若狭近畿紀行
<2002/12/20>
今日も夜勤明けからそのまま出発だ。身支度整えて、駅へ
六郷土手→品川:816−6 4:53発 普通「品川」
始発電車品川行
品川→静岡:サハ373−12 5:29発 321M 普通「静岡」 5号車6A
早朝の下り列車だが結構乗客がいる。朝帰り勢だな
上り「ムーンライトながら」の折り返しなので貴重な特急型373系。これでタバコが吸えたらな・・・・・・
ラッシュとは逆方向で、しかも早朝深夜でなければこんな豪華な普通列車は走らせられない東海道線東京口。かつて存在した185系を使用した普通列車も消滅したし、2ドアの東海道線列車なんてのは他には名古屋地区の117系位だろうか。近畿圏ではまだ東海道本線で117系の運用残っているんだろうか?元祖湘南電車の80系か引退したのは1976年で、これも最後東京まで来ていたのは静岡運転所のグリーン車無し12両だったし、165系も静岡運転所だった。東京口の2ドア車運用には何かと静岡が絡むようだ
普段見ている東海道線の車窓も特急型となると違って見えて楽しい、しかし夜勤明けなので寝ぼけ眼だ・・・・・・
うとうとしていたら熱海も三島、沼津もすっ飛ばして駿河湾沿いを走っている
<清水〜静岡>
ラッシュ時なので頻繁に静鉄電車とすれ違う。
<草薙>
側線に停まる軌陸車はベンツ・ウニモグ
○ 静岡→金谷:クハ210−5028 8:28発 739M 普通「浜松」
この電車は興津始発。静岡に7時22分に着いて、乗ってきた26分着の電車を待ってから発車する。始発じゃない上に乗り継ぎ時間2分なので座れない。一番前に立つ
<藤枝〜六合>
上りの寝台特急さくら・はやぶさとすれ違う。東京駅にラッシュ時間を外して到着してするため、この時間ではまだこんな所を走っているのだ
金谷駅→新金谷入口:しずてつバス 9:20発
丁度いい時間に電車がないので新金谷に先回りして撮影時間を捻出する
<新金谷>
お目当ての吊り掛け電車たち、311も421も車庫に入ってる・・・・・・
新金谷→日切:21002 9:49発 普通「千頭」
元南海の21000。とりあえず来た電車で少し奥の方へ進んでみる
<日切>
途中、代官町に停まって、2つ目の日切で下車
駅の裏手には製茶工場。お茶の匂いが充満している
日切→金谷:21003 9:57発 普通「金谷」
また南海車が来た。今度はそのまま金谷まで乗る。元々、ちょっと余裕があったので立ち寄っただけで、大井川が主目的ではないので
<金谷>
北側に廃トンネルが一つ口をあけている・・・
金谷→豊橋:クハ111−201 10:21発 937M 普通「豊橋」
<磐田>
工場への引込み線跡がある
豊橋→名古屋:クモハ313−12 11:51発 2213F 新快速「大垣」
近鉄名古屋→桑名:12347 12:50発 特急「賢島」 1号車10番 喫煙車
惜しい・・・もう少しで12345だったのに・・・
<桑名>

1810系、1824。名古屋線初の高性能車1600系を高出力化した増備車1800系の更にマイナーチェンジをした形式だ
○ 桑名→富田:5152 13:12発 急行「伊勢中川」
5200系は初めて乗るね。1988年に登場した長距離急行用電車だ。それまでの長距離用クロスシートとの2600系などは4ドアで固定クロスシートだったが、長距離運用に最適な形とするため3ドアで連続窓、転換クロスシートを装備。正面形もそれまでの近鉄車デザインとは一線を隔したものとなった。大阪線、名古屋線それぞれに投入され、どちらも伊勢方面に向かう急行や快速急行に使用されている
1990年に登場したJR西日本の新快速用221系は本系列のデザインをベースに開発されており、それ以後誕生する223系などまで基幹デザインが踏襲されるなど近畿圏では最も成功したデザインの車両となった
<近鉄富田>
とりあえず、車庫のある保々まで行って運行状況を確認するかと跨線橋渡って3番線ホーム、三岐鉄道ホームに降りると

