奥美濃中山道紀行
<2025/12/26>
例年のこと、妻子を湘南の実家に送り届けたあとの旅行である。八王子の自宅には帰らず、圏央道高尾山IC最寄りの駅、高尾北口のコインパーキングに愛車を停めての出立。今年最後の旅行だ
高尾→東京:サロE233-22 13:18発 1342T 中央特快「東京」 4号車10A グリーン車自由席

浅川を越える
湘南往復後出掛けることは決定していたが、時間が読めなかったのでこの東京までの車内でこれからの乗車券類を一気に変更、指定し直し、なおかつこの後の有効時間で出来ることを策定する。東京まであっという間である

新宿発車でりんかいの70-000と並走。新車も入ったし、209系0番台スタイルがもう風前の灯なのでどんなカットでも良いので残しておこう・・・・・・という魂胆
車内で再決定した諸々の乗車券類を丸ノ内口の指定席券売機で発券し、東海道新幹線ホームへと上がる。今日は平日だが、今年のカレンダーでは29日を休めば27日から1月4日まで9連休。すでに帰省ラッシュは始まっている
東京→名古屋:735-27 14:54発 9405A のぞみ405号「新大阪」 8号車10D グリーン車指定席
N700Sである

700Sのグリーンは初乗りかな??列車番号から解る通り臨時列車だが、もう普通席はほぼ満席だということだ。今日26日から年明けの1月4日まで、のぞみは全席座席指定で自由席は無い。グリーンは、まだ余裕があり、結局隣は乗って来なかった。1時間前に手配したにしては進行方向右の窓側が確保できているので良い列車をチョイスしたと思う。もっとも、3分前にはやはり臨時の403号、6分前には定期の広島行75号、6分後には定期の新大阪行243号とのぞみばかりが頻発しているので需要供給的には今日なんかはぴたりはまっているんだろうな

朝家を出てから走りっぱなしで何も食べてなかったので、新幹線の中でやっと昼食である
<三島~新富士>

午前中に圏央道から見ていたよりは雲が少ない。だが、3000m以上は西からの風が強いのか山頂付近から東に向かって雲が発生しているな
<三河安城~名古屋>

名鉄電車が見えてくると間もなく名古屋
<名古屋>

わき目も降らずに中央線ホームに向かう。湯気が立ち上るホームのきしめんスタンドに誘惑を感じるが、高蔵寺行145M、クハ315-6以下8連の6号車に乗り込む
名古屋→高蔵寺:モハ315-511 16:38発 145M 普通「高蔵寺」
中央西線はもう全部この形式になってしまっているので、中央西線に乗る様に計画立てれば315系に乗れる。315系は見るのも乗るのも初めてである。211系はJR東海管内から完全に駆逐されており、311系も先ごろ消滅した。当初は8両固定編成の0番台だけだったが、他線への進出に伴って4両編成の3000番台も登場した。武豊線や関西本線含む、名古屋地区で広く使用され始めており、一部静岡地区にも進出したので、経年した313も置き換えの対象になってくるのだろう
<高蔵寺>

暮れなずむ高蔵寺に到着。2021年の夏にガイドウェイバスに乗ってきた時以来だな
高蔵寺→中岡崎:2112 17:19発 1198H 普通「岡崎」
愛知環状鉄道で豊田、岡崎方面を目指す。ロングシート車がちょっとだけあるので、来ると嫌だなと思ったがちゃんとクロスシート車4連だった。外観はJRの313系と同じだが、車内はちょっと異なりあちらが扉間全て転換クロスシートなのにくらべて、こちらはドア横ロングで中間が4人向かい合わせの固定ボックス席となっている
ラッシュ時間なのでどのくらい乗るのかと思ったが、各ボックスに1~2人乗った程度で発車。愛知環状鉄道は三セクの中でも成績優良な路線なので利用客が多いのだろうけど、いまいち流れが掴めない。朝夕に名古屋直通が315系8連で走るくらいだから、高蔵寺側も利用客が多そうなものだが
<瀬戸市~瀬戸口>

西が少しだけ陽を残しているが、夜の帳が急速に降りてくる。高蔵寺付近の丘陵地帯を抜けて、この辺りからは眺望が開けてくるが、もう夜である。勿論、乗るには明るい昼間の方が色々見えて楽しいが、どうせ住宅地を走る路線だからと、こんな時間を選んだのは何を隠そう自分なので文句の言いようもない
<八草>
2021年の2月にリニモに乗りに来た時、ここから高蔵寺までは乗っている。ここから南側が初乗り区間だ
新豊田、新上挙母、三河豊田と周辺の工場、会社からの通勤客が増えてゆく。元々、この辺の企業や工場への通勤の足として機能する鉄道なのだ
<中岡崎>

