東瀬戸内紀の国周遊紀行
本年、08年締めとなる旅行でござい・・・
・・・・・・最後?
2008/12/2
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直接関係無いけど、新宿駅で見かけたので行き掛けの駄賃に一つ。山梨DCステッカー付きの183系
では、改めて中央特快で東京駅へ移動
珍しく東京駅から新幹線でスタート。去就が注目されるのぞみ、12時半発ののぞみ29号には500系が充当される
東京→岡山:527−14 12:30発 のぞみ29号「博多」 15号車1E 指定席喫煙車
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12時13分博多からの「のぞみ」9号到着。折り返し、30分発の29号となる。先頭は522−7。本日の29号充当はW7編成である
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発車案内と500系の特徴的なノーズ部分を入れて・・・
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列車愛称と行き先だけが表示され、その後上下2分割され号数停車駅が流れる
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こんなに胴体が丸い鉄道車両は500系だけだろう
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ただいま清掃準備中。中途半端に開いたドア。ドアは内側から押し付けられるプラグドア。これで車内の気密性を高めている
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12時30分、定刻に博多へ向けて出発。併走する209系を追い越して加速してゆく・・・
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品川発車後、駅弁オープン。腹減った〜。今日は「焼肉」
小田原過ぎた辺りから日が差してきた。天気は急速に回復方向に。西日本はすでに好天だというし。出だしは上々。
さて、東海道区間を走る500系のぞみだが、現在上下2往復が設定されているに過ぎない。東京からは朝と昼の二本だけという形だ。すでにN700への置き換えは本格化しており、2009年度中には東海道区間での運用が終了しそうである。16連9本が増備された500系だが、5編成を8両化し、すでに昨日(12月1日)から山陽区間のこだま運用に就いている。残る4編成のうち、3編成は16両のまま当面はのぞみ運用に残るが、それも時間の問題である。東海道区間を走る500系に・・・いや、300キロ運転をする500系に乗ることが出来る猶予はもうあと僅かしか残されていない・・・
<三島〜新富士>
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富士山見えないなぁ〜。前線は通過したが、まだ雲が多い
<新富士〜静岡>
あ!!見えた見えた。てっぺんだけ〜
<浜松〜豊橋>
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浜名湖〜うなぎ〜
<岡山>
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西日に包まれる岡山に到着。思えば、初めて500系に乗ったのもこの岡山からだった。また乗ることが出来るだろうか?
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余裕があるようで、余り無く・・・うろつく暇は無かったので、乗車ホームから撮れるものだけ。クハ212−105
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発車待ちをする南風17号。2003以下3連
岡山→阿波池田:2206 16:05発 47D 特急「南風」17号 「宿毛」 2号車6A 指定席禁煙車
真ん中の2号車。前半分が指定席で、後ろ半分が自由席。先頭が「キロハ」なので、グリーンが半室。指定席が半分ずつ1両分。自由席が1両半という陣容。
16時5分。定刻に発車。伯備線特急やくも19号と同時発車。構内でクロスして、瀬戸内からそれぞれに外洋に面した地方へと向かう。
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日没間際に本四備讃連絡橋に突入・・・素直に瀬戸大橋と言えば良いのにw
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絶好のタイミングで瀬戸内海を越える。
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おーーーう。まさにトワイライトエクスプレスだよ!!(違
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夕陽を横目に四国に上陸
<宇多津>
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四国上陸最初の停車駅、宇多津に到着。併合作業のため7分停車。プチ下車
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貫通扉を開けて、併結準備。
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高松からの「しまんと」7号が入線。2000Nの2連だ。連結掛員の赤旗めがけて最徐行で進入してくる
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10メートルほど手前で一旦停止し、しまんと側も併結準備を行う
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微速前進。まもなく連結〜
連結が終るとあわただしく出発準備。5両編成となった「南風17号・しまんと7号」はさらに南へと下る。ちなみに、しまんと7号は高知までの連結である
<多度津>
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発車直後、観音寺方の側線に留置されるキハ58、もしくは28を発見。10月15日をもって、四国ではキハ58系列全ての定期運行を終了している。この車両たちも近い将来廃車されてしまう運命だろう
<金蔵寺〜善通寺>
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いよいよ光量は少なくなり、特急列車は夜の帳が降り始めた讃岐平野の南端を快走する
<坪尻>
スイッチバック駅で有名な坪尻。特急は当然のようにホームへは入らず、本線を減速もせずに駆け抜ける。いつかは訪れて見たい駅の一つだ
<箸蔵>
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列車行き違いのため、3分停車。当然ながら乗降扱い駅ではないのでドアは開かない。運転停車である
<阿波池田>
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岡山から1時間半、阿波池田に到着。「阿波」の名の通りここは徳島県。讃岐と土佐を結ぶ土讃線も、この辺りだけ徳島の末端を掠めてゆく
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高知行4271Dのキハ32 15。後ろは反対方向へと出発する4254D琴平行キハ32。キハ32ばかり・・・
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広い構内。だが列車は気動車化され、かつ短編成化された為、長いホームも持て余し気味
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発車待ちをする1509以下2連の徳島行476D。これに乗車
阿波池田→穴吹:1509 18:06発 476D普通「徳島」
通学の学生たちが多数。本線級だったのに、ここも典型的なローカル線だ。そういや、JR四国が増備を進める新型気動車1500系はこれが初乗り
そこらの電車よりも出だしが良いねぇ
<穴吹>
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45分ほど走って、沿線の中核、穴吹に到着。途中下車
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島式ホーム一本。構内踏切を渡って駅舎へと。降りた乗客たちは三々五々夜の街へと散ってゆく
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穴吹駅舎。穴吹は徳島県美馬市脇町の玄関駅。駅前通をまっすぐ、吉野川を越えると脇町へと通ずる。脇町は「うだつ」の町並みが残る。ここまで来たので、うだつも上がるかなぁ・・・
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穴吹で16分も停車する阿波池田行き473D。1500増えたなぁ・・・
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側線には1254以下の2連が留まる。穴吹は徳島方面への折り返し駅で、ここで約半数の列車が徳島方へと折り返す。ゆえに構内側線には運用の都合で留置となる車両も多い
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折り返し4012Dとなる剣山11号が到着した。キハ185の3連
○ 穴吹→徳島:キハ185−21 19:28発 4012D 特急「剣山」12号「徳島」 1号車15A 自由席禁煙車
キハ185の3連。JR四国のキハ185は初めて〜
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一番前に乗ったよ。あんまり良く見えないけどねwww
大体、そもそもは476Dに阿波池田から乗りとおしたって、特急よりも16分も早く徳島に着くのに。わざわざ途中の穴吹で降りて、しかも30分も待ってから特急に余分に金払って乗るとか、正気の沙汰ではないよね
それでもさ、キハ185に乗りたかったのよ。剣山に乗りたかったのよ・・・できれば阿波池田から乗りたかったなぁ・・・
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穴吹から37分。割かし、景気良くすっ飛ばして徳島に到着
今日は徳島泊。駅前通を眉山ロープウェイ方面へと辿る
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てるよやってるよ!!・・・他意はない
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ちょっと・・・これが県庁所在地駅の駅前通ですよ?まだ20時回ったばかりですよ?人気の無さ・・・商店は軒並み閉まってるし・・・
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新町川にかかる橋を渡り、本日の宿へと〜
12/3
さすがに12月にもなると、徳島も朝晩は冷えるとみえる・・・それでもやはり凌ぎ易い
さて、徳島に来たわけで、今日は鳴門か、高松か?高松良く行くしなぁ・・・。それとも、南下して室戸岬経由の高知か?高知も良いなぁ・・・
圧倒的大多数の予想を裏切るのが大好きですwww
○ 徳島駅前→空港口:徳島バス 7:25発 「鳴門・岡崎海岸」
空港連絡バスではなく、空港の側を通るだけの路線バス。連絡バスだともっと遅い時間になる。「空港口通りますか?」って初老の運転手さんに聞いたら、「連絡バス乗り遅れたの?」と返ってきた。20分前に連絡バスがあったのは知っているが、元々コレに乗るつもりだった。旧道を通るから渋滞で時間掛かるといわれたが、飛行機までは時間あるから大丈夫と言って一番前の席に座る。
乗客は私だけ。運転手さんとおしゃべりしながら徳島駅前を発車。
途中、公園前バス停から小学生の一群が乗車し、一つ先の大学前でみんな降りていった。
「あれ、市バスの定期なんだよね・・・」
と、運転手さんが呟く。会社では共通乗車を認めているが、幾ら乗せても現場では稼ぎにならないし、とボヤていた。
渋滞して逃げ道が無いものの、意外とすんなり吉野川を越え、まもなく旧吉野川である今切川を越える。遠くに堰が見え、その向こうの川面は一面濃緑色だった。以前、ニュースでやっていた旧吉野川で異常繁殖した水草はここだったか・・・
異常繁殖したのはウォーターレタスことボタンウキクサやホテイアオイで、シジミ量に大打撃を与えているようだ。2008年度は前年度に比較して2割程度の収穫しかなかったと言われている。
バスは概ね時間通りに空港口のバス停に到着。「口」というくらいだから空港からは離れているが、何年か前に空港からバス停まで歩いたことがあるので、位置関係は熟知している。
5分ほど歩いて徳島空港へと到着。
さっそく搭乗便のチェックインを行う。進行方向左の窓側を無事に確保。
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チェックインすると、こんなチケットを差し出された。どうやらμスカイの特別車にロハで乗れるらしい。予想だにしなかったプレゼントで嬉しい限り。空港利用促進協議会・・・不況の昨今、地方空港は路線維持が厳しいといわれているが、徳島も苦戦しているのだろうか?
