天草北半九紀行
<序>

ほうほう、ええやないか、丁度休みだし、たまには行って見るか
AV−8も来るそうやないか
パックツアーも取れたやで!
・
・
・
週間予報。26日雨やで!27日雨やで!!
ハリアー。行くの止めたで!!
マイガッ・・・・・・orz
<2016/11/26>
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羽田着!
冷えすぎててエンジン中々温まらんかった。八王子インター着くまで5回はエンストしたわw
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ちょっと時間あるので展望デッキに上がった
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トリプルセブン
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JA8198だ。「777」尾翼で最初期に導入された3機のうち、最後の生き残りだ。8197、8199は登録抹消されてアメリカで整備保存されていると聞く
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スターフライヤーJA20MC。シャークレット付増えたな
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ビル内はもうクリスマス仕立てだ
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展望デッキ階の壁面に各種飛行機が描かれているんだが、この727が一番好き♪
土曜日で混雑しているので、早めに検査場通過。福岡便だし近場だろう?と思ったが、遠目の66番スポット
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沖止めエリアに停められているシャークレット付A321は到着したばかりのJA112Aだろう。初号機の111Aは先日(11/12)ライン就航している
2008年の冬以来久々に見たなぁ。まさか当時はもう一度ANAカラーのA321が見られるとは思わなんだ
このA321は従来型の−200で、ANAとしては−200は初めて導入する。エンジンはかつてのV2500搭載のそれとは異なり、A320で採用されているCFM56系のエンジンとなる。現在のエアバスの呼称ではA321ceo(current engine option)とされ、次世代型のneoと区別されている。ANAではneo型導入を控え、そのつなぎという形で2017年までにceoを4機導入し国内線に就航させる。neoが導入されるとこれらは退役するとされているが、極短期間の使用だけに、個人的にはそのままスターフライヤーやバニラの国際線機にコンバートされるのではないかと想定している
早い所搭乗してみたいが、まぁ策は講じているのでw
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ド・逆光だが、BAのB777が転がってきたので撮影。−300は初めて撮ったかな。こんなの撮ったうちに入らないけどw
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乗るべき機体も日本のどこかから到着した。B777−200ER。JA744Aだ
東京・羽田→福岡:NH249 10:30発 B777−200ER JA744A 25G
通路側。手配したのがぎりぎりだったので、通路側しかなかった。当日変更も出来なかったし、そのままでフライト。ざっと見、ほぼ満席っぽい
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福岡到着。よりによって一番北側の一番遠い1番ゲートに入った。急いだけど、予定していた地下鉄には乗り継げず
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折り返し姪浜行1522にのっそりと乗り込む
福岡空港→博多:1522 12:51発 普通「姪浜」
博多まで5分だとすると、56分着。乗換えに6分しかないが、乗車券も手配しないとならん・・・・・・やばいかも
<博多>
後ろの改札をダッシュで抜けて階段駆け上がり、みどりの窓口で切符を購入。ホームに上がったら列車は入線してて、座席を確認して座った瞬間ドアが閉まった。危ないところであった・・・・・・汗だくだ。お弁当買いたかった・・・・・・
博多→熊本:787−7514 13:02発 3615A みずほ615「鹿児島中央」 5号車15D 普通車指定席
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仮に乗り遅れても後続列車の自由席に乗ってくればその先の乗り継ぎは問題なかったのだが、みずほ乗ったこと無かったし、せっかくなので乗りたかった
博多を出るとどこにも停まらないので、汗が引いてきたら
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もう熊本だよ。33分で着いちゃうからね。新幹線は速いね。もっとも、特段かっ飛ばして走っている感じは無いんだけどね、九州新幹線は
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そこまでしてさぁ・・・・・・やれやれだぜ。フゥ
表向きは平静を取り戻している熊本だが、4月の地震の影響はまだまだ残っていると聞く。少しでも熊本にお金を落とせればいいな、って思っていろいろ小細工して今回やってきた
とりあえず、鼻水が止まらないから、鼻炎薬を駅の薬局で買った。ずびぃずばぁ
ちょっと時間あるし、市電でも乗りに行こう
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健軍行き1353。こんな綺麗な駅前になってからは初めて市電乗るな
熊本駅前→田崎橋:1352 13:52発 A系統「田崎橋」
丁度、古いやつが来たのでこれで数百メートル先の田崎橋まで行く
久々のツリカケ電車だが、電停2つ、ほんの数分だ
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田崎橋に到着した1352
