福爾摩沙縦貫紀行



<4月某日>
 マイルと言うものがある。距離の単位・・・・・・は確かに正解なのだが、今日の話はいまや殆どの方がご存じの、飛行機に乗ると貯まるアレのことだ。飛行機に乗れば乗るほど貯まる「搭乗ポイント」というのが実態だろう
 航空業界は船舶のルールに端を発しているので、距離はkmではなく「マイル制」を採用している。飛んだ距離に応じて溜まるポイントがマイルと言うわけだ。マイルは様々なものに交換することが出来るが、その最たるものが航空券だろう。飛行機に乗ってマイルを貯めれば無料航空券に交換できる。乗れば乗るほどマイルは貯まり、遠くまで無料で行くことが出来る(実際には国内では空港施設使用料等が掛かるので、数百円から千円程度の出費はある)。それが航空会社の提供するマイルの恩恵の根幹である。みな、この無料航空券、特典航空券というものをゲットするために日々マイルを貯めるのである。航空会社もこうした特典を提示することで、リピーターを増やし、利用客を囲うのである
 マイルの貯め方をあれこれ指南するのがこの紀行の趣旨ではないので割愛するが、最近では他業種のポイントをマイルに変換したり、買い物で貯めることが出来るので、様々なキャンペーンと合わせると特典航空券を手にすることはそう難しいことではない。ある種のものを除いて・・・・・・
 うきはも国内旅行の折には貯めたマイルで国内航空券を手配してお得に旅をしたことが幾度もある。数千マイルで概ね国内の航空券は手配でき、入手することは難しいことではない。期間によってはこの特典航空券も通常の半分のコストで手配できたりもするので、有効に活用すると一気に旅行のコスト削減に貢献できる。東京~大阪を無料航空券で往復できればそれだけで2~3万円は節約できるという訳だ。うきはがマイルを貯めている全日空では、キャンペーン時の最低マイルでは3000マイルから搭乗券を発券できる。距離によって異なるが、閑散期のキャンペーン適用時には必要マイルが通常期の半分に減額され、3000~6000マイルくらいで概ね日本国内をカバーできる。このくらいだと結構簡単に貯めることが出来るのでバンバン使っていたのだが。昨年、マイホームを購入した折に色々な高価なものを購入したら買い物だけでひと財産(w)築くことが出来てしまった。それまでちょっと到達したことないマイル数になったので、これ、どうしてくれようか?と。北海道も沖縄も何度か行けるぞ、これ、未乗線区消化にも好都合だな・・・・・・と考えていたところで、ちょっと違う視点に至った
 実はこの特典航空券は国際線にも設定されている。国際線は距離があるので勿論必要マイル数は近距離でも国内の倍ぐらいのコストが掛かるのだが、アジア圏なら概ね通常期で2~3万マイルくらいでエコノミークラスながら往復できる。あれ?これ、無料で海外旅行出来るんじゃ?と言うことに気付いた。知っての通り、うきは昨年、久々の海外旅行として2回も台湾に出掛けた。2回とも、航空券が安いということで現地のキャリアである中華航空を使用したが、今度は貯まったマイルで台湾行けるじゃないか?と発想の転換に至ったのである。現在貯まっているマイルなら3回は台湾往復できる。と思ったところで、いやいや、台湾3回行けるほど貯まっているなら、もっと遠くに1回行けるだろう、という至極当然のことが脳裏に浮かんだ。エコノミークラスなら北米やヨーロッパに行けるぐらい貯まっていたのである。こうなったら俄然楽しくなってくる。行きたいところはたくさんあるが、それまで夢にも思っていなかった欧州行等が現実味を帯びてきたのである。学生時代に香港に行ったことがあるので、九龍半島という大陸にちょこっと立ち入ったことがるが、きちんと大陸に行ってみたいと思うようになってきたのだった
 しかし、北米や欧州は遠い。アメリカ西海岸でも片道10時間。欧州は都市にもよるが12~14時間を要する。若いころならそれでも我慢できるが、最近じゃ直ぐにグリーン車に収まるような軟弱な体になってしまっている。果たして、往復丸1日かかるような長距離に耐えられるか・・・・・・無理だなwとあっさり挫折。もう少し貯めてビジネスクラスか、せめてプレエコで往復できるようになるまで我慢しよう、と計画を変更したのが去年の暮れあたり。実際に貯まりきって各方面手配できるまでになったのは今年の春先であった・・・・・・
 さて、マイルは溜まった。次は行きたい方面を選んで発券手続きを行う段階だ。夏休み位に出かけるべく航空会社HPを覗いたうきは戦慄した。3ヶ月程先の特典航空券なぞ取れないのである
 航空会社にとって、マイルは客を囲うための重要な施策なである。反面、無料で乗る旅客は収益に寄与しないので大量に保持されているマイルは航空会社にとって負債でしかない。航空会社が一番優遇するのが正規運賃で搭乗する旅客で、その対極にあるのが特典航空券の旅客である。北米までの200人から300人が全員特典航空券で搭乗したら(絶対にありえないが)、航空会社にとってはひっくり返るくらいの大赤字に陥るだろう。なので、各路線、各便ともに特典航空券で乗れる人数は限られている。それは理解していた。理解していたが、余りにも取れなすぎる。それはうすうす感づいていた。マイルが貯まる前から試しに予約画面に進んでみたが、空席があまりに無いのである。往路が取れても復路が取れないなんてのもざらで、中々うまくゆかない。特にアッパークラスは狭き門であった
 ここでまた予定の変更を余儀なくされた。特典航空券の発券は概ね1年前から開放される。その開放される日を狙って、欧州への特典航空券を手配できたのが4月の頭。搭乗日は来年、2026年3月の航空券である。それでも往路ビジネス、復路プレエコしか取れなかったのである。ビジネスクラスで往復するつもりで貯めていたので、片道プレエコにした影響で当初より消費マイルが軽減されている。つまり、それなりにまとまったマイルが残ったのである・・・・・・
 そうだ!

 台湾行こう!

 実は、台湾旅行は計画していたのだが、日程調整がうまくゆかず、予約発券したものの一度キャンセルしていたのだった。先の欧州への特典航空券だが、完全に無料で行けるわけでは無い。税金や燃油サーチャージと呼ばれる調整料金が発生しており、このコストが10数万円に至っていた。それでもビジネスやプレエコで欧州往復するのは破格なのだが、そんなコストを1年先の旅行にかけているので、正直なるべくコストダウンしていきたい。今年は海外は諦めるか、と考えていたところマイルが余ったので再調整した
 というのが、この旅行の序章である。長いねw 


<2025/6/17>

 5時に起床。5時半出発。平日なので6時台の中央道~首都高はちょっと混んでいたけど、中央環状線経由で羽田空港には7時到着。無事にP4に駐車出来た

 平日の朝だけど結構人がいるな。駐車場への接続デッキから向かうのは、

 今日はこっち側だ

 第2ターミナルの南側に2020年3月にオープンした羽田でもっとも新しい国際線ターミナルだ。ここは3Fにあたるので、駐車場連絡通路からなら上下動なくチェックインカウンターまでこれる。国際線拡充の為、従来からの国内線運用スポットを国際線利用可能とし、その便用の国際線機能を設置したものである。第2ターミナルなので現状ANA運航便のみが発着しているが、ANA便といえど第3ターミナル発着便も残っており便によって使用ターミナルが異なるので利用者は注意が必要だ
 このターミナル完成に伴い2010年から稼働していた国際線ターミナルは第3ターミナルと名を変えている
 ターミナル2からの国際線は初めてだが、空いてて良いね。事前にオンラインチェックインを行っているので、チェックインカウンターに立ち寄る必要もなく、まっすぐ保安検査場へと向かう。保安検査場の次は出国審査と税関。以前登録した自動化ゲート端末は置いてなかったものの、顔認証ゲートで写真登録し自動通過。これもある種の自動化ゲート。搭乗ゲートでの手続きまでも含めて顔認証登録が出来るようだが、そこまでは良いや、と今回は登録はせず手続き。それでもほぼ自動化されているので5分程度で出国

 出発便のインフォメーションボード。第3ターミナル出発の他社便もすべて載っているようだ。羽田も国際線たくさん増えた。日中はLCC皆無なのにこの便数なんだから凄い。うきはが乗る台北行851便は・・・・・・702?
 出国審査の後には必ずある免税品ゾーンだがここは規模が極少。ここは3Fだが、通路を奥まで進んで2Fに降りると各搭乗ゲート。ここにはフードコートやショップがあるがそれほど数は多くない。フードコートのメニューはどれも高額だなぁ・・・・・・

 ボーディングブリッジに据え付けられる、どこ行きかわからない、世界のどこか行きB787を横目に見ながら進んできたのは

 地平レベルにあるバスラウンジだ・・・・・・フィンガー部分のほぼ先端に当たる。バスラウンジにはショップの類は全くないので買い物は上のフロアで済ませてくる必要がある。バスでシップサイドまで移動、という点を排除しても、ちょっと上下動が多いイメージかなぁ・・・・・・台北松山も搭乗するまで上行ったり下行ったりするし、国内線空港にコンパクトに国際線ターミナルを作るとこうなるのかな
 広州行とかアジア近距離便はオープンスポットなんだな・・・・・・

 702番ゲートからバスに乗って805番に連れてゆかれる。多分、南側のオープンスポットだよな、これ

 目の前の60番台後半のスポットは内際兼用のスポット

 誘導路をくぐるトンネルを通る。無茶苦茶久しぶりにここ通ったな。一時期、スターフライヤーがやはり沖止めエリアを使用していたので、何度か通ったことがあるが、それ以来だな。もっとも、在職中は自分で車を運転してここ走っていたけど

 搭載やっている機体が見える。あれかな?

 隣に駐機するB787-9、JA885A。Air Japanとの共通事業機

 数を減らしつつあるJALのB777-300ERも見える。JA735Jだ

 やっぱりあの機体だった

 B787-8、JA832A。787は良く乗るけど、これは初めてのレジだな。良く乗るとはいえ、国際線で乗るのは初めてである
 同時に787にオープンスポットから搭乗するのは初めて。L2ドアにタラップ付けるんだな。これなら入って左のビジネスクラスと、右のエコノミークラスというように動線を別けられる。下手に1本しかないブリッジとかだとエコノミーの客がビジネスエリアを通り抜けてゆくから落ち着かないもん。入って右側は3列だけビジネスだけど、まぁ、仕方ないなw

東京・羽田→台北・松山:NH851 9:40発 B787-8 JA832A 25K

 概ね定刻にドアクローズしプッシュバックを開始した。搭乗率は良いが、3列の真ん中、つまり隣は空いているので快適だ
 ANAの787は内際問わず3-3-3の9アブレストで満席だときついけど真ん中席がいなければそこそこ快適。同じ路線でコードシェアしているエヴァエアは2-4-2の8アブレストなので左右方向にはちょっと余裕があるけど、4席の真ん中とかになるともう苦行だからなぁ

 Cランに沿って北側へ向かって進んでゆくが、西へ向かうので多分、Aラン離陸だよな

 B767-300ER、JA622J。広島行JL257便はディズニーキャラクターをラッピングしたJALファンタスティックジャーニーエクスプレス。2024年の10月から飛んでいる、ドリームエクスプレスの最新版だ。陽炎でメラメラ、まともに像を結んでいないが見掛けたので一応撮影しておいた

 予想通り、A滑走路を離陸し、木更津手前でライトターン。一旦南へ向かう。三浦半島を横断し、相模湾上で西へ機首を向けて高度を取ってゆく

 翼下に富士山が見えてきた。国内線と同様に日本列島の南側を進んでゆく
 まもなく、ベルトサインも消灯し、各種サービスが開始されてゆく。WiFiもアクティブになった。ANAでは2024年10月からエコノミークラスも無料WiFiサービスを開始したが、テキスト送受信くらいしか出来ないので機内で有料プランに申し込みした
 3時間コースで16.95USドル。現在のレートだと1ドル145円強なので、2500円くらいか・・・・・・なお、30分プランは6.95USドル。フルフライトプラン(最大24時間利用可能)は21.95USドルとなっている。4時間くらいまでの路線なら3時間コースで十分だし、5時間以上の路線ならフルフライトプラン申し込んじゃった方が得かもね
 往路はちょっと長いのでWiFiは課金して快適な環境を整備したほうが良いと思うね。この先の現地等情報いろいろ調べるにも便利だし

 機内食が提供された

 今回はせっかくなのでエコノミークラス、プレミアムエコノミークラスで実施されている有料機内食をチェイスしてみた。洋食か和食が選択でき成田、羽田発便のみ設定されている。1食2500円で航空券購入時から出発24時間前まで申し込みができる。航空券がほぼ無料なのでこうゆう所に投資。これだって敢えて申し込まないと体験出来ないしね
 ANAの機内食はエコノミー、プレエコ共に同じものが提供される。それ以上の特別なものはビジネスやファーストに乗らなければ提供されないので、路線が限定されるとはいえちょっと贅沢な食事が出来るのはアドバンテージでかい。ワンプレートなのは通常機内食と変わらないが、専用のお皿で提供される当たり、見た目もしっかり差別化されている。カトラリーも専用のナプキンにナイフ、フォーク、スプーン2種と十分入っている。今回は和食チョイスなので割りばしもちゃんと付いてくる

 ANA公式サイトのサンプル写真。左が今回チョイスした和食。右が洋食である。和洋共にご飯ものがあるが、洋食はパンも付く

 公式サイト上のメニューは↑。9月以降は変更となる可能性があるようだ。3ヶ月毎なので、季節によってメニューを変えているようだ。特殊な仕様なので海外空港発の便では実施していない

 実際に食事についてきたメニュー表も公式サイトに掲載されていた内容そのものだった。この有料機内食購入者には搭乗後直ぐにCAさんから確認の声掛けがあり、提供時にすぐわかるようにヘッドレストにシールが貼り付けられた。もう後ろの人も乗っちゃった後なのでシールは撮影出来なかった
 日本発便しか設定されていないオプションなので、和食、洋食をどちらも試そうと思ったら2往復、もしくは日本発片道2回は乗らないと楽しめない。またエコノミーでANA便利用することがあったら頼んでみよう♪