丁度よくお目当ての電車が客待ちをしている。元西武571系の607Fだ。571系では唯一の生き残りである。総武流山の元551系、1300系は2001年に引退しており、一畑電鉄の551系を両運化した60も動いているのかどうか怪しい状態なので、西武の赤電一族では現状唯一の生き残りと言って過言ではないだろう
× 近鉄富田→保々:クモハ607 13:50発 普通「保々」
種車はクモハ577。ちなみに編成組んでるクハ1608は元クハ1578。三岐は西武と同じ車番のつけ方をしており、電動車は三桁の形式に順ずるもので、付随車はそれに千の位に「1」をつけている
改造は最低限で、正面頭部にある前照灯が大形のシールドビーム2灯に更新され、足回りは吊り掛け駆動ながら西武時代のFS40ではなく、元京王帝都の1900が履いていたKBD−107に換装されている
三岐では同じ赤電一族の451系2連3本も譲渡されているが、いずれも西武の新性能車グループに置き換えられて消滅している
<大矢地>
元701と交換
<平津>
ED451+454牽引のホキと交換
<保々>

保々に到着したクハ1608
車庫のある運転の中枢駅で、半数がここで折り返すようなダイヤになっている

クモハ607。同じ路線を走っている元西武の401に似ているが、正面腰部のステンレス化粧板が無いのと、客ドア間の側窓が2個ずつのユニット窓になっていることですぐに判別がつく。最も走りだせば一目瞭然だw

ED457以下の重連が富田からのホキ車を引いて一番北側の側線に入ってきた。そのまま藤原へと走ってゆくのかと思いきや、貨物編成だけを切り離して、機関車は入換を始めた

一旦藤原方に引き上げたのち、1608の横を通って車庫へ向かってゆく

貨物列車が到着したことで富田方面への進路が開通し、閉塞も開いたので吊り掛け音奏でて近鉄富田に戻っていった

車庫には元西武401系の101系が停まる。そもそも401系も元は411系という赤電なわけだが
○ 保々→西藤原:クハ1802 14:38発 普通「西藤原」
「1802」を名乗っているけど、元701系。種車はクハ1772<大安>
発車後線路左側に見えた公園にED222が飾ってあった。凸型の古めかしい電気機関車だ
1926年に大糸線の前身、信濃鉄道がウエスティングハウスに発注した電気機関車で同線が鉄道省に買収されたのちにED222と改番された。大糸線、飯田線などで活躍し、西武多摩川線の電化試験時に貸し出されたのち、富田駅構内の入換用として三岐鉄道に貸し出された
1956年に国鉄を廃車となり、そのまま三岐鉄道に譲渡され同社のED222となった。三岐鉄道での廃車は1984年の9月のこと
<丹生川>
「39」というナンバープレートを付けた蒸気機関車が置いてある
今年の8月に、東京の昭和鉄道高校から移動してきた、1898年(明治31年)、イギリス、シャープスチュアート社製の蒸気機関車だ。東北本線の前身、日本鉄道が発注し、1906年に同線が国有化されると国鉄機となり、1922年には東武に払い下げられB4形39号機となった。1966年に引退したのちは前述の高校で大切に保管されてきたが、ここに貨物鉄道博物館を造るために展示資料となったようだ
<伊勢八田>
広いヤード、ホキやタキがたむろしている
<東藤原>
秩父鉄道カラーのデキが2両いる。西方にはセメント工場への引き込み線が右へ左へと分かれており、ここが三岐鉄道の貨物列車の発着点なのだろう
<西藤原>

終点の西藤原に到着したクハ1802。反対側のクモハ803。3両編成の為、こちら側先頭はクモハになっている。種車はモハ771で、これにクハ1771の前面を取り付けた
ここまで乗った乗客は極わずか。藤原の街の中心部はもう少し先の方にある。三岐鉄道はその名の通り、三重と岐阜を結ぶ計画で名付けられた鉄道。この先計画では関ケ原を目指したが、鈴鹿山脈に連なる山地に阻まれ計画は進まなかった。当初の免許は「三重県四日市ヨリ岐阜県関ケ原ヲ経テ滋賀県木ノ本ニ至ル鉄道」の一部であり、その三重県〜岐阜県部分を担うものとして三岐鉄道とされた
開業時の取締役がセメント会社からの出向であり、沿線に豊富な石灰石資源があることが判っていたうえでの藤原地区までの開業だったのだろう。最終的には伊吹山周辺の石灰石も四日市港まで運ぶ目論見があったのかもしれない