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熊本駅側から電停を見る。左は県道28号線。かつて(2010年まで)はこの県道中央を走っていたが、以降サイドリザベーション化され、鹿児島本線より(道路西側)へ移設された。移設によって、すこし熊本駅に近付いたような感じがある
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2005年7月の田崎橋電停。当時は「2」系統
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折り返し発車してゆく1352
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入替わりに低床連接車の0801が単線区間に進入する
後ろに見える電停が二本木口電停で、かつては二本木口〜田崎橋間が熊本市電唯一の単線区間であったが、現在は田崎橋電停至近の100m程度のみになっている
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熊本市電は1997年に日本初の超低床電車9700形を導入したが、それに続く2形式目の超低床車として2008年に新潟トランシスで製造されたのがこの0800形である。現在3編成が活躍しているが、もちろんこんなものには目もくれない
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次にやってきた1091で熊本駅へと戻る。1090形は1957年、昭和32年製造の190形が出自。その前1955年製の188形と共にワンマン化に際して1090形とされた。まもなく60年に届こうかと言うベテラン電車だ。現在7両が在籍するが、そのうち市電標準色なのはこの1091だけである
× 田崎橋→熊本駅前:1091 14:06発 A系統「健軍町」
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1091の運転台
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いかにも路面電車って感じが良いね!
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乗ってきた1091を駅前で撮る。比較的車に邪魔されずに撮れる交差点なのだが、歩道橋の影が気になるところ
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1354
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1351。1960年、昭和35年製の350形をワンマン化したのがこの1350形で、以降熊本市電は財政悪化収支悪化のため車両新造を1982年の8200形まで打ち切った
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ちょこっとバスも撮っていた
1998年式のKC−HU2MMCA。日野のシャシーに西日本車体のボディ
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同じく熊電バス。1999年式のKC−HU2MLCA。日野のシャシーに日野車体。元は横浜市交通局の車両だそうだ
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鉄道車両以上に挙動が自由自在なのでバスは撮るの難しい。周囲の車の流れにも左右される
九州産交バス。1998年式のKC−RR1JJAA。日野シャシーで日野車体。元は名古屋市交通局
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ちょっと新しい目に見える全面広告車。産交の2008年式、BDG−HR7JPBE。日野シャシー(レインボーHR)でジェイバスのボディ
圧倒的に日野の車が多い熊本界隈。時間が余り無いので、これで撤退して駅へ戻る
<熊本>
駅改良、高架化工事中なのでなんやら乗場に行くまでまどろっこしい
三角線537Dキハ31 4
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最近じゃサボ挿して走っている列車も少なくなったよな
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後ろはキハ31 12。キハ31は国鉄末期に製造された九州向けの一般型気動車。1〜20が国鉄民営化前に新潟鐵工所、富士重工で製造された後、JR九州になった後も21〜23が追加製造されている
2ドア17mの軽量ステンレス車体。車内は2+1列配置の転換クロスシートで普通列車用ながら従来の国鉄一般型気動車を越えるアコモデーションを誇る。少数派だし、乗れるとちょっと嬉しい。今回は乗れないけども・・・・・・
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折り返し列車はちょっと遅れているようだ。今日はこのあと久方ぶりに三角線に乗ってみようと思う
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三角線の観光特急列車。A列車で行こうのキハ185はちょっと遅れて到着した。直ぐに折り返し整備に入る
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英字だと「A-TRAIN」
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模擬的にリベットごつごつにしてある。通常のキハ185はこんなにごつごつしていない
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んじゃ、乗りますかい。や、乗ります乗ります
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乗りました。天候不順の為、予定変更したのが数日前。このルートを選定したものの、全席指定で供給座席84席だったのでちょっと不安はあったが難なく指定は確保できた。土曜日の最後の便と言うことが功を奏したか?
