に向かえるように設定されている。品川発で東京駅、上野駅を通り越してゆく常磐線特急ひたちのようなものだ。こうすることによって、主要拠点駅での滞留時間を減らせるのと、各種整備作業はきちんとした車両基地で行える利点がある。台鐵は基本的に全車指定席なので、中間駅となっている台北から乗ってもきちんと自分の席が確保されているから困らないという実情も作用している。JRのように自由席だと始発駅じゃないと座れない恐れがあるからね。その点、常磐線系特急は全席指定席にしてあるから、台鐵と同じで拠点駅が中間でも困らないんだ
 そんなわけで、実は運転上の拠点駅である樹林駅を見てみたかった

 切符買ってホームに戻ってきた。ここのホームにある弁当売り場はスネ夫型だ。さっきの窓口上に掲出されていたイラストの右端には個々の風景が描かれている。まだ営業していないが、さすがに多数の対号列車始発駅だけあってホームに売店が設えてある

 中線にはTEMU200が留置されている

 先頭はTED2016

 10時4分樹林始発の普悠瑪自強218次花蓮行TED2032

 同編成、後はTED2031

 普悠瑪並び

 ED924 1 10時8分樹林始発の区間車4172次、蘇澳行

 916Fと並んだ。916は基隆8時53分発の区間車1151次、新竹行

 左のED884は苗栗8時13分発の区間車1158次、基隆行。右はEM502の蘇澳6時48分発、樹林止まりの区間車4123次

 一旦、入庫するようだ。車両基地へ向けて発車

 乗車する自強号が入線してきた。ED3151

 樹林始発の新自強422次。東部幹線をぐるっと周って高雄の先、新左營まで行く

  樹林→台北:45EP3153 10:18発 自強422「新左營」 10車37番


 これが今回最後の台鐵乗車だ。EMU3000に乗ったので、今回はDR3100以外全部乗れたかな?・・・・・・って思ってたけど、EMU600乗ってないな
 EMU3000のこのシートは座り心地などいろいろ不評らしくてリニューアルが予定されている。そんなに酷いもんでもないけど、これで4時間とか乗ると腰痛くなったりすんのかね?まぁ、うきはは次回EMU3000乗るとしたら商務車の1人シート乗るけどね
<樹林~浮洲・フーチョウ>

 雑然とした線路端の住宅群

 後は買い物して帰るだけだから、こうした風景を車窓から眺めるのはこれが最後かな
<台北>

 あっという間に台北到着

 きちんと外観を撮ってなかった台北車站を撮影して、時間調整後

 同人ショップのとらのあなへ。とらのあなは一時期相当な店舗数を誇ったが、電子書籍の普及などで店舗閉鎖が相次ぎ、ほぼ通販専門店と化している。直営店舗は国内では池袋店のみ、他は書店の一角を間借りしている出張店。なので、海外唯一とはいえ単独の直営店である台北店は貴重。「とら婚」というヲタ向け結婚相談所が国内7店舗もあり、そっちの方が主力なのでは?と思わされる
 ほんとにこんなところで営業しているのかな?みたいな雑居ビルにおっかなびっくり入っていったら、見慣れた安心のデザインの店構えが現れた。中も紹介ポップとか販促ポスターとかが中文である以外は日本と変わらない。日本の商業誌、同人誌も多数で、むしろ台湾オリジナルものが欲しいんだが探すのに苦労するレベルだ。台湾の人たちには日本のサブカル作品大人気だから仕方ないのかな

 とらの戦利品。東方関連は全然なかったね。姪っ子たちへのお土産。台湾人作家さんの作品らしいので

 サンリオショップもある

 良い時間になってきたので、お昼ご飯。どこも混んでそうなので、収容力がありそうな我らが庶民の味方、サイゼリヤ西門店へ
 
 ウェイトレス嬢に案内されて席に着く。置かれたメニューも見慣れたものなのでなんとなく判るw
 
 ピザ。台湾オリジナルメニューのハチミツチーズピザをチョイス
 
 それだけだと足りないので、カルボナーラ。写真があるから漢字で書かれていても判る

 勿論、ミラノ風ドリアもある
 入店、案内、注文、会計、全部日本式なので、疲れてきたときはストレスフリーで助かる。ただ、注文は国内店舗の紙に書いて渡す式ではなく、店員さんに口頭で注文するスタイルだった