X線検査場がある2Fへあがると、検査場は学生の長い列。かつ、後から後からエスカであがってくる。修学旅行か・・・。ちょうど東京行きがあるし、あれに乗るんだなぁ・・・まぁ、関係ない。なんせうちの乗る飛行機はあんなにたくさん乗れへんもんwww
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朝食がまだなので、時間に余裕もあるしラウンジの喫茶で朝食。藍サマー!!
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モーニングセットをいただきました〜♪
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食事して一服の後、見学デッキへあがる
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乗るべきシップは今しがた到着したばかりのようだ。乗客を吐き出し始めた
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オランダ・フォッカー社製の傑作ターボプロップ機、F27の流れを汲む、F50。これが本日のメインテーマであるとも言える。これに乗るために、わざわざ徳島に一泊したのだ
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隣には東京行のJAL、A300−600R・JA8529が駐まる。修学旅行生の一群はコレに乗るのだろう。というか、コレにしか乗りようがないんだってば!!
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↑これには50人しか乗れないんだってば!!
ひとしきり、撮るもの撮ったし、検査場もひと段落したようなので、ゲートへと
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ひぎゃー・・・床に座り込む学生集団と、それを見つめる一般搭乗客たち。多くの視線が学生に注がれているのが解る。心境はこうだ
(・・・・・・あれと一緒に乗るのかよ・・・・・・)
ハジャーン
まぁ、こちらは関係ないない
少々早めにゲートオープン。ちらほらと立ち上がるスーツ姿の方々とゲートをくぐる
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ボーディングブリッジはつけられないので、駐機場を歩いて飛行機へと向かう。飛行機を間近に見ながらの搭乗ってのは良いよねぇ。視界に入る程度の大きさってのも良い。B747とかB777なんて、ゲートから筒の中を通って、気付けば機内だから、飛行機に「乗った」っていう感じがしないよね?
徳島→中部国際:JA01NV F27mark50 NH1816 9:30発 15A
通称、「F50」とか「フォッカー50」と言っているが、正式には「フォッカーF27 mark50」である。形式的にはF27フレンドシップなのである。
機体は2002年に導入された「同社としては」一番新しい機体。括弧書きしたのは理由があり、すでに導入時に製造メーカーのフォッカー社は倒産しており、中古機材を導入したからなのね。
シップはぽつぽつと乗客をを飲み込み。9時半発にも関わらず、18分にはドアクローズ。乗客は8人!!50人乗りの機体に対して8人である。名古屋からの乗客はもっと多かったから、朝の流れは名古屋→徳島で、夕方が逆転するのだろう。
20分にエンジンスタートし、21分にはスポットアウト。実は、件のJAL東京行1434便の出発時刻が同じ9:30。あっちは修学旅行生の収容で遅延が予測されるし、定刻でもプッシュバックに出遅れると制限受けちゃうのでさっさと出発したのでしょう
28分に西に向かってテイクオフ。海自のエプロンを眼下に見て、すぐさま左旋回。高度を稼ぎつつ、紀伊水道上空へ
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紀伊半島が見え始めてきた。雲もないし、高度4000メートル程度なので視界は良好。熱心に外見てたらCAさんが翼の王国持ってきてくれた。ルートマップを開いて手渡してくれる。一発でバレたな
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後部に座っているので少し引いて撮ると、こんな感じに機体が写りこむ。エンジン後縁のカウルと翼端。高翼機なので視界を妨げるものが少ないのが良い所。
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引き続き紀伊半島。
コーヒー呑んで、CAさんと雑談。CAさんも乗客8人じゃ暇なんだwww
「この飛行機も来月までなんですよ〜」
「あれ?年度末じゃ・・・」
「少し早まりまして・・・」
とか、飛行機マニアモロバレだしwww
「プロペラ機の絵葉書って珍しいでしょ」
とか言いながら、ダッシュエイトとかF50の載ってる絵葉書いただきました。ありがとうございました〜
9時55分にはベルトサイン点灯。一段と降下を始め、10時5分にタッチダウン。スポットへ
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最後に機内を一枚。レザーシートの中部〜成田線開設時に導入された機体。現在、12月のスケジュールでは中部〜徳島に1往復と、中部〜仙台に1往復だけが設定されている。優先的にこの機体が使用されているのだろうか?中部にはもう一機がグランドされていた・・・
2009年1月退役では、おそらく、これが国内で乗れる最後のチャンスだろう。比較的新しい機体なので、暫く安泰かと思っていたが、思いのほか早くに転機は訪れてしまったようだ。2回目にして最後のフライトになってしまったけど、世界のどこかで飛び続けることを願って・・・
またどこかで出会えると良いね。
バスで到着ラウンジへ。取り急ぎ、名鉄の駅へ赴きμチケットを手配。取って返して空港へ。
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一時の観光ブームも落ち着いたのかな?とか思いきや、よくよく考えれば平日の午前中なんだな・・・
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なんつうか、多国籍というか、無国籍なショップエリアを抜けて、見学デッキへ
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ウッドテラス調のデッキ。フェンスはワイヤーなので撮影しやすい
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時間的に国際線の発着が活発でないようで、あまり真新しいものがいない。エアマイクのB737−800がミール登載中
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となりにはルフトのA340−300。やっぱり340はスマートで良いよねぇ
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機首アップで
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到着したダッシュ8Q400。中部でも多数が見られるようになった
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国内線ターミナル全景。中小型機が多い。国内線ではB777以上の大型機は殆ど見られない
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A320がプッシュバックを開始した
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右へ曲げてお終いかと思いきや、さらに左に曲げて奥まで持っていった。そうゆう出発方式なのだろうけど、歩かされるほうはたまったもんじゃないね
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ANKのB737−700、JA06ANを撮ったところで時間切れ撤退
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中部国際空港駅へと戻ってきた
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2番3番線には、μスカイ2000ベースの汎用特急車2204(左)と大田川行普通の3509が停まる
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3500発車後に2204をもう一枚。特別車が空港よりの2両のみで、名古屋方の4両は3ドアセミクロスの一般車。6連だが、こちらのほうが使い勝手が良い様に思える
中部国際空港→名鉄名古屋:2052 10:50発 快速特急「新岐阜」 2号車9A
ミュースカイ初乗り。空港線も常滑線も初乗り〜。大江から南の名鉄各線は乗ったことが無いのである
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ミュースカイ凄いな。デッキドア上のモニターに前面展望放映するんだ!120キロ運転するし!!