 土佐清水の南側。豊予海峡を越えて九州に入る

 台湾に近付くにつれ雲が多くなり、何層もの雲の間を降下してゆく

 今日このあと行く予定の八斗子の港が見えてきた。ここから台湾本島上空だ

 川が流れているということは山が削られて空間が広いので必然航空機もその川に沿ってゆく。この辺りは東西に流れる基隆河に沿って降下してゆく。そのまま正面に台北松山空港があるという寸法だ

 ファイナルアプローチ。台鐵の七堵調車場とか見えたけど、雨が降ったり止んだりのエリアを繰り返し突破しててうまく写真撮れなかった

 12時05分、東側からアプローチ、ランディング。スポットインは定刻12時10分

 相変わらず放置されたままの遠東航空MD-82が2機見える。桃園に放置された機体は最近競売にかけられたと聞くが、どうなったんだろうね。そもそも経年機だし、放置されて何年もたつから飛行させるには手間だし、運び出して地上で活用するしか手段はないよな

 出発する上海航空、B737-800、B-1967と入れ替わりにスポットイン。12:20発のFM802便、上海浦東(PVG)行だ
<松山機場(ソンシャンジーチャン)>
 後ろの窓側なのでゆっくり降りたが、そもそも200人くらいしか乗っていないので時間はかからない。松山で入国するのは初めてなので動線が良く解らんが、人の流れについて行く

 降機後すぐの通路で配られている検疫不要カード。松山ではこれは無いような話を聞いたがあるんだな
 小規模で到着便が輻輳しないので入国審査も前に5人程度の待ち。オンライン入国登録が5月に大幅リニューアルされてこちらを推奨されているので登録さえしておけば手早く終わる。オンライン申請そのものは2015年から行われており、5月リニューアル以前はいつでも申請できたが、リニューアル後は到着三日前以降じゃないと申請できなくなっている
 パスポートの顔写真ページをスキャンすれば必要情報が自動入力されるそうだが、現在の日本のパスポートは偽造防止のホログラム機能が強くて何度やっても認証エラーになってしまった。結局のところ、パスポートのスキャンは必須ではなく、「お手軽機能」なだけで必要項目を手入力さえすれば問題なかった。オンライン申請は機内でも出来るが、機内でスマホ使用ではパスポート写真なんてまともに撮れないので焦ること間違いない。ここはもう少し認識能力向上してくれると助かるかも。とはいえ、以前と比べると入力し易くなっているし、観光目的の入国なら手入力でも5分あれば終わるくらいに簡単だ
 パスポート渡して、「オンライン」と言っておけば担当氏がデータ確認してくれて、顔写真と左右の人差し指データ撮るだけで実際の窓口対応時間は1~2分だ。あれこれ質問されることもない。手書き入国カードだと記入漏れとかあれば都度質問攻めになるので相応に時間は掛かる印象。なお、今後は完全オンライン化されるとのこと
 後方窓側なので降機は最後の方だったが、桃園と比べて小規模なので入国審査もすぐに終了。20分程度だったかな。前回の残金はあるが、念のため両替もしておく。1万円が1950元になり、30元が手数料で引かれて1920元が手元に残った。1円=5.1元位のレートだ。4.5円台くらいになってくれると助かるのだが
 続けて、登録しておいた9月末まで延長になった5000元プレゼントキャンペーンは外れたのでさっさと捷運乗り場に行くぞ

 ターミナルを一旦出て捷運乗り場

 ここは降雨はないが、じっとり暑い。気温は日本とそんなに変わらないはずなんだけどな

 ここから電車移動スタート。前回、南岸展示館からぐるっとここまで乗っているので、真っ直ぐ市内方面に向かう

  松山機場→南京復興(ナンチンフーシン):142 12:41発 「動物園(ドンウーユェン)」

 昼過ぎで人の動きは少なそうなのにかなり混んでる。鉄輪式の地下鉄とことなり、ゴムタイヤ式の案内軌条鉄道なので輸送力はちょっと低い。車両間移動も出来ないので、空いてる車両に移動も難しい
<南京復興>

 2駅目の南京復興で下車

 乗って来た編成を後追いで。4両編成だが、1両が短く、13m余り。4両編成で20m級2両編成くらいにしかならない。文湖線にはこのタイプの車両2形式が走っているが、今日乗ったのはボンバルディア製のC370型。もう1形式はフランスマトラ社製のVAL256型で、こちらの方が幅がやや広いので混雑率も少し緩和される
 松山線に乗り換える。台湾のメトロ、捷運は台北に限らず駅構内車内は飲食禁止のはずだが、連絡通路で普通に飲食物売ってる。ベンチもあるし店の前なら食べて良いのか??

  南京復興→松山:3315 12:57発 「松山」

 松山線は初めて乗車。最も走っている車両は他線とあまり変わらないので面白味は少ない。西門(シーメン)~松山間が松山線で西門~中正記念堂(ヂォンヂョンジィニェンタン)間1駅だけの小南門(ショウナンマン)線、中正記念堂~新店(シンディェン)までの新店線、新店線の途中、七張(チーヂャン)から分岐する小碧潭(シャオビータン)まで1駅だけの小碧潭支線を含めて松山新店線を構成する
 捷運淡水(タンシュイ)線が台鐵淡水線を引き継いだのと似たように台北~新店間の台鐵新店線の路盤跡に建設されており同線と同様の駅名を踏襲している。もっとも、台鐵新店線は1965年に道路整備によって業績が悪化し廃止されており、捷運開業はその30年後なので直接的に置き換えられているわけではない。道路が便利になったから鉄道が廃止されたが、今度は交通渋滞で路上交通では不便になったので鉄道が復活するという先祖返りしたとも言える
<松山>

 2003年、初めて台湾に来た時はまだ松山新店線は開業しておらず、松山車站には地下鉄そのものが乗り入れていなかった。現在市内は多数の捷運路線が走っているが、いつもその一部しか乗らず既乗車区間が中々増えないので特に末端部に関わるところは少しでも実績を伸ばしていきたい
 捷運はちょっと離れた八徳路下に駅があるので、台鐵駅までは100m程移動が必要。選んだ通路が悪かったのか、そうゆうものは考慮しないのか、地下駅同士の乗換なのにかなり上下動が必要だった

 EMU100型自強号モデルの台鐵ショップ。1/1スケールではないとは思うけど、イメージは良く再現できている

 立ち寄りたいけど、ちょっと急ぎなので今日は外観の写真だけ

 改札入って台鐵熊写真撮って月台に降りる

 40TED1022。花蓮(ファーレン)を10時43分に出てきた樹林(シューリン)行太魯閣自強217次だ
 昨年、今年と3回も台湾に来た折り、この駅は幾度も通過しているわけだけど、実際松山に立つのは2003年の初回ぶりで、地下の松山は初めてだ。先述の通り、2003年当時は捷運が無かったので、少し南を走っていた南港(ナンガン)線の後山埤(ホウシャンピー)車站から大味なガイドブックの地図を頼りに15分ほど歩いてやってきた

  松山→七堵(チードゥ):35PPH1314 13:12発 自強114「七堵」 3車25番(無座)

 飛行機は定刻に到着したし、速やかに空港を脱出してきたので、当初予定よりも大分早い列車に乗ることが出来た。今日はこれから平渓(ピンシー)線などに乗りに行くが、1時間は早い行程で進めそうである

 E506とE509のプッシュプル。空いてそうな後よりの3車を選んだが、そもそももうすぐ終点なので全体的に空いている。今回初台鐵はPP自強だ
<汐科(シーカー)~汐止(シーズィー)>

 地上に出てきた。台北の街中でも大分山が迫ってきているエリアなので、高層住宅が線路沿いに立ち並ぶエリアになっている。通勤通学は便利だろうから、人気のエリアなんだろうな
<汐止>

 台北に最も近いベッドタウンだろうから、乗降が期待できるのか一部の自強が停車する
 
 松山にアプローチする航空機がみえる。さっき乗って来た航路、地上から見るとこんな感じなんだな。空港までの距離感の割には高度は高い気もする。機体は殆ど判別できないけど、上海・浦東からやってきた立榮航空便。立榮便名だが機材はエヴァエアのA321、B-16213
<五堵(ウードゥ)~百福(パイフー)>

 旧線?単線をゆっくりと行く。北側に五堵貨場という貨物駅があり、ここに出入りするための支線みたいな感じ。昔は本線だったんだろうけど

 隣の複線トンネルに突っ込んでいく貨物列車。台鐵の貨物列車時刻表欲しいな。どっかにないかなぁ。ダイヤグラムでも良いけど

 上写真の貨物列車。フラットカーの後ろに大きめの有蓋車

 さらに後ろにはインド製普快車の40TPK32200が連結されていた。整備のための回送だろう。定期列車としての普快車は2020年年末の南廻線電化で運行終了したが、その後イベント列車として定期的に走行している。SL列車の客車などとしても使用されているので一定数は在籍しているとは思うが、一体どのくらい残っているのだろう
<百福~七堵>

 花蓮10時36分発のDR自強215次とすれ違う。前回乗った列車だね
<七堵(チードゥ)>
 
 入庫しやすい番線に入る為のルートなんだな一番北側の4月台に到着。ここは西部幹線の始終着列車が使うホームだそうだ

 職員の移動用自転車がたくさん並んでいる

 あれこれ見てたらE322牽引の貨物列車がとなりのホームに入ってきた

 積み荷は軍関係の車両だ。この白いワンボックスは赤十字付いているし、救急用車両みたいだな。調べたら韓国、現代自動車(ヒョンデ)のスターリアというミニバンだそうだ。2.2~3.5リッターエンジンを搭載している

 殆どがジープやトラックの支援車両だ

 軍用の汎用ジープと言ったらコレ、ハンヴィーの野戦救急型が続く、M996とかM997とかいうモデルだが、判別は付かないな。アメリカをはじめとして西側諸国で大量に使用されている。日本でも米軍基地なんかでは見ることが出来る、反面、自衛隊はトヨタ製の高機動車を使用しているのでハンヴィーは使用していない

 軍用装備品を輸送している列車は撮影するのちょっとドキドキするよね

 あんまり時間も無いので乗換列車の発車ホームに回ってきた。EMU900の並びを撮影していると宜蘭線列車が到着した

  七堵→瑞芳(ルイファン):45ET505 13:51発 区間4188「蘇澳」

<瑞芳>
 
 3月台に移動。向こうは乗って来た4188次。周辺のローカル線2線に乗る予定だが、まずは深澳(シェンアオ)線に乗る

 山陽電車との姉妹協定10周年ステッカーが貼ってあった

 3分ほど遅れてきた4823次。宜蘭(イーラン)線本線をやってきて、花蓮方面行き線路を横断して入線するので進路をふさがれた形で乗って来た区間車4188は抑止がかかっている

 1034+1031+1026→八斗子 の3連

〇 瑞芳→八斗子(パードウズー):45DR1026 14:13発 区間4823「八斗子」


 一番前のかぶりつきシートが空いてたので
 平渓線方面は平日でも行き来があるけど、深澳線にまで乗って行く観光客は多くないらしく、殆どが瑞芳で下車して車内は閑散としている
<瑞芳~海科館(ハイクゥガン)>

 元々貨物線だし、見通しも良くないのでゆっくり進んでゆく。非電化なので平渓線とリンクした運行体制となっているが、需要的には気動車1両で事足りる
 検札やってくるんだ。ICカードをハンディ端末に充てている。なんか言われたが良く解らんかったw
<八斗子>
 
 小さなトンネルを抜けて海沿いに飛び出したらもう終点の八斗子だった。瑞芳から2駅、4.7kmでゆっくり走っても12分であった

 列車の山側には旧ホームが残っている

 現在のホームは2016年に設置されたもので、道路から高さがあるので展望台としての機能も兼ねているそうだ
 線路はこの先も続いており、隣の旧深澳車站まで現在はレールバイクの路線として使用されている。かつては海沿いに濂洞(リャンドン)まで運行されていたが海沿いの道路整備に伴って瑞濱(ルイピン)~濂洞間が1977年に休止、翌年に左記区間中にあった海濱(ハイピン)まで営業再開したものの、自動車交通には太刀打ちできず1989年に全線の旅客営業が廃止された。僅かに残った深澳発電所への石炭燃料輸送も2007年に終了し全ての営業を終了した
 しかし、2008年には海洋科技博物館(海科館)が開業予定だったため、施設は存知され復活が予定されていた。海科館は工事遅延によって開業が遅れ、それに伴って深澳線の復活も2014年までずれ込んだ。当初は列車は海科館までの運転で折り返していたが、折り返し待機中の騒音とエンジン排気が沿線住民より苦情となり一旦現在の八斗子まで回送して折り返す運用となった。先述の通り、八斗子は2016年に新ホームが完工し正式にここまでが営業運転区間となった
 元々は台湾金属工業(日本鉱業の子会社)が運行していた軽便鉄道の金瓜石線がその前進であり、濂洞には鉱山跡が、積み出し港であった八尺門港近くにはトンネルが残されている。金瓜石線は現在の海科館北側で現在線が大きく左にカーブするところ直進して海沿いに進んでいた。路線は戦後も残ったが、1962年火力発電所建設に伴い瑞芳から狭軌線路が開設されると旧八斗子から八尺門間の路線は翌年には廃止となっている

 道路越しに海を見る。この辺りの海は東シナ海だろうか

 読み取り機にICカードタッチしたらエラー出た・・・・・・とりま、そのまま戻るか

× 八斗子→菁桐(チントン):45DR1026 14:39発 区間4828「菁桐」

 さっきと同じ列車、同じ車両の同じ席
<海科館>

<海科館~瑞芳>
 また車掌さんが回って来たので、ICカード渡して状態見てもらう。多分、メトロの出場記録ついてなかったんだろうな?クリアしてもらって、取り敢えず八斗子~瑞芳間の運賃15元を現金で支払う
<瑞芳>
 車掌さんの言う通り、一旦改札を出て入場タッチで記録が付いた。良く解らんな・・・・・・
 同じ席に戻って改めて菁桐に向かおう
<三貂嶺(サンディァオリン)>