かつての島式ホームの1線は営業線と切り離され、102号蒸気と入れ替え機が展示されている。隣にはライブスチームのレイアウトも設置。小さな鉄道公園のようだ
この102号蒸機は三岐鉄道開業70周年事業の為、2001年7月に修繕され展示開始されたもので。大きな屋根に護られているので今でもピカピカなままだ。1931年に三岐鉄道が開業の際に新造した汽車製造製のタンク機で戦後電化されるまで貨物列車牽引に活躍した
電化後は東海道線近江長岡から出ている大阪セメントの専用線に移籍し、こちらで石灰石列車等を牽引したが、こちらも電化が完成した1956年に役目を終え引退、同社の伊吹工場内で保存されていたものを返還したものだ
○ 西藤原→東藤原:クモハ803 15:16発 普通「近鉄冨田」
本数が少なく、1本逃すと1時間待ちなので乗って来た列車で戻る
乗り潰しの効率の為、東藤原から近鉄北勢線の阿下喜まで徒歩で移動する。員弁川を挟んで三岐鉄道と近鉄北勢線は並行しており、両者の間は概ね数キロである。特に東藤原から北勢線の終点、阿下喜までは2キロ程度なので30分も歩けば着く筈
三岐の線路に沿って一旦南下。線路は土手の上で余り良くは見えない。釣り掛け音高らかに607が西藤原に向けて走っていった。どこかで員弁川を渡って対岸に行かねばならないが、どの道をチョイスすれば橋が架かっているかいまいちわからない。林の中、人も車も全然通りかからない道を抜けて、河岸段丘を降りてゆく。どこをどう通ったのかは良くわからないが、まも阿下喜の街に入り、その一角に小さな阿下喜駅を発見した
<阿下喜>
電車は出たばかりで1時間待ちである
昔は結構大きな駅だったようだ。今でこそ一面のホームに到着線と留置線があるだけだが、側線の遺構が残り、一部は線路が埋もれたままになっている

駅の北側、小川をはさんで向かいの製材所には作業用のトロッコの線路がのぞいていた
× 阿下喜→西桑名:273 16:45発 普通「西桑名」
釣り掛けだ
ナローゲージ乗るのは久々。というか、西武山口線に乗って以来じゃないか???
近鉄では762mm軌間の北勢線、内部・八王子線を特殊狭軌線と呼ぶそうだ。もっとも、近鉄はこの北勢線の経営からは手を引くことを決めており、当初は三重交通のバス転換を予定していたが、地元の反発が強く、協議の結果三岐鉄道が運営を引き継ぐ運びとなった。予定では来年には三岐鉄道北勢線に生まれ変わるので、近鉄路線であるのは後僅かである
<六石>
対向ホームの側壁だけが残っている
<麻生田>
草と林に埋もれてホームが残る。このあたりは山の上を縫って走る
<北大社>
ここで交換。車庫があり、ここからは本数も増える
<七和>
北大社行きと交換
<馬道>
終点西桑名を目前にした馬道でも交換。夕方ラッシュに入っているので本数も多くなる
桑名→名古屋:キハ75 4 17:57発 2940D 快速みえ20号「名古屋」
行きはこの辺近鉄で通ったので、帰りはJRで
名古屋→伏見:5258 18:28発 「藤が丘」
伏見→栄:5603 18:50発 「藤が丘」
吊り掛け電車に乗りたくて名鉄瀬戸線に。瀬戸線初めて乗る
栄町→大曽根:6027 19:00発 普通「尾張瀬戸」
大曽根→小幡:6704 19:16発 準急「尾張瀬戸」
瀬戸線でしか走っていない6600系だ
小幡→大曽根:6226 19:22発 普通「栄町」
吊り掛け全然走ってねぇ・・・・・・
大曽根→名古屋:クハ210−5305 19:48発 2736M 快速「名古屋」
名古屋→伏見:5671 20:27発 「藤が丘」
今日は伏見に泊まり
<12/21>
今日もあいにくのどんよりとした雨模様。まずは地下鉄で名古屋へ
伏見→名古屋:5601 7:27発 「高畑」
○ 名古屋→米原:クハ312−312 7:39発 2103F 特快「米原」
稲沢までは−312で、稲沢からは−8。大垣からは一番前になる
大垣で前の−312の2連を切り離す。切り離すなら後ろのやつにすればいいのに・・・・・・
<大垣>
臨時ガキヤは167の田町車8連。湘南色+田町色
<米原>
近江の500が見える。乗りたいが・・・・・・
米原→敦賀:モハ418−5 9:03発 139M 普通「福井」
583系近郊改造電車。元は特急型なので乗り心地は良い
<長浜〜虎姫>
交直デッドセクション。車内真っ暗に・・・・・・
<余呉>
反対側の窓曇っていて、刀根への旧線は見えない
<敦賀>