<聚楽園>
北方の電留線に7000が留まってた。やはり日中は留置か・・・
<金山>
ここにも7000留置。勝負は夕方・・・だな
<名鉄名古屋>
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乗ってきたミュースカイ、空港方の2002
名鉄名古屋から近鉄名古屋へ。名古屋駅も勝手知ったるなんとやら・・・
<近鉄名古屋>
名阪連絡のスナックカーが停まっていたので乗っちまうか?とか思ったが、隣の桑名までだし・・・。停まってた急行がL/Cカーだったのでこっちでいいや・・・と
名古屋→近鉄富田:2811 11:41発 急行「松阪」
2800は乗ったことあるが、L/Cカー改造のグループは始めてかな?
<近鉄富田>
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富田まで乗車した2811。良く見ると運転台窓下にL/Cカーのステッカーが貼ってある
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近鉄富田で客待ち中の805。元西武の701系。3連化にあたって、写真の805は制御電動車化されている。車番でもわかるが、三岐でも西武方式を導入しているため、電動車は3桁。付随車は頭に1がつく4桁となる
近鉄富田→保々:クモハ805 12:13発 普通「西藤原」
久々に西武の701に乗った。久々にFS342の音聞いたな〜とか思いきや、実質DT21なので103系と同じだね・・・
三岐鉄道に乗るのも久しぶり。全線一度乗っているので、今回は途中まで
<保々>
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電車区、工場があり三岐鉄道の運転上の中枢駅。かつては富田からここまでの区間便が設定されていたが、利便性向上によって殆どの列車が西藤原まで延長運転されるようになった
以前にも降りたことがある(上記の区間便に乗ったため)が今回は車庫の方も見てみようというわけ
駅前ロータリーを左手へと進んでゆくと、職員の宿舎が見えてくる。その隣がすぐに工場でなにやら軒先に部品がたくさん転がっているのが楽しい
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スノープラウ。一つは電機用、一つは電車用だろうか?形態が異なっているのが解る
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綺麗に積み重ねられたパンタグラフ。畳まれているのでパンタの形式は解らないね。右奥に見えるのは乗務員室扉のような・・・
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クーラーのキセ。見慣れた西武電車のクーラーだ
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工場の建屋は2棟あり、その中間にはトラバーサーが設置されている。地方私鉄にこんな立派なトラバーサーがあるのは珍しい?
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工場内には整備中の車両が。貫通路扉の形状から、新車の751系と見受けられる。本日は編成を解かれて庫内で整備中のようだ
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庫に半分突っ込んだ形で留置される元西武701系。台車がFS372であるところを見ると、クモハ851のようだ
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クモハ851を別角度で
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手前には廃車輪の山・・・いや、もしかして使えるのかな?でも良く見たら、手前のスポーク車輪は線路に乗ってすらいないじゃん
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車輪だけではなく、台車枠の付いたままの物も。動力台車のようだが・・・・・・恐らくブリルか・・・正面から撮っておきゃ良かったといまさら後悔。ガードレール邪魔なんだもんよ
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そして目当ての607F。ものの情報によると、そこに留置されている場合は一日運用に就かないんなんだそうで・・・
三岐唯一の非冷房釣り掛け車。国内で最後に残った西武赤電一族。また乗りたかったなぁ・・・
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クハ1608。独特なユニット窓ももはやこの車輛だけに・・・
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側線には751系と同時に送られてきた部品取り用の101N系が留まる。TcとMの2両が西武から譲渡された。クハ1238とモハ238で、良く見ればすでにクハには電連が付いていない
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車番は残っているが、車紋のプレートは取り外されている
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機関車と連結されたままで留置されていた。ドア横に号車をあらわすステッカーが貼られている事から、秩父鉄道乗り入れ用の編成とわかる
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連結部分のアップ。101系は中間車も密着連結器。対して、機関車はナックルタイプの自動連結器。そのままでは連結できないので、ご覧の通り間にアダプターを挟んで連結している
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機関車側から編成を見る
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カマはED455。1957年東洋電機製で富山地鉄で使われた後に三岐に移ってきた。有峰ダムのセメント輸送用に富山地鉄に籍を置いただけで、地鉄での運用終了後は三岐で使用されることが前提で設計、製造がされていた
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富田方の踏み切りより、車庫全景。ED455、851、601、101と三岐の代表的な車輛群が一望できる
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607を少しアップで。遠くてこの位が限界。となりの101との形状的違いもわかろうかと
踏み切りで101の富田行き列車を撮影してから保々駅へと戻る。切符買って「うわ〜常備券だ〜硬券だ〜」とかやってると踏み切りが鳴り出した。
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慌てて構内に入り撮ったのが、ED458以下重連の貨物。機関車は重連だが、牽いている貨車も2両だけ。火力発電所のフライアッシュ輸送貨物だ
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ホームから留置車輛を1枚。後ろ2両が全面広告車になっている・・・・・・ん?
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マイメロちゃん!!
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交換の西藤原行クモハ101
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昼下がりの車内は閑散。クモハ803の車内。先に乗った805はシートも西武時代のままのこげ茶色のモケットだったが、こちらは濃紺のものに換装されている
○ 保々→近鉄富田:クモハ803 13:09発 普通「近鉄富田」
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近鉄富田に到着した803。塗装が違うだけで一番西武らしさを残している系列かと・・・
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富田からはさらに南下、急行の5161Fにて
近鉄富田→近鉄四日市:5162 13:29発 急行「伊勢中川」
<近鉄四日市>
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到着した隣のホームには白塚行普通列車の2446が待避中
階段を降りて、地下道通過、湯の山線ホームへと回る
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停車中の電車は3連の2105Fだった
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三岳寺の折鶴伝説にあやかっているようで
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最後尾は2010。2000系は10100系ビスタカーの主電動機を流用して登場した、名古屋線旧型車置き換え用の形式。車体は2800と同様で面白味はない
近鉄四日市→湯の山温泉:2010 13:43発 普通「湯の山温泉」
<伊勢川島>
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交換待ち。プチ下車
<菰野>
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「こもの」と読む。別段特殊な読み方ではないと思うが、常用の漢字かというとそうでもないような・・・
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本線の横には折り返し用のホームもある。線路の踏面がさび付いており、しばらく使用されていないようだ
湯の山線はワンマン運転。当然、無人駅もあり運賃収受を車内で行う必要も出てくる。そうなると、必要なのは運賃箱なのだが・・・
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ちっさ!!
<湯の山温泉>
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湯の山温泉に到着した2105F。湯の山線乗車で残るは鈴鹿線のみ。見えてきた。近鉄完乗も見えてきたよぉ・・・でも生駒の鋼索線乗ってないけど。養老鉄道と伊賀鉄道も・・・
窓口で特急券購入して、同じ列車で四日市へと戻る
湯の山温泉→近鉄四日市:2009 14:16発 普通「近鉄四日市」
近鉄四日市→近鉄名古屋:12350 14:47発 特急「近鉄名古屋」 1号車35番 喫煙車
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名古屋に到着した12350。スナックカーにも乗れたし、満足満足
近鉄から再び名鉄へ。時間に余裕が出来たので熱田にでも行こうかと
名鉄名古屋→神宮前:5802 15:23発 普通「豊明」
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神宮前まで乗車した5802。2編成しかない6連組成のうちの1本。5700がくれば「当たり」だと思う前も横も良く見える
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大分薄暗くなってきたが、駅至近の熱田神宮へ。あんまりごちゃごちゃかまってられないので、横から進入
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木漏れ陽が夕陽を投影する、まっしろい参道を進む
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右へまっすぐ行けば本宮だな。よし、本宮だけ見に行こう。本宮行けば巫女さんいるべ(!)
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写真奥は第二鳥居
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紅葉ももう終わりの時期だけど、椛が良いねぇ
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本宮に到着。お参りお参り。
祭神は「熱田大神」であり、御神体は草薙の剣。そもそも「熱田の大神」は草薙の剣の神霊で有るとされるが、その一方で草薙の剣を御神体とする「天照大神」が祭神であるとする説もある。さらに「熱田の大神」は「日本武尊」であるとする説も有る。
相殿には天照大神、素盞鳴尊、日本武尊、宮簀媛命、建稲種命が奉られている。
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工事中だし・・・。もともと本宮は「尾張造」という独自のものだったが、三種の神器を奉ると言うことで、伊勢神宮等と同格の社格にされると共に、神明造にて造営されている。
戦災で焼失した本宮は、その後昭和30年には伊勢神宮の式年遷宮で不要になった用材を用いて造営されたと言う
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よし、巫女さん拝んだ。撤収!!
