瀬戸内飛兎紀行
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仕事明けて新宿経由羽田へ。特段事件も、面白いことも無く、淡々と羽田に向かう
スポットは奥の方の67B
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手前のサンニーマルかと思いきや、これは67Aに停まってる別の便だ
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日本のどこかから、乗るべき便の機材が到着。ちょっと、レドームの色が違うな?
東京・羽田→岩国錦帯橋:NH635 12:05発 A320 JA8936 23E
10年前に秋田行くときに乗った機材だ
1994年8月登録で、全日空では現在最古参の機材になっている。バニラエアに国内移籍した機体もあるが、全日空に在籍している320は現在11機。総数33機が導入されたが3分の2はいなくなった
もっとも、全日空では次世代型A320neoの発注を済ませているので、今後も国内でA320シリーズの活躍は続いてゆく
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ボーディング!
梅雨時なので心配していたが、今日は快晴だ
海上のDランウェイを北に向かって離陸。180度ターンして南へ、その後西へと機首を向けた
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仕事明けだったのでうとうとしてたらもうベルトサイン点灯。随分高度は下がっており、瀬戸内の島々を掠めてランウェイを目指している
眼下は阿多田島。正面大きいのが江田島とくっついている能美島である
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日本製紙の工場が見えるともう直ぐランウェイ
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US−2、US−1が見えた!
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岩国空港初ランディング!
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小規模の地方空港だが、ボーディングブリッジが整備されているのは新しい空港ならでは
連絡橋では金魚の飾りがお出迎え
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到着した635便、JA8396。2012年に開港し当初は羽田便のみ4往復だったが、今年3月から米軍との調整が完了し、羽田便が1往復増便の5往復に、また初の羽田以外の路線として那覇線が1往復開設された。
滑走路は米軍の大型輸送機やチャーター機でも運用できるように2440mの長さがあるが、国内線定期便に関しては小型の737や320が主力となる。しかし、2015年の4月に広島空港でアシアナ航空が着陸事故を起こし、同空港の発着が停止ないしは著しく制限を受けた際は、岩国への臨時増便と共に767への機材大型化が図られており、空港施設としては中型機の運用も問題はないようだ
話が若干前後するが、岩国空港は永らく米海兵隊と海上自衛隊が使用していた岩国基地の一部分を間借りする形で整備し、2012年に開港した。岩国飛行場は終戦後の連合軍接収時に、マッカーサーが羽田への英国海外航空(現在のブリティッシュエアウェイズ)就航を拒んだおり、同航空が就航地として選択した。当時は香港から延長する形でプリマス飛行艇を運航したのが始まりであろう。その後、昭和30年代までは国内便の重要な寄港地としてDC−3やF−27フレンドシップ等による定期便が運航されていた
しかし、昭和40年代以降の広島空港への定期便の集約や米軍との調整から長く国内定期便の開設は阻まれ、岩国市内にある帝人や日本製紙へのビジネスマン、錦帯橋や宮島への観光客誘致を目指していた山口県にとっては早期の定期便再開を望んでいる状態であった
転機になったのは2005年の日米合同委員会の答申であり、その後の駐機場整備やターミナル開設が順調に進み、2012年には晴れて定期便復活と相成った。米軍基地との共同使用、というよりは極限られたスペースの間借り扱いなので、三沢空港と同様に民間駐機場の外れにはゲートが設置され航空機の通行時にのみゲート開けるという方法がとられている
搭乗便も土曜日との昼とはいえほぼ満席であり、将来的にA321が導入されれば岩国に投入し機材の大型を図ることもアリではないか
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2階にあるボーディングブリッジは1基のみ。駐機場は2バースあるようだ。降りてきて右へ曲がると手荷物受取場
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乗降共にこの階段エスカレーターで2階部分に上がる仕組み。搭乗ゲートからブリッジまでの間にエスカレーターがある空港は珍しい。国内あちこちいったけど、こうした構造の空港は他では見たことが無い
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中央通路の向こう側が出発ロビー。折り返し便も搭乗率は高そうだ
空港→駅:いわくにバス空港線 14:00発 「錦帯橋」
錦帯橋と岩国城に行こうかと思っていたが、クソ暑いのでそのまま広島に向かうことに
<岩国>
岩国駅は工事中で仮駅舎になっていた
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RedWing227系。昨年(2015)の3月改正から広島地区の旧国鉄車置換え用に登場した新車。前回広島に来たのは2014年の夏なので、この形式には今回初めて見える
広島地区への新車投入はJR化後初めてのことで、国鉄時代から通算しても115系3000番台投入後約32年ぶりだそうだ。車体は225系や521系の設計を継承し、地区独自の事情、需給にあわせてある。3ドアの20m車で2連と3連の各編成があり、これらを併結する事で柔軟な運用をこなす事が出来るという
それまでの115系では4連1択だったので、単独4連か、併結8連しか組成方法が無かったものの、227系投入により多彩な編成バリエーションを組むことが出来る
ただし、従来の115系4連単独編成を新形式単独3連に置き換えたりしているので、列車によって収容力不足が発生しているのは否めない
2016年の3月には更に大量に増備され山陽本線の三原〜岩国間の平日昼間は227系のみの運用に統一された
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て、ところで、乗車列車はこれですよ・・・・・・殆ど227系になったのよね?