1時間ほど乗車して中岡崎で下車。名鉄乗り換え駅なので一緒に大勢降りた。中岡崎から岡崎間はもう四半世紀くらい前に乗っている。当時の電車は、今は福井のえちぜん鉄道で活躍している100系だった。あの頃はまだ単線で、現在の高蔵寺方面行ホームを使用していたな
残っていた八草~中岡崎間を乗車したことで愛知環状鉄道も全線完乗。これをもって愛知県内から未乗線区が消えた

駅前。愛環の中岡崎はそれなりに立派な駅舎。振りむと名鉄の岡崎公園前駅がある。乗り換えは徒歩1分だが、駅名は全然違うので、そうゆう知識がないと乗り換えできるとは思えない駅
中岡崎~岡崎間乗車の際は名鉄に乗ってきて、ここで愛環に乗り換えた。今回は逆。もう真っ暗だというのを差し引いても、当時の印象が全くない
岡崎公園前→東岡崎:3314 18:23発 普通「東岡崎」
<東岡崎>

東岡崎まで乗車した3314。東岡崎は他に乗り入れ支線とかはないが、名鉄の主要駅の一つで線内第4位の乗降数を誇る。上位3駅は名古屋、金山、栄町といずれも名古屋の都心部となる。半数の普通電車がここで名古屋方面に折り返してゆく
本来なら岡崎公園前から直接名古屋方面に向かいたいところだが、至近の特急停車駅が東岡崎なので一旦豊橋方面にやってきた。今夜の宿が周辺にコンビニも無いような所なので、ここで食料を買い込んでおきたいという魂胆もある

改札口前のファミマに寄って、再度入場。ホームにあがると18時36分発の岐阜行特急パノラマスーパーがやってきた。最初はこれの1A(後展望)が取れたので名鉄一宮まで乗ってみるつもりだったが、早く宿に入りたくなったので、ショートカットコースを選んだ

18時38分発準急豊川稲荷行9501F。2019年から導入されている9500系のトップナンバー編成だ。5700や6000系置き換えを目的に勢力を拡大している。さっき乗った3300系に準じた設計で、令和なりの改良が加えられている。4連の9500と2連の9100があり、今後の名鉄の主力となる形式だろう

ホームの豊橋寄りで待っていたら突然西側で花火が上がり始めた

これらしい。徳川家康公は1542年の12月26日(つまり今日)にここ岡崎で生を受けており、それを記念して祭事が行われているそうだ。その一つがこの花火大会で、岡崎城の直ぐ南、乙川河川緑地で打ち上げられている
電車と絡めて撮ってみたいが、この位置、というか駅中では難しいな

花火がひと段落したらやってきた18時52分発、当駅始発の普通犬山行。さっき乗った電車だ

18時47分発快速特急豊橋行2201F
退避の伊奈行は2両だ。名鉄はラッシュ時の本線でも平気で2連をぶっこんでくるので恐ろしい。普通とはいえ・・・・・・

18時48分発急行名鉄一宮行は3701。さっきからトップナンバーばかり見るな
東岡崎→新鵜沼:2254 18:52発 快速特急「新鵜沼」 2号車7A 特別車指定席
名鉄の特別車は窓の位置が判り難い。名古屋を中心と考えると、通勤とは逆方向なので今はまだ空いている。神宮前、金山、名古屋から先は犬山方面に変える客がたくさん乗ると思われる。元々列車の性格的に犬山線方面へのラッシュ時輸送力列車なのだ。その証拠に、豊橋を出ると東岡崎、知立に停まってもう次は神宮前で、ここからは西へ帰る人向けの流れになる。次は金山、名鉄名古屋、犬山線に入ると停車駅が多くなり、岩倉、江南、柏森、犬山、犬山遊園、終点新鵜沼である。距離の割には犬山線内の停車駅が多い
<名鉄名古屋>
そこそこ乗って来たけど、関東のラッシュに見たいに急行電車パンパンになったりしないし、速達性という点では前6両の一般車に乗れば叶えられるので料金払って特別車に乗る客は多くないのだろうか
<犬山>
通勤客はほぼ犬山までの間に下車してしまって、残り2駅のんびり走ると新鵜沼である
<新鵜沼>

新鵜沼まで乗った快速特急、最後尾の2204

隣には準急中部国際空港行3500系
<鵜沼>

連絡通路に掲出されていた広告。久々に各務ヶ原の博物館行きたいな

JR東海は新幹線だけでなく在来線特急も全席指定席にしたんだな・・・・・・あ、でも伊那路とふじかわは除いているのか。まぁ、あれは実態としては急行列車だもんな

ちょっとだけ高山本線に乗る
鵜沼→美濃太田:キハ75-3206 20:08発 739D 普通「美濃太田」
3両連結だ。これも座れるかどうか・・・・・・と危惧していたが、もうラッシュ輸送なんてものはこの界隈には無いんだな