車内は列車名のモチーフとなった「A列車で行こう」などのジャズナンバーがBGMとして流されている。大人向けの観光特急列車だね
熊本→三角:キハ185−1012 14:37発 8035D 特急A列車で行こう5「三角」 2号車14D 普通車指定席
A列車でいこうは三角線を走る観光特急列車。専用のキハ185系2連が使用される。2011年から運行が開始され、現在5年目。当初は2往復だったが、現在は3往復運転となっている
三角線としては初の特急列車。かつては島原〜天草〜阿蘇の回遊ルートの一端を担った三角線だが、観光客の減少等で運転されていた急行火の山等が廃止されて後、30年ぶりの優等列車である
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座席は余裕で取れたと言っても2両連結の1番後ろの座席だけどね。1号車はバーカウンターとかあって座席定員は28人しかない。2号車の方が56人と多いので、必然こちらをアサインされることが多そう
都市間連絡の速達性を要求される特急ではなく、臨時扱いの観光特急なので乗客は多いのかと思ったがそれほどでもない。地震の影響も少なからず残っているんだろうか
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ちょっと遅くなったけど昼食。肥後牛とろ玉しぐれ
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半熟卵割って食べる美味
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食べてる間に鹿児島本線との分岐駅。宇土に着いた。右上は九州新幹線の高架
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特急列車だが、ワンマン運転なので車掌は乗っていない
宇土で暫く停まってから、鹿児島本線を跨いで三角線へと入っていく。停車は熊本を出ると、宇土と終点三角だけなので、ほぼ熊本から乗車が無ければ宇土からは増えないであろう
つまりは、熊本発車時点と増減無く列車は三角線へと進行した
宇土で鹿児島本線と別れ右へカーブし三角線へ。三角半島の北側を海に沿って走る
三角線に入って2つ目、住吉からは島原湾が見えてくる
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周辺は干潟でずーっと浅瀬が続いている
島原湾の干潟と言えば諫早周辺や佐賀辺りが有名だろうけど、こちらも広い範囲で干潟が続く
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海の中に電柱の列がずっと続いているのってなんか良いよねw干潮時には根元まで見えるようになるんだろうけど
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網田で上り普通列車と交換。キハ47と31の2連。こうしてみると、横幅はキハ47なんかとそうは変わらないキハ31。結構、大柄である
現在の三角線はキハ31が2連か単行で運転されるのが基本とのことなので、キハ47が連結されているのは検査入場等で必要数が足りていないからに違いない
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再び海沿いに出ると、この辺りが
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日本の渚百選の1つ「御輿来海岸」(おこしきかいがん)
4世紀中ごろ、九州遠征の際に景行天皇が訪れ、洗濯岩と干潟模様の美しさに輿を止めて眺めたことがその由来とされる。今日はちょっと時間が早いけど、夕陽の絶景スポットとしても有名だそうだ
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一番後ろに乗っているので、ちょいちょいと後ろを見に行く
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ろーかるせん
赤瀬を通過すると半島の分水嶺をトンネルで越えて反対側へ。石打ダム、波多浦を経て左側に海が見えてくると終点三角
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終点三角に到着したA列車のキハ185。ローカル線の終点駅だが、天草方面の連絡駅のため大きな駅舎が建つ
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列車とクルーズ船コラボの暖簾が掛かっている。普段なら、このまま引き返すし、事実10年ほど前に来たときも乗り潰してそのまま熊本に戻ったが、今日はさらに先へと進む予定だ。出なけりゃ、わざわざここまで来ないw
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とんがり屋根の三角駅を後に、
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産交バスターミナルを横目に、フェリー乗場に・・・・・・
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行く前に、産交の三角営業所を覗いてみよう
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半島や島嶼部の狭小区間を受け持っているので、小型中型車が多い
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これなんか1ドアで2人がけのシートが並ぶローカル専用車だ。いすゞ製92年式のU-LR332J
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となりの2571の方が古くて、ちょっと見えないけど2ドアのU-RJ3HJAA。1991年式の日野レインボー
