近畿山陽四国紀行


<最初に注意>
 初期稿:2008/6/5
 写真追加、追記:2022/

<2002/7/25>

  東京→大垣:サハ373−4 2号車14A 海側窓側 快速ムーンライトながら「大垣」

 本日、ながらは満席だそうで。夏休みにも入ってきてるしね
<品川>
 臨時ガキヤは167系湘南色車。あれはあれで乗りたい気もある
<鶴見>
 EF210牽引のコキ車を併走、追い抜く
<国府津>
 鶴見で抜いたEF210貨物に抜かれた。うわぁ・・・



<7/26>

もう中京圏
<笠寺>
名古屋臨海のND55、28を見る。いわゆる一つのDD13・・・

  大垣→米原:クハ111−5483 普通「網干」

 混んでる。1両目、トイレ横のBOXを確保。まぁ、座れりゃいいやw
 混んでたりすると、やりたくなる・・・↓

  米原→京都:326−13 4号車16C 喫煙席 こだま493号 

 新幹線で快適スキップ。

  京都→四条:1613 「国際会館」
  四条烏丸→四条大宮:8882 快速急行「梅田」
○ 四条大宮→京福嵐山:モボ106 「嵐山」

 ツリカケだけど、意外と静かめ。江ノ電の1000に似てる
 早朝の京都は良いなぁ

 嵐山まで乗車したモボ106。6両製造されたモボ101の最終号車

 隣のホームにはレトロ調のモボ21形27号。製造は1994年と比較的新しいが、モボ121の機器を流用した車体更新車なので吊り掛け駆動である
 嵐電はパッと見新しい電車もたくさんあるように見えて、殆どが機器流用車なので安定して吊り掛け電車を楽しめる。他の鉄道線と異なり、路面電車みたいなものなので、性能的にも技術的にも吊り掛け駆動で十分なんだろう

 夏休みでも早朝の嵐山は人が殆どいないね。渡月橋を撮影して、向こう岸に渡る

 渡月橋から上流側を見る。そのまま、阪急嵐山へ。初めて乗換えに使ってみたが、概ねあてずっぽうに歩いてもたどり着けるもんだw
<阪急嵐山>

 停車していた電車は昨今珍しくなってきた方向幕非装備、前面方向板使用の2300だ

 桂方がトップナンバーの2301で。2302と4両編成を組む嵐山線専用車だ

○ 阪急嵐山→桂:2301 普通「桂」

 2301+2351+2302+2352の4連。2+2の4連という編成だが、中間向き合わせの運転台は撤去されているので、4両固定編成という按配だ
<松尾>
 2303Fと交換。こちらは2303+2353+2304+2354の4連
 終日2本あれば運用が足りるが、検査予備でもう1本、2309+2310の4連が在籍している。これも方向幕は非装備車だ。嵐山線封じ込めで両端駅の行き先しかないのだから、方向幕は無くても困らないよな
<桂>

 桂に到着した2301F

  桂→長岡天神:7311 特急「梅田」
  長岡天神→水無瀬:8311 急行「梅田」

<水無瀬>

 新幹線高架に沿った高架駅。急行停車駅だが、本線の小さな駅。秋子さん(KANON)の駅だwww水瀬じゃねぇってばwwwwww
 そのネタのためだけに訪れた

 河原町行急行8413F。8000シリーズもずいぶん増えたな

  水無瀬→高槻市:3309 急行「梅田」

<上牧>
 かなたにHOT7100「スーパーはくと」が見える。はえぇぇぇ
<上牧〜高槻市>
 京都行上り寝台特急「なは」とすれ違う
<高槻市>

 退避の各駅停車は2325F。他線区の2000系列がほぼ廃車されているので、京都線系統の2300も見かけたら撮影するようにしないと・・・・・・もっとも、ほぼ3300なんかと見た目変わらないんだけどね。現時点で、本線系でも2307Fが方向幕非装備で残っている