 台鐵の秘境駅の一つ。崖に張り付いたようにあり、半分はロックシェットに覆われている
<三貂嶺~大華(ダーファー)>

 まずは隣の線路に渡る。上下線でホームがちょっとずれているのでここではまだ片側にはホームがある

 右へ分岐して平渓線へと進入。宜蘭線上下線間には逆方向への渡り線もある。なお、猴硐(ホウトン)方には渡りはない

 平渓線から宜蘭線へは安全側線が設置されている。信号冒進した時用だが、安全側線は極短いし、直ぐに擁壁があるので隣接線路への防護は薄いな

 いよいよ宜蘭線と別れる。線路間にある歩道が鉄道以外で三貂嶺車站へ行く唯一のルート。

 宜蘭線は基隆河を直ぐに渡りトンネルに突っ込んでゆくが、平渓線は少しだけ川に沿う

 やがて平渓線も基隆河を渡り山間部へ分け入ってゆく。三貂嶺車站へ徒歩で行く場合はここから平渓線鉄橋横の通路を通り、件の歩道を辿ってゆくことになる。駅は随分下流だが、三貂嶺の集落そのものはこの辺りということだろう
<大華~十份(シーフェン)>

 曇っちゃってフィルターかかったようになってるけど、有名な商店街を行くシーン

 境界曖昧軌道。立ち並ぶ商店の軒は列車ぎりぎり。片側は柵があるけど、もう片方はどこまでが軌道かわからない。台鐵側では列車がいないときは軌道への立ち入りを認めていると聞く。30分に1本程度だし、高速走行する場所ではないのでそれでいいのかも。昔は日本にもこうした路線はたくさんあったけど、大型車が走行するのなんかいまは熊本電鉄くらいかな?
<十份>

 沿線一大きな駅、十份に到着した。有名な映画撮影地である九份てのが同じく台湾にあるけど、そちらは瑞芳の東にあるのでちょっと離れている

 台湾では「天灯」と呼ばれる竹と紙製のランタンを飛ばして祈願する習わしが古くからある。全土で行われるが、特にここ十份では観光客向けにも行っており、日中も盛んに行われる。というのが↑空に向かって飛んでいった写真だけど曇り空で遠いからなんだかわからんなw左記の曖昧軌道商店街辺りで特に飛ばしているみたい。一種の熱気球で、中に熱源が入っている。大抵は油を染み込ませた紙でこれに点火して温度差を利用して上昇してゆく。もちろん、飛ばしっぱなしなのでどこに落ちるか解らんし、そういえば線路際にあちこち紙屑みたいのが落ちていたが、あれの残骸であろう

 十份車站周辺は観光客相手の商店が立ち並んでいて歴然とした観光地。駅のすぐ南には基隆河が流れているが、川向うにも集落が点在している

 さすがに沿線最大の観光地だけあってほぼ降りた。平日だし天気は良くはないけどここ以外に沿線にさしたる観光地もないしな
<十份~望古(ワンクー)>

 八斗子行区間4827次と交換して出発。基本的にここで列車交換が行われるダイヤとなっている
<望古~嶺(リンチャオ)>

 基隆河に沿って進む周辺の山地は標高こそ高くはないが、人口は希薄で駅周辺以外にはほとんど人家が無い
<嶺

<平渓(ピンシー)>
 
 線名の由来となった駅。観光客がたくさん来るのか、両側にホームがある。勿論今日は片側のみで進行方向左側のみが使用される。かつては交換可能駅だったが1線撤去されホームが増設された

 ここでみんな降りて一人きりになった
<平渓~菁桐(チントン)>

 十份ほどではないが、ここも曖昧軌道。観光客が少ない分、ここの方が良い写真が撮れそう

 平渓の街並み

 菁桐が近付いてきた。また沿道に民家が増えてくる

 さらに減速して列車は菁桐構内へと差し掛かった

 終点、菁桐に到着
<菁桐>
 
 平渓線も無事に乗り終えた
 平渓線も深澳線と同様に沿線で産出される鉱物資源の採掘と搬出を目的に建設されたもので、1921年に台陽鉱業の単行専用線、石庭線として開通した。1929年には台湾総督府鉄道の買収をもって平渓線となった。平渓は豊富な石炭資源があり沿線の各駅は殆ど周辺に炭鉱があり鉱山からの積み替え需要があったようだ
 この菁桐は地図を見ると今も一抗、二抗の名前が残っておりそれら炭鉱から集約された石炭の積み出しで賑わったのだろう。駅の背後にある大きなホッパーが当時の栄華を物語っている

 1929年開業当時から使われている木造駅舎。2001年には台湾歴史建築百景の一つに選定されいる

 石炭輸送に比べて旅客輸送はわき役なので旅客設備はこじんまりとしている

 ICカードリーダー以外は昔のままだろうか。今は無人駅みたいなので出札窓口なんかは閉じられたままだ

 開放的なホーム端部。手前の平らな部分は公道だ。バイクは進入するなと書いてあるが、人の通行は制限されていない

 使用されなくなったホッパービンの上部に喫茶店が開業している。觀景台珈琲と書かれている通り、菁桐の街並みが高所から遠望できるんだろう

 駅前に広がる菁桐老街

 ホーム側から老街を見る。「老街」というのは昔から街並みという意味。新しい街は川向うにあるらしい

 リングで吊るしている照明塔が昔ながらで良いね

 折り返し客待ち中のDRC1034。今は観光客が多すぎて現実的じゃないんだろうけど、セミクロスシートくらいの列車で景色を見たかったな

 右(終点)に行ったら幸福0km

 終点側のホッパービンは活用されていない

 下になんか櫓が見えるな

 あ、機関車と炭車が保存されている・・・・・・気付くの遅かったな。もう出発だよ・・・・・・周辺の炭鉱にはナローゲージの軌道が入っていたんだろうな

 無人の列車で菁桐を後に

  菁桐→猴硐:45DR1034 16:11発 区間4831「八斗子」

<十份>

 腕木信号機が残っていた。平渓線はまだタブレット閉塞をやっているそうだが、信号装置は電子連動化されている
 帰り、十份からたくさん乗って来るのかと思ったが、それほどでもなく、あのたくさんいる観光客はみんな自家用車かバスなんだろうな
<十份~大華>
 途中で停まった。駅じゃない。アナウンスが無いのでなんやら解らん
<大華~三貂嶺>
 宜蘭線合流手前でまた停まった。信号待ちだろうか?5分は停まったな
<猴硐(ホウトン)>
 
 到着が遅れたのでそもそも少なかった時間が殆どなくなってしまった。駅の外に出るのは諦めて台北方面行電車をホームで待つ。猫の一匹や二匹モフってから旅を進めたかったのだが

 隣は菁桐行区間4834次。思いがけずDR1000の2ショットを撮影できたが、どうゆうことだ?優等退避なのはわかるが・・・・・・

 遅れていた模様の潮州(チャオヂョウ)10時31分発花蓮行の自強172次。本来、4834次が瑞芳停車中に追い越してゆくべき列車。遅れているので4834次はここまで逃げてきて、ここで自強の退避と乗って来た4831次と交換するダイヤに組み替えたのだろう。4834次は瑞芳の3月台を空けておかないと4831次が入れず宜蘭線を順逆共に支障しそうだし、そのまま進むと4831次が遅れているので平渓線には入れない、後ろから自強が追いかけてくるという難しい場面

 45DR1016を先頭に1029、1035と続く3連。本来こんなに停車するはずではなかった猴硐をゆっくりのっそり発車していった

 前回はこんな壁画は無かった気がするな。というか、建物そのものが新しいな。この1年半の間で新竹されたのかな。正面扉の右側の子ははネコというよりかは柴犬に見えて仕方がない

 蘇澳(スーアオ)発の区間4193次がやってきた。これで台北まで戻ろう

 一番後ろ、45EMC520。よく見たら貫通扉のエンブレム付いてないな

  猴硐→台北:45EMC520 17:12発 区間4193「樹林」

<瑞芳>
 新左營(シンズゥオイン)10時49分発樹林行の新自強423に抜かれる。10分停車
<百福>
 すれ違った七堵行の莒光516次はE500牽引だった。莒光にも進出したと聞いていたがホントだったんだな
<汐止>
 再び退避のため7分停車。その間に台東13時43分発の新自強477次に抜かれる。この列車は山線を走り続けて彰化(ヂャンホア)の先、員林(ユェンリン)まで行く。員林には20時58分に着くが実に7時間弱もかけて台湾を2/3周するわけだ
<台北>
 DR乗りに行こうかとも思ったけど、もう疲れちゃったので夕食買ってホテルに向かおう
 台鐵弁当、排骨(パイクー)弁当買えたので、夕食はこれで良いやw

 暮れなずむ台北車站。雨は上がっている

 今日は駅前のシーザーパークホテル台北。漢字で書くと台北凱撤大飯店。日本語通じるってんで選んだが、受付してくれたお姉さんは日本語しゃべれないみたい。まぁ、英語で普通にやり取りできるから良いんだけどね・・・・・・

 セミダブルベッドルーム。右のちっさいソファベッドが良いなw

 駅は左側の奥の方。地上にあったら正面の壁面大広告があるビルの左側を走っていたはずだから、少しくらいは見えたかな?

 左側のぎりぎりの視界。台北車站の東側半分くらいが見える

 台北車站構内で購入した台鐵弁当。排骨弁当で120元だった

 ところで、台湾仕様のWifiで繋ぐとXの広告も台湾仕様になるんだね。なお、通信会社は台湾で一番大きな通信インフラ会社、中華電信股份有限公司。国内固定電話のシェアは90%以上

 最近、国内ではA〇odaからの予約でトラブルが頻発しているというが、シーザーパークも同様でこんなお知らせがTOPページを開くといきなり出てくる


<6/18>

 台北からおはようございます。雲が多いけど、天気予報では概ね晴れるようなことを言っている。言っていることはわからないが、お天気マークと地名からそう判断した。午後には山沿いで雷雨があるようなのでそこは注意だ。台風が来なけりゃ何でもいい、もともとスコールが来るような季節だし土地柄だ

 昨日買ったカップラーメンで朝ごはん食べて出掛けよう
 チェックアウト時もやっぱり日本語通じなかったけど、支障なく済ましてホテルを出る。地下道経由で台北車站の東側へ

 お目当てはこれ。狭軌、つまり762mmナローゲージ時代の花東線の列車が展示されている。先頭はディーゼルカーのLDR2204で後ろに客車を従えている。狭軌時代の花東線ではこうしたディーゼルカーが客車を牽いて走るのが通常の姿だった

 2024年の3月に来た時は蒸気機関車が置いてあった。機関車の後ろは今先頭になっている2204の同僚、2201だ。昨年の年末に両車とも搬出され、高雄の三塊厝(サンクヮイツゥオ)車站に2025年1月移設展示されたそうだ。知っていれば行ったのに・・・・・・

 機関車の代わりに置かれているのは木造の客車。幕板の上の楕円形の窓が何となくある種の車両みたいで予想つくね

 古い車両だが綺麗に整備され直し展示されている。このまま走れそうだな

 狭軌車両とはいえ、国営鉄道のボギー車なのでそれなりに大きい

 見学デッキに登ってきた。車内を覗ける

 客室は片側ロングシートで、片側クロスシート。日本のナローゲージでもこのレイアウトの客車は多く存在した。狭い車内で効率よく旅客を収容する知恵である

 さて、客室は中央で区切られ、後ろ半分は不思議な形となっている。車幅の1/3程の幅の木の板が両脇に敷かれている。窓枠にかかる中途半端な天井・・・・・・
 そう、これは寝台車なのである。実際にはここに布団が敷かれ、カーテンが垂らされていたであろう。この車両はかつて花東線で一日一往復走っていたナローゲージの寝台車の貴重な生き残りなのである。今でも莒光号や気動車自強だと3時間半かかる花蓮~台東間は改軌前はもっと線形も悪くスピードも出なかったので当時最速の特急、光華(グワンフア)号でさえ今と同じく3時間半を要した。そんな距離、区間であるから5時間40分ほどかけて走る夜行列車が設定されており、臥車(ウォーチョー):寝台車が連結されていたのである
 軌道の状態の悪いナローゲージで、旧式の客車、板敷のベッドに布団を敷いた寝台がどれほど眠れたかはわからないが、きっと高級な部類だったのだろう。昔の写真を見るとナローゲージにしては太いレールを使用していたように見えるので、予想外に安定した走りをしていたのかもしれない。特急が時速80キロ程度で疾駆していた路線なので相応に強化された路盤だった可能性もある
 なお、縦貫線にも当時は夜行列車が設定されており、台北~高雄間を結んでいた。こちらは開放式の寝台と共に個室寝台も連結されていたと聞く。もう台鐵では夜行列車そのものが週末に細々と走るだけになったが、寝台付きの観光列車を走らせる計画があるらしく、台湾にも再び寝台列車が走り回る日が来るかもしれない
 
 形式は1100。着席定員は20名で、寝台は8名だそうだ。2段ベッドが通路を挟んで2ヶ所、それが前後に並んで計8床ということだ

 上り下りで走っていたので当然2両は最低でも必要なので、1101と1102は少なくとも存在していたのだろう。1編成当たり何両連結していたかわからないが、予備車も含めたらもう少しあったはずだ。調べたら、LPTS1100型は当初全室寝台で、16床の寝台を装備していたが、不足していた座席定員を増加させるために1962年に半室寝台に改造され現在の形になったそうだ。1101と1102は少なくとも存在していた
 この列車が活躍したような時代は外国で写真を撮ることのリスクが大きく、台湾もまた例外ではなかった。よってあまり多くの現役写真が出回っておらず、台湾現地の鉄道ファンというものはほぼ皆無だったので、日本人マニアが出掛けて行った際に撮影したわずかな写真が残っているに過ぎない
 軽便寝台を撮影できて満足したので、台鐵駅構内に