 台湾オリジナルのハチミツチーズピザ。シンプルチーズピザにハチミツが乗っかっているみたいなやつ。甘い。暑いから糖分は取っておく必要がある、現地ならでは
 ちなみに、ピサが150元、パスタも150元。併せて300元で約1500円。多分、日本ならこの半値で食べられるので、台湾でのサイゼは高級レストランの部類に入るだろうね。だから昼時でも席空いてたんだなぁ

 おなかも膨れたし、もう少し散策。西門で見たいと思っていたものをまだ見ていない・・・・・・お、ホロライブだ

 最近の推しは星街すいせいちゃん。こんなところで見ると嬉しくなるねw台湾だと大体日本のサブカル文化、作品は普通に同時に存在しているな

 西門紅楼。脇でイベントやってて人がすごいので正面だけ撮影して退散
 1908年建造で8角形の外観が特徴的。中は商業施設になっているみたいね

 西門紅楼から成都路を西へ、3~40mの距離なので注意深く歩いていたにも関わらず、視界の片隅に捉えながら一回通り過ぎて「あれ?」って思って戻ってきた。ビル街に普通にあるので直ぐにそれとわからなかった

 台北天后宮。一番最初のプランでは割と最初の方に来る予定だったけど、結局最後になっちゃった。台北で媽祖様を参拝しようと思って探しておいた寺院。別名は西門街媽祖宮
 1746年に商人の寄付によって建立された。さすが商業の街西門の寺院だ。清朝時代には今でも有名な萬華の龍山寺や、祖師廟と並んで三大寺廟として数えられた。主神は媽祖だが、台湾では唯一、日本の弘法大師も祀られているそうだ

 ビルに囲われた中心にある寺院で、台北などの都市部はこうした様式、というか建築条件の寺院が多い。ビルの中に入り込んでいるような小規模の寺院なんかもたくさんあるし
 
 こうゆうのをパワースポットっていうんでしょ?都心のど真ん中なのに、ここだけ喧騒と無縁なんだ。切り離された世界が待ってるの。見てよこれ、直ぐ後ろの大通りではひっきりなしに車やバイクが行き交い、歩道は人の波なのに、これよ。そして頭上は青空。多分、ここだけ異界なんだ・・・・・・

  西門→台北:1141 12:20 「南港展示館」


 西門観光を終了し、台北へ。荷物を回収して新幹線乗り場へ

  高鐵台北→高鐵桃園:車番不明700T 13:21 1643「左營」 5車3A 普通車指定席

 うっかり車番メモ忘れちゃった
 短距離ではあるが、せっかくなので高鐵にも乗っておこう

 そうゆうわけで、700T初乗り。中は日本の東海道山陽新幹線700系と同じだ
 
 非常脱出口座席である。脱出用の「斧」も付いている。文化の違いか、当初の仕様にはなかったが、後々要求されたという
<板橋・バンチャオ>

 台北からもそれなり乗ったが、板橋からも乗車が多い。平日昼下がりの多停車タイプを選んだが、乗車率高いな。それに毎日運転ではなく、月木金土日運転の臨時なんだけど・・・・・・
<板橋~桃園>