  高槻市→梅田:6350 特急「梅田」

 6350Fは6300系のトップナンバー編成だ。そこそこ乗車率が高いので、先頭車、ドア横の補助席に座る。人が立っていなければ、それなりに前が良く見える

  梅田→三宮:2086 特急「新開地」

 2000系オートカーの残党。いまは中間車に残るのみ。5006Fに組み込まれて活躍している

  三宮→姫路:モハ223−2014 新快速「姫路」

<姫路>

 姫新線佐用行はキハ40単行

  姫路→岡山:22−7005 こだま623号「広島」 6号車

 0系リニューアル車6両編成。最後尾の6号車に乗車
<岡山>

 岡山に到着したこだま623号、22−7005

 南風7号、2130

 前から後ろまでアンパンマン。2030
 2000年に登場したアンパンマン列車1号に続いて、2001年に登場したアンパンマン列車2号がこちら。2030-2230-2231-2130の4両編成を組む。この2号は土佐くろしお鉄道在籍となっている

  岡山→高松:クモハ213−9 快速マリンライナー31「高松」 3号車2A

 213系の基本番台は初めて乗車した。いよいよ瀬戸大橋。いよいよ四国
 一瞬で瀬戸大橋を駆け抜けて、初めての四国上陸。瀬戸大橋越えたら直ぐに高松っていうイメージだったのだが、意外と距離があるんやね
<坂出>
 発車直後、海へ向かってゆく廃線跡が見える。臨港線か、なにかかな?

  高松→志度:1011 普通「三本松」

 四国の東側で多数が走っている軽量ディーゼルカー。当然初めて乗る。高松からそのまま琴電に乗っても良かったのだが、移動の効率をとって、志度からアクセスすることに
 JR駅を降りて北口に。正面の駅前通りを50mほど直進すると、商家に埋もれて琴電志度駅があった

 電車はまだいないが、まもなく2両連結の600形が姿を現した

  琴電志度→瓦町:625 15:16発 「瓦町」

 志度線は旧型がたくさん走っているイメージがあったのだが、日中は基本的に元名古屋市交の600ばかりのようだ
 琴電ではひとまとめに「600」を名乗っているが、種車は東山線の250形、700形、名城線の1600、1700、1800、1900の各形である。なお、250はそのままオリジナルの前面形状で、その他は中間車の為に平妻の運転台が改造設置されている
 乗車している625−626編成は名城線の1801−1802が種車である。1999年に琴電にやってきている
<今橋>
 志度線の中枢。旧型がごろごろしている。単行車が殆どなので朝のラッシュ時に稼働するんだろうな
<瓦町>

 元京急230の27+28と初の対面。かつては琴電全線で2両編成7本が活躍した30形だが、現在残っているのはこの27−28の1編成だけである。1999年から2000年にかけて600、700形に置き換えられて消えていった

 いいなぁ〜いいなぁ〜。窓前回で待機中。夕方の増発運用に入るのかな?
 長い構内通路を進んで、琴平線、長尾線乗り場へ。現在、志度線は完全に分断されてしまっている

 さっそく長尾線電車がやってきたが、さっき乗ったのと同じ600形なので長尾行はキャンセルしよう
 とりあえず、一番距離のある琴平線に乗っておこうと思い、琴平線ホームへを降りると、向かい側のホームを325+315がツリカケ音高らかに発車していった。長尾線の方が旧型率は高そうだな

  瓦町→琴電琴平:1076 16:04発 「琴電琴平」

 やってきたのは元京急の600。もうね。見るもの全てが珍しいwww未開の地、四国!!
<仏生山>
 夢にまで見た、琴電の聖地。後でゆっくりと・・・
<琴電琴平>
 高松よりの留置線に1011がいた。かつての急行用、帝國車両製のデラックス車だ
 
 琴平に到着した1076。京急時代は正面2枚窓非貫通だったが、琴電では方向板差し替えの為に正面貫通型に改造された
 この1076はもとデハ612で1987年に琴電にやってきている

 琴平方に連結されていたのは元京王の5000系、1103だった。奇抜な「そごうカラー」が600よりも目立つね。元京王5000の1100形は1997年に2両編成4本が導入された。京王5000系としては9、10次車で最も遅くまで京王に在籍したグループだ。写真の1103は元デハ5022である。1101〜1104まで、つまりまず最初に導入された2連2本は中間電動車をベースに先頭車から切り出した先頭部分を接合する形で落成している

  琴電琴平→仏生山:1076 17:12発 「高松築港」

 同じ電車で引き返す
<仏生山>
 地方私鉄とは思えないくらい、大きくて活気のある電車区。工場もある。本線に沿って、左右両側に広がっている。一通り車庫の周りを回ってみる