 7時14分発、自強408次、花蓮行の45ED3141

  台北→汐止:35PPC1438 7:24発 自強272「花蓮」 1車デッキ

 松山でかなり降りたので1車50番に着席
<汐止(シーズィー)>
 
 前は解らないけど、後ろはE1029


 昨日も見たけど、台北の通勤通学圏内なのでかなりの乗客がホームで待っている。日本の都市の朝ラッシュと変わらない
 
 頭上を羽田行のエヴァエア機が通過していった。BR192便、B787-10、B-17808

  汐止→苗栗(ミャオリー):35PPC1447 8:04発 自強113「屏東(ピントン)」 7車9番

 朝ラッシュ時に無座扱いで自強走らせるのは無理があると思うの。自強113は七堵始発で次の停車駅が汐止なんだけど、前後に列車が無いので既に混雑していて、指定していた席にも勿論おばさんが座ってた。うきはが台北から乗ってたらおばさん台北まで座れたのにね・・・・・・そもそも、この列車の座席指定券は七堵から確保していたが、七堵まで行くには列車の都合早起きしなければならず、一つ先の汐止から乗ることにしたのだった
 松山、台北、板橋と停まり、その度にさっきのうきはのようなやり取りがそこかしこで繰り広げられ、無座の通勤客を通路やデッキに押しのけてゆく。台北周辺のラッシュ輸送は概ね桃園(タオユェン)までで終わり、その先は本来の中長距離客が主役となった。立ち客はいなくなり、予め指定券を持っている客が大半となったようだ
<新豐(シンフォン)~竹北(ジューベイ)>

 鳳山渓が作った河岸段丘を下り新竹の街へと入ってゆく
<竹南(チューナン)~造橋(ザオチャオ)>

 竹南を通過すると右手へ海線が分かれていく。輸送密度が低く単線区間が殆どの海線も竹南分岐から談文(タンウェン)車站の少し先にある談文南信号所までの6.3kmは複線区間である

 中港渓を渡る鉄橋から別れてゆく海線鉄橋を見る。かつてはこの鉄橋を渡った先で海線が分岐しており、地図を見ると当時のルートが今も良く解る
<苗栗(ミャオリー)>
 
 台北から2時間ほどで苗栗県の中心駅、苗栗に到着。苗栗県は県内の80%を山地が占めることから「山城」とも呼ばれている。縦貫線はここから台中に向けて本格的な山岳路線になってゆく

 発車してゆく自強113を見送って改札へ向かう。1月台に接して前站(東側)に出られる昔からの地上改札があるが、後站に出たいので新しい橋上改札を使用して西側へ抜ける

 橋上駅舎は東西自由通路となっている。駅に一番近い史跡、鉄道博物館の簡単な館内図が掲げられていた。今日、最初の目的地はこの博物館に行くことなのだが、その前にちょっと気になるものがホームから見えたのでそちらに

 側線の端に旧型客車が置かれていたので先に見に来た。前にも岡山等で見たことがある2等客車改造の事業用車両だろう

 30ES32711。35SPK32700、2等客車から改造された工程宿營車
 32703、711、716、748、750の5両が1970年に改造されたが748と750はすでに廃車解体されているようだ。番号が飛び飛びなのは種車の番号をそのまま使用しているからに違いない
 703は岡山(ガンシャン)に、711はこの苗栗、716は台北機務段にあるとされている。台北機務段は樹林の車両基地の中にあるようだ。2010年代半ばくらいまではあるべき用途に使用されていたようで、綺麗な状態で各地で目撃されているが最近は放置されたまま朽ちるに任す状態になっている

 東西自由通路の西側端。改札はこの上にあり、鉄道博物館は右手にある。このクラスの設備なら日本国内ではエスカレーターを装備しているのが当たり前だが、左右に伸びる緩やかなスロープ以外はエレベーターしか見当たらない

 駅すぐ横のテントが入場券売り場。プチ団体が待っているのかと思ったが、あれただ日陰で信号待っているだけだ。集団の後ろに回り込んで入場チケット購入する
 今回の台湾行では未乗線区が殆どないわりには2泊3日という余裕のある行程なのでリニューアルされたばかりの苗栗火車頭園区にやってきた。苗栗車站の横には昔から鉄道博物館があり無料公開されていたが、2025年4月にリニューアルオープンした。リニューアル前は苗栗鉄道文物展示館と言い台鐵直営だったがリニューアルと前後して民営委託に切り替わった

 入場は100元だが、うち50元は園内で購入できるショッピングバウチャーになっている。購入の証に手にスタンプを押してもらって入場。このクソ暑い中で汗かいたらこれどこまで残るだろうか・・・・・・入退場自由でこれを見せれば良いことになっているが、薄くなったり汗で流れちゃったら再スタンプしてくれるのかな?屋外展示エリアは無料で見れるそうだが、見たいもの(目玉展示)は新設された建物内にあるので入場料払った方が吉

 ベンチの半分を占拠する擬人化猫の置物。こうゆうのは日本とは違うセンスだよな
 
 苗栗は絶滅が危惧されているベンガルヤマネコの亜種、タイワンヤマネコの最大の繁殖地である。「みゃおりー」という猫の鳴き声のような地名とも相まってネコ推しの土地なのであろう

 莒光号客車を模したレストラン。台湾名物の石鍋を食べられるようだが、こんなクソ暑い中で鍋など食べている客は皆無だった。そもそも開館の10時を回ったばかりで客は殆どいないが

 子供向けなバルーンの向こうに赤白の車両が見える。何かは知っているが、取り敢えずあれを目指そう

 列車戸外展示区の一角だ。左側はこの後回る

 屋根の下に静態展示されていたのは「紅斑馬(赤いシマウマ)」ことEMU1200の先頭車だ。1987年に南アのユニオン・キャリッジ・アンド・ワゴン社によって3連11編成が作られたEMU200を2002年から2004年にかけて9連組成に改造したものがEMU1200。2022年の3月改正で定期運用を離脱、しばらくは臨時列車用として活躍したが2023年には完全に使用が停止され潮州車両基地に留置されていた

 貫通路にステップがあって登って車内が見れたはずだが、興奮してて撮影忘れたなぁwww

 運転士さんかな?車両の左右はホームのような形状をしているので、床下を見ることは出来ない。チョッパ制御ながら吊り掛け駆動という日本では考えられないような機器構成の電車だった

 55EMC1202、第1編成の先頭車のようだ。最終運行は3-4のペアが担っていたようなので、1もどこかにあるのか??なお1203は旧台北機廠(鉄道工場)を改築した国家鉄道博物館に搬入されている。残っているなら、日本では大抵TOPナンバーを保存するが台湾では拘らないのかな?
 このEMC1202はEM201から改造されている。EMU200時代の編成はEMC201-MP201-EM201の3両編成でこの編成は両端が1200に先頭車として改造されたが、9両貫通編成化によって圧倒的多数の先頭車が中間車に改造されている

 1980年代に入り、自強号の旅客が増加すると輸送力に不足をきたし、それに伴って11編成33両がEMU200として竣工、1987年の6月25日から運用に就いた。2001年から改造が始まり、EMU1200を名乗るようになった旨が書いてある。正確ではないが概ねそんな感じだろうw

 このまま外の展示車両を見てゆこう。左は現役の鉄道施設で、使われてはいないのだろうが中央の線路も現役線と繋がっている

 後ろは円形の建物に入って行っている。あの中には蒸気機関車が保存されているのだが、それは少し後で

 先に屋外展示のナローゲージ車両を見てゆこう。横幅の詰まったDD13みたいな形のLDH101

 無煙化推進と需要吸収の為に1970年に花蓮工廠で1台だけが作られた。1968年にはLDH200型によって花東線の貨物列車輸送は無煙化されているが、当時は製糖輸送が盛んであり、追加で製作されたのが本機である。しかし
、1982年に改軌されるとそのまま廃車となっている

 上記と似たような事が書いてあるんちゃうか

 LTPB1800客車のLPTB1813

 当時の最速列車、ディーゼル特急・光華号の中間に差し込まれて活躍した客車。日本で言うところのキサハ。もちろん動力は搭載されていない。一部は1067mm化されDR2050と名乗り改軌後も台東線で活躍した。台車を履き替えた生き残りが彰化の車両基地に何両か留置(放置?)されている。現役で残った仲間は一時期蒸気機関車牽引列車の客車として使用されたが、最近は全く稼働していないようだ

 WIKIなんかをみるとLPTB1810型という記述が別にあるので、10~はマイナーチェンジ車の可能性もあるな。この個体は引退後、澎湖(ポンフー)諸島で展示保存されていた(鉄道が無い島でなぜ保存したのだろう?)が台湾本島以上に過酷な環境で老朽化が進み、1999年に台湾機廠で修理され苗栗に再展示されるに至った。澎湖でそのまま朽ち果ててもおかしくなかったが、現在も綺麗な姿を残してくれている幸運な車両であろう

 これは現役の保線車両。現役の車両が間近で見れるのもこの博物館の醍醐味とされている

 屋内展示に移る前に現役機の撮影を

 E300型電気機関車、E334。周辺に貨車の類は見受けられないし、周辺駅に専用線などもないけどここにポツンと停まっている・・・・・・現役機だよな???
 E300はE200と共に1978年に39両が導入された貨物用機関車。旅客列車を牽引することもあるが、301と302を除いて発電機を搭載していないので、客車の冷房装置を稼働させることが出来ず、その際は電源車を連結する必要があった。現在では客車列車が激減しており、莒光号ですら新型のE500が牽引する列車が現れているので本機が客車の先頭に立つ機会はほぼないであろう
 昨日も七堵で見た通り、本来の貨物列車牽引が本機の主任務である

 暑さに耐えかねて件の円形建築物に避難してきた。内部はターンテーブル上になっており、それを覆うために円形の建物になっていた。大きさの割には中にある展示車両は蒸気機関車1台きりだ

 展示されているのはC型機のCT150型152号機。1918年汽車製造製で1978年に引退した

 導入当初はE500を名乗り、500~542までの43両が台湾総督府向けに製造された。国鉄の8620と同形で客貨牽引に永く活躍した。この43両というのは台湾では1形式最多両数を誇る。最多形式のわりに現存するのはこの1両きりだと言われている

 E500として導入され、C95形を経て戦後はCT150を名乗るようになった

 実機は1台だけだが、模型は展示されている。1号蒸機かな?台北の二二八和平公園に実機が展示されている

 CK101。先代モデルCK50の改良発展版として1916年及び1919年に汽車製造で8両が作られた。当初はE400を名乗っていたが、後にCK100となった。支線区の列車牽引を担っていたが、晩年は入換用となり1970年代ごろには使用が停止されている。1998年にはこのモデルの実機CK101が動態復活したが現在は再び彰化機関区で静態保存に戻っているそうだ。

 動輪5つが特徴的なE型機。勾配線区用の大形タンク機EK900で1915、1916年に汽車製造で併せて11両が作られた。当初は300型で山線の急勾配区間を控える苗栗区に配置された。日本の4110と同形で使用用途が限られるため、日本も含めてあまり数が作られない機関車の一つだ
 戦後は7両が台湾鉄路管理局に引き継がれEK901~907を名乗ったが1968年に全車廃車、解体されている

 模型が展示されていたのは2Fでそのまま外の通路を通ってゆくと列車展示館に移動出来る

 シミュレーターぽいのが置いてあるな。稼働するのかな?

 AIR CONDITIONED DIESEL RAILCAR UNITと掛かれている。日立のメーカーズプレートなのでDR自強導入時にメーカーが用意した模型かな?裾絞りが無い車体で、尾灯が下寄りだからDR2900だろうか

 同じような模型・・・・・・模型としては全く同じに見えるが、台座のプレートは無く、繁体字で書かれている紙が雑に貼り付けてある。モデル側も台鐵のマークが付いてないか・・・・・・紙には「台湾鐵路管理局東幹線自強號柴聯車」と書かれている。聯は「レン/つらねる」と呼ぶから、上のモデルのディーゼル レールカー ユニットと同じ意味だな

 窓が大きく取られた木造展望車。車番の最初にFC(FIRST CAR)と読み取れるので1等車であることは解る

 泰国、つまりタイ向けの車掌車。輸出用の車両だ。台北機廠で100両作られたとある

 DR1000。車内には転換クロスシートが並んでいる初期の姿

 2階のデッキから1階の保存車輛を見る

 機関車や客車が縦列駐車されている

 殆どはリニューアル前からの継続展示だが、一部はこのリニューアルを機に運び込まれている。このE308や

 EMU100がそうだ。うきはにとってはこれが一番の目的で最も価値ある展示だった

 EMU100のパンタを上から撮影して下に降りよう。導入当時は下枠交差型形パンタグラフが装備されていたが、2000年代にシングルアームパンタグラフ化されている

 1階に降りてきた。まずは大本命のEMU100を見てゆこう。最末期の前面警戒色から登場時のカラーに塗り直されている

 縦貫線の電化を控えた1973年に台鐵は電車列車導入を計画、翌1974年には5両編成13組、65両を英国のGeneral Electric Companyに発注した。台北~台中間の暫定電化開業が為された1978年から運用に就いたが、運用開始一ヶ月で各種不具合が発生、全車が運用を一旦停止しメーカー修理が行われた。1979年の夏の縦貫線全線電化開業後は台北~高雄間を時速120km/hで走行し4時間10分で結んだ

 展示されているのは50EP108

 2022年に富岡(フーガン)機廠で整備後運び込まれた

 車内は転換クロスシートが並ぶ

 古い車なので最後までLED式の表示器などは装備されず方向幕が使用された

 1970年代製作の車両だが、既に空気バネ台車を履いている。BR BX1台車。こんなに立派で現代でも走っていそうなデザインだが、吊り掛け駆動である。
 
 5両1ユニットだが通常は2ユニット連結。多客期は3ユニット連結を想定していたので正面は貫通路が付いた平面的なデザイン。看板特急列車に充当するには飾り気のない地味なデザインだ。幌も大きく突起もあり、空気抵抗が大きそうなデザインだがこれでも120km/h運転を行っていた。しかも1M4Tなので1ユニット中電動車が1両しか無い状態にも関わらずだ。他が客車列車ばかりだから加速力に関してはそれほど問題にならなかったのだろう
 