美濃太田に着いた739D、キハ75-3206以下3連

隣のホームには長良川鉄道、越美南線の単行気動車が高山本線からの客待ちをしている。20時34分発の1131レ、美濃市行だ。朱色一色にぬられたナガラ600、602号だ
ナガラ600は長良川鉄道で一番新しい気動車形式で、601が2022年に、この602が2024年から運行を開始した。601はかつて走っていた急行おくみのにちなんだ国鉄急行色、この602は一般運用されたキハ48をイメージした朱色に塗られている。来年、2026年3月には603も運行を開始するそうだ
車内はオールロングシートみたいなので、新しいし綺麗で快適なんだろうけど、これで長時間は嫌だなぁ・・・・・・越美南線は全線乗ると片道2時間かかる

今日は駅前のルートイン美濃加茂様に投宿。駅名は美濃太田だが、所在は美濃加茂市なのでホテルはそっちの名前になっている。美濃太田は美濃加茂市の代表駅である。美濃太田の駅前にルートインがあるのは以前から列車利用時に見掛けていて知っていたが、いざ予約しようとしたら「美濃太田」が無くて首を傾げていたら、そもそも名前が違うというね
駅前にあるのだし、ルートイン美濃太田にした方が解りやすいと思うのだが、そもそもそんなに人気の観光地があるわけでも無いところなので別に良いのか?では美濃太田駅を美濃加茂駅にした方が実態に合うのではないか?ということで、実際に1997年にアンケートを取ったことがあるのだそうだが、美濃加茂派よりも従来の美濃太田派が20ポイント近く多く、それ以来改称の話題も出なくなったようだ。
なお、周辺町村を合併して美濃加茂市が出来たのは1954年のこと。このとき、美濃太田駅の由来となった太田町もこの中に取り込まれた。美濃太田駅は1921年に高山線が各務ヶ原から延伸してきた際にその終着駅として設置されたのが最初。なので、歴史的には美濃太田駅の方が古いということになる。改称しないでそのままで良い、とする層が一定以上いても不思議はないな

泊まった部屋が3階なのでちょっと見難いけど、一応駅は見える。周囲が暗すぎて列車来てもやっぱり暗い

キハ75が見えた。投宿した時間にはもう特急ひだもほぼ運転を終えていて、新型のHC85を見ることは出来なかった・・・・・・
名古屋近郊で比較的列車があるとはいえ、やはり地方の線区なので夜遅くまでたくさん列車が行き交うという程ではない。概ね気動車しか走っていないので車種も限られる。深夜帯にかけては、名古屋23時49分発、美濃太田0時50分着の金沢行急行のりくら6号と、その対となる名古屋行のりくら7号、4時6分着しかめぼしいものが無い・・・・・・1977年の年末だ
<12/27>

綺麗な朝焼け。美濃太田駅前からおはようございます

さっさとチェックアウトして美濃太田駅に。今日はここから長良川鉄道に乗るよ。昨日新幹線の中で買っておいた、一日乗車券のデジタルチケットをアクティブにして・・・・・・と。最近は地方私鉄でもこうしたチケットをウェブ購入できるので便利になった。以前、土佐くろしお鉄道乗った時も使ったね

一番北側の長良川鉄道ホームで待っていたのはナガラ300、306号だった
ナガラ300形は1998年から2001年にかけて7両が製造された、開業時から使用されていたナガラ1形の更新用車両である。当初はナガラ3形と呼ばれていた。お隣の明智鉄道や九州の甘木鉄道なんかで似たような形の気動車が走っている。非電化第三セクター鉄道の標準型ともいえる車両だ
それまでのナガラ1、2が合計13両も作られたのに対し、経営難で7両しか作られず、残りの代替はナガラ500の導入まで待つこととなった
7両全車がセミクロスシート、トイレ無しで登場した。現在、301と302は観光列車化改造され、303と305は既に廃車となって運用離脱している
美濃太田→北濃:306 8:12発 2003レ 普通「北濃」

ロングシートだよ!これに2時間も乗るのか!!この為に来たから乗るけども・・・・・・乗るけども!!
先に書いたとおり、7両全車がクロスシートで登場したが、途中でこの306だけがイベント用にロングシートに改造された。イベントってなんだよ!?って思ったが、真ん中にテーブル置いてビール列車とかやるんだろきっと
7両中2両が廃車になって、2両が観光列車化されてしまったから、長距離運用だろうとなんだろうと登板率が上がっているんだろうな。昨日見たナガラ600もロングだし、3両導入されたナガラ500もロングだから全体としてロングシート比率高くなっている
仕方ないので一番後ろの隅っこに席を取る。一応、後ろも見えるから