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フェリーターミナル着。変な円錐形の建物がある。展望台になっているのかな?螺旋の通路で上にいけるみたい
海のピラミッドと言われている
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さざえ堂みたいになってんだな。これ。内側と外側で同じところを通らずに下から上に行って下に戻るみたいな
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ピラミッドの袂にあるのが旅客船乗場。改札などがあるわけではなく、桟橋にいつでもいける
かつてはここから島原方面へのフェリーが出ており、島原から熊本を経由して阿蘇までの回遊ルートの重要な拠点となっていた。天草方面への船便も多数あったが、島間の道路橋が併用開始されると廃止され、現在は山畑運輸による棚底への便と、天草宝島ラインによる天草本渡への便だけとなった
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三角港は、宮城の野蒜港、福井の三国港と共に明治の三大築港と呼ばれる非常に歴史の古い港である。当初、半島の西側に三角西港が造られたが、用地が乏しく拡張が困難であった。このため、同じ理由で港の手前までしか敷設出来なかった九州鉄道の三角線の終点近くに新たな港を整備することとなり、これが現在の三角東港となった
新たに整備された三角東港は重要港湾に指定され熊本有数の貿易、物流の要となったが、その後周辺の熊本港や八代港が整備されると物流は分散し、天草五橋整備などによる島嶼部への貨客船の減少から2006年に島原三角フェリーが廃止。2011年までは唯一、御所浦への便だけが運航されていた
反面、早くに港湾機能が東港に移った為、西港は当時の石積みの港湾設備などが残っており、貴重な港湾史跡として注目を浴びている
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まだ時間があるのでちょっと港のまわりをプラプラしてみよう
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軍艦みたいな色の船があったので見に来た
KMI-45「あそ」とある。調べてみたら、漁業取締船とのことだ。密漁とかそうゆうの監視している船だろうね。こんな色のやつ近付いてきたら大砲打ち込まれるんじゃないかと思ってビビるわなぁw
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旅客桟橋に小型船が入港してきて、数人の旅客が降りてきた。入替りに、馴れた手つきでジャケット着込んだおっさんがカートやら土産物の紙袋やらを船内に放り込んで乗船していった
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山畑運輸の棚底港行スーパーイーグルみたいだ。1日2便、三角と御所浦島など小島を巡り、上島、上天草市の棚底までを結ぶ。単純に棚底の町へ行くなら乗り継ぎが必要だが三角からバスで行けば一番早い。こちらは離島連絡の便を図っているのだろう。三角から棚底まで船で行こうとすると、高速船ながら2時間を要する
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本渡からのクルーズ船がやってきた
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接岸
三角港→本渡港:Vista Bonita 15:53発 シークルーズ5「本渡港」 天草宝島ライン
余り大きな船ではないが、八代港を基点として運航していた観光船「龍丸」を改装して就航したクルーズ船である
先の観光特急「A列車で行こう」に合わせてダイヤが組まれており、熊本市内から天草本渡まで連絡輸送をしている
他に2隻「Marisol」「Serena」があるが、いずれも水戸岡鋭冶氏デザインの内装に改装されている
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さらっと船内へ。中は3+3のシートが並び、後方は露天のデッキになっていた
操舵室も丸見えである
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10数人の乗客を乗せて出航
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島が入り組んでいて、実際に通ってみないと航路が良くわからない
維和島と野牛島を結ぶ東大維橋をくぐって進む
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海を跨ぐ送電線。維和島と上島を結ぶ。弛み方が凄いな
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三角からおよそ17分で前島にある松島港着。唯一の経由地
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入港直前には良く見つけたな?という感じに山の緑に埋もれた海自の対潜哨戒機PS−1が見えた
1973年に製造されたPS−1の10号機、31−5810。1983年に用途廃止になり、天草パールセンターに展示のため貸与された。以降30年。近くで見ていなくても朽ちているのが解る。23機が製造されたが、3機しか現存していないPS−1の1機なので、そろそろ海自で引き上げてレストアして欲しいな
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みんな本渡まで行くのかと思っていたが、むしろみんなここで降りちゃって乗客はうきは1人きりになってしまった・・・・・・
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さよなら松島港
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たった一人の乗客のために船は本渡港へ向けて走る。天草五橋の1つPC造りの4号橋前島橋