 板橋の先で地上へ。隣を台鐵が並行して走る

 直ぐに長閑な風景に

 直ぐに停車するので、本気の走りではないなw

 日本の新幹線と同じで、土地収用がしやすいように人口の少ないエリアを走っている。台鐵に比べて周囲が建て込んでいない

 桃園空港の管制塔が遠望出来た。まもなく桃園だ
<桃園>
 
 桃園着今回はお試しなので20分ほどの乗車で下車。いずれ乗り通そう

 高雄に向けて加速してゆく高鐵700T。2007年開業に際して準備された700系新幹線の台湾バージョンだ
 2004年から2015年にかけて12両編成34本、計408両が増備された。基本的な構造は東海道山陽新幹線の700系だが、細部は台湾仕様に改められており、前頭部形状も日本のものとは異なるデザインが採用された。塗色もオレンジ系の採用は新幹線史上初であろう
 車内は普通車2-3の5列席と、商務車/グリーン車2-2列席で構成されており、真ん中の6号車1両が商務車にあたる。普通席に関しては当初から自由席が設定されており、営業開始時は10~12号車の3両だったが現在は列車によって2~8両の幅で運行されている。台鐵の優等列車には「自由席」という号車は現在でも無いので台湾では新幹線唯一のものだ
 製造後、最新のものでは10年経過していないが、本家の東海道山陽新幹線では700系がすでに引退しており、メーカー側の保守部品在庫が無くなっているため、2026年をめどにN700Sベースの新型車に置き換えられてゆく計画だ。現在のところ、12編成144両の導入が決まっており、初期導入の編成の置き換えが始まるだろう。全編成を置き換える両数が発注されていないので、導入後の日本の状況と残りの700Tの消耗具合で追加か新形式導入か考えるのだろうな

 ホームは地下だったが、改札階は地上にあり明るく広々している。台北からの客がかなり降りたし、ここから乗車の客もかなりいた。桃園空港へのアクセスに便利なので空港利用客の玄関口として機能しているのだろう。南部に新幹線で向かうなら台北に出るよりここからの方が短時間で済む
 2017年に捷運が開通するまではここが桃園空港の玄関駅で、駅構内には中華航空やエヴァエアのチェックインカウンターが営業されていた

 珍しいケンタッキーの自販機を見つけた。どんな状態で出てくるのだろう・・・・・・今度試そう。今日は昼ごはん食べたばかりだからやめておこうw

 高鐵の目の前には桃園捷運の高鐵桃園站がある。非常に便利

 まったく飾り気のない高鐵桃園車站。日本の新幹線駅は大体高架線路上にあるので、新幹線の姿がちらっとでも見える。それが新幹線駅のアピールにもなっているので、ここまで何も見えないのはすごい。大体、駅の直前まで高架橋で進行していたのに、なんでわざわざ勾配設けて地下に潜ったんやろな?
 調べてみた・・・・・・建設当初は存在していた桃園空軍基地のコース上にあって高層建築物を造れなかったんだ・・・・・・空軍基地無くなっちゃって、新幹線だけ割を食った状態で残されたんだな。桃園の空軍基地が解体されたのって2013年なんだ。知らなかったわ。じゃぁこの辺で待っていてもF-5とか全く見れないってことな

 周辺の開発が急速に進んでおり、新幹線を使えば台北への通勤通学に便利なので人口も増え続けているという。ベッドタウンとしてはちょうどいいよね。空港も近いし

 最終日にしてようやく桃園捷運の電車をまともに撮影できたなw

  高鐵桃園→機場第二航廈:1104 14:02 普通「台北車站」

<桃園機場>

 ここから始まった。そういう意味でも一周して帰って来た

 桃園第二ターミナル。行きも帰りも第二だ。中華航空は第一も使用しているが、日本路線は第二なんだろうな

 2000年に供用開始された第二ターミナルは20数年経っているとはいえまだまだ新しい
 出発カウンターのそばに自動チェックイン機があったのでチェックインし、保安検査場、出国審査場を通過。到着して15分で出国したわ。誰だよ最低でも1時間かかるとか言ったやつ
 
 RX-78-2がいる

 なんかのシミュレーターだが今日は動いてないらしい

 出発ゲートがかなり奥の方なのでポテポテ歩いていく途中で目についた機体を撮影してゆく。中華航空のB777-300ER、B-18007。ボーイングのハウスカラーとのハイブリッド

 ところどころに色が薄い、もしくは付いていないガラスがあるので、そこなら定点観測もできるかも?A330-300、B-18303

 随分奥まで来た。A9が出発ゲート。通路から階段を下りてゲート前のラウンジにいくようなデザイン

 シップはもう据え付けられていて、機内食搭載中である。今日の東京行106便はA330-300、B-18360だ

 さすがに出発まで2時間近くあるのでゲート前はまだ人がそんなに集まっていない。半円形の張り出しが出発ラウンジになっている

 エミレイツのA380-800、A6-EEX。A380となると条件悪くてもカメラを向けてしまうな

 KLMオランダ航空のB787-9、PH-BHN。欧州の航空会社としてはボーイング機の比率がかなり高い。787は-9と-10を使用しているが、A350系列は発注していない