再び神宮前駅。時刻は16時少し前・・・マニアどもが集まり始めてきたな・・・。運用も公開されてるしな
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↑つまりコレに乗ったwww
× 神宮前→本笠寺:7044 16:00発 普通「豊明」
パノラマカー久々〜♪後ろ向きだけど、最前部確保。見ているとあちこちで撮影しているね。この昭和の名車もまもなく(12月26日)引退予定。いま、まさに最後の活躍を続けている
<本笠寺>
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本笠寺まで10分ほどのミニトリップ。今日は取り敢えずこれで〜・・・とか思って反対側のホーム見ると、向こうにも入線してきてるじゃんwww
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しかも白帯復元の7011Fだし。ラッキー!!写真は岐阜方の7012
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豊橋方先頭の7011。先の7044とは行き先表示機の形状も違う
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前頭部形状を見る。運転台への出入りは側面のはしごを使用する
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7011の車内から7043を見る
本笠寺→栄生:7011 16:14 普通「犬山」
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栄生までパノラマカーに乗って、名古屋に戻る
栄生→名鉄名古屋:5304 16:49 普通「東岡崎」
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名古屋まで乗車した5304。5000系、5200系の走行機器を流用し、5700の車体と組み合わせて登場した5300系も、未更新車を中心に廃車が始まる模様だ
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日も暮れたし、今日の活動はここまで。本日は名古屋泊まり
12/4
健康的な時間に起床w
名古屋→栄:5312 8:44発 「藤が丘」
助役とか一杯ホームに立ってるから、やな予感してたんだ・・・案の定、超ラッシュ・・・・・・orz
名古屋に来てまでラッシュの餌食に・・・むきゅ〜・・・・・・
混んでたのは隣の伏見までだった。ちなみに、名古屋で最初、女性専用車に乗り込んだのはナイショだ。どうにも空いてると思ったんだよなぁ。名古屋市交は編成真ん中に設定しているんだな〜
<栄町>
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あ、いきなり来たわwww6750の一次車。朝から良い引きだ!!
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名鉄の電車は切り抜きプレートに独特の書体で味があるよね。こだわりが良いんだ
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6751の車内、前部。車内は6000なんかと大差ないレベル。冷房も載ってるし、接遇は高性能車と比べても遜色は無い。走行性能も、ダイヤや走行曲線が比較的緩い瀬戸線ならカルダン車との差は少ない。だからコレだけ多くの釣り掛け車が残っているともいえるところだが・・・
保守に手間が掛かることには変わりない。経済的で見れば最新のV車には到底及ばない。先日から新車の4000系が運用を開始した。真っ先に運用離脱するのがこの6751Fではないかと噂されていたが、どっこい生きている・・・これが何を意味するのか・・・
しかし、近い将来。それも極々近い将来だ。間違いなく、この電車は瀬戸線から居なくなる。その前に、少しでも多くの記録をいろいろな形で残しておきたい。この電車が、大手私鉄に残った唯一の本線運転が出来る釣り掛け駆動の電車だからだ
○ 栄町→喜多山:6751 9:10発 急行「尾張瀬戸」
一番前に立って釣り掛けサウンド堪能
<喜多山>
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瀬戸線自体は夏に全線乗っているし、撮影ポイントも決めているので、とりあえず喜多山で下車
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栄町方の留置線にて待機する6031以下の4連。踏切から撮影
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喜多山は2面3線のホームを持つ。ただし、南側の1線(写真の一番右側)は喜多山は始終着も列車のみが使用するようだ。写真中央の線路後ろ側に行くと、一個上の写真の留置線
構内に戻る。喜多山は全ての設備が地上設備で、構内踏切を渡って栄町方面ホームへと赴く。なお、この構内踏切は列車の接近と連動して自動で開閉するものではなく、列車が来るたびに掛員が操作して開閉させるそうだ
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3番線ホームである。有効超は18m車で1.5両分程度しかない。当然、18m車4連の瀬戸線は全列車がこのホームには入りきらない。よって、3番線使用の列車は1両目のみ扉扱いをし、他は締切るのだと言う。かつては4両全車扉を開けており、「ホームの無い部分があるので近寄らないでください」という旨の看板を掲出していたそうだ。恐ろしいwww
そもそも、何ゆえこんな中途半端なホームがあるのかといえば、喜多山にはそもそも検車区、工場があり、この3番線が検車区への入出庫線を兼ねていた。そのため、4両分のホームを確保することが出来ず、やむを得ず短いまま使用していたというわけだ。さらに言えば、600Vから1500Vへ昇圧されるまでは、15m級の小型車が2連で運用されており、当時は現在の長さのホームでも十分運用が出来たのである
なお、検車区は2007年6月に尾張旭駅隣接のものに切り替えられたため、喜多山の施設は閉鎖された。それでも、乗務区がある関係とそれまでの経緯に伴って、喜多山発着の列車が設定され続けている
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3番線ホーム端から、旧喜多山検車区跡を臨む。ゼブラの囲いがある辺りに検修庫があったが、閉鎖後1年を経過した現在は完全に取り壊されている。かろうじて残る線路と、広い敷地部分に往年の面影は残る
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6023。尾張瀬戸行
喜多山→矢田:6026 9:35発 普通「栄町」
6750に乗りたいところだが、移動するだけなので6000でも・・・
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矢田まで乗車した6026
撮影ポイントまで歩く。そんなに遠くは無いはず。10分も歩けば着くんじゃね?というわけで・・・
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住宅地に突如出現した「その他の危険」マーク。有名なのに、実際見かけることは少ない。しかも正式名称を知っている人もあんまりいない
「その他の危険」です。「その他の危険」大事な事なので二回言いました。「ビックリマーク」じゃないよ
で、大概その標識のしたに「何が」危険なのかも一緒に書いてあるはずだ。この場合は「行き止まり」・・・実際には「ヨタハチ」なら行けるな・・・という感じだった。歩行者自転車は問題ない。昨今のでかい軽自動車は疑問だが、まぁ概ね軽自動車なら通過できるだろう。物理的に「行き止まり」、つまり「袋小路」ではなかった。ここにベンツとかで突っ込んで行く馬鹿はいないだろうと思うが・・・いや、どうだろうねwww
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やってきました矢田川鉄橋。6000で2〜3発練習すっかな?とか思ってたら、いきなり6750来るし
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次は6600
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もいっちょ、6753F
小一時間河原で撮影。ここは小牧のアプローチラインにも近いようで、撮影の合間に飛行機ウォッチングも出来る。C−130Hが多いが、F−2やT−400も降りていった。自衛隊機の合間にJ−AirのCRJも混じる
少な目に見えるが、動画撮ったり、眼レフで撮ったりしているので・・・
矢田駅に戻ってきた
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栄町行普通列車の6602。これには乗らずに6750来るまで待つ・・・
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ク6652の台車FS16。名鉄でもこの編成、4両にしか存在しない台車
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新車、4001。最終的には瀬戸線はこの系列で統一する方向だという
矢田→大曽根:6032 11:08発 普通「栄町」
30分くらい待ったけど、6750来ないので6000で大曽根へ。各駅停車しか来ないので分が悪い
<大曽根>
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大曽根まで乗車した6032。上りでも下りでも良いので、6750が来るまで待つ
○ 大曽根→小幡:6757 11:24発 普通「尾張旭」
やっと来た。2次車だわ
<小幡>
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前面展望動画撮ってたら、小幡に着いた瞬間バッテリーが落ちた。よって、6757の写真がない・・・orz
小幡→栄町:6751 11:41発 準急「栄町」
また来た一次車。今日は引きが良いwww
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朝と同じ構図、同じ電車だけど・・・6751
栄→金山:2626 11:49 「名城線・左回り」
<金山>
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金山まで乗車した2626。名古屋の地下鉄網も着々と整備されつつある。その割には都心部の一部しか乗ったこと無いので、今度まとめて片付けちゃおうかな・・・
金山からはJRで、ただし乗車券を持っていないので、作ってもらうために窓口へ。みどりの窓口はとても混んでいたので、すぐとなりのJR東海ツアーズの窓口へ。こちらも乗車券発券できるのに、一人が依頼してるだけだった。この差はなんなのかね?