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赤いパイプアーチ橋は5号橋の松島橋。これらの道路橋が三角半島から繋がったお陰で、天草へのアクセスが格段に便利になった
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小島を掠めて加速してゆく
そんなに大きな船ではないけど、それでもこんなに島の近くを航行していて座礁しないのかな?なんて心配になってしまう
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暮れてきた。雲行きもあやしい
人家の明かりが目立つようになってきた頃合、三角からおよそ50分で本渡港到着。操舵室脇の小さなドアから下船。船員さんから「三角には戻りませんよね?」と念押しされて船を去る。帰りの最終便は予約は無いのだろうな
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三角港よりは幾分立派な本渡港。こちらの方が港としてまだ機能しているんだろうな
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本渡港駅。「駅」と書いてあるけど、もちろん鉄道が走っているわけではない。旅客船ターミナルの代わりであろう
本渡のバスターミナルまで行ってバスで、なんて考えていたが時間がシビアなのと雨が降ってきているのでもうタクシーに乗るつもりでいた。さて、タクシーは・・・・・・っと・・・・・・いねぇな
タクシー寄せの向かいがタクシーの営業所みたいなので、そこまで赴き一台出してもらうことにした。なんか、もう完全に店仕舞いの様相だったがw
本渡港→天草空港:本渡港タクシー
田舎のタクシーの運ちゃんは良く喋るw
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ぎりぎりなんとか明るいうちに到着できた天草空港。本渡港からは15分程度であった
そう、ここから空路戻るので、「三角には戻らない」ってことなんだな
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飛行機はまだ到着していない。ここを拠点とする天草エアラインはたった1機の飛行機で福岡や熊本、大阪伊丹へと運航している
1000mの滑走路をもって、天草空港が開港したのが2000年の3月。前後するように設立された天草エアラインがDHC−8によって空路を開設。以降天草地方の発展に寄与してきたが、機体の老朽化により2016年1月に本邦初のフランスATR社製の小型機を導入した
導入したのはATR42−600、初飛行は1984年で改良されつつ世界中で運用されているものの、日本での採用例は無かった会社の機体である。この天草エアラインの採用が引き金になったかどうかは定かではないが、日本エアコミューター、オリエンタルエアブリッジと採用する会社が相次いだ
就航後に伊丹空港に見物に行ったが、天草という土地柄なかなか搭乗できる機会には恵まれなかった。色々考慮した結果、今回、福岡行きの最終便なら旅程に組み込めそうと判断しての天草行だったわけだ
これから国内に増えてゆくだろう機種だが、予定は予定。どうなるかも解らない。確実なのは今飛んでいるこの1機だけだ。そういう意味では、今乗れる時に乗っておく・・・・・・そんな意識が作用した
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空港ラウンジには先代、DHC−8と一緒にモデルプレーンが飾られていた。同社ではどちらも「みぞか号」と命名して運航している
水色のボディにイルカの目と口を描いた愛嬌ある塗装デザイン。「みぞか」は天草方言で「かわいい」の意
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ATRの1/100ディスプレイモデル
天草エアラインの通販サイトでは入荷予定なし、売り切れになっていたが、チェックインカウンターで聞いたら売ってるとの事で思わず購入w
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少し遅れて、雨の中福岡から到着したみぞか号
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福岡ではきっと撮る暇はないだろうから、雨をおして展望デッキで撮影
降機客と入替るように検査場を通って、検査場先の小さなロビーでしばし待機
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満を持して搭乗。もちろん歩いてシップサイドまで行く。雨が降っていなければもっとゆっくり見物して行くのだが・・・・・・残念
天草→福岡:AMX107 17:55発 JA01AM ATR42−600 7D
初めての天草空港。初めての天草エアライン。そして初めてのATR42
7Dは概ね主翼の付け根あたり。機内は2+2の4列で、右側1番前だけ4席向かい合わせになっている。グループ客には楽しそうw
同年12月まではATRに対しての技術的考証が済んでいないので、離着陸時含めて全ての電子機器類の使用が制限されていたが、12月以降検証が済んだという事で緩和された。上写真ではシートベルト着用サインが写っているが、これの隣には珍しい「電子機器使用禁止」のサインが点灯していた。※点灯中はデジカメ含め電子機器使用禁止なので撮影は出来なかった。マークはアイポッドに丸に横棒の禁止マーク
乗客は10数人。48人乗りの小さな機材だが、旅客も少ないので静かである
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安全のしおりもみぞか号
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機内誌はクリアファイル