O−03編成クハ115−1120以下4連。モハユニットと岩国方先頭車は2000番だが、広島方の先頭車は1000番台。せっかくなので(?)1000番台のクルマに乗ろうw
岩国→新白島:クハ115−1120 14:22発 1542M 普通「白市」
<大竹>
走り始めて2つ目の大竹でいきなり5分、何も無いのに停まるスジってなんだろう?今では優等列車なんて皆無なのに
<新白島>
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2015年3月開業の新しい駅。山陽本線とアストラムラインの交点に乗換駅を作る計画は当初からあったものの、永らく実現せずにいた
山陽本線は棒線上の対向ホーム。乗換駅といえども高架と地下なのでちょっと歩く
新白島→県庁前:6507 15:23発 「本通」
<県庁前>
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お好み焼き???
そうゆうけいのお好み焼き屋らしい。制服はメイド服。明日行くイベントのカタログの委託販売とかしてるって後で知った・・・・・・
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歩いて広島城にやってきた。表御門から城内に
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多門櫓に入れるらしい
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太鼓櫓の中には本物の太鼓があった。ちゃんと音が出た。尺6くらいのやつかな?
表御門横の平櫓から太鼓櫓を35間の多門櫓で繋いでいる。この一連の櫓群は平成元年から6年にかけて復元されたそうだ
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お堀
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鯉と亀と鳩
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城内には広島護国神社が鎮座している。建立は新しく、明治元年に戊辰戦争に参加し戦死した広島藩士を祀る水草神社が始まり。明治34年に広島招魂社と改名、さらに昭和14年に護国神社となった
昭和20年8月の原子爆弾投下によって大鳥居以外が失われ、昭和31年に現地に再建されている
主祭神は広島県西部出身の英霊、原爆で犠牲になった勤労学徒や女子挺身隊等である
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こちらも原爆で破壊され基礎部分しか残っていないが
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広島大本営跡である
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焼失した本丸御殿跡に広島鎮台司令部として建築されたのがその始まり。日清戦争中の1893年(明治26年)9月13日に東京の宮中よりここに大本営が移設された。2日後の15日には明治天皇が戦争指揮のために大本営に移り、戦争終結までの227日間をここで過ごした
大本営は日清戦争終了後の台湾統治機構制定などを終えるまで存置され、1896年解体までここが日本帝国軍の総司令部として機能していた
この時期の広島は天皇の御座が置かれ、各種立法機関や政府組織が一時的とはいえ移転していた。第7回帝国議会も広島仮議事堂で開催されており、臨時首都として日本の中心となっていた。これは明治維新以後、日本の首都機能が東京を離れた唯一の例とされている
大本営はその任を解かれた後は文化財として保護されていたが、1945年の原爆投下により被災、現在はその基礎部分だけが残っている
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城内、北西の角にある天守閣
現在のものは外観を模したコンクリート造りで再建築されたもの。天守閣も例によって原爆で破壊された
広島城は日本100名城の1つ。名古屋城、岡山城と共に日本三大平城とも呼ばれる。毛利輝元の手により1589年から築城が始められ、1599年に落成したとされる。それまでの攻防の為の城とは異なり、政を行う政治の中心としての城、すなわち近世城郭の初期の城にあたる
落成翌年に勃発した関ヶ原の戦いにおいて、敗北した西軍に付いた毛利はこの後、周防(山口県)に送られ、変わって福島が入る。福島家から浅野家へと引き継がれて、浅野氏の時代は明治維新に至るまで12代250年も続くことになる
戦時中まで当時の天守閣が残っており、原爆において致命的に破壊されるまでその姿を留めていたので絵葉書や写真などにその姿を残している
帰りは城の東側に出て、電車で
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ちょっとだけ広電に乗ろう
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丁度、大阪市電が八丁堀へ向かって走ってゆき、代わりに白島に向けて京都市電が走っていった
白島線は2両の「単車」で運用が組まれており、次に来る電車はこの1914であろう
縮景園前→八丁堀:1914 16:18発 9系統「八丁堀」
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釣りかけ久々だ。今年初釣りかけか!?