で、発券。真っ先に出てきたのが「2260円」とかすさまじく安いものだったので、まず券面確認。最短経路ではないものの、申告した経路とは別。すぐに訂正してもらう。次、なんとなくそれっぽい物が出てきたが、一緒に経路確認していると一部疑問が残る区間が
「・・・京橋?」
「・・・・・・あ、そこは西九条まわりで作ってもらえます」
三度目の正直で「名古屋市内→近江八幡」の切符完成。ちなみに経路は「関西・河原田・津・紀勢・阪和・大阪環・東海」。え?東京帰るんじゃないのかって?そんな当たり前のことするわけ無いでしょう。紀伊半島だよ紀伊半島!!
○ 金山→名古屋:クハ310−11 12:20発 153F 普通「岐阜」
<名古屋>
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名古屋に到着したクハ310−11以下4連。久々に311系乗った気がする
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EF66 29牽引のコンテナ車。更新車だ
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1031Dワイドビューひだ11号のキロ85−1。4時間掛けて富山まで走る。結構、いい距離だよなぁ・・・
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2928D快速みえ8号として到着のキハ75−202
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あ、案内が出始めたね
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回送されてきたキハ85−5。3005Dワイドビュー南紀5号に充当される
○ 名古屋→新宮:キハ85−5 13:06発 3005D特急ワイドビュー南紀5号「紀伊勝浦」 1号車1A 指定席喫煙車
一番前乗っちゃうんだぜ♪
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まずは腹ごしらえだね。名古屋みそかつ弁当で
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名古屋しゅっぱーつ
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新幹線高架をくぐり、近鉄と併走。名古屋運転所の脇を通り越して、加速!!
<富田浜〜四日市>
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コスモ石油専用線でタンク車の入れ換えに精を出す、日通のスイッチャー
<四日市>
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四日市駅脇の貨物側線で入れ替え中のDD51 1028号機。愛知機関区所属のカマでA更新実施車
DE10とかDD51があっちこっちで動いてる。貨物が活発なのは嬉しい限り
<河原田>
ここから伊勢鉄道。もちろん初乗り。複線で高規格路盤。さすが優等街道だ!!
<多気>
運転士さん交代
<川添〜三瀬谷>
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紅葉の回廊を進む
<阿曽〜伊勢柏崎>
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奥伊勢の谷間。僅かな平地を縫うように進んでゆく
<梅ヶ谷〜紀伊長島>
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梅ヶ谷を通過。荷坂峠、荷坂トンネルに突入する。ここが伊勢と紀伊の国境。この先は紀伊の国となる
<紀伊長島〜三野瀬>
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港の脇を駆け抜ける
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長い直線の先に海が広がっていた・・・
<相賀〜尾鷲>
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外海も見え始めてきた
<大曽根浦〜九鬼>
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紀伊半島もリアス式海岸。入り組んだ入り江の断続。紀勢本線は岬の中央部をトンネルで抜け、入り江の最奥にある港町を繋いで走る
<有井〜神志山>
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熊野市を過ぎると地形はだいぶ穏やかになり直線も増えてくる
<鵜殿〜新宮>
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熊野川を長い鉄橋で渡ると、まもなく新宮に到着
<新宮>
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新宮に到着したワイドビュー南紀5号。新宮に来るのも久し振り。なんと11年振り。走る車両は大変革だが、駅の佇まいは変わっていない
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紀伊田辺行き2342Mクモハ105−30。体質改善30N工事施工車。165系は永くは無いと思っていたが、いつのまにか岡山や奈良から転属してきた105系が主力になっていた。3時間以上の長距離にロングシート2連は中々きついものがある・・・。現在、紀伊田辺〜新宮間の普通列車はほぼ全てがこの105系で運行され、周参見以西で辛うじて113系の運用が残る程度。せっかく風光明媚な区間を走るんだから、クロスシート車の投入を検討していただきたいものだ
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やっぱり南国なんだなぁ・・・と思う。だって暖かいもの
一旦、ホテルに入り荷解き。改めて出直すことに。幾ら暖かくても季節は冬。日没は早い。それほど時間的猶予は無い
新宮市内に残る廃線跡を辿って、ちょっと海でも見に行ってみようと思う
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新宮駅から分岐する廃線跡。左が構内からの分岐。右写真が振り返ったところ。以前来たときはまだ線路敷きが残っていたが、現在は完全に生活道路となっている
大正2年に新宮鉄道として開業した時には、現在の紀勢本線とは異なり、新宮から大きく南へ海側へと迂回していた。現在の紀勢本線が海沿いに出る地点で旧線は合流していた
昭和13年には現在線に切り替えられ、旧線は使用停止されたが、途中の熊野地駅までの貨物輸送は昭和57年まで継続された
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新宮駅から左へ緩くカーブした線路は一旦直線になり、さらに右へ大きくカーブしていた。カーブの途中が熊野地駅で、写真の辺り一帯が旧駅構内だろう。現在は建物が多く建ち、その痕跡はまったくない。ちなみに、以前来たときは更地で造成中。片隅には撤去された枕木が転がっていた
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線路跡は車道から別れ、小川を渡って正面の墓地の中へ突っ込む。墓地へは入れないので、迂回して写真正面奥の宅地群のあたりへ
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正面の空き地が線路敷きと思われる。奥が熊野地駅方向。昭和57年に廃止になるまではこの辺りまで引き上げ線が延びていた。良く見ると、墓地が曲線の線路跡に沿って設置されている
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墓地を過ぎると長い直線の道路となって、現在線に合流するまで続く。廃止が戦前なので今まで以上に痕跡は無い。道路は現在の紀勢本線をオーバークロスするため、陸橋となっている
陸橋を渡り紀勢本線の北側へ。陸橋は架け替え工事中でアクセスルートが制限されていた閉口した。そのまま海側へ出ておけばよかった
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正面右手の木立のあたりが合流点。半世紀以上経っているので痕跡を見つけるのは無理がある
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旧線合流地点から三輪崎方面を望む
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線路を渡って海岸へ。夕暮れの熊野灘
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王子ヶ浜は海ガメの産卵地。山中に延びる熊野古道もこの辺りは海岸線を辿っていたようだ
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夕闇迫る王子ヶ浜。紀伊田辺行き普通列車が過ぎる
完全に闇に閉ざされると海岸べりは歩くのもままならないため、急ぎ脱出する。街灯のある区間まで辿りつく頃には真っ暗になっていた。そのまま宿には戻らずに新宮駅へと
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客待ちしていたクモハ105−516に乗り込む
新宮→紀伊佐野:クモハ105−516 17:47発 2344M 普通「紀伊勝浦」
夕方のラッシュとは無縁。まばらな乗客を乗せて2両連結のワンマン電車は細道を行く。三輪崎に停まり、二駅目が紀伊佐野
<紀伊佐野>
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紀伊佐野で降りたのは3人だけ・・・
11年前の春も、このくらいの時間帯にちょっと来て見た。だから今回もそれと同じように・・・
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電車はまもなく闇の中へと消えていった
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構内踏み切りごしに駅舎を見る。煌々と灯りが燈っているが、無人駅なので人気はない
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しばらく列車も来ないのでホームで待つ人も居ない
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これ書いてる最中、裏づけ調査でWikiを見ていてふと気付いた。Wikiでは駅舎壁面に壁画が描いてあって云々〜・・・そうだったっけ?そんな華やかな感じの記憶が全く無い。で、写真見返してみたらやっぱり白い壁面。消されちゃったのかねぇ・・・まぁ、こんなローカルな小駅、そうしょっちゅう取材には来ないだろうしね
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出札窓口はつぶされている。簡易券売機がおいてあり、近距離の切符は買えるので、ちょっと新宮に・・・という方には問題ない。そもそも、この駅の一日平均利用客は325人。往復でこの数なので、まぁ実質150人くらいだろう。そんなにいないとも思うけどね・・・
次の列車は30分後・・・ボケーっとするには丁度良い時間だ
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踏切が間延びしたような感じなのは、手前にもう一本構内側線があった名残。かつては紀伊佐野から南へ専用線が延びていて、ここで貨物の受け渡しをしていたのだ。11年前来たときはまだ線路も残っていたような・・・
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駅の南には住宅が広がっているが、北側は遠くに国道が走る以外畑と荒野だけ。踏み切りも闇に沈む
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轟音と共にオーシャンアロー36号が通過。辺りが眩い光に包まれる。だが、それも一瞬。辺りはまた闇と静寂に包まれる
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24時間300円!!しかも駅前駐車場で!!・・・だけど、絶対払わないで使っているよね?この回収箱があるだけで、駐車スペースは白い枠があるだけ、ゲートがあったり、バーが付いてたり、そんな無粋なものは皆無なのです。だいたい、どのくらいの頻度で回収に来るのかも疑問だ
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暖かいとはいえ冬であることには変わりない。なんとなく薄ら寒くなってきたので、ホットコーヒーで一服。構内踏切の階段に腰掛けてぼんやりとホームを眺める。11年前を回顧しながら・・・ああ、165系こないかなぁ・・・
紀伊佐野→新宮:クモハ105−516 18:34発 2337M 普通「新宮」
さっきの列車の折り返し。なので必然、同じハコに・・・
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そういえば、と思って後ろに回ってみると、やっぱりTcはクハ103−1000番台改造車。常磐線・地下鉄千代田線という重通勤路線から、奈良線、和歌山線を経て、海沿いの紀勢線でのんびりと余生を送ることになるとは・・・このクハ105−5も数奇な運命を辿っている車両だな
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宿に戻り、新宮駅電留線に入庫する381系を眺めて一杯。今日も実り多い一日ですた
12/5
あ〜予報通りの天気か・・・どこまでかわせるか??