運転台付近。料金箱や整理券発券機は全国どこでも見られるものだが、その上に似つかわしくない新しい機器が取りつけられている

この黒いリーダー。ディスプレイに表示されている通り、クレジットカードのタッチ決済用リーダーなのだ。ハイテクだ!!VISA、JCB、アメックスが使えるらしい。関東の大手私鉄ですらまだ試験的に導入が始まったばかりなのに、もうここでは利用可能なのだ。ちょっとステッカーが見えるけど、ペイペイ払いも出来る。交通系ICカードよりもランニングコスト少ない上に、今やほとんどの人がスマホを持っているので実効力は高いのだろうな
クリスマスも終わった土曜日なので乗客はそれほど多くない。パッと見、1/3くらいは鉄道ファンと思える。これが本日「最初の北濃行」なのだ
実は、今回無理して出てきたのは今日が「土曜日だから」というのもある。長良川鉄道は経営不振から10月に減便ダイヤを実行しており、平日と土休日で物凄く異なるダイヤになった。ここまで平日、土休日で統一性のないダイヤを採用する会社を今まで見たことが無い。特に地方路線なんかは平日ダイヤを基本に、学校の登下校時刻に合わせて土曜日に昼の列車を追加するなど大きく異なるダイヤを作ることは余りない。その方が効率的だからだ
しかし、ここ長良川鉄道は違った。平日の美濃太田発北濃行初便は6時26分、北濃に8時40分に着いて、折り返しは10時28分発、美濃太田着は12時41分だ。明らかに何もない北濃で2時間近く滞留する。その次は9時56分発で北濃12時6分着、これも2時間近く滞留して14時5分発、美濃太田には16時37分に着く。片道2時間かけて行って2時間待って、また2時間かけて戻らざるを得ないという効率の悪いものになってしまった。10月の改正まではもう少し短いスパンで折り返しが出来たものだが・・・・・・
実は、長良川鉄道は先ごろ一部区間の廃線もありうる。との報告を行った。具体的な区間、日時は明言されていないが、少しでも鉄道に明るいものならばわかる。末端部の美濃白鳥~北濃間。最悪の場合、観光輸送が見込める郡上八幡までは残して、郡上八幡から北濃まで廃止・・・・・・である。明言されていないにしても、高確率で近い将来北濃には行けなくなるだろう。ちょっと無理してでも出てくる必要がある。そう思い、夏ごろから効率的に乗れる方法を思案してきた。出来れば、岐阜県内に残る樽見鉄道の未乗区間、谷汲口~樽見間も片付けておきたい。同じ県内だし、簡単なように思えて、この長良川鉄道の極端なダイヤのせいで中々うまくゆかない。やっと良い案が出来た!と思っていたら件の減便のせいで白紙撤回である。秋口以降自身の体調不良や、仕事の都合、身内の不幸などが重なり結局年末まで旅行に出かける余裕が無くなってしまった。今回にしても直前まで悩んだのである。一泊二日で初日が午後以降に出立となれば樽見鉄道には乗れないからである。それでも、長良川鉄道だけは片付けておこうと重い腰をあげてきたのだ
さて、現状平日に長良川鉄道に乗り潰しに行こうと思ったなら、夕方、美濃太田から北濃を往復するのが一番効率が良い。15時34分発に乗ると北濃に17時37分、北濃18時27分発で美濃太田20時52分である。宿のある郡上八幡あたりを拠点にしても平日の乗り潰しは困難で、事前にあれこれ検討した結果平日は岐阜から特急バスで郡上八幡に至り、白鳥交通の路線バスを乗り継いで北農から列車で戻るのが最前との結論に達した
ところがである、これが土休日となると話が異なり、朝も良い時間に美濃太田発の列車があり、北濃での滞留時間も短く美濃太田に帰って来れるという。その代わり、延々往復列車に揺られなければならず、変化を楽しもうと間にバスを挟んだり、岐阜まで特急バスでショートカットする案は取れない。どちらを選ぶかと考えた末、年末最後のチャンス、土曜日に列車で北濃往復を選んだ次第である
列車は濃尾平野の北限を快走している。片道二時間もかかるので鈍足で時間がかかるのかと思ったが、駅間は70km程度の、ローカル線にしては高速で走行している。距離が長すぎて、この速度で走っても普通列車では2時間かかるというだけの話なのだ
<関>

美濃太田を出て最初の主要駅。本社と車庫がありここが長良川鉄道の拠点となる駅である。全線の随分南寄りに拠点がある様に思えるが、美濃太田~関~美濃市辺りが一番需要が多く、列車密度も濃いのでこの辺りが一番理にかなっているのだろう
かつてはここから名鉄美濃町線が岐阜まで出ていた。美濃町線は乗ることなく2005年に廃止になってしまったが、これに乗りに来ていればきっと一緒に長良川鉄道も乗っていただろうな
紙製の一日乗車券は運転士に言うと購入できるが、その際は関で駅掛員が乗り込んできて対応という形になる。さっき申し出ていた旅客に対して、途中駅で無線を飛ばして対応依頼していた
<美濃市>
ちょっと高台にある島式ホーム1面2線の駅。駅舎はホームから地下道を通り土手下に位置している。列車交換するが、お互いにさっさと開け閉めして左右別れて出発してゆく。件の名鉄美濃町線の終点はこの美濃市駅から少し離れた美濃駅で、現在も駅跡には電車が保存されている。関~美濃間は名鉄と長良川鉄道が並行して走っていたのだ。この名鉄の区間は先んじて1999年に廃止されている
<深戸~相生>