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ページは社員お手製。CAさん紹介ページとかとってもアットホーム
フライトは雲の下。殆ど暗闇で何も解らず。福岡上空にきてやっと現在地がわかる程度
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4時間かけて陸路やってきた天草だが、滞在1時間に40分の飛行で帰ってきた福岡
福岡空港→博多:クハ303−2 19:02発 普通「筑前前原」
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そろそろいい加減305系に乗りたいんですが・・・・・・
<博多>
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787系もしばらく乗ってないな
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SM1編成。クモハ885−1。トップナンバー編成だ。心なしか、連結器カバーが歪んでいるように見える
博多→折尾:サハ885−101 19:20発 3051M 特急ソニック51「佐伯」 3号車10D 普通車指定席
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指定席空いてるな
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この特急、赤間停まるのか!?
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車端に設けられたミニショップは2015年の3月に使用を停止された
<折尾>
おれおりおりお〜
俺。降り。折尾
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鹿児島本線ホームから筑豊本線ホームへ。煉瓦積みの綺麗な構内通路。折尾は日本最初の立体交差駅だった。2017年1月に鹿児島本線の立体交差化工事、駅改良工事に伴って線路付け替えが行われ、この旧駅は使用を停止する。最後の姿に会えたわけだ
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若松線のキハ31。筑豊本線は桂川〜折尾間が電化されたが、両端部が非電化のまま残っている
折尾→直方:クモハ817−1009 20:05発 6551H 普通「直方」
本日最後の列車は淡々と雨の中を西へと走る
中間、鞍手、筑前植木・・・・・・
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終点直方に到着したクモハ817−1009
宿は駅から徒歩数分だが、雨は酷い。傘を買おうにも売店も無く、駅前のアーケードに逃げ込み、ホテルまで傘無しで辿った
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周辺に商店も売店もコンビニも無く、雨も酷いので博多で駅弁を買っておいた
海老蟹わっぱで夕食摂って就寝
<11/17>
予報どおりの雨。築城はパスして乗り鉄乗り鉄♪
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昨日のアーケードを逆に駅へと辿る。まだ8時台とはいえ、それを差し引いても人気は無い
駅に直結のパン屋で朝ごはん買って、筑鉄乗り場に
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客待ち中の410
直方→金田:410 9:04発 2219D 「行橋」
車内で1日乗車券購入。行ったり来たりするのでこの方が安いし便利
車内は閑散。日曜日の朝だしね。雨のせいで殆ど外は見えない
<金田>
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伊田線、糸田線の分岐駅で、機関区もある要衝駅金田に到着。列車は伊田線をそのまま走り行橋まで行くので、ここで一旦下車。枝線の糸田線に先に乗ってくる
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近くに温泉でもあるんかね?
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詰め所かな?
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お宝満載な気がする。半数は国鉄時代のものかな?国鉄バスについていたスワローマークが懐かしい
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乗ってきた410を反対側から撮る。後藤寺からの列車の接続待ち中
400形は401〜412の12両が所属する平成筑豊の主力車両。2007年から10年にかけて新潟トランシスにて製造され増備された。同時期の地方私鉄、第三セクター向け標準形NDC。錦川や肥薩オレンジに似たようなのがいる
410は「炭都物語号」ラッピングで、車内も筑豊炭鉱華やかりし頃のパネル展示がされている
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田川後藤寺から来た403は2番線の先っちょ、ドアが掛かる部分にだけ停車して降車させている。このまま、回送入庫となるようで、こうすれば乗車客が間違って乗ってくるのを防げる。しかし、凄い発想w
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正面から。ホームに目印があるので、入庫の時はこの位置に停めて降車させるようになっているんだろう
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403が車庫へ入った後、行橋からの直方行412が同じ2番線に到着。普通に乗降させる列車はこの位置に停まる
412は400の最終増備車両。塗装は大人しい感じで、これが平成筑豊の標準塗装なのかな?