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早朝、出庫準備をする紀勢本線特急群。オーシャンアローの283系、くろしお用381系。381系は国鉄特急色はもとより、赤とオレンジ帯のスーパーくろしお登場時のカラーも消滅したようだ
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今日はバスで移動。新宮駅前のバスターミナルへ
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あれかなぁ・・・
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おや!?土砂崩壊とな。まぁ、運行してれば少しの遅れくらい・・・
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バスが発車・・・・・・・ぽつんと・・・・・・・・
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放置プレイですか!?車止め
○ 新宮駅→本宮大社前 7:05発 熊野交通 「本宮大社」
熊野本宮方面への始発バス。乗客は私一人・・・始発から1時間余り乗降なし。本宮に近付いて一人乗ってきたけど、それ以上増えることなく、そのお客も終点よりも手前で下車
途中、件の土砂崩壊があって迂回。本来ならバイパス状に出来た長いトンネルには入らず、トンネル手前から右へ折れて旧道にはいるのだが、旧道への入り口付近が大規模崩落。完全に路盤を押し流して下を流れる熊野川まで土砂が達している。簡単には復旧はきかないだろう
バスは本来通らない東敷屋トンネル、二ツ石トンネルを通過し、二ツ石トンネル出口で転回し、旧道を逆戻り。旧道上にバス停が2つあるので「一応」見ていかなければならないそうだ。「一応」って言葉には、どうせ客はいないんだけど・・・という意味を含んでいるwww
バスは川湯温泉、渡瀬温泉、湯の峰温泉と本宮町の温泉場を一つ一つ経由して本宮町の中心部へ
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新宮駅から1時間20分余り。熊野本宮大社に到着。現在、降雨はない。今のうちに〜
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冬だというのに青々と茂った熊野杉。白い幟が延々と続く参道は中々異様であり、威容
ゆっくりいろいろと見たいところだが、天候悪化が予想されるので、見るべきものを素早く手短に・・・階段を上り本宮へと
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本宮御由緒書き
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熊野坐神社から熊野本宮への変遷。平安期から明治期までは間違いなく「熊野坐神社」だったわけか
熊野坐とは、本社の祀る家都美御子大神(けつみみこのおおかみ)、これの別名が「熊野坐大神」であることに由来する
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今回の主目的である八咫烏・・・↑これ読めば解るかね?熊野三党、「3」の現す意味・・・
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この奥が上四社で主祭神の家都美御子大神をはじめ、速玉之男神、熊野牟須美大神、天照大神が祀られている。なお、これより先は撮影禁止。なので社殿は撮影不可。事前に許可を得れば撮影できるらしいけどね
上四社という言葉どおり、四つの社からなる。ただし、第一殿と第二殿は想殿(一つの建物)となっており、また門の正面に第三殿、その右に第四殿とおかれている。左手にあるのが第一、第二殿という按配
第一殿に熊野牟須美神、事解之男神
第二殿に速玉之男神、伊邪那岐大神
第三殿に家津美御子大神
第四殿に天照皇大神、をそれぞれ祀る
門を入った正面が第一殿ではないのは、第一殿に祀る熊野牟須美神が「熊野三山」の主祭神であるのに対して、第三殿の「家津美御子大神」がこの「本宮大社」の主祭神であるから
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上四社の手前南にあるのが拝殿。この後ろが上四社の中の第一、第二殿という位置関係
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幟はやっぱり八咫烏。石柱もやっぱり八咫烏
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酒も当然八咫烏。どこかで見たことあるねwww
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では降り始め・・・いやさ、観光客の一団が二つ、三つと上がってきて、上では浸れなくなったというか・・・
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小さい幟がたくさん。ちっさwww
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あんまり紅葉している木がないんだよ。落葉樹が全然ないからね
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参道脇で椛を発見。紅いねぇ
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碧と紅のコントラストが良いね〜♪
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熊野古道?熊野古道・・・らしいっす
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杉が繁茂しすぎているので印象がちょっと・・・だけど、圧縮していじれば、スタッフロールの背景になる・・・かな?おそらく、ここじゃないかと思うんだけど・・・地霊殿
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本宮大社前バス停に。雨が激しく降りだした。雷鳴轟き豪雨の様相
○ 本宮大社前→新宮駅 10:00発 明光バス 特急・熊野古道スーパーエクスプレス「新宮駅」
観光バスタイプ。ハイデッカーの車両で、温泉街を通らないので50分余りで新宮駅まで走る。白浜から熊野観光の周遊を目的としたバスなので混んでるかな?とか思いきや、この雨だし殆ど乗客はなし。快適な車内でのんびりと新宮まで戻る。ところどころで自動放送の熊野、和歌山の観光案内が入るので退屈しないね
さて、予定の列車は13時過ぎ。暫く時間があるので駅周辺でいくつか史跡を回っておこうと思う。幸い、雨も小康状態になってきた
秦の時代、不死の薬を求めて東に向けて船出した人物・・・それが徐福である。徐福は日本のどこかに漂着し、その後、日本国内で死没したとされる。どこに上陸し、どこで果てたのか、国内には多くの「徐福伝説」が残っている。大まかに2200年前の御話。縄文時代から弥生時代にかけての伝説なので、今日でも解明されていない部分が多くある。
上陸地点だけでも九州や若狭、熊野と全く関連性のない別個の土地に伝説が残っている。その中でも今回は和歌山県の新宮市を訪ねてみた
キーワードとして「徐福」という名前が残る史跡が新宮の市街地に集中しているので探訪もしやすいかと思う
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正式な地名にまで「徐福」の文字が残る。そもそも新宮駅の住所が和歌山県新宮市徐福・・・
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徐福の隣の町名は「蓬莱」・・・。これも正式な地名だ。凄いな新宮www
さて、新宮駅を出ると、駅前ロータリー、世界遺産熊野古道へと誘うバスターミナル越しに、およそ日本の小都市には似つかわしくない中国風の楼門が見える
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それが、徐福公園である。駅から徒歩5分と掛からないので、ちょっと行ってくるってな感じで訪れることが出来よう
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楼門をくぐると木立を中心に配した小公園の趣。人気が無いのはなにも雨だから・・・というわけでもないだろう。実は、11年前にも来ているのだが、そのときも人気は無かった
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まず目についたのが徐福像。2200年前の人物だし、当然写真なんてものはないので、当時の標準的な服装であくまで抽象的にあらわした物だろう
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像の背後には「不老の池」。不老不死を求めた徐福だもんねぇ
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・・・・・・あ、触れなかった・・・・・・・orz
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徐福の墓である。上陸した徐福はここで不老長寿の秘薬を見つけ、やがてここで果てたということか・・・。徐福公園はこの墓所の回りに1994年に造営されたものである。
新宮市における徐福伝説は上陸から没入まですべてこの地で完結しているようだ。
さて、次に公園を後にし、上陸の地へと向かおう。公園からは徒歩10分程度だ。
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熊野灘に注ぐ熊野川。その河口付近に上陸の地がある。2200年も前のことだし、その頃はここが河口だったのかもしれないね。
いまでは碑があるだけで、それとわかるものは他には何も無い
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上陸地点から川沿いに北を見ると、小高い山・・・というか丘がある。これが「蓬莱山」であるとされている。いささか作為的なものを感じるが、伝説なんてそんなもの・・・
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蓬莱山の麓には「阿須賀神社」が鎮座している。こちらにも少々、徐福関連の史跡が残されている
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参道の先に阿須賀神社本殿。その背後に聳えるのが蓬莱山である。
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本殿の右横に「徐福之宮」がある。徐福は秦を出るときに「五穀」や各種農耕の技術等を携えて来たとされている。この新宮市に限らず、その上陸の地や伝説の残る地では徐福によってその地が開墾され、豊かになったとされ、後世まで広く祀られることとなる。それが新宮市における「徐福之宮」という形で残っている所以かと
ところで、実は、デジカメのバッテリーが落ちたので写真撮れていないという・・・orz
駅のコインロッカーにバッテリー全部置いてきちゃって、朝から熊野本宮とか撮りづくめだったので、ここへ来てバッテリーが悲鳴を上げたくさい・・・
この後、駅へ戻るまで騙し騙し使っていたのだった・・・
駅に戻ると・・・
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ちょ!おまwww
なにあれ、運転休止って!?聞いてみるに