敦賀に到着した139M

先頭はクハ418−5。中間車に運転台を付けた食パン電車

側線にはクハ455−20以下の編成が停まる
10:32発の金沢行き雷鳥は485系国鉄特急色、しかも大阪方クハはボンネットタイプのクハ481−103。米原行き加越も485国鉄色。大阪行き雷鳥も国鉄色でクハはボンネット型の481−101。和倉温泉行きのしらさぎだけが新色

到着した小浜線。パノラミックウィンドウのキハ28 2510。この編成は運転所に引き上げるようだ

後は平面窓のキハ58 791

隣のホームからキハ28 2510を見る。

まもなく福井方よりキハ53 4+28 2446の2連が入線。これが今度の東舞鶴行きだな
敦賀→東舞鶴:キハ53 4 10:32発 930D 普通「東舞鶴」
オリジナル0番台のキハ53に乗るのは初めて。このキハ53という車両はキハ45系の両運転台車キハ23を2エンジン化したもので、1967年から69年にかけて暖地型0番台9両、長大編成対応の100番台2両、計11両だけが製造された少数派
広島色のキハ23がまだ残っている筈だが、片運転台のキハ45や北海道向けのキハ46、両運転台のキハ24等は消滅しており、キハ45系列としても希少な車両となっている。小浜線を担当する敦賀運転所にはキハ53 3、4、5の3両が配置されており、これが53の全数だ
この希少なキハ53も、来年3月には小浜線が電化されるのでそれでお役御免になりそうである。なんにせよ、待たずに乗れたのは僥倖だ
<美浜>
上り敦賀行きと交換。キハ58 540+28 2442の2連
<上中>
上り敦賀行きと交換。キハ58 1138+28 2346の2連
<小浜>
側線にはキハ58 412+28 2447が居た。半分くらい客が入れ替わる
すれ違う列車が全て急行型気動車で、それはそれで凄い。概ね、全国的にはキハ40ばかりの中に僅かにキハ58が交じるというのが定石なのだが
<若狭本郷>
「義経」と書いてあるSLが置いてある。花博で走行した7100形蒸気機関車「義経」号のレプリカだそうだ。7100形は北海道で活躍した蒸気機関車。アメリカのポーター製で手宮〜札幌間開業に際して導入された。それまでのイギリスや欧州製機と異なり、大形のカウキャッチャーがアメリカ製であることを主張している
沿線には○○原電、××原電という表示の看板がやけに目に付く。何かな〜?と思ったが原子力発電所のことだ。イメージの良くない「原発」とは略さないらしい。若狭周辺は原発銀座なのである
<松尾寺>
「まつのおでら」と読む。同じ京都府内の松尾大社も「まつのおたいしゃ」
舞鶴港への線路後が右へ別れてゆく。広い構内、草に埋もれて線路が残っている
<東舞鶴>
海自護衛艦のブリッジが見える
東舞鶴→福知山:クモハ112−5803 332M 普通「福知山」
113系の2連。クモハは2コパン
<西舞鶴>
舞鶴港への引込み線跡の築堤が右から寄ってくる
プチ下車。一服
北近畿タンゴ鉄道のレールバスの接続待ち
タンゴディスカバリーがいる。接続待ちのレールバスは遅れているため、こちらも三分延発
<梅迫>
115系リニューアル車と交換。転換クロスシートじゃないやつもあるんだね。
福知山→篠山口:クモハ113−3816 13:39発 2534M 普通「篠山口」
<福知山>
行き違いの下り特急北近畿遅れのため、発車は5分延
篠山口→宝塚:クモハ221−81 14:36発 2760M 丹波路快速「大阪」
<篠山口>
3分延発
<武田尾>
通過直後、武庫川沿いの旧線跡が見える。時間があれば歩いてみたいね
○ 宝塚→京橋:クハ207−130 15:31発 5470M 快速「同志社前」
<尼崎>
プチ下車。一服
京橋→鶴橋:サハ103−351 16:08発 普通「天王寺」
鶴橋→大和八木:22411 16:37発 特急「名古屋」 6号車17番 喫煙席
ACE22000系は初乗り!
<鶴橋>
初めて9000を見た。
<高安>
新アーバン、あおぞらU、ビスタEXがいた
大和八木→平端:8615 17:03発 普通「西大寺」
平端→天理:5701 17:22発 急行「天理」
LCカーの6連。急行とはいえ、天理線内は各駅停車
今日は天理泊まり
<12/22>
ホテルの裏手に道場か宿坊があったためか、夜中も灯りが点いていたし、朝もはよから読経の音がしたりと落ち着かない環境だった点は否めない
とはいえ、やっと晴れた。二日間ぐずついた天気だったからね
○ 天理→奈良:クモハ105−518 10:16発 1536S 普通「奈良」
<櫟本>
「いちのもと」と読む。普段使わない漢字だから地元の人でないとなかなか読めない
105系2連と交換。プチ下車。一服
奈良→宇治:クハ221−26 10:44発 2620M みやこ路快速「京都」
○ 京阪宇治→中書島:10051 11:30発 普通「中書島」
10000形初乗り。トップナンバー編成だ
10000系は今年の3月から4月にかけて4連3本が導入された支線区向け車両。全体的には7200系や9000系のデザインを踏襲しているが、それまでのグリーンツートンからターコイズグリーンの単色塗装になった。宇治線、交野線で運行されている
<木幡〜六地蔵>
廃線跡だろうか?橋台が見えた
<中書島>