美濃市を過ぎて谷が深まってきた。長良川鉄道と国道は曲がりくねる川に沿って走るが、高速道路は一直線に走る。この辺りは片側2車線ずつの東海北陸自動車道。こんなもの出来たら途中に都市や観光地があってもローカル私鉄なんて存続できないよね

山間部にもちょっと陽が射し込んできて明るくなってきた

寒々しい長良川に付かず離れずして進む。夏はアユ釣りの人や川遊びの人々で賑わうのだろうが、今は冷たい川面しか見えない

第五長良川橋梁を渡る。中央のトラス部分は東海道本線大井川橋梁のそれを転用したもので、明治44年にアメリカンブリッジ社が製作したものである。明治期の橋梁がまだ現役で列車を支えているのだ
なお、長良川鉄道は計6回長良川を渡るが、下流(美濃太田方)から5番目の橋梁がこれである。30キロの速度制限は「指定列車」とあるように、一部の列車が観光客向けに減速運転するためのものだ
<郡上八幡>

全線の半分と少し走ったところ、郡上八幡。地元、観光客問わず半数以上がここで下車した。ここに泊まって長良川鉄道に乗るプランも立てたし、実際宿の予約もしたけど結局散策することなく終わってしまったな。なお、八幡の中心部はここから東へ少し入ったところである
隣は9時40分、郡上八幡始発の美濃太田行2008レ

こちらはクロスシートの304号である
<大中~大島>

山の上の方は薄っすら白くなっている
<美濃白鳥>

最後の街らしい街、美濃白鳥。地元の人たちは殆ど降りちゃった。うきは含め残った6人は乗り潰しの鉄っちゃんだな。折り返し列車や小さいながらも夜間滞泊できる基地もあるような駅なので、駅前に宿の一つでもあればここを拠点に・・・・・・なんて思った時期もあった
ここから先はスタフ閉塞。運転士さんが駅舎からキャリアを持ってきて運転台に乗せた。美濃白鳥~北濃間は1列車しか入れないんだ。こんな運転方式なので、北濃まで行く列車の運行効率も良くないんだな
<白鳥高原>
雪が舞っている
<北濃>
美濃太田から2時間余りかけてやってきた岐阜の山奥北濃
長良川鉄道もめでたく完乗。かなり長い路線なので毎度後回しにしていて今日まで来てしまった。一部廃線報道が上がって来なければまだ来ていなかったかもしれない。ここが最後の1線になっても不思議はなかった
そろそろ、こう・・・・・・どこを最後の1線に持ってくるかというのが過ぎる様になってきた。未乗残存線区は20線余りなのだが、どこもが僻地みたいな所を走っているので、大体日本の山奥か、岬の先っぽのようなところで全線完乗を迎えるのだろうけど。最近は1線消化する毎にいよいよ先が見えてきたなという感が強くなる。それに伴って、ちょっと寂しさも込み上げてくる

ここから先に鉄路は無い。しかし、越美「南」線という路線名の通り、「北」線と繋いで福井(越前)と岐阜(美濃)を結ぶ越美線を夢見ていた
岐阜と福井は県境が接している割には深く高い山によって遮られており、西へ琵琶湖側から回り込むか、高山を経て富山から回り込む道しかなかった。北と南からそれぞれ鉄道建設が始まり、越美南線区間は1923年に最初の区間が着工され、以後断続的に延伸が進み比較的順調に1934年には北濃まで今の全線が開業した。一方の北側、福井からは1956年の着工まで越美南線に比べて30年以上動きが無く、1960年に勝原まで開通し営業開始。現在の終点である九頭竜湖まで開業したのは1972年のことだった。1970年代と言えば、国鉄は斜陽化が始まっており、周辺線区も新幹線の開業や特急列車の高速化で無理してショートカットコースを作らなくても岐阜から北陸方面のルートは確立されてしまっていた
結果として、国鉄財政悪化や民営化の影響で北濃~九頭竜湖間は連絡することなく、国鉄民営化を前にして越美南線については第三セクター化されてしまった。仮に、福井側でも同時期に工事が開始されていれば、また違った結果になったかもしれない。もっとも、現在の高規格道路でさえも大きくループを重ねなければ越えられない油坂峠を越える建設は難行したであろうし、線形的に北濃でスイッチバックして九頭竜湖方面に出るなど高速化には程遠い線形でしか開業出来なかったであろう
それでも国鉄時代は自局の関連ルートなので美濃白鳥から九頭竜湖間にバスが走っており、曲がりなりにも越美線として機能していたのである。北濃からは北へ、ひるがの、牧戸、鳩ケ谷等を抜けて城端へ出る名金急行線が走っており富山、金沢方面への便も確保されていた。これらのバス路線は平成時代も残ったが、利用客の減少から年々改廃が進み、特に越美北線方面へは公共交通機関では乗り継ぎが出来ないようになってしまった。白川郷や合掌造り集落の五箇山へも名古屋や岐阜から直行バスになり、越美南線沿線には見向きもしなくなった。それでも10年程度前までは城端から下って越美南線に乗り継ぐルートが細々と残っていたが、今ではそれも難しい