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たった2電停。数分もかからずに八丁堀に到着。でも京都市電乗れて満足
1914の愛称は「平安」。元京都市電の1900は15両が広電にやってきた。旧型が淘汰される中、現在も全車が在籍しており、各車輌ごとに京都由来の愛称がつけられている
在籍している他都市からの譲渡車としては、最後まで残るであろう車輌だと思っている
小腹が空いたので、八丁堀交差点の脇にある喫茶店「HOMEMADE BREAD&CAFE MON」に立ち寄り
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カレーリングのセットと、グラタンリングのセット。ボリューム満点!
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これに釣られて入店した「メロンパンソフト」メロンパンを開いて中にソフトクリームが詰め込まれている
暑いし、人気のアイテムで最後の一個だった!ラッキー
喫茶店なのだが、パン屋さんなのでメニューにあるパンは自家製のもので用意されている。創業60周年の老舗であった
買い物しつつ、歩いて中電前のホテルへ
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ホテルの部屋からは辛うじて電車が見えた。ビルとビルの間から突然姿を現すので、撮影は難しい。京都市電と、導入が進む新型連接車1000
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暮れてきた。明日に備えて早目に休みましょう
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昨日とは一転し、天気は最悪で時折激しく雨が降る
朝食食べて出掛けにはなんとか雨は上がった。ツイてる!
中電前→皆実6丁目:5106E 9:24発 1系統「広島港」
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乗換券貰って比治山線乗場へ
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交差点の脇にポツンとある青い小部屋。多分、広島電鉄の操車小屋であろう
今はトロリーコンダクターを使って電車の方でポイント切り替えを行うから、こうしたところに掛員を配置する必要はなくなったね
皆実6→南区役所前:811 9:48発 5系統「広島駅」
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南区役所前まで乗った811
電停から歩いて直ぐの広島産業文化センター西館へ
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同人誌即売会「東方椰麟祭 7」に参加。嫁さんのサークルの店番だけどなw
広島の同人イベントは初参加
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幽香さんの二の腕をプニプニする遊び
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館内のコンコースには広島名産品のギャラリーがあった
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ミニチュアモデルで再現されているものと、そのものが半々かな
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もちろんマツダのスペースもある
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CX−3
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ロストワックス製品
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医療機器まで
広島も随分色々なもの造っているな
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こんなことでもないと来なさそうな産業文化センターを後に、広島駅へと向かう
南区役所前→広島駅:702 14:41発 5系統「広島駅」
700の初期の車は機器流用の釣り掛け車
広島→三原:725−7601 15:03発 744A こだま744「新大阪」 2号車 普通車自由席13DE
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お昼ごはん何も食べてなかったので駅弁
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サーモンわっぱ飯とあなごめし
これより後ろの列車は東広島で退避があるのだが、この列車は広島〜三原間を20分強で抜かれずに走破してしまうので食事取るのも慌しい
<三原>
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福山、岡山方面の列車はまだ115系が多い。しかし、みんな蜜柑色になってしまったな
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速すぎてピントが合わなかった下り貨物。EF210−165牽引。さすがに大動脈だけあって、平日休日、昼夜を問わず貨物列車が多い
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折り返しかと思ったら回送されてきた。105系、クモハ105−20これが今度の広行
三原→忠海:クモハ105−20 15:43発 129M 普通「広」
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どんより模様の瀬戸内海に沿って進む
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継ぎ目の音が良い♪
<忠海>
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覚えのある忠海駅。前回は逆周りで辿っている。ここから港までの道順もお手の物であるw
駅前の街道を東へ
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入り江の袂を右へ。連絡船乗場の立て札が目印
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灯篭が見えると直ぐに港である
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前回は無かったオシャレなカフェと併設された乗船券売り場。大久野島までの乗船券と、ウサギ用の餌を買っておいた
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先ほどまでの曇天が嘘のように晴れ間が広がってきた
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港の船溜りにも明るく陽射しが差し込んできた
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まもなく大三島盛港からのフェリーが港に入ってきた
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折り返しの便は第三おおみしまだ
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大三島や休暇村からの下船客と入替りにすぐさま乗船。あっという間に折り返しの準備も済んで港を離れる
忠海港→大久野島港:フェリー第三おおみしま 16:25発 「盛港」
丁度、忠海26分発の三原行電車と良いタイミングになると思われ、後部デッキでカメラを構えて待つことしばし
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入り江を渡る105系を見事にキャッチできた。呉線らしい風景が撮れたかな?