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車庫には富士重工製LE-DC、300形304号が停まっていた。営業運転からは引退したが車庫内で動態保存しているとのこと。通りで足回りが綺麗なわけだ
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糸田線、田川後藤寺行が据え付けられた。折り返し列車は4番線を使う
金田→田川後藤寺:404 10:00発 313D 「田川後藤寺」
乗客は相変わらず少ない
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車庫の奥にはひたちなかから来た、元留萌のキハ2004がいた。絶賛整備中のようだ
当面は車庫内の体験運転用動態保存車にて活用するということだが、将来的にはATSを積んで本線運転をさせたいようだ。そうなった暁には乗りに来よう
<豊前大熊>
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国鉄糸田線時代からの駅。糸田線敷設の前身、産業セメント鉄道時代に設置された駅。糸田線時代はこの豊前大熊と糸田しか中間駅が無く、平成筑豊に引き継がれた後に松山、大藪の2駅が追加されている
<田川後藤寺>
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田川後藤寺に到着。後藤寺線と日田彦山線の間に専用ホームがある
隣は後藤寺線のキハ31。後藤寺線あたりもそのまま平成筑豊に併合されそうだけど、そうされずJR九州が維持している理由はなんなんだろう?確かに、乗車したときにはそれなりに乗客はいたが
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階段脇から覗き込むと小倉行キハ47が見えた
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留置線にはキハ47(147?)の2連。構内は広いがあまり活用されてなさそう
田川後藤寺→金田:404 10:20発 314D 「金田」
同じ列車に乗り込み。金田に戻る。乗客は上りも下りも同じくらい。輸送密度はこんなものなのか、日曜日だし雨なのでこんなものなのか・・・・・・
金田→行橋:412 10:35発 2223D 「行橋」 田川伊田から2422D
さっき直方に行った412だ
<田川伊田>
ここまでは複線の重軌条。乗降も多いかと思いきや、そんなことはない。本日二度目の日田彦山線との逢瀬
ここでも日田彦山線列車と離合し、ローカルなわりには列車は走っている感じが窺える
田川伊田からは田川線。田川伊田から上伊田の手前までは日田彦山線と線路を共有している。この辺りが国鉄線引継ぎの名残かな
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近年まで重たい貨物列車の運行があった複線重軌条の伊田線に比べて、貨物の廃止も早かった田川線に入って目に見えて線路が貧弱になった
<内田〜赤>
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コンクリート舗装された国鉄油須原線路盤がよってくる。路盤跡には赤村トロッコ油須原線の610mm軌道が見える
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赤駅までこのトロッコ線路は続く
国鉄油須原線は1922年(大正11年)にその計画が公布された鉄道路線である。漆生線と田川線を結び、筑豊の石炭を苅田港まで運ぶ短絡線として敷設が開始された。紆余曲折を経て、上山田線、漆生線として西側は日田彦山線豊前川崎までが1966年に開業したが、東側の油須原線区間は1970年に赤字必至とされ工事が中断された。筑豊炭田の石炭産出量が減少し、炭鉱も閉山が相次いだことで、油須原線を敷設しても輸送量が見込めなくなったとのことであった
その後、苅田町に設置される日産自動車九州工場への筑豊地区からの通勤需要が見込めること、近隣へ関係会社の誘致が始まることから、工事の再開が地元から陳情され予算が組まれたが、最終的にこれらをもってしても輸送密度が開業させることへの判断水準に満たずさらに中断。これをもって永久に油須原線に国鉄列車が走ることは無くなった
しかしながら、鉄道輸送に耐えうる路盤や隧道はほぼ完成しており、線路を敷けば運行できることから、地元では保存鉄道としての活用や一時期は軌道自転車を使用しての体験運転なども行われたが、トンネル内路盤を水路として活用するに当たり路盤のかさ上げが行われた結果、鉄道車両の運行が困難になってしまい、保存鉄道案も頓挫してしまった。現在では、車両が小型でも運行できる610mm軌間のトロッコ線路を敷設しての運転に切り替えて行われている
<油須原>
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立派な木造駅舎が残る油須原駅。明治28年豊州鉄道の手によって開業された際の当時の駅舎である
油須原線はここを基点として暫く田川線を走行し、現在の赤駅付近で分岐して豊前川崎に向かう予定であった。伊田線、糸田線沿線に比べると人口は希薄で、やはりここに新たに鉄道を作っても旅客営業だけでは持たなかっただろうな・・・・・・と思う
<東犀川三四郎>
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このあたりは変な名前の駅名が多い
夏目漱石の「三四郎」にちなんだ駅名。三四郎がこの周辺、京都郡の出身という設定からきている
<行橋>