 1970年代末と言えば日本の電車で手動ドアなぞ存在していないが台鐵では最新の特急車両が手動ドアという驚異。もちろん、2020年代の完全引退に至るまで手動ドアであり続けた

 EMU100の模型。50EP104。あんまり精巧な出来ではないなw昔、Nゲージ模型を持っていたが、16番サイズの模型欲しいな。存在を見たことも聞いた事もないけど
 台湾の鉄道模型文化はまだ歴史が浅いのであまり自国形式に恵まれない。現地メーカーが最近はNゲージ模型を多形式リリースしているが、16番サイズとなるとほぼ見当たらない。当然、日本では入手が困難であり、オークションなんかに出てくると高価格帯までつり上がり落札は困難だ

 EMU100の前に展示されている大型事業用車

 大きなクレーンとその操作室、荷台がセットになった、日本で言うところの操重車だ

 警戒色に塗られたごついアームとつり上げフック。フックは隣のフラットカーに載せてある

 これも日立で作っていたのか。重油を燃料にした蒸機駆動の車両

 ごついクレーンフック

 操縦室部分の回転機構

 フラットカー側から見る

 操縦室部分。建物内では大きすぎて全景が撮れない

 操重車車の隣にはE100型機関車

 縦貫線電化と共に準備された電気機関車だ

 EMU100と同じくGeneral Electric Companyを通じて輸入されたが、実際は南アフリカのUnion Carriage&Wagon社によって20両が製作された。サイズや台車形状から日本で言うところのED級機であろう

 その後のE200~400は米国製機関車となったので、この形状は1形式だけで終了した。発電機を持たないので冷房の必要ない普快車や、主に貨物列車を牽引したが2007年までには運用終了した。全機が彰化機務段に所属していた。現存しているのはこのE101のみとなっている

 まだまだ現役機がいるE300だが、300に限らず貨物需要の減少で少しずつ廃車になっているようだ

 このE308は2023年に廃車となっていると書いてある

 R0型R6号機

 台湾鉄道管理局初のディーゼル機関車で日立製作所が1959年から11両を製造したもの。電気式ディーゼル機関車を台湾では「柴電機車」という

 日立製とはいえ、ディーゼルエンジンはドイツのMAN社製エンジンをライセンス生産したもの
 当時の日立は電気式ディーゼル機関車の製造には圧倒的に経験不足で、当機も不調が多く後継のR20が運用開始すると次第に幹線の列車牽引から撤退してゆき、入換用として細々と運用されるに留まった
 試作された1両がDF91として水戸機関区に貸し出され、1か月間だけ国鉄線上を走行したのは有名な話だ

 日本製なのに国鉄ディーゼル機関車には見られない運転室デザイン。アメリカ型のようなデザインだ

 R6のキャブ。現在はこのR6のみが現存している

 蒸気機関車からこれに乗り換えたならそんなに変らないけど、前方視界は良くないように思える
 
 先のR6と似たような色、形のS305

 米国、GM社製で1966年から21両が導入された入換用のディーゼル機関車である。入換用とは言え最高時速は75km/hで初期は支線区の小列車運転にも使用されていた。1997年までに運用離脱し廃車となった

 一方は3枚窓で視界も大変クリア。L型の車体形状になっている。このS305は長らく花蓮機務段に放置されていたが修復され当館に収容された

 S30の下はピットになっており、見学ツアーなんかも出来るようになっているんだろうな
 
 なんだか良く解らないだろうけど、S305のキャブ。操作機器が一切見えないw

 大きな前照灯が特徴的なDT561。日本の9600型と同形機。1919年から20年にかけて製造され、1920年から21年にかけて3回に分けて14両が台湾に到着し縦貫線で使用された。最初の7両は台北庫に配置され、次の6両も台北だが、残り1両だけが苗栗に配置された

 9600型だが、製造はアメリカのアルコ社で行われた珍しい例。日本設計の機関車がアメリカで製造された唯一の例となっている。当時、日本の国内向け機関車製造だけで国内メーカーは手いっぱいで、アメリカのメーカーに委託したというのが通説だ

 現在はこのDT561だけが現存している。この後、日本製の9600であるDT580が多数増備されたが、先行導入されたDT560の方が性能は良かったという噂だ

 キャブを隙間から覗く

 仕様書のミスか、当初は右側運転台で落成し、台湾でも当初はそのまま使用していたが作業に支障を来すことから後年左側運転台に改造されている

 DT561と並んで展示されているオープンデッキの木造客車、25TPK2053

 1921年に台北工場で製造された3等客車で、当初はホハ2070形2076号を名乗っていた。戦後はTP2076と改番され、1965年には更にTPK2053と改番されている。旅客営業から退いた後は事業用として残っていたが、1996年に元の姿に復元されている

 台北で製作されたとはいえ、日本統治時代の製品なので日本の標準的な3等車のようだ

 25TPK2053。台鐵で最後に旅客営業に就いていたころの姿に復元されている

 Third class Passenger=三等車なのでTPである

 当時の車両に広く使われたイコライザー型の台車。日本ではオハ31系列などに使用されたTR11の外地向けTR16か17かと思われる

 木製の座席が並ぶ客室内。3等車とはいえ、座面はクッションが使用されていた日本とは異なり完全に木製だ。これで長時間はしんどいな

 3連ずつまとまった窓が続く。椅子と窓の関係が明らかに合わないが、登場時の車内はまた異なりそうなので後年の改造でこうなったんだろうな
 日本なら国内で蒸機牽引列車にはこのくらいの見た目の車両が使われているが、さすがに台湾ではこのレベルの骨董品は動態保存されていないようである

 展示館の外をPP自強号が駆け抜けてゆく。基隆(キールン)8時14分発の屏東行自強115次だ

 これもE500牽引になっている

 直ぐにすれ違って、EMU700が到着。45EMC729以下8連。嘉義(ジャーイー)7時41分発基隆行区間2154次

 車両展示館の一部は鉄道施設、部品の展示もされている

 信号操作てこ

 実際には遠方にある腕木信号機を手前の梃子で操作する

 橋りょう架設の模型。鉄道線路はこうして作る、という展示

 機関車のパンタグラフかな?詳細は解らない

 タブレット授器。左下の丸い持ち手が付いた板を引き出すと、中からタブレットが出てくる

 これがいわゆる「タブレット」の中身。砲金製でこれが通行手形になる。これを持っている列車だけが駅と駅の間の閉塞区間に入ることが出来、衝突を防ぐ安全システムの要になる

 時計・・・・・・のようにも見えるし、電話にも見える。タブレットとセットで使われる隣接駅への電信機だろうか

 信号連動盤。海線にある龍港(ロンガン)車站で使われていたことがわかる。在線や設定進路を示すための電灯が入っているので、電子連動された以降のモデルだろうか
 現在、龍港車站は対向式ホームがあるだけの棒線駅になっているのでこうした操作盤を必要としていない

 各種サイズのレール断面

 トラス橋模型。走っている車両がナローゲージにしか見えない

 橋りょう架設するやつの別タイプかな?

 火車的換道方式。グーグル翻訳にかけたら「列車の軌道変更方法」と出た。ポイントのことか

 線路わきにたくさん置いてある「機器箱/キュービクル」の展示会

 PP自強の16番ゲージ。ヤフオクにまれにおもちゃの延長のようなHOサイズのE1000が出てくるけど、それよりは精密な気がするこのモデル。でもちょっと色合いが違うのと、やっぱり細部デザインが甘いので日本の鉄道模型メーカー製には遠く及ばない出来栄え

 さっき反対側から見た保線車両。これはCM07、ドイツ製の電車線維修車、架線工程車

 動力軌道吊棹車。韓国製のクレーン付きモーターカーRC-11。同系の11~15がいる

 11時にターンテーブルデモンストレーションが行われるということで、CT152の展示館に戻ってきた。メロディと共に機関車がぐるっと一周

 ネコチャンの足跡

 園内に猫カフェも併設されている

 事前予約が必要だったみたいで、今回は入れなかった。外からネコチャンだけ写真撮る

 最初に見た莒光号デザインの石鍋屋は反対側は青い復興号デザインだった
 満足したので苗栗火車頭園区を出場

 苗栗の後站河駅前通り

 空が広いね~
 時間もあるし、そのまま戻っても面白くないので、建中街地下道を通って前站側に向かおう

 国光客運の駅前バスターミナル。正式名称、国光汽車客運は2001年に開業した乗合バス事業者。公営バスの分割民営化で誕生したバス会社のひとつ。社名の「国光」はアメリカから輸入した最上位等級バス「国光号」に由来している

 バスターミナル内部。日本のバスターミナルみたい。バスは頭からターミナルに突っ込んで停まっている。発着はあまりなく、暑さゆえか客も気怠そうにベンチに座って乗るべきバスが来るのを待っているようだ

 苗栗前站。苗栗県の玄関駅なのにあんまり人気がないな
 
 橋上駅舎への通路にはアマチュア絵描きさんが描いた絵がたくさんある。オリジナル絵から借り物まで
 
 イベント、というかなんかキャンペーン的なのやっているのかな?
 
 シオンタンはもぐほど乳ないよ

 階段の壁面から

 あらゆるところに絵が飾ってある。展示会みたいになっているな

「媒想到 你會來」調べてみたけど、ちょっと解らなかった

 コンビニでお昼ご飯買い込んで駅構内に戻ってきた。EMU700がやってきた。45EMC724以下8連。新營(シンイン)8時2分発、瑞芳行区間車2164次。瑞芳には14時36分に到着する6時間半もかけて縦貫線を北上する列車

 30ES32711を順光側からも撮影しておこう

 骨組みだけの入換動車。所謂アントかな?それにしちゃアンテナ見たいのがたくさんあるな

 まだ停まっているねE334。ホーム側からも写しておこうね

 1月台の台北方は切り欠きホームがある。荷物車や貨車の荷卸をしていたのかな

 今は保線用車両の留置場所になっている。韓国製のモーターカーRC-20。2020年導入。台鐵は保線車両もどんどん近代化している

 列車が来るまで広い1月台のベンチでお昼食べよう

 三明治と書いて、サンミンチーと読むが、つまりサンドイッチだ。これ、よく見たら3枚一体物だな!?

 屋根下部分がカラフルなEMU3000が来た。23~26編成、計4編成しかないらしい。他は紅、緑、碧。このグループは特別仕様で6号車の商務車が間隔の広い一般座席となり車端部にはカウンターコーナーが設置されている。道理で予約の時に商務車選べないわけだよ

  苗栗→彰化:45EM3242 11:52発 新自強117「潮州」 4車9番

<三義(サンイー)~泰安(タイアン)>

 景山渓を渡る
<彰化(ヂャンホワ)>
 
 彰化まで紙の切符、ここからICカードで乗るので一度改札を出て、入り直したら乗っていた自強は発車済みだった。ガランとした1月台。彰化の駅舎よりの番線はなぜか両側にホームが設置されている

 彰化は扇型庫が一般公開されている鉄道の街なので一度ゆっくり探索してみたい。台中辺りに泊れば十分散策範囲に入るのでちょっと考えたいね。集集線乗りに行くときかなぁ、チャンスは

 海線を経由してきた莒光511が入線してきた。お!やはりE500牽引だ。前回の旅行時はまだ自強の1部にしか投入されていなかったので乗れると嬉しかったが、ここまで多くなると旧型機が恋しいなw

 一番空いてそうな最後尾に乗ろう

  彰化→二水(アーシュイ):35FPK10505 12:47発 莒光511「新左營(シンズゥオイン)」 8車13番(無座)

 E516牽引の8両編成

 今回、初莒光だ。短距離だし、昼過ぎの閑散時間帯なので指定券は用意していない。自顧無座で
<員林(ユェンリン)>

 2面4線の高架駅。地上駅時代は広い構内を持ってサトウキビ輸送の貨物扱いが多かったことが伺える。南側から西へカーブする5分車の廃線跡が今も良く解るが、この軌道の行き先は西にある渓湖という街だ。渓湖糖廠(シーフータンチャン)では蒸気機関車の動態保存がされているそうだ
<田中(ティェンジョン)~二水>

 客車列車は最後尾から去り行く街並みが見えるのが良い
<二水(アーシュイ)>

 雲行き怪しくなってきた二水に到着
 
 集集(ジージー)線に乗り継いで奥地へ入ってゆくと、その先に台湾有数の観光地、日月潭(リーユエタン)がある。20年前、桃園で出会ったおじいさんに「日月潭には行ったか?」と勧められて以来、結局行っていない。良いところなんだろうけどね

 日月潭に行かない(行けない)理由の一つがこれだ。莒光511次からの乗り継ぎ客を待って、集集線区間車2911次濁水行が発車してゆく。集集線は度重なる災害で濁水(ジュオシュイ)~車埕(チャーチェン)間が今も不通であり完乗を目指す者にとっては再開が待ち遠しいところだ。今年の12月には再開予定とのことだが、どうだろうか・・・・・・集集線は沿線でも見たいものがたくさんあるので早いところ再開してほしいな。そんなわけで、この路線が全線再開したら日月潭にも行くかもしれない

 南の方から黒い雲が急速に広がってきている・・・・・・急いで目当ての公園行って来よう。駅を出て線路伝いに5分ほど歩くと、

 戦闘機の鎮座した公園が現れる。地図では「軍機展示場」と書かれている

 木々に埋もれるように保存展示されているのはノースロップ社が開発、製造した軽戦闘機、F-5Eである。展示機は5207/760477号機で虎のマークは今は無き桃園基地の第5大隊のものだが、資料や記録が殆どない
 近隣では韓国とこの台湾がF-5を使用しており、特に台湾は400機以上を使用した最大のユーザーであった。初期のF-5A/BからE/F形をメインに、後に独自改造した偵察型のRF-5まで台湾全土で使用していた

 機首にある「中正」はF-5シリーズに付けられたニックネーム。タイガーⅡ初めて見た!新谷かおる先生の代表作、エリア88を読んで育った世代なので近くて遠い機材の一つだった。夢が一つかなったが、この記事を書いている2025年7月、正確には7月4日付けで花蓮基地に残っていた最後のRF-5E、F-5Fの運用が終了したとのニュースが入ってきた。旅行に出かけた時点ではまだフライトしていたが、残念だ・・・・・・