どこもかしこも蜜柑色の電車になっていて、どうもこのK−03編成がトリコロールの新広島色最後の1本だったようだ。このあと、7月初旬に全検入った事でこの新広島色は消滅するのではないか?との噂である
この新広島色105系は竹原が舞台のアニメ「たまゆら」に出てきた塗色でその筋の人達にも一目置かれていた存在だった。もっとも、製作開始時には殆どがこの新広島色だったのだろうが・・・・・・
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港を出る。完全に空は晴れ渡った
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忠海港が離れて行く。気持ちの良い海の青と空の蒼。山の緑
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正面は大三島。大三島と生口島を結ぶ、しまなみ街道の多々羅大橋が微かに望める
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右舷には目指す大久野島が近付いている
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気持ちの良い船旅だが、わずか15分の航路。すぐに桟橋が近付く
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うさぎだらけの大久野島に上陸!
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うさぎと陸軍特殊施設、毒ガス工場の島大久野島
今はうさぎに癒される為多くの旅人がやってくる大久野島だが、過去には暗く辛い歴史がある
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そんなことはともかくとして、さっそく兎の洗礼を浴びる。港で買ったウサ餌の効果は絶大で、袋を振る音だけでウサどもが駆け寄ってくる
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四方八方からわらわら寄ってきて、足の踏み場も無くなったw
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襲われる!!
うさぎでひとしきり遊んだ後、宿へと歩を進める
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途中にあった幹部用防空壕跡
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この島そのものが攻撃を受けた記録は見かけないが、軍事上重要な拠点なので防空壕も設置されている
従業員用のそれよりもかなり堅牢に作られていたようだ
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入口が山側を向いているのは、島ならではで艦砲射撃により砲弾が直接飛び込んでくるのを防ぐ為であろう
山に直接穴を掘れば簡単そうだが、小さな島なので山肌が海岸に面しており、外からは容易に壕が分かるし、被弾の恐れもある。手間が掛かってもコンクリで巻きたて、塚を作ったほうが良いのだろう
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中には入れないが、入口から撮影してみた。中は狭そうだ。あまり深くは無い。ここに何人隠れるつもりだったのか・・・・・・機銃弾からは守ってくれそうだが、艦砲射撃受けたらひとたまりも無いな・・・・・・
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休暇村の宿舎に到着。一般的な和室
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窓からは陽も傾き始めた瀬戸内の海が見える
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見上げると燕の巣。たくさん軒先にあった
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温泉大浴場で汗を流して、ちょっと奮発した夕食。基本的にはバイキングだが、しゃぶしゃぶをつけた
肉は地場さんの峠下(たおした)牛。ボリューム満点で美味♪
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食後は館内の自由参加イベント、「海ホタル発光鑑賞会」に参加。青白く光っているグラスの中に発光する海ホタルがいる
海ホタルは貝の一種で、刺激を与えると外敵から守るために発光する。鑑賞会では電気による刺激で発光させていた
鑑賞後はもう一風呂浴びて就寝
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昨日、夕刻に急速に晴れたので一気に水分が蒸発したようだ。夜に冷やされて、朝はこんなに真っ白
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霧に隠れて雲海みたいになっている
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朝風呂ひとっぷろ♪
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大久野島の由来が大浴場に掲げられていた
神功皇后とか突然がちで神話が始まった!なるほど、近くに小久野島というのもあるのか
朝食たっぷり食べてチェックアウト
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あじさいと兎
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あじさいとウサウサ
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この時期ならではの組み合わせが撮れた♪
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最後のウサ餌をばら撒いた。ウサ花が出来た
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前回見れなかった毒ガス資料館に