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行橋に到着。平成筑豊全線完乗(門司港レトロ含む)
これで福岡県に残る未乗線区は皿倉山ケーブルだけになった。難易度高い・・・・・・
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遅れていたソニック22号
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筑豊ホームからJRホームへの連絡改札もあるが、一旦高架下へ降りて、JRの窓口に立ち寄ってから再度構内に
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臨時の築城基地航空祭号。列車によって発着駅はばらばらで、小倉辺りから中津辺りまでの駅で折返し運転してる。今度の電車は小波瀬西工大前行
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クハ411−224。415系の4連が何本か運用されていた
行橋→博多:クロハ884−8 11:49発 3024M 特急ソニック24「博多」 1号車2A グリーン車指定席
中津に行ってお城でも見ようかと思っていたが、雨で断念したために随分早い列車に変更した。指定席は満席だって言われたが、奇跡的にグリーン席が一席空いており、そこを確保
<博多>
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乗車したクロハ884−8
友人からの頼まれ物。スタバのご当地カードをKITTE博多内の店舗に購入しに行き、地下鉄で博多を後にする
博多→東比恵:1536 13:13発 「福岡空港」
<東比恵>
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時間があるのでプチ下車。下車駅稼ぎ。次の電車で福岡空港へ
東比恵→福岡空港:1508 13:23発 「福岡空港」
市営地下鉄の電車ばかりだな
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最後の最後に見たのもまた303だよ・・・・・・
<福岡空港>
工事中なので動線が良くない。その上休日なので混んでいる。土産物買って早めに検査場通過
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とんこつラーメン炒飯セットで遅めの昼食
時間まで飛行機ウォッチング
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6月に休止し、10月末から運行再開したばかりの吉祥航空A320。上海浦東に飛ぶ
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エアコミューターのサーブ340。JA8689。代替機はATR42になったそうなので、ちょっとでも撮影しておかないと。西日本にこないと見れないし
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フジドリームのJA05FJ。エンブラは福岡で良く見られる
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ほらね、J−AIRのエンブラ。JA219J
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JA604A。スターウォーズやってきた
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B737−500。JA8504。少しずつ数を減らしている。あまり乗ったことがないタイプ
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ジェットスターのA320。JA07JJ。むかし、成田から福岡へ飛んだときの機材
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スターフライヤーも福岡便増えたね。JA05MC
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05MCを待たせてもう1機スターフライヤー到着
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IBEXのCRJ−700NG、JA12RJ。6月に登録されたばかりの一番新しい機材
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チャイナイースタンのB737−800、B-1537は白くてやる気のない塗装。どこかの会社からの移籍かと思ったが、もうずっとこの塗装みたいだ
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同じくチャイナイースタンのA321は正規の塗装。この差はなんなんだ?経費削減??
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搭乗する機体が羽田から到着した。B787−9、JA833A
福岡→東京・羽田:NH260 16:20発 JA833A B787−9 40G
帰りも通路側。2度目の787−9。前回とは異なり833A。−9は増えているが、国内線は2機だけで一向に増えない。今後、さらにストレッチ形の−10が入ってくるが、そうしたらこの2機も国際線機材かなぁ?
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雨の羽田空港に無事到着
了