 タイガー戦闘機のそばには機関車も2台展示されている。1台は345というナンバーのナロー蒸機。台湾糖業の345号機で1948年ベルギー製。渓湖糖廠で客貨牽引に活躍した

 CT270形278号機。日本国鉄形式C57である。この278号機は1953年川重製で、1983年まで縦貫線で客貨牽引に活躍した。1980年代までこんな大形蒸機が日本のすぐそばの島で本線走行してたなんて驚きだよな

 駆け足だったけど、会えてよかった。もう少し暑さの少ない時期に、各地の保存機体を廻りたい。あまり駅から徒歩圏内で行ける保存機体が無く、ここと南靖車站そばにあるF-5位なのだ

 駅前に戻ってきた。何とか降られる前に戻って来れたな。駅前角地に立つのは亜洲大飯店。駅前で列車が見えそうだし良い宿だな、と思ったがどうやら閉業しているようだ

 ひと昔前の台湾の小都市の駅前風景がそのまま残っている感じかな

 駅前通り。二水老街と地図には書かれている。本当はもう1ヶ所見たい所があったが、列車の時間が迫っているのと、この天気なので今回はパス。どうせ集集線に乗る為にもう一度間違いなくこの駅は利用するのだ

 構内に入り、側線に留置されている廃車群を撮影する。オレンジに白帯の客車が2両繋がれている。正面の1両は30ES32577で1968年に新潟鉄工所と帝国車輛によって35両が製造された35SP32550を宿營車に改造したものだ。当初は青地に白帯で普快車、対號特快等に使用されていた。554、574、575、577の4両が30ES32550に改造されたが、現存しているのはこの1両だけだそうだ
 後ろの1両はDL群に隠れててちょっと解らないな

 DL3両とEL1両が繋がれて留置されている。これも廃車前提の留置だろう

 一番南側にあるのがR156。R150型の1台で1973年に導入された初期導入20台のうちの1台だ

 2台目がR20型R32。1960年から導入されたR20型はR21~72までの52台が製造された


 同じくR28。廃車は進んでいるが、いまだに現役機もいるらしい息の長い車両だ

 E300型E327。貨物列車にしか使えないE300が一番最初に無くなってゆきそうな感じだ

 大きくバッテンが書かれているから廃車留置なのだろう。15ES8226。貨車改造の宿營車で窓を付けた個体もあるようだがこれには窓は見受けられず貨車そのもの形態だ。一体、中身はどうなっているのだろうか?宿營車なので内部は寝泊りできる構造になっていると思うのだが

 その隣に連結されているこれも、宿營車の1つだ。10ES532は10t積みの豚積車を改造したもので50両程度はいたと思われる。概ね、写真のような窓付きのグレー車体になっていたが、窓無しで真っ黒な個体も存在していた。また、窓や側扉も個体によって形態は様々だったようだ

 これは現役のモーターカー

 廃車群を撮影していたら13時33分発の莒光516次が到着した。高雄11時14分発の七堵行だ。この列車もE500牽引になっていた。本務機はE518で次位にもう一台E500を従えている

 てっきり重連なのかと思ったが、次位のE514はパンタグラフが上がっていないので無動力回送だろう。でも重連然としていてカッコいいな

 1分停車で台北、七堵に向けて出発してゆく莒光516次。終点七堵に到着するのは17時50分だ。機関車は変わっても、もっともっと永く走り続けてほしいが、ダイヤ改正の度に無くなりはしないかとヤキモキさせられる列車である

 集集線はいすみ鉄道、天竜浜名湖鉄道との間に姉妹鉄道提携をしているんだな

 いすみのキハ20と水色塗装のDR1000

 災害で復旧しては止まる集集線。これはいつの復活記念碑だ??

 ホームから高雄方を遠望する。ディーゼル機関車と客車が見える。あれも宿營車の成れの果てだろう

 列車待っていたら、とうとう降ってきた。スコールってやつかな。降り始めた雨の中、やってきた区間車3217次に乗り込む

  二水→斗六(ドウリゥ):50EMB821 13:47発 区間3217「潮州」

<二水~林内(リンネイ)>

 機関車はR22だった。どうやらこれは現役機らしい

 客車は2両繋がっていた。ちょっと番号は解らないな

 濁水渓

 貨物線かな?それにしては周辺に工場などは見受けられない。
<林内>

 農業倉庫が立ち並ぶ。サトウキビ輸送が盛んだったころに活躍したのだろう
<林内~石榴(シーリゥ)>
 豪雨になったがあっという間に上がった
<石榴>

 古い駅舎が残っている。台湾の歴史建築として登録されている。「石榴」は日本ではザクロと読むが、ここでは砕石、鉄道におけるバラストの意味で北東に専用線が伸びていた跡がある。専用線の終点では今も砕石工場が稼働している
<斗六(ドウリゥ)>
 
 斗六に到着。雲林県の中心駅で自強号も停車する。自強号が二水に停車しないので、ここまで来て捕まえる算段だ

 大きな街なので駅前に高層マンションも林立している。あの茶色いビルはホテルらしいので縁があったら泊まってみたいな。駅が良く見えそう

 反面、駅のそばには開発から取り残されたようなバラック建築も散見される

 指定されている2車の付近は屋根が無い。いつ降って来るかドキドキしながら列車待っている・・・・・・あと5分・・・・・・だけど3分遅れてるって言ってる

 EMC705最後尾の嘉義発北湖(ベイフー)行区間2214次。8両編成20本もあるのにあまり乗る機会に恵まれないEMU700

 ぎりぎり降られる前に列車が到着した。やっぱりE500牽引なんだ

  斗六→高雄:35PPT1115 14:11発 自強121「屏東」 2車25番

 天気が微妙なので嘉義はパスして高雄にそのまま向かう
<民雄(ミンション)>

 藍皮車だ!良く解らんwww

 横殴りで降っている
<民雄~嘉北(ジャーベイ)>
 このスコールの中全く速度落とさず爆走するあたり、これが日常なんやろな。いずれにしてもこの天気では嘉義で降りても仕方ない
<嘉北~嘉義(ジャーイー)>

 阿里山鐵路の762mm軌道が近付いてきた

 いつかは乗りたいが、毎度短期で台湾行を決行するから中々阿里山に時間を割けない
<嘉義>

 阿里山から下りてくる列車が丁度見れるな、と思ってちょっと立ち寄るつもりだったのだが、前の行程から一駅くらい乗れるんじゃないかと思って予約サイトみたら北門~嘉義間が3席残っていたので速攻で予約。北門まで徒歩で移動しても十分間に合う位だったが、この雨ではタクシーやバス使ってもびしょぬれになりそうなので断念
 16時過ぎの普悠馬自強は押さえていたが、下車していないのでそのまま
<南科(ナンクゥ)~新市(シンシー)>

 雨が過ぎ去って夕暮れの気配
<新市~永康(ヨンカン)>

 この先は降られる心配はなさそうだ
<永康~大橋(ダーチャオ)>

 YouTubeでよく見ているライブカメラポイント

 お!踏切が鳴り始めたな

 僕の乗った自強号が踏切を通過したよ♪
<台南>

 着々と高架化工事が進んでいる台南車站。夕方の帰宅ラッシュに入りつつあるのか結構乗車してきた
<台南~保安(バオアン)>

 台南車站周辺は地下化工事が行われている。地下になるのは台南付近だけなので、街を過ぎるとすぐに新規地下線が顔を出してくる

 高雄方はもう上下線とも軌道敷設、架線吊下が終了しているようだ
<楠梓(ナンズー)~新左營(シンズゥオイン)>

 台湾高速鉄道の車庫が見えてきた。もうすぐ新左營だ

 シンカンセーン
<新左營>

 ちょっと乗り降りがある。新幹線からの客を収容して高雄へラストスパート
<高雄>
 
 高雄に到着した自強121次。牽引機はTOPナンバーのE501
 自強の発車撮影してたら、現地のマニアらしき人に話しかけられた。良く話しかけられるのだが、何言ってるのかわからんのよw

 昨年3月に来た時よりも随分工事進んで整理されてきた

 以前は工事の音が引っ切り無しに聞こえていたが、今日は静かだな

 ホテルはあそこなんだが、いつもどうやって向こう側に行けば良いのか迷うんだよ。高雄車站周辺。工事してるし横断歩道ないし

 やっぱりうまく道路を渡れなくて駅横まで戻ってきた

 あのデッキからはどこへ行けるのか?横断歩道を渡って大回りでホテルに向かう

 バイク屋さん。スクータータイプだけでなくミッション車も一応売っているんだな

 春天假期租車。SPRING HOLIDAY・・・・・・何となく判るな

 高雄の駅前にしては人気がない。ホテルの一本横の道。隣の区画は駅前大通なのにこの落差

 やっと辿り着いたwまずはホテルにチェックイン。今日の宿は高雄駅前(後站)の京城大飯店。嘉義に立ち寄らなかった分、だいぶ早い到着になった。ちょっと休憩したら散歩に行こう

 フロントのお姉さん日本語普通に通じて助かる。昨日は駄目だったからなwちなみに、シーザーパークは今朝のチェックアウト時も駄目だったwww

 部屋にイン。広めのツインルーム

 ちょっと古いけど、シックなデザインでこれはこれで落ち着く。昨年末に泊った台南大飯店に通じるものがある

 丸窓が良いね。窓の向こうは高雄車站

 ユニットバスは高評価だが、トイレはノンウォッシュレットだった。残念

 珈琲淹れながら高雄の街並みを眺める

 地上駅時代は目の前に高雄の月台が見えて凄く楽しいホテルだったろうな

 高雄の街中を南北に縦断する博愛一路は高雄車站に行く手を阻まれて片方向ずつの一方通行路になっている。このまま進むと、駅の南側で中山一路に入り、高雄南部の商業区に出ることが出来る

 信号待ちのバイク群れ

 テスラだ。台湾もEVとか買うと補助を受けられるのかな?モデル3と呼ばれる5人乗り4ドアセダン

 トヨタの新興国市場を狙う世界戦略車、インドネシアやインドで生産されるミニバン、AN40型キジャン・イノーバ。日本では見ることが出来ない車種の一つだな
 ここ台湾でも現地生産されていたので入手しやすい車種だったのだろう。エンジンは2リッター、2.5リッター、2.7リッター等のバリエーションがあり、5MT、4AT仕様でFR駆動である

 カローラアルティスのタクシー。ピンク?紫?の広告が目についたので撮影した

 「星城online」と書いてある。現地で人気のオンラインカジノアプリゲームらしい。だからちょっといかがわしい感じのオネーチャンが一緒に写っているのか

 これは三菱のデリカ

 ラクスジェンURX。現在台湾で唯一生産販売されているSUVだそうだ。ラクスジェンは台湾唯一の自国ブランド

 レクサスES。高級車も走っているぞ台湾
 きりがないので、ここらで切り上げて散歩に出かけよう。鍵を預けてホテルを出る、目の前の横断歩道を渡ってゆけば駅まで直行できることを部屋の窓から確認しておいたので今度はすんなり

  高雄→美麗島(メイリーダオ):1183 16:52発 「小港」

 夕方のラッシュで無茶苦茶混んでる
<美麗島>

 前も乗換で通っていて、知っていたはずなのに見ていなかったステンドグラス作品

 題名は「光之穹頂」2008年の開業時に併せて設置された。自分含め、観光客から出張ビジネスマンまで皆足を止め、そして写真を撮っていた

 みかん駅長たくさん
 高雄捷運のグッズショップがあるというので美麗島までやってきた。そもそもここの営業時間が19時までという事なので、当初東部幹線を南下して高雄入りするつもりだったところ大幅に予定を変更したのだった

 なのだが、軽軌少女隊のグッズ欲しかったが全然なかった・・・・・・POPだけあったので撮影しておく

 今度は橘線に乗る

  美麗島→哈瑪星(ハマセン):1164 17:07発 「哈瑪星」

<哈瑪星>

 終点の哈瑪星までやってきた。前回来た時は西子湾を名乗っていたが、訪れた直後の2024年4月25日に哈瑪星に改称された

 地上に出て、軽軌の線路を渡るとすぐに目的の車両が見えてきた。2023年4月に定期運転を終了し廃車となっていたDR2900だ。2024年4月末に修復を終えてここへ運び込まれた

 雪諾号という電飾ヘッドマークが付いている

 45DR2910

 ジェラートトレインと書いてあるとおり、なかでアイスクリームを売っている。この看板の雪諾号は「SNOW EXPRESS」とルビが振ってあるけど、列車に付いているヘッドマークの方は「SNOW GELATO」となっていて一致していない
 この車両は元々高雄車站周辺が地下化されるよりも前、臨港線が繋がっていた時代に高雄発臨港線経由高雄行の観光列車用として内装を改造していた車両で、テーブルや供食設備を設置していたので現在のような簡易的な店舗にするには造作もないことだったのだろう
 観光列車は2003年から2006年までの間、白地のラッピング車両で嘟嘟火車」という名前の3両編成で運行していた。マクドナルドとコラボして飲食しながら高雄港をぐるっと一周していた。乗ってみたかったなぁ・・・・・・そのころ、編成を組んでいた2955と2909は後述しよう

 貫通路側にはアイスクリームのマスコットが据え付けられており、アイスクリーム屋をアピールしていた
 現役時代には間に合わなかったけど、綺麗な状態で保存されているDR見れて良かった♪
 せっかく来たので哈瑪星鉄道文化園区を見て回ろう。ちょっと展示物追加されているっぽいし。哈瑪星鉄道文化園区は台鐵本線地下化によって切り離された臨港線、広大な高雄港車站跡をほぼそのまま使用した鉄道公園である。哈瑪星/ハマセンは日本人がいた頃の臨港線の通称「浜線」をもじったものだ

 こないだはこのタイプのDLは置いてなかったな

 R134号機。1年ほどで展示物がいろいろ追加されている。非常に綺麗な状態なので最近搬入されたのかもしれない

 あそこまで行くのがめんどくさくなってw、この距離から遠望。草生した臨港線の端っこにちょこんと鎮座する入換機関車、みたいな感じでwww勾配線区用のCK50形58号機。1912年汽車会社製造で、当初はのそ目的通り本線で活躍していたが、後継機(CK101)導入にともなって次第に支線区、入換用と転じて行った。現存機はこの58号機1台のみである