中書島〜三条間折り返しの各停運用は数少なくなってきたかつてのテレビカー1900系だった
○ 中書島→伏見稲荷:1913 11:52発 普通「京阪三条」
現在5連7本が在籍している1900系。京都三条方と支線区での運用が多いようだ
<丹波橋>
近鉄への短絡線跡が見える。
<伏見稲荷>

中書島行の各停も1900だった。1930F
歩いて伏見稲荷大社へ

休日のためか人が多い。やっと千本鳥居を見れた。人が途切れた瞬間に鳥居を撮影
<稲荷>

奈良行普通列車の103系。ブタ鼻の新製冷房車。このタイプの103系は関西地区に多く投入されたので、関東ではあまり見かけなかった。いなかったわけではなく、中央快速や中央総武緩行、京浜東北などに投入されたが、国鉄時代に関西に転出したグループもあり、関東では主力ではなかった。関東では高運転台タイプが主力になってゆく
○ 稲荷→京都:クハ103−27 12:45発 1628M 普通「京都」
まだ二桁ナンバーの103系なんて残ってたんだね
京都→太秦:クハ111−5761 12:55発 1243M 普通「亀岡」
<梅小路>
本日の展示運転はC61のようだ
JR太秦から嵐電の帷子ノ辻まで歩く
帷子ノ辻→京福嵐山:302 13:34発 「嵐山」
吊り掛けだ♪
○ 嵐山→松尾:2303 13:52発 普通「桂」
<松尾>