ホームから駅舎を見る終端側に構内踏切があり、北東の隅に駅舎がある

緩く弧を描くホーム。島式1面2線だが、駅舎側の1線は使われておらず、信号機器もないので、美濃白鳥からここまで1閉塞、1列車しか入れなくなっている

終点部方面。牽引してきた蒸気機関車は線路が収束している端部まで走り、バック運転で一番左の線路に転線する

先にあるのは転車台で、ここで転回して頭を美濃太田方に向け直したら客車や貨車の先頭に入換、連結していたわけだ。機関車を使用するような列車は皆無になったが、書類上は現役設備とのこと。かつては岐阜駅に設置されていたもので、先の第五長良川橋梁のメーカーと同じ、アメリカンブリッジ社が1902年に建造したもの。越美南線が当駅まで開業した1934年に移築されており、蒸気機関車が現役だった1960年代まで使用されていた。貨物輸送は1970年代まで残ったが、こんな盲腸線の割に需要が旺盛だったので比較的早くに無煙化されており転車台を使用する機会は1960年代以降激減したという。この転車台は大井川鐡道の千頭駅にある1897年製のものに次いで日本で2番目に古いものだそうだ
昔の写真を見ると、転車台の先、山側にかけて側線が幾本か広がっており、貨物ホームと扱い上屋も建っていた。この奥にある御母衣ダムへの建設資材を輸送するという使命があったので越美南線は開業が早かったし、決して需要が太くない北濃まで無事に開業したのだ
御母衣ダム完成後も、更に大白川ダム建設や御母衣第二発電所建設に伴う資材輸送が引き続きあり1970年台前半まで貨物輸送は活況を呈したが以降河川開発が落ち着くと1974年には貨物取扱は廃止されている

北濃までやってきた306。現在は単行気動車が一日数度発着するだけになってしまった
1978年1月の時刻表を見ると、越美南線から岐阜へ直通列車が4本、うち3本は北濃発で、更に追加で名古屋と北濃間を1往復急行「おくみの」が走っている。越美南線内は普通列車で全ての駅に停車するが、美濃太田からは急行のりくら4号に併結されて名古屋まで行くのである。先に述べた通り、越美南線に沿ってバスの名金急行線が運行されていたにも関わらず、鉄道も名古屋直通便が確保されていたのである。しかし、高速道路が無かった当時でもバスは美濃白鳥を急行列車よりも30分後に出たにも関わず、岐阜まで2時間で走破して列車よりも20分以上も早く到着していた

さすがに古くなって若干のゆがみが見えるが建材の北濃駅舎

駅前ロータリー側。かつては駅員配置駅だったが、現在はもちろん無人駅だ

出改札昨日も無く、夜間滞泊なども無いので駅舎など不要な筈だが、それでも今日まで残されてる

駅前道路から来た、ひるがの方面を望む。奥の山は雪景色だ
滞留6分で折り返す。効率は良いけど、もう少し余裕があっても良かったな。駅舎や転車台など撮るもの撮ったらまた同じ車両に乗り込む。ここまで一緒に来た同行の志も一緒に乗り込む。ここも、もう二度と来そうに無いな・・・・・・
北濃→美濃太田:306 10:28発 2010レ 普通「美濃太田」
北濃から美濃太田を経由して岐阜へ出るというおばあさんが一人追加で乗車したが、この人が長良川鉄道の正しい利用者であろうw
<美濃白鳥>
地元のお客さんが増えた
<郡上八幡>
交換した次の北農行は結構乗車していたな
美濃太田→多治見:キハ75-3505 12:50発 630C 普通「多治見」