 日立製の入換用機関車、13号機

 製糖鉄道で活躍していそうな出で立ちのL型機関車だが、これは歴として台湾鉄路の車両

 中央に車掌室がある、トムフみたいな形の車掌室付き無蓋車。1922年日本車輛で製造された

 元台鐵の10C160形で1903年に汽車会社及び台北機廠で製造された。説明看板によればこの車両は台北で作られたものらしい。後に台湾糖業に譲渡され、現番号の110015になった。長らく台東の東糖文化創意産業園区(旧台糖台東糖廠)に展示(放置)されていたが綺麗に復元されて入線した。明治期の木造貨車は現存率が非常に悪く貴重な個体である

 上記の110015と同形の110018

 これも同様に台東で放置されていたものを復元している。台糖所属だが、台鐵に直通されるための貨車といった立ち位置だろう
 保存展示中の2010年代の写真を見たが、屋根は抜け側板は悉く崩壊しているような酷い有様でよくここまで復元したものだと思う

 110003。これも同形車

 2024年に復元されているから現状こんなに綺麗なわけだけど、木造車には変わらないので露天でに置かれている以上また同様に劣化してしまう。このまま外に置いておくのは勿体個体なんだけどな

 LRTが通りかかったので一枚。シタディスX

 卑猥な何事かと思ったが、有蓋車の中にでっかいバナナが搭載されているだけの展示。車両自体は前回も見たな

 車両たくさん。草原にたくさん車両が並んでいる鉄道公園。もっと涼しければ歩き回るのにいい公園だ

 高雄港駅全景

 鼓山車站側、つまり北側。貨物駅が収束してゆく方面

 立派な台座に固定された転轍梃子・・・・・・いや、信号操作梃子かな?
 そのまま高雄港駅跡を北へ進むが、工事中っぽいので一旦街側に逸れて、隣接する大安公園の中を通って、また戻ってきた

 一番北端にもう2両DR2900が展示されている。先述した嘟嘟火車の3両のうち、残りの2両。DR2910と編成を組んでいた45DR2909と後ろが40DR2955
 
 こっちもヘッドマークが取り付けられ、飲食店として車内も開放されている

 中間車のDR2955

 この2両はパン屋として活躍中。元々は屏東市内でHorli Cafeという名前でネット販売をしていたパン屋さん。持ち帰りの他、車内で食べることもできる

 DRのすぐ前が高雄港の終端部。車止めが並ぶ。直角レールは保線トロッコでも収納していたのかな?

 軽軌と並ぶ貨物側線

 無骨なコンクリート製の車止め。荷物が載った貨車は重いから、堅牢なコンクリート製の車止めじゃないとその効果を発揮することは出来ないのだろう

 これを、地下鉄駅の前に掲出してほしいw園内の展示車両一覧。こんな立派な看板こしらえちゃったら、これ以上車両の入換できないな。それはちょっと残念

 旧臨港線で、現在は軽軌として現役路線。黄色と黒の縞々の柱はかつて踏切警手が上げ下げしていた手動踏切の名残であろう。今は道路信号との併用で踏切機能を賄っている

 DR2両は哈瑪星の一つ隣の電停から歩いた方が早い

 やってきた電車で港をぐるっと一周しよう

  壽山公園(ショウシャンゴンユェン)→科工館(クゥゴングァン):191 17:34発 「逆行」

 名前の由来になった壽山公園は西側の山一帯の事を指すようだ。動物園やら展望台やらいろいろとある
 鼓山(グーシャン)方面順行はこないだ乗ったので、逆行で高雄港を眺めながら、捷運紅線と接続する前鎮之星辺りまで行ってみるかな。取り敢えず。気が向いたら一周しようw哈瑪星から隣の駁二蓬萊までは新設軌道を進み。90度左折、次の90度右折からは旧臨港線の路盤へと戻る
<駁二蓬萊(ボーアーポンライ)~駁二大義(ボーアーダーイー)>

 良く解らないモニュメントや、臨港倉庫を転用したイベントスペースが続く

 駁二大義電停目の前にある大港橋。独特なデザインで目を惹くが、名前は捻りが無いなw
<真愛碼頭(ヂェンアイマートウ)>

 軽軌唯一の高架駅。愛河を渡る為に高度を取っていく途中にある
<真愛碼頭~光榮碼頭(グァンロンマートウ)>

 愛河を渡る
<光榮碼頭~旅運中心(リュユンヂョンシン)>

 陽が沈んでゆく
 結局、前鎮之星(チェンジェンチーシン)では降りずにそのままもう少し乗ってみることにした
<軽軌機廠(チングゥイヂーチャン)~凱旋二聖(カイシュェンアーシェン)~凱旋武昌(カイシュェンウーチャン)>

 右手に広大な台鐵高雄機廠跡地が広がる

 車両は全くいないが、敷地はほぼそのまま残っている。大都市の内部にこの広さの工場施設を近年まで維持していたのだから凄い。日本ならあっという間に開発の為に切り売りされているところだ
<凱旋公園(カイシュェンゴンユェン)>

 本線から分岐して折り返し設備と充電設備がある

 2021年1月開業時はここが始発駅だった名残だろうか?あまり使われている様子は見受けられないな。同様の留置線は他に龍華國小(ロンファグォシャオ)にも存在する
 ここで橘線に乗換が出来るが、もう少し乗ってみることに
<科工館>
 
 台鐵に乗り換えができる科工館まで乗って下車。これで3/5周くらいは乗ったかな?今度来た時に北側の残り部分を乗ることにしよう

 電車の乗り方マナー。このデザインで良いのでアクキーとかほしいわん

 信号待ちしていたので撮影できた。乗って来た車両

 更に北へ向けて出発してゆく
 
 台鐵車站は←あちららしい。ICカード「ピッ」ってして信号が変わるのを待つ

 科工館前の集合住宅
 
 高雄の隣の隣の駅
 月台に降りると当初計画では乗る予定だった莒光708が通過していった。高雄行までしばらく時間があるので、逆方向に一駅行って高雄方面行を捕まえよう

  科工館→正義:45EM563 18:34発 区間3229「屏東」

<正義(ジェンイー)>
 
 地下区間なので外は見えないし。駅の構造も特に変化がない

  正義→高雄:45EMC555 18:47発 区間3334「新左營」

 ゾロ目だ
<高雄>

 高雄まで乗った45EM555
 
 高雄駅一番街へ降りて買い物しよう。なんていう、どうゆう立ち位置のキャラクター達なんだろうね?微妙にアマチュアに頼んで描いてもらった感の強いイラスト

 アウトレットショップ的なところでスパイファミリーグッズを買い

 今回もアニメイトを物色

 可愛い子ちゃんのPOPを見て退散。となりのガチャガチャは概ね日本のものと中身は一緒だった。ここに限らず、台湾全土で見掛けるガチャマシンやUFOキャッチャーの中にあるプライズ物は日本のキャラクター、製品が多い

 地上に上がり、前站側に回ると、かつての高雄駅舎の姿が見えるようになっていた。改札側から来ると裏側から見えてくる

 ぐるっと回って正面側。資料館的なものにするって聞いてたけど、いつ頃オープンさせるんだろうな?裏側はもう少し綺麗にした方が良いと思う

 前回も行ったマック寄ってホテルに帰って来た。キオスクはいつもうまくいかないので、レシート出して結局カウンターで注文現金払いになる・・・・・・そして、台湾には日本でメニュー落ちしたクォーターパウンダーあったはずだがここも無くなったらしい。残念

 まだ20時前だが、車通りも人通りも少ない。近代的な大都市で、名実ともに台湾第二の都市の筈だが、どこかうら淋しい感じが漂うのがこの高雄という街だ

 駅は煌々と明るいが、人気は無い

 鉄道よりは車社会なのかな。この辺もな。新幹線でも伸びてきたらまた違うんだろうけど


<6/19>

 高雄からおはようございます。概ね天気は良好と予報は言っている。正面はラッシュのかけらもない平和な高雄車站

 ホテルの朝食バイキング。肉まん、餡まん、各種まんがあるのはさすがに台湾。ささっと食事して7時半前にチェックアウト

 ちょっと思案したが、台鐵もどうせ地下区間だし、乗車実績を伸ばすために捷運で向かう事に

  高雄→左營:1171 7:40発 「岡山車站」

 高雄車站はあまり人が居ないが、捷運は時間相応に混雑していた。ここの捷運も自転車持ち込みが出来るのだが、この時間帯でも平気で持ち込むのな。勿論、正当なんだけど、こんなに混んでるのに・・・・・・
<左營>

 捷運と高鐵は「左營」だけど、台鐵は「新左營」。台鐵の左營は一駅高雄方面に進んだところにあり、捷運や高鐵の左營とは全然別のところにある。日本なら利用者の混乱を招くとか言って全部統一しそうなものだが、ここは台湾、そんなことは一切ない

 美麗島は高雄捷運グッズ全般のショップ。新左營はみかん駅長専門のショップ

 もちろん朝早すぎてやっていないのだけど、通路からチラ見したら本当にみかん駅長しかグッズなかったので、うきはの求めているものはやはり存在していない、ということですね

 あたり一面みかんちゃんばかりだ

 日本人観光客にも大人気なので日本語解説もある。橋頭糖廠行ったけど会えなかったんだよなぁ
<新左營>

 新左營駅前風景。新幹線駅側にはでかいモールやデパートがたくさんあるけど、西側のこちらはちょっと寂れた感じ。台鐵の駅も新幹線開業と共に準備されたのでそんなに古い駅前風景ではないんだけどね

 駅西側に広がる背が低い山は半屏山。標高は223m長さ2.5km、幅800mの独立峰である。西側の斜面が半分石灰岩なので採掘事業が長く行われた来たが、現在では事業は終了しているように見える。採掘中は真っ白だった斜面も今は緑しか見えない。裾野に張り付いていた石灰石工場もほとんどが施設を撤去しているようだ
 
 高雄方から列車が回送されてきた。E516牽引の莒光510次だ
 入線が早く、8時10分過ぎには到着したのでゆっくりと全車両を眺め、記録ができる
 
 510次 莒光
 
 海線経由 七堵行

 最後尾の35FPK11404。発車まで20分ほどの客待ち中

  新左營→沙鹿:40FPK10647 8:35発 莒光510「七堵」 5車26番

 これは昨日乗った莒光511だ。牽引機も同じE516。編成もきっとそのままであろう。昨日新左營に着いてそのまま滞泊して今日510次で七堵に帰るんだな
  
 最後尾1号車35FPK11404、2号車35FPK10427
 
 3号車35FPK10420、4号車35FPK10432
 
 5号車40FPK10647、6号車35FPK10434
 
 7号車35FPK10422、8号車35FPK10505
 よく見ると。数字のフォントやバランスがまちまちなんだな

新左營←①11404+②10427+③10420+④10432+⑤10647+⑥10434+⑦10422+⑧10505+E516→七堵

 という陣容だ。10400、10500、10600、11400の4形式の客車が組成されている。もっとも殆ど差異は無いけど

 5号車40FPK10647の指定された席に収まる。莒光号は日本の情報サイトでは「急行列車」として扱われているが、車内はオールリクライニングシートが並ぶ固定窓、空調完備の14系客車のような客車を使用しているので、接客設備としては立派な特急列車だ。形式の前に付いているアルファベット「FPK」はFirst crass Passenger with brae van、制動装置付一等座席車ということから、現在の莒光号は一等座席車のみで構成されていることが解る。急行列車なんていうけれど、最上級列車といっても過言は無いわけだ

 窓枠とシートが合っていないので乗り込んでみないと判らないが、概ね良い位置の座席を引き当てたようだ。台鐵では窓側、通路側の指定はできるが任意の位置の座席を選択できるほどのシステムはまだ構築されていない。機械任せになるので莒光号では窓側と言えど
真横が柱だった、などという残念な結果になることもある

 窓下には固定式のカップホルダーが付いている。ブラックみたいだけど思いっきり加糖されたしかも350mlもある珈琲をお供に旅を始めよう
<岡山(ガンシャン)>

 場所が移動している宿營車、30ES32703。昨年来た時はもっと構内真ん中あたりにいた筈。いちおう動かせるんだなw
<大橋~永康>

 今日もウォッチング。台南踏切ライブカメラの場所はここ

 僕が乗った莒光号。真ん中右寄りの窓ガラスが色付きの車両に乗っている

 永康車站直前の踏切、発光器回って減速。直前横断か何かか?
<嘉義>

 帰りも素通り

 阿里山鐵路の乗り場はこの先

 機関車の形をした案内看板
<嘉義~嘉北>

 ナローゲージが離れてゆく。中々乗りに行けない阿里山鐵路
<大林(ダーリン)>


<大林~石龜>

 昨日はこの周辺は土砂降りだったから天気が良くて景色も新鮮に見えるね

 大林天后宮は改築工事中らしい

 水田と、山までの距離感。日本の信越本線、長岡~新津間辺り走っているのと変らない風景だな

 正面は田んぼだが、暖かい地方なので6月半ばでももう1期目の収穫が終わっているのだろう。高雄辺りまで来ると2期作どころか3期作も可能と言われている。年に3回も収穫出来るのは凄いが、米農家はそれこそ一年中稲の世話しなくちゃならんのもしんどいね
<斗南(ドウナン)>

 台湾でも最後の1線となった虎尾糖廠の製糖軌道を訪れるならここが最寄り駅
<斗六>

 昨日降りた斗六
<石榴~林内>

 福懋興業股份有限公司の工場。

 孔廟 鳥居は林内神社第三鳥居
<林内~二水>

 謎の貨物線?