松尾で並んだ2303Fと2309F
松尾では、駅から月読神社、すず虫寺、上桂へと歩く
まずは住宅街を西へ、南下して月読神社に
<月読神社>

人気のない山裾の神社。北へ400m程のところにある松尾大社の摂社で安産守護の神様である。祭神は神社の名の通り、月読尊
京都の寺社仏閣の中ではマイナーなので参拝客は皆無。他所が混んでいるときにはこうゆう所で静かに雰囲気に浸るのが良い
<鈴虫寺>
更に南に300mほど歩いて、鈴虫寺こと華厳寺へ。たったの数百メートル移動しただけなのに、混雑度が激変。ずらーーーーーっと人が並んでいるので参拝はパス
本尊は大日如来。四季を通じて鈴虫を飼育しているので鈴虫寺と呼ばれている。みんな鈴虫の鳴き声を聞きに来ている。時季外れに聞けるところは珍しいからね
鈴虫寺まで来ると、隣の上桂駅との中間地点まで来ているので、松尾に戻っても面白くないので上桂に向かって歩く

上桂〜松尾間、御成道踏切で嵐山行2354を撮影

さっきの嵐山行が戻ってくるのを待って、踏切から少し上桂寄りでもう1枚
<上桂>

乗車列車の交換待中の2309
○ 上桂→桂:2303 14:57発 普通「桂」
○ 桂→高槻市:6353 15:07発 特急「梅田」
<高槻市>

大阪市交60系。5両編成18本90両が製造されたが、後に編成組み換えで6連化を経て8連化された。新型66系が増備され、現在は1〜3と11、12の8連5本が残っている
○ 高槻市→淡路:6003 15:22発 普通「天下茶屋」
66系の増備が再開されたらしいので、先行き怪しいし、乗れて良かった
<高槻市〜富田>
5301Fとすれ違った。方向板使用車だったはずだが、更新されてた・・・・・・
<相川>
プチ下車。特急、急行のダブル追い越し
○ 淡路→梅田:3305 15:48発 普通「梅田」
梅田→西宮北口:2178 16:10発 特急「新開地」
<西宮北口>
車庫に3300の未更新車、3連がいた
西宮→宝塚:3027 16:26発 普通「宝塚」
<門戸厄神>
3009Fとすれ違う。未更新車だ
<門戸厄神〜甲東園>
車番不明だけど、未更新車とすれ違った。3019Fくさい。結構走っているな?
<仁川>
すごい人。「阪神競馬終了のため混雑しています」だってさ。今日、有馬記念??道理で混んでるわけだよ。臨時急行梅田行きなんて走ってるし
<逆瀬川>
ここでも未更新車とすれ違った
今度は今津線に撮影に来よう
<宝塚>

夕方だし、建物の中なのでちょっと撮影には厳しいな。ぎりぎり見れそうな写真の3068F。方向板使用車
○ 宝塚→梅田:8004 17:00発 急行「梅田」
<川西能勢口>
能勢電の1555、元阪急神戸線の2000系オートカーを見る
<大阪>
日本海、はくとを見た
大阪→桜島:モハ102−870 17:42発 普通「桜島」
103系の更新車、超103系
桜島→西九条:サハ103−476 17:59発 普通「天王寺」
西九条→天王寺:サハ221−23 18:07発 3440K 大和路快速「奈良・五条」
乗るのは五条行編成
天王寺→関西空港:クモハ223−7 18:34発 5177M 関空快速「関西空港」 1号車1D
<和泉府中>
まだ戸袋窓が残っている103系編成あるんだね〜
<熊取>
プチ下車。阪和ライナー退避。381系国鉄色車6連。がらがらだよ
<関西空港>
出発ロビーで全日空機の部品展示していた
B767のNLG、MLGのタイヤ。ウインドシールド、ダート10、スーパーシート等

JAL WaysのリゾッチャカラーのDC10。センターギアのついた国際線仕様機。DC−10に乗りたくてこんな時間の便にした。日本アジアなども含めて、20機導入された日本航空のDC−10だが、現時点で5機が売却済み。国内線ではB777や767−300が幅を利かせてきているので乗れる機会は少なくなっている
大阪・関西→東京・羽田:JL348 21:25発 JA8539 DC10−30 59A
21:25ぴったりにプッシュバック。59のCDEFの女性4人はデッドヘッドのCAだ。HNDへのラストフライトだもんな
JALハンガーの中にはDC10とMD11が入っていた
豊橋あたりからは雲の上。ここまではすごくきれいな夜景が見えていたのだが・・・・・・
22:28ランディング
羽田空港→京急蒲田:1644 22:54発 急行「泉岳寺」
京急蒲田→六郷土手:1279 23:08発 普通「浦賀」
了