2両編成だし岐阜からの列車なので混雑が心配だったが、美濃太田でほぼ乗客が入れ替わり難なく座席にありつけた
<美濃太田~美濃川合>
美濃太田車両区、留置線の奥に保存車輛が見える。リニア鉄道館開業でいくらかは日の目を見たが、なお数両ビニールシートに包まれて保管されている。活用するのかどうかも怪しいが、現在はクモハ103-18、キハ58 787、キハ30 51、キハ85-1、トキ4837の5両が置かれている。美濃川合駅から歩いてすぐに見に行けるが、ビニールシートの細長い物体を撮影しても仕方ないので訪問せずにいる
<美濃川合~可児>

木曽川を渡る。すぐ下流側に今渡ダムがあるのでいつもここは満々と水を湛えている
<可児>
名鉄電車と並走して進入
<姫>

なんとなくいつも撮影してしまう。JR線一、かわいい駅名だとおもうw
<多治見>

多治見に到着した630C、キハ75-3505

隣のホームには名古屋行普通3638M、クハ314-3026以下の8連。3000番台4+4の8連で、今年9月に出場してきたばかりなので足回りもまだピカピカだ

荷役線で待機するEF210-372。名古屋ターミナル発多治見行1653レと折り返しの1652レ、所謂多治見貨物もEF210になってしまったか、それも瀬野八対応の300番がこんなところまで入ってくるんだな調べたら、仕業担当区は新鶴見なんだな
春日井の紙輸送もEH200になっているそうだし、中央西線もJR機ばかりになった

1時間ほど時間があるので食糧確保。乗り継ぎが絶妙すぎてここまで買い物する暇がなかった。かつては美濃太田や多治見にも駅弁が売っていたが、終売してもう随分経つ。何か店に入って食事を摂っても良かったのだが、手っ取り早く食べられそうな、つまりファーストフードのような店は周囲に皆無で結局改札脇の売店で助六寿司等を買い込んだ

多治見が舞台のアニメ。「やくならマグカップも」いや、まぁ、全く知らないんだけどPOPがたくさん置いてあったので撮影しておいた。2021年に1期、2期と続けてアニメ化されており、この「二番窯」は2期のタイトル
多治見は1300年余りの歴史をもつ美濃焼の生産中心地なんだ

岐阜、美濃太田からの632Cはキハ25トップナンバー編成だった。キハ25-1

後ろはキハ25-101。キハ25は乗ったことなかったからこっちが良かったな
この列車に乗ってきても、この先の行程に影響はなかった。なんなら、ヤフーの乗り換え検索では北濃から美濃太田、多治見経由塩尻だとこの列車が選択されていた。直ぐの連絡で一本前の630Cがあって、こちらなら多治見でまとまった時間が取れるので食糧確保も容易であろうとの判断で移動してきたのだ
多治見貨物がEF210になってがっかりしていたが、もしやと思って調べたら丁度良いタイミングで貨物が来るのでホームの端で待機、撮影しようと思う

名古屋ターミナル発北長野行の81レ、牽引機はEF64-1046だ。中京圏に来たものの、EF64は見れないだろうなと思っていたので撮影出来て良かった。重連運用は2025年3月改正で無くなり、定期運用もこの81レと対になる80レのみとなった。しかも南松本~北長野間はEH200の牽引である。もはや松本以北でもEF64は見れなくなった

愛知機関区のEF64の定期仕業は4つ。中央西線1に伯備線3のみになってしまった。いまや残された貴重な国鉄型電気の定期貨物列車だが、特に中央西線運用は来年3月改正で怪しくなってきたな
いついなくなっても不思議はなかったので、あちこちでEF64撮影したけど、そろそろ本当に最後になりそう。来年3月改正で生き残ったら来年は撮影ツアーを敢行したいな

81レが通過して直ぐ後には南松本発塩浜行の臨時専貨8084レがEH200-5牽引で駆け抜けていった。石油需要が増加する冬季にのみ走る燃料輸送列車で、四日市のコンビナートから信州へ燃料を運んだ後の返空列車だ。臨時とは言え高頻度運転なのでEH200の仕業に組み込まれているんだろな

名古屋行3642Mクハ315-3以下8連。何の変哲もない315系だけど、数を稼いでおけばこれが引退する30年後とかに貴重な記録になるかもしれないから・・・・・・

長野行しなの15号が到着した。クロ383-3を先頭にした8連だ
多治見→塩尻:クロ383-3 14:23発 1015M 特急しなの15「長野」 1号車8A グリーン車指定席
これから塩尻経由特急乗り継ぎで帰るわけだが、中央本線経由でも4時間程度で帰ることが出来るんだな
自動車ではそこそこ往来あったけど、この辺の中央西線乗るのって2007年の同人誌即売会帰り以来じゃなかろうか?当時は関西で行われていた即売会に年1参加していて、2007年も日本海側、黒部や能登を回り、京都で即売会に出てから三重や長野を巡った。あれは酷い旅だったw今じゃ出来ないなwww
特急しなのも乗車率が高い列車の一つだが、今日のグリーン車は半数以上空席である。それでもさすがに前面展望できる1番席はA~Dまで埋まっている
<恵那>