 軌道がしっかりしているから、昔は本線だったかもしれないね

 林内武聖宮。めちゃくちゃピッカピカに見えるな

 集集線が寄ってくる・・・・・・どこだか判らんねw

 集集線の気動車が留置されている

 最後尾はラッピング車だ
<二水>

 天浜線とのコラボイラストだな
<二水~田中>

 松嶺之星 高空観景塔

 檳榔(ビンロウ)販売所。特徴的なネオン看板で街道脇に昔はたくさんあった。過激でイカガワシイ格好した「檳榔西施(ビンロウシースー)」と呼ばれるオネーチャンが客引きをするので有名だったが、2000年過ぎたあたりから規制が始まり現在ではほとんど見られないらしい。檳榔は噛むと興奮、覚醒作用のある薬物成分を抽出できるため、東南アジアでは広く使用されている嗜好品だが、タバコと同様近年では忌避される対象となっている。噛んでいると唾液と種子から出る薬物成分等が混ざり真っ赤な汁になる。この汁は飲み込むと胃を痛めるのでそのまま吐き出すことになるので、道端に血だまりを作る様に見え景観もよろしくない

 もうちょい、決定的な檳榔看板撮りたいなって思っていたが街道が離れて行ってしまった。あと、電飾看板が伝統なので、多分夜の方が綺麗に撮れるな
<田中>

 高鐵の彰化車站最寄り駅で、ここから支線を伸ばす計画があるそうだが、工事をしているようには見えないな。なお、高鐵の彰化は大分南側にあり、所謂彰化の街へ行くなら高鐵台中の方が遥かに近い
<花壇(ファータン)~彰化>

 線路際まで家が建て込んでくるとまもなく彰化
<彰化>

 ここから海線に入る。自強号が停まらない各駅から台中、台北方面へ向かう人々が降りて車内はまた閑散とする
<彰化~追分(ジュイフェン)>

 山線と分岐

 別れてゆく山線
<大肚(ダードゥー)~龍井(ロンジン)>

 調車場には相変わらずたくさんのDRが留置されていた。昨日、高雄で見たDR3両もここから運び出されたものだが、彼らは幸運で殆どは人知れずスクラップにされてゆく。いまはまだ大量にあるけど、少しずつ消えてゆく運命だろう

 昨年末に比べて調車場の面々が少々変わっているな

 EMU500かと思っていたが、よく見たらこれはEMU400。まだ残っていたんだな。初めて台鐵で乗った形式だ

 30ES32627。七堵機務段に配置されていた車両らしい、昨年末に見たやつかな?

 左がDR2800、右は2900か3000だな。2900と3000の見分け方がいまいち判らない
<沙鹿(シャールー)>
 
 海線最初の停車駅、沙鹿で下車。新左營から3時間ほどかかった

 去ってゆく莒光号。出来れば台北まで乗って行きたかったが、それだと目的を果たせなくなるので・・・・・・

 あまり時間が無いので、改札出てタッチアンドゴーでまた入場してきた。駅からの街並みしか見えないけど。ちょっとでも

 駅横には重厚な倉庫群が並ぶ

 駅務室は線路の向こう側。構内踏切を渡って掛員が列車監視にやってくる

 新竹(シンチュウ)発彰化行区間車2521次の45EMC527

 橋上駅舎の下に祭壇のようなものが

 平安!可愛いですね

 さっきの区間車でちょっと進んでも良かったけど、EMU500ばかり乗ったし、正直乗り降り面倒になったので当初予定の区間車を待つ。
 当初予定と言えば、そもそも今回の台湾行は7月末に予定していたものの日程が合わなくてキャンセルしていた。その最初の予定では新しく開港した神戸空港国際線ターミナルから、開港と同時に新規就航した台中行スターラックスで入るというものだった。台中空港は沙鹿車站の東側、山向こうにあり、バスで20分少々の位置なのでここから鉄道での旅行を始めようと思っていたのだ。なお、台中空港から台中車站まではバスで50分とかなり距離がある

 乗るべき区間車がやってきた。需要も少ないしてっきりEMU500の4両かと思ったら8両編成のEMU800であった

  沙鹿→新烏日(シンウーリー):45EMA808 12:01発 区間2615「豐原(フォンユェン)」

<沙鹿~龍井>

 件の台中空港はあの低い山向こう
<龍井>

 ここから火力発電所向け石炭の発送が行われていたそうだが、積み込み設備などは見受けられないな
<追分>

 海線と成追線の分岐駅
<追分~成功(チェンゴン)>

 彰化方面、海線が別れてゆく

 ここはデルタ線になっているので、海線が別れて行くと、

 直ぐに彰化からの山線が接近してくる

 山線が合流する
<成功>

 あっという間に成功に到着。これでバイパス路線の成追線も乗り終えて、今回予定していた未乗線区はすべて完乗した。乗る必要があるのかどうかも分からない成追線だが、一応線名があるので疑わしきは乗る。今回の行程のような使い方が一番ロスの無い乗り方だと思うくらいには乗り辛い路線だった。1時間から1時間半に1本は列車が走っているが、行って帰るにもどちらかに抜けるにもどこかで待ち時間が大量に発生するという乗り潰し泣かせの区間であった。たったの1駅なのに・・・・・・
 しかし、これで台鐵で残るは災害復旧待ち遠しい集集線だけとなったわけだ

 成功車站の北側には大規模な保線基地が置かれている

 ホッパー車や無蓋車がたくさん並んでいる

 デルタ線の一角にあるので、各方面に工事列車を発送しやすいのだろう
<新烏日>
 
 山線を二駅乗って新烏日で下車

 新幹線との乗り換え駅なので広い構内を持つ。台鐵の駅名だけ見たらここで新幹線に乗り換えが出来るとは思えない。全く関係のない駅名である。なお、隣には本家の烏日(ウーリー)車站がある。新左營と同様、新幹線駅が出来るために台鐵も駅を用意したが、命名方法も同様で本家の駅名に「新」を冠しただけで新幹線駅との繋がりを全く拒否したような感じだ。それは新左營以上にそう感じる

 隣は台中メトロの新烏日。台中メトロはここまでの路線なので、西側に折り返し待機線が設置されている

 たった2両編成だった!!

 昨日、苗栗から乗った新自強117次が高速で通過してゆく。45ED3251以下の12連だ。
 新幹線連絡駅だが、対号列車は早朝の台中発潮州行自強101次と、同じく台中発台東行自強371次、深夜に台東発台中行自強386次の3便が停車する以外は全ての対号列車が通過する。そりゃまぁ、新幹線なんてのは台鐵にとっては商売敵だものな。莒光号が走っていれば停まったかもしれないが、現在の莒光号はすべて海線経由で、こちらには入って来ない

 台鐵駅も広々としているが、台鐵から新幹線に乗り換える人はあまり多くないようだ。台鐵改札から新幹線改札はちょっと離れているが、その間にお土産屋や飲食店は犇めいているので距離の割には退屈間はないな
<高鐵・台中>

 さっさと新幹線駅構内へ

 ホームに上がる

 高架でもさらに高い位置にあるので見晴らしが良い。西側はまだまだ開発途上のようだ

 台鐵の新烏日が見える。右隅にちょこんといるのが台中メトロの車両だ

 新幹線700T入線!

  高鐵台中→高鐵台北:110-6 13:00 636「南港(ナンガン)」 6号車14E 商務車

<高鐵台中~高鐵苗栗>

 前回はもう夜だったので新幹線高架から台中の街を見るのは実質初めて

 おかしと珈琲が出るので商務車はやめられない

 なお、ビンロウは禁止だそうだ
<高鐵桃園~高鐵板橋>

 途中、新竹、桃園に停まり、1時間弱で台北の街に入る

 大漢渓を渡ると、まもなく地下に入り板橋(バンチャオ)に停車。次は台北だ。旅も終わりに近づいてきた
<台北>

 大都市に帰って来たな。人波に紛れて地下鉄乗り場へ進む

 もう真っ直ぐ空港に向かうだけだ

  台北→忠孝復興:3131 14:09発 「南港展覧館(ナンガンヂャンラングァン)」

 今日は空いているな
<忠孝復興(ヂョンシャオフーシン)>

 文湖線に乗り換え

 乗り換え通路から電車が良く見える

  忠孝復興→松山機場:09 14:23発 「南港展覧館」


 今回、最後の鉄道だな
<中山國中(ヂョンシャングォヂョン)~松山機場>

 捷運からが遠東航空のMD-82を一番間近で見ることが出来るな。これを過ぎるとまもなく真っ暗なトンネルに突入。ほどなくして空港駅だ
<松山機場>
 買い物は制限エリアですれば良いので、さっさと保安検査場、出国審査と通過してきた

 前回も訪れたHomee KITCHENで昼食。今日はご飯ものにしてみた。茄汁燉牛肉飯套餐、牛肉のトマトソース煮込み定食260元にしてみた。麺よりも安い。ビーフシチューみたいな見た目で概ねそういう味だが、さすがに台湾でなんか香辛料が追加されているのかちょっとピリ辛い

 食事しながら目の前の飛行機を撮影。この記事を書いているタイミングで、この松山のMD機も競売に掛けられたとのニュースが入ってきた

 C208キャラバン。しばらくフライトしていないみたい。尾翼の「RWA」はReal World Aviationの意

 貨物搭載中のB787-10、B-17808は14:55発の羽田行BR772便。エヴァエアも乗ってみたいが、ここはちょっと高いのでANAのマイルが使える時にトライしたい

 ATR72-600、B-17017は15:20着のB7 8760便馬祖南竿(マーツーナンガン)からやってきた便。金門島と共に馬祖列島も中国を間近にした台湾実効統治の島々だが、こんなぎりぎりで接しているの戦時体制なのに凄いよな

 A330-300、B-6523。15:30発のCA198便、上海・虹橋(SHA)行

 羽田からのNH853が到着した。B787-8、JA802Aだ

 B737-800、B-18663。CI261便としてソウル・金浦(GMP)から15時09分にランディングしているが、スポットが空かないのか随分誘導路上でホールドしていた。元々の到着時刻は15:35なので手狭な空港だと早く着き過ぎるのも考え物という事か

 ぐるっと回ってきた802Aが目の前のスポットに到着

 空軍のC-130H。そこそこ古いが、アップデートしてしばらくは使うらしい
 空軍のC-130はパワーバックでスポットアウトして出て行った。凄いなw松山にはC-130の配置は無いが、他にも1機を見掛けた。松山に配置の機材は11機のビーチB1900、3機のフォッカー50、政府専用機のB737-800が1機だ。華信航空からは全機退役してしまったのでフォッカーが見れるのは空軍の3機だけとなっている

 A321-200、B-16219は15:25(15:41)発のB7 9207便、金門島(ジンメンダオ)行。A321は勿論EVA AIR所属機だがこの便は国内の立栄航空便。国内のジェット便は親会社の小型機を使う便がいくつかある。華信航空だと親会社、中華航空のB737が飛んだりする

 A319、B54111。旺旺集団(WANT WANT GROUP)という台湾企業グループのビジネスジェット。あまり飛んでいるところを見ないと噂
 搭乗直前にVISIT JAPANアプリを落としてデータ登録。これで到着時に税関は電子情報でやり取りできるはず

 時間通りに搭乗。帰りもエコノミーだよ

台北・松山→東京・羽田:NH854 16:50発 B787-8 JA802A 26A

 2011年の冬、世界初就航のB787、初めて乗った787がこのJA802Aだった。当時は特徴的な鯖カラーだったが、現在は通常のトリトンブルーに塗り替えられている。当時から国際線仕様で暫定国内使用という形だったが、今では当初予定通り国際線をメインで活躍している。もっとも、当時のエコノミーは2-4-2の8アブレストだったが、本格的に国際線就航を果たすと3-3-3の9アブレストに変更されている。当時、僚機だった導入初号機JA801Aは子会社のエアージャパンに完全移籍しているのでANAカラーで一番古い787ということになる

 プッシュバックも概ね時刻通り。東に向けてタキシー開始

 トラフィックが少ないので直ぐに離陸。眼下に台北の街が広がる

 前回は離陸が夜だったし西から東へ離陸したので台北の街を周回するのは初めてだ

 桃園市に入る手前で左旋回して機首を東へと向けてゆく。手前左右に流れるのが大漢渓、奥が新店渓で合流すると淡水河となり東シナ海へ注ぐ

 もうかなり高くなった。中央流れる川は大漢渓で川を境に手前は新北市、奥が台北市だ。

 雲の切れ間から淡水河の河口が見える。次回はあのあたりを攻めたいな

 七堵~八堵辺りか

 基隆の港が見える

 基隆嶼(キールンショ)、基隆島とも言われる。基隆の港から5km位の沖合にある。基隆港に入る船の目印になり、原生植物が分布し観光地化されている。定住はしていないと思われるが、どうだろう。今回、最後に見た台湾の国土である

 バグったなwww全部陸続きになったぞw

 なおったw

 往路に食べた有料機内食は日本発だけなので、復路は通常機内食。ボードを見せてくれるのでどんなものかすぐわかって良い。指さしで済むし。メニューが変われば作り直す必要があるけど、親切なサービスだと思う。口頭だと聞こえないことがあるんだよな。特に外航だと耳慣れない言葉なのでキーワードを聞き逃す率が高いので

 今回はローストチキントマトとケッパーのソースサフランライスをチョイス。Bの方だな

 夕暮れの中を東に向かって進む

 九州に入ってきた。眼下は枕崎である

 定刻に羽田空港に到着
 到着もオープンスポット。バスで移動したので定刻到着だったがターミナルに入ったのは21時を過ぎていた。最も、税関申告は例のアプリで済ませていたので、機械にQRコード読み込ませるだけで終わる。検疫の手前でQRデータの読み込みと顔認証登録を行い、入国審査へ。日本人はパスポートを機械にスキャンするだけで通過、手荷物検査場を抜けてその先の税関で通常なら申告が必要だが、さっき検疫前の機械で情報登録と顔認証は済ませているので、専用レーンに入ると顔認証で勝手にゲートが開閉し通過できる。全部で10~15分くらいかな?21時半には車に乗って駐車場を出ていた

 西新宿JCTが工事通行止めになっているの知らなくて中央環状入っちゃったので初台南で一旦高速を降り、20号経由で調布から中央道。おかげで30分は余計にかかってしまった。それにしてもあちこちで工事しており車線規制が激しかった・・・・・・

<戦利品>


了 (2025/7/18 執筆完了)