中は撮影禁止なので写真は無いが、毒ガス製造用の防護服や当時の軍票、豊富な写真で戦争関連資料館でもここでしか見れない記録がたくさん残っている
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製造工場の器具の一部は外に展示されており、それは写真が撮れる
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毒ガスの性質上陶器製が用いられているのだろう
金属だと薬品に侵されて変質変型してしまうのだろうな。陶器は熱にも強いとあるから
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ぽてぽてと港に向かって歩いていると、休暇村送迎バスが対向してきた。港から休暇村まではフェリーに連絡してバスが走っている
歩いても大した距離ではないが、バスでの送迎だとあっという間に休暇村宿舎までゆける
調べてみたけど、バスの詳細は判らないな。新規導入なのか、どこかの中古なのか・・・・・・
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港着。朝よりは視界が良いが、まだモヤっている
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帰りは小型船。「ホワイトフリッパー」
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トン数19トンの小型船で休暇村の送迎用の船である。大三島フェリーが路線バスなら、こちらは送迎用ワゴンかな。タクシーというにはちと大きいしw
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乗船。これでも109人乗れるそうだ。大三島フェリーの方は250人乗りなので、旅客定員については半分程度
大久野島港→忠海港:ホワイトフリッパー 10:50発 「忠海港」
忠海→三原:クハ104−18 11:15発 112M 普通「三原」
<三原>
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三原着。帰りも末期色だった
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ピクトグラム(アイコンみたいなやつ)が100系「ニューシンカンセン」のままなのが良いね♪
三原駅は同じく新幹線停車駅の福山駅と同じく、城址に近接して設置されている。福山駅は駅の隣だが、この三原駅は城の中、城の一部に駅がくっついている様な構造になっている。天守台へは駅構内からしかアクセスできず、必然、公開時間は朝6時から夜10時までと限定される
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天守台に登って、東側を臨む。天守台の一部を新幹線駅が貫いている
三原城は永禄10年(1567年)頃に小早川隆景によって整備が始められたとされている。三原湾の最奥部にある海城で三原湾の海水を引いて堀としている。水軍が隆盛を誇る土地だけあって、地の利を活かし陸路水路に恵まれた要衝に作られた城である
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こちらは西側。城の南側に三原駅が張り付いているので、完全に海からは遮断されてしまっている
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北側。なにやら整備がされているので少ししたら何がしか景観が変わるかもしれない
天守台から先、行くところがないので駅に戻る
三原→白市:クモハ227−15 11:59発 347M 普通「岩国」
やっと新車乗れた。新しいだけで、車内は大阪地区走っている近郊型とさして変わらない
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白市に到着。最近の西日本車は連結面間転落防止用に、先頭車にも転落防止幌をつけているので、スマートさに欠けるように思うの
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久々の白市駅。2013年の2月、最後のMD90に乗りに来たとき以来だから、3年ぶりか・・・・・・
白市駅→広島空港 芸陽バス 12:38発 直通「広島空港」
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広島駅や広島空港には必ずマツダ車が飾ってある。いまはND型ロードスター
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このクルマも世界中で評価されて、たくさんの色々な賞を受賞した。マツダ車ユーザーとして喜ばしい限りだ
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お昼ごはんにお好み焼き食べて、出発ロビーへ
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いつの間にか雨が降ってきている。東京に向けてプッシュバックを開始したJALのB737−800
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そして我々が搭乗する東京からの全日空便は、まさかのスターウォーズジェット!
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旅の最後に嬉しいサプライズ!
広島→羽田:NH682 16:35発 B767−300ER JA604A StarWars JET 33C
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ヘッドレストカバーや
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紙コップなどもスターウォーズの特別仕様
前線の影響で雲が多く揺れも少々
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しかし、東京は夕陽がまぶしく輝いていた
了