さっき見た81レはここでもう追い抜いてしまうんだ
通過している特急列車から、真横に停まっている列車の機関車先頭がよくスマホカメラで撮れたなぁと自画自賛。6月に機種変更した今のスマホはカメラの起動、及びシャッタータイミングが難しく、特に動いてる物体や速写能力に劣るのだが、それでこのカットが撮れたのは奇跡である
<中津川~落合川>

良く撮影に来ていた落合川の鉄橋上、列車から見ると西側はこんな風に見えるんだ。吊橋みたいのは村瀬橋。奥側が木曽川で、渡っている川は落合川。両河川はここで合流する
(←2015年6月9撮影)
<参考>この鉄橋である。今日走ったのは左側にちょこっと見えている方
ずっと木曽川に沿って走るようなイメージのある中央西線だが、名古屋から来ると中津川の先、ここでやっと木曽川に出会う。安曇野と木曽の分水嶺、鳥居峠を越えて藪原で初めて木曽川と出会いずっとそれに沿ってきた中央西線。木曽川はここから北寄りに進路を変えて中央西線と別れて行き、恵那峡を経て八百津の先、さっき渡った美濃川合のちょっと上流で飛騨川と合流して犬山の方から伊勢湾に流れ込むのでこの先下流側では中央西線とは一切関わらなくなる
<坂下~田立>

冬の西日に照らされる木曽路を時に川を渡り、高速で北上してゆく特急列車。中央西線てたまに乗るとほんと楽しいな
<南木曾~十二兼>

まだ川幅が広い。ごろごろとした石がたくさん転がっている。木曽川は大正時代からダム建設が盛んに行われており、電源開発による日本の近代化に多大な貢献を果たしてきた。急峻な山間部を流れ落ちている割にこうして浅い河が広がっているのは本流に多数のダムが建設されて計画的に流量が調整されているからである
<倉本~上松>

ちらりと見える景勝地、寝覚ノ床
<奈良井~木曽平沢>

ここも良く撮影した木曽平沢の鉄橋
<木曽平沢>

ホーム上に雪が残っている。長野県でも南側だが、山脈に囲まれているので冷涼なのだろう
<日出塩~洗馬>

塩尻に向けてラストスパート。雪原を駆け下りてゆく。最近は温暖化で12月に入っても雪が見られる機会が減ったが、今回はこんなところで雪景色を見ることが出来た
<塩尻>

途中の単線区間で名古屋行特急が遅れていたので、交換待ちでこちらも2分ほど遅れて到着。
1号車は松本方で、乗り換えの為の跨線橋は名古屋方一番後ろ。乗り換え時間は定刻でも5分しかないので急いで後ろへ向かって、一番反対側のホームへ。更に乗り換えるあずさは12号車とこれまた松本方一番遠いところにしたので真に忙しいw

中津川行834Mクモハ211-3041。中央西線はJR東海だが、313系がJR東日本の篠ノ井線に乗り入れる関係で、走行距離を調整するため中央西線にもJR東日本の車両を使用する列車が少しだけ設定されている
この834Mは15時51分に塩尻に到着し、25分も停まって16時16分に発車する。もっと効率の良いダイヤを組めないものかと思う

茅野発松本行1543Mクモハ211-3018以下3連と、善知鳥峠を越えて旧線経由で辰野に向かう158MのクモハE127-104以下2連
急いで乗車位置に向かったものの、先行する名古屋行臨時しなの86号が遅れていたので、中央東線特急も遅れて到着。十分に時間があった

最後尾のクハE353-20
塩尻→八王子:クハE353-20 15:58発 44M 特急あずさ44「新宿」 12号車12D 普通車指定席
この列車が一番座席が取り難かった。中央東線の特急はいつ乗っても混雑している
<塩尻~みどり湖>

こっちがわも少し雪が残っているな
<岡谷~下諏訪>

諏訪湖越しに見る八ヶ岳連峰
<下諏訪~上諏訪>

すわっこ。来年は結氷するかなぁ?
(←2018年9月11日撮影)
2018年に気付いて以降、通りがかるたびに気にしていたチェリークーペ(オレンジ色の古いやつ)、今回は見当たらなかったのでとうとう撤去されてしまったのかと・・・・・・

ストリートビューで見たら2025年5月時点(最新)では民家の壁際に移動していた。今回は気付かなかったなぁ・・・・・・
<富士見~信濃境>

立場川橋梁上より。陽はもうほぼ没した

冬の風景ね
<韮崎>

甲信の県境を越えて韮崎
<塩山>

立川行544Mを追い越す。来年3月改正で高尾以東への中距離電車乗り入れが終了するのでこの辺で「立川」の行き先を見るのも後僅かになるということだ
特急なので高尾には止まらない、八王子まで乗り越して、高尾に戻った
了