「大雨の影響で、新宮〜串本間が運休になります」
「え?だって、指定券持って・・・」
「恐れ入りますが、17分発の串本行きで串本まで行って・・・」
ハジャーン・・・・・・・・・・・・・・・・・・orz
窓口で指定券の変更と220円差額返金を受けてから構内へ。ゆっくり車内で駅弁でも喰うつもりだったのに、どう考えても車内で喰える気がしないので、取敢えず駅ソバで腹を満たす
通学の学生がわらわら集まってきたが、きっと2両だろうなぁ・・・とか思っていると案の定、奥の105系が出庫してきた。これは楽しめないな・・・
新宮→串本:クモハ105−30 12:17発 2332M 普通「串本」
<宇久井>
50分遅れのくろしお1号と交換。オーシャンアローのスジで走ってる
<紀伊勝浦>
なんだかまったく説明のないまま、13分遅れて発車。わけわからんわ
<串本>
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串本に到着した2332Mクモハ105−30
遅れて到着したので余裕が無いかと思いきや、それでもやるべきことはやる
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新宮方先頭車、1号車のクロ283−502
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京都方先頭車、6号車のクハ282−1。多客時にはこの前に3両増結するので、正面貫通構造になっている
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オーシャンアローとくろしおが並ぶ
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スーパーくろしお9号のクハ381−502。オーシャンアローはこれと交換して発車という按配か
串本→京都:クハ282−1 13:45発 72M 特急オーシャンアロー22号「京都」 6号車8A 指定席喫煙車
<江住〜見老津>
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枯木灘を眺めて快走する。天気が良ければ風光明媚で良い所なんだけどねぇ
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あんまり駅弁ないんですよぉ・・・と車販のお姉さんが言うので、いなり寿しだけ購入
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これでもしっかり「駅弁」である。通常、御坊駅で販売している
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箱の裏にはこんな歌が・・・
ところで、「子安いなり寿し」の子安は安産祈願の子安神社に由来する。その子安神社は「湯川子安神社」と言い、御坊駅のすぐ側に鎮座している
こちらの子安神社もやはり主祭神は木花咲耶姫命だそうだ・・・思いがけずに咲夜さんwww
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いただきまぁ〜す
<紀伊田辺>
ここまで来て、やっと113系とめぐり合う。まだ阪和カラーのヤツ走ってるんだねぇ・・・新色との混結だったけどね
<南部〜岩代>
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雲から差し込む陽光が海面を銀色に染める
<御坊>
紀州鉄道の気動車は居らず・・・
<紀伊由良〜広川ビーチ>
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山の上でブンブン回ってる風力発電の風車。広川明神山風力発電所というそうだ。4日前にF50から見ていて、ちょいと気になってた
<藤並>
有田鉄道の廃線跡は遊歩道になっていた
<海南>
高架駅になっている。野上の跡は良く解らない
<紀伊中の島〜六十谷>
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紀ノ川を渡る
日も暮れてきた。和歌山で若干乗車があり、天王寺で殆ど下車。天王寺から貨物線を経由し、新大阪へ。新大阪で車内は二人だけに
<京都>
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串本から3時間半かけて暮れなずむ京都に到着
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山陰線ホーム31番線で発車を待つ特急きのさき5号のクハ183−701
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クハ183−701もう一枚
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北近畿ビッグXネットワーク。こっそり、はまかぜも入ってるのねwww
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結局、4ヶ月連続で京都に来てるやつ・・・・・・
京都→四条:3303 17:30発 「国際会館」
烏丸→河原町:9303 17:42発 通勤特急「河原町」
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快速急行3309以下の8連。烏丸にて
<河原町>
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河原町まで乗車の9303
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椛ヘッドマーク付き。もみもみ〜
通いなれた道のごとく、鴨川を渡って、四条へ
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中之島行き快速急行は3005
○ 祇園四条→三条:2614 18:16発 準急「出町柳」
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三条まで乗車の2614。オリジナルにもっとも近い形か?
三条通りを東に歩いて数分。本日の宿、東山三条ホテルに
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鍵が凄いぜ!!
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本日は快晴なり〜!!
まずは地下鉄で・・・
三条京阪→蹴上:5417 9:13発 「六地蔵」
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蹴上発電所を見る。手前は三条通で、写真正面付近に京津線の蹴上電停があった。ここから電車に乗ったのも今は昔・・・か
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同じ地点、山科側を見る。ここからは連続上り勾配で、電車はモーターを唸らせて登ってゆく
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三条通を渡ると琵琶湖疎水のインクラインが見えてくる
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低くなった石垣からインクラインの路盤へと這い上がる。路盤跡は遊歩道化されているものの、ほぼ往時のまま残されている
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さすがに結構な斜度がある。ご覧のような超広軌の複線路線
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直線を上り下りするだけなので、台車に回転機構は盛り込まれていないようだ。かつ、車輪は両フランジでレールを両方から支持する方法
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石畳がかえって歩きづらいとも・・・取敢えず、上りましょう
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インクラインから蹴上発電所を望む。余りにも有名なこのレンガ造りの建物は、発電所としては第二期の建物となる
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坂の頂上より下を望む。ひたすら直線である
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頂上には船を載せたままの台車が保存されていた。このインクラインは琵琶湖疎水を行き来する船を京都市街地へ下ろす役目を担って開設された
それにしても街中にこれだけの産業遺構が残されているのは京都だからといって過言ではないだろう。京都は古刹だけでなく、近代遺構にも優しい街なのだ
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というわけで、インクラインの解説をば・・・
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船を載せるだけあって台車も細長い
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疎水とインクラインの合流点
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まだ真っ赤な椛に間に合った。インクラインと紅葉
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疎水の一部。陸上交通の発達により水運は無くなったが、疎水そのものは活きている。上下水道、消防水利、水力発電と広域に利用されている
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まだまだ見れるねぇ
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疎水脇をたらたらと歩いて行き止まりまでやってきた
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行き止まりは水路閣の袂であった
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南禅寺境内。水路閣。久々にやってきた
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しばらく
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疎水の風景を
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お楽しみください
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もう、紅葉もお終いだなぁ・・・
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水路閣を満喫したので南禅寺境内を辞す。ん?ああ、お寺はあんまり興味ないんだ(爆
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蹴上駅へ行くにはインクライン下を潜り抜ける。先ほど、中々良さそうな造詣の通路だなぁ・・・とか思っていたのだが・・・
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ぎゃおー!!!「ねじりまんぽ」だぁーーーーっ!!