台北・桃園→東京・成田:CI106 16:25発 A330-300 B-18360 33A

 ほぼ満席っぽいな。オンラインチェックインでは6000元でビジネスにアップグレード出来たが、しといても良かったな

 A330初搭乗。こんなに世界中飛んでいるA330も国内で乗れないので中々機会が無かった。一時期スカイマークが国内線に導入したが、経営悪化で数か月で運航を停止してしまったので機会に恵まれなかった
 エアバスで未搭乗機種は細かなタイプの違いを除けば、後はA310とA340だけになったな。どっちも搭乗は今となっては難易度高い

 概ね定刻に出発。ランウェイ05Rに向けてタキシー開始

 カーゴエリアを掠めてランウェイに。旅客型は引退したが、まだ貨物型の400Fは中華航空でも活躍している

 ランウェイアライン。南側滑走路エンド付近にはエヴァエアの整備地区が広がる。格納庫の中にはよく見ると、787の大型部品を空輸するためのB747LCFドリームリフターが見える。2006年から2010年にかけてエバーグリーンアビエーションテクノロジー社によって4機が旅客型-400から改造されているので、重整備なんかもここでやるんだろうな

 第1ターミナルを横目にエアボーン

 沖止めスポットはあまり使っていないようだな

 北側には中華航空の整備ハンガーが並ぶ。写真には残っていないが、中華航空カラーの旅客型B747-400がまだストアされていた。中華航空での同機のラストフライトは2021年の2月だが、そのまま置いてあるのかな?ラストフライト機とは限らないが

 海に近いので北に離陸するとすぐに海岸線。あっという間に台湾から出てしまう。名残惜しいが、また台湾来よう。拜拜

 機内食

 帰りはチキンをチョイスしてみた。ご飯とパン、二つの主食があるのは変わらないな

 台湾で人気の飲料ブランド、五桐號(WooTEA)とチャイナエアラインとのコラボお菓子。中身はクッキー

 今日もすぐに夕暮れだ。行きよりも遅い時間だしね
 
 辛うじて残っていた陽も沈んだ

 九州を横断し、宮崎あたり

 九十九里浜、北に向かってB滑走路に進入するようだ

 機外カメラでも滑走路を視認できた

 まもなく着陸。煌々と眩い成田空港のターミナル群が窓外を過ぎる

 新東京国際空港着

 帰りも自動化ゲートで楽々入国。税関もその場で申告用紙記入して問題なし。申告するほど買い物しないので、狭い機内で書くよりも降りてから広いカウンターで書いた方が断然便利
 一人で、自分ですべて手配して、海外旅行に行って来る、という実績が解除された。また台湾行こう。やり残したことも多いしね

  空港第2ビル→京成成田:3041-8 20:52発 快速「京成高砂」

 時間的にはぎりぎり八王子まで帰れるかな?という時間だけど、もう疲れたからさ・・・・・・
<京成成田>

 スカイライナー50周年なんやね
 
 駅近くのビジネスホテル、センターホテル成田1に投宿。ビルの隙間からぎりぎり駅が見えるなw


<3/30>


 京成成田駅を横目に、歩いてJR成田駅まで向かう。スカイライナーが京成成田にいるの違和感。朝夕は普通に走っているとはいえ

 帰りはJRで

  成田→新宿:クロE259-8 9:04発 2206M 特急成田エクスプレス6「新宿」 12号車6A グリーン車指定席


 グリーン車は空いてる。荷物それなりに持っているので、座席間隔が広いのと、周囲に客が少ない方が助かる

 スカイツリー見えた。いよいよ帰って来ちゃったな

 新宿に到着した成田エクスプレス

  新宿→八王子:サロE353-7 10:30発 3115M 特急かいじ15「甲府」 9号車8A グリーン車指定席


 八王子までのしつこく特急。かいじのグリーン車。E353は甲府松本方の最前列は1列席なので、これまた単身には便利
 結局、4泊5日とひさびさに長めの旅行になったな
<おまけ>

 戦利品一覧

 活躍したICカード、iPASS。台湾のICカードはいろんな絵柄があって楽しい。コレクションにも良いけど、使うのは1枚きりになるわけだから悩ましいな