とことん楽しませてくれるな、疎水インクライン
ちなみに、「ねじりまんぽ」とは写真でもわかるとおり、捻る様に煉瓦を敷き詰めてゆく工法。交点が斜めであるために、煉瓦が偶然的に斜めに積まれているように見える、と誤解されている方も多い。あながち間違いでもないが、正解でもない。正確には、交差部分の軸力をアーチ全体に伝達(要は上から掛かる力を橋の全体に均等に割り振る)するために、敢えて捻って煉瓦を積んでゆく工法である
この工法が施工されている物件としては、えちぜん鉄道の三国港駅構外に掛かる陸橋を古くから知っていたが、調べたところによると全国に29箇所あるらしい。そのうちの一箇所以外は全て鉄道橋で、その除外された一箇所がこの琵琶湖疎水インクラインなのだそうだ
なお、「ねじりまんぽ」そのものは正式名称ではなく、関西地方で主に使われる俗称。煉瓦工法での正式名称は「斜架拱」や「斜拱渠」とされる。そもそも、なぜ関西での俗称が全国的な通称になっているのかといえば、この工法を用いた物件はその大半が西日本。特に関西地区に多いのである
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なんて書いてあると思う?「奇」は簡単に読めるね。左は「想」かな?右二つは・・・
正解は「雄觀奇想」・・・そもそもね右から読むんだってさwww
○ 蹴上→太秦天神川:5117 10:13発 「太秦天神川」
<烏丸御池〜二条城前>
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意外と良く見える〜
京都市役所からは太秦天神川まで新規開業区間。もちろん初乗り
<天神川>
地下鉄はこの先伸ばせるような、伸ばせないような終わり方。広い見方をすれば、六地蔵までぐるっと環状線化出来なくもない・・・
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真新しい地下鉄駅を出ると、目の前に嵐電の天神川駅がある
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地下鉄延伸で新規開業した嵐電天神川。路面区間だが屋根付きの低床ホームが設置される
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四条大宮行625単行がやってきた。釣り掛けだ。良い音してるな〜
○ 嵐電天神川→車折神社:2002 10:30発 「嵐山」
2両連結で後ろはゆかりちゃんだ
<車折>
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「くるまざき」と読む。知らなきゃ読めないよね
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駅の南には由来となった車折神社が鎮座する。椛が良い感じよ
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ひとしきり紅葉を堪能してから参道へ
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なかなか良い感じですね〜♪
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参道から枝分かれして幾つかの摂社がある。先が開けてきたな?境内かな??
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御由緒書き。祭神は清原頼業。だーいすきな日本神道の八百万の神様じゃないけど・・・
清原頼業は平安時代末期の儒学者だそうで、清原氏中興の祖。そんなわけで学問の神様なんだね。興味ない分野ってほんといい加減ねwww
学業以外にも、良縁とか厄除け、商売繁盛に御利益あるそうで・・・なんでもありなのねw
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まだ見れるねぇ・・・紅いねぇ
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朱塗りの社殿と紅葉の紅が重なる
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社殿を正面から
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まさに深紅、真紅。今年見た紅葉では一番紅いかもしれない
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やっぱり紅葉の名所なんだって
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清めの社。大地主大神様を祀る。清めの塩・・・なのかな?
ところで、コレ書いてる最中にいろいろ調べてるわけだけど、境内に「芸能神社」ってのがあったのね。ぜんっぜん気付かなかった。裏参道から入って行ったしね
芸能神社。まさに芸術、芸能に御利益があると・・・そんなことはどうでも良い。芸能人には興味ないし。まぁ、強いて言えば、自分も「絵」という表現する分野で御利益にあやかっても良いかな?とは思う。そんなことより、ここの主祭神が天鈿女命(アメノウズメノミコト)だということだ。畜生、もっと突っ込んで調べておくんだった。またいくしかないな
だって、あれでしょ?アメノウズメって、日本最古のストリッパー・・・・・・うぼぁ
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車折神社と嵐電。106
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さっき乗った編成が帰ってきた。先頭は2001「ゆかりちゃん」号
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こちらが先ほど乗った2002。さっき、写真撮れなかったしねぇ
× 車折神社→嵐山:102 10:50発 「嵐山」
旧型2連。600よりも良い音してるな〜
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102の運転台
<嵐山>
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連結相手の105
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こちらが乗ってきた102
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暫く来ないうちに足湯とか・・・別料金・・・・・・とか・・・・・・orz
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廃止された愛宕山電鉄はこのホーム柵の向こうから発着していた
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大宮方を見る。愛宕山電鉄は左側建物の辺りを発車、暫く嵐電と併走した後、北へと進路をとる。嵐山、嵯峨近辺の遺構は殆ど残っていないが、北部には衝撃的に長大隧道が通行可能な状態で残っている
詳しくは北丹三都紀行の後ろの方でwww
良く考えたら土曜日か・・・混んでるわけだ。平日でも混んでるけど・・・
観光客の大群を押しのけて、渡月橋へ
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保津川は昨日の雨のせいで少々濁っている。流量も普段より多いなぁ
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普段どおりに歩いて、阪急嵐山駅へ
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使われることのなかった幻のホーム跡に紅葉を見る
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到着の電車は2360F以下4連。一発目で未更新車が来た。良い引きだ!!
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2309+2310の2+2の4連。こいつが最後の未更新車のようだ
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2309の車内
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2309運転台周り
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一番前乗っちゃうぜ〜
○ 阪急嵐山→桂:2309 11:27発 普通「桂」
<桂>
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桂に到着した2309F。いつまでこの雄姿が見られるものか?6300系リニューアル車の投入も決定しているし
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京都線特急運用にも翳りが見え始めてきた6300系、6355F。撮るなら早めにってことか
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反対にまわって、2360を。こちらは暗いなぁ・・・
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桂から乗車した5407
× 桂→洛西口:5407 11:39発 準急「梅田」
<洛西口>
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乗ったことはあるが、降りるのは初めて
駅を出て北へ。線路から少々離れたあぜ道を西へと向かう
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ちょっとなぁ・・・
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まわりが煩い気がするの
踏み切り脇で、6300を何本か撮って撤収。またロケハンしないといかんねぇ・・・
調べてみると、この辺りは阪急とJRが意外と接近しているようだ。歩いても1キロと離れていないので、JR側にアクセスしようかと
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で、やってきたのが新規開業したばかりの桂川駅。まだまだぴっかぴか
比較的開けていて、良く見えるのか、ホームの突端ではファンが列車にカメラ向けてた・・・あ!トワイライト通過・・・この時間だったか・・・くそう、妬ましいわ
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こんな風に通過列車も撮れる。とっさに撮ったからホームが・・・・・・。67Mオーシャンアロー17号
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各駅停車なので見送り。クモハ320−12
○ 桂川→大阪:クハ222−1001 12:44発 769T 快速「網干」
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大阪に到着した769T。223系の前面展望は良いよね〜
ちょっと、ポチってから、再び阪急で
○ 梅田→南茨木:5424 14:03発 準急「河原町」
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南茨木まで乗車の5424。今回、これで阪急乗り収め
南茨木→万博記念公園:1625 14:26発 「大阪空港」
<万博記念公園>
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乗ってきた1625
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これから乗車する1612
万博記念公園→彩都西:1612 14:35発 「彩都西」
<彩都西>
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終点の彩都西は丘の上。新興住宅街の真っ只中で、まだ開発途上だ
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これでも大阪から小一時間・・・時期に開発され尽くしちゃうんだろうね
予定ではさらに二駅延伸するそうだが・・・開発の状況を踏まえて、といったところか・・・
○ 彩都西→万博記念公園:1612 14:56発 「万博記念公園」
○ 万博記念公園→大阪空港:1604 15:11発 「大阪空港」
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大阪空港に到着した1604
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夕闇迫る大阪空港で出発準備をするB777−300、JA752A
大阪伊丹→東京羽田:JA752A B777−300 18:00発 NH36 48A
そういや、客室がニュールックになってないな・・・
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京都だよ〜
ってわけで、飛行機は高空目指して上昇してゆく。東京までは僅か1時間だ