 東側の奥。一般道との境目も怪しい併用軌道風留置線。一応架線が張ってあるので、電車が入ってこれるんだろうね。右手は仏生山の駅舎
 この線路がかつて塩江温泉まで伸びていた塩江温泉鉄道、後の琴電塩江線の名残だという。廃線跡は終端部の先に伸びている

 さっきホームからもちらっと見えたが、車庫側からの方がよく見える820形。飯田線の前身、豊川鉄道が導入したクハ102で、1940年に木南車輛で製造された。豊川鉄道は1943年に国鉄に買収され飯田線となったが、在籍していた車両はそのまま国鉄に引き継がれ、所謂「買収国電」と呼ばれる存在になった。かつては全国に残っていた買収国電だが、現在ではこの琴平と熊本電鉄にいる広浜鉄道、現在の可部線の前身になった電車の2例位であろう。現役で旅客営業しているのはこの820が唯一である

 築港方のTc車は810。こちらは前照灯がおでこ埋め込まれた上、2灯化されており印象が異なる

 検査修繕が終わったばかりの1053。元阪神のジェットカー5231形。中間扉が埋められ、2扉化されている。1051−1052編成が導入当初吊り掛け駆動だったのに対して、こちらは入線当初からカルダン駆動で、琴電では初の高性能車として導入された

 西側車庫の奥に留置されていた1032。電動車の1031とペアを組む、元名鉄の3700形。1969年から72年にかけて2連8本が導入された。当初は吊り掛け駆動だったが、後年一部はカルダン駆動化された。1989年以降、1080形増備に伴い、カルダン駆動化された1029〜32を残して廃車された
 この角度だと判らないが、1032は名鉄時代に自己復旧の際、高運転台化された車輛で、琴電では唯一の高運転台車である

 奥の方に押し込められた1063は元三岐鉄道のモハ130。この電車も中央扉が埋められ2扉化されている。吊り掛け駆動だが、両運転台をの強みでラッシュ時には増結運用に重宝される。でも、今日はこの位置では動かないだろうな・・・・・・

 滝宮行の1072を見送って、駅構内に戻る

 無蓋車の真ん中に運転席を付けたような貨物用のデカ1。主に工場内入換用で本線走行は出来ない

 元豊川の810をホーム側から見る。整然と並んだ側窓が綺麗

 夕方の増結運用が始まったようだ。琴平行きの1100の後ろには吊り掛け駆動両運転台の1062がぶら下がっていた。見ての通りの阪神ジェットカーで中扉を埋めて2ドア化されている。同じ形態で1061がいる。先ほどの元三岐の1063がこれの続きナンバーなのは、出自こそ違うものの、2ドア両運転台、吊り掛け駆動と性能が同一だからであろう

 最後に仏生山駅の全景を。立っているのが高松築港方面行1番線ホームで、向かい側が琴平方面行2番線ホーム。琴平方面行ホームの向こう側は行き止まりの3番線ホームで築港方面にだけ出発できる。1、2番線は4両止まれるが、3番線は有効長が短いので2両編成のみだ

  仏生山→瓦町:1051 「高松築港」

 元阪神のジェットカー。夕方ラッシュに備えて、雑多な車両群が次々と出庫してきている。琴平まで出掛けたタイミングではこのグループはまだ運用を開始していなかった
 さっき車庫で見たピカピカの1053と同じ形式を名乗っているが、側窓の構造などが異なる。種車はジェットカーの元祖5001形である

  瓦町→高松築港:1015 「高松築港」

 元三岐モハ121。琴電に来る際に吊り掛け駆動にされたが、後年台車や制御機器を新造されて再び新性能化された。元々規模の小さい私鉄なので三岐の譲渡車は多くなく、ここと近江鉄道くらいだが、近江の日車標準型電車は引退して久しい

  高松築港→瓦町:1071 「琴電琴平」

 元京急の600。乗車形式を稼ぐために短区間行ったり来たり、の割にはさっきも乗った形式

  瓦町→片原町:1062 「高松築港」

 元阪神のジェットカー。両運転台でツリカケ駆動。本日、琴電で最初で最後のツリカケ駆動車。さっき仏生山で見た琴平行が戻ってきたので乗車
  
 本日は片原町のホテルに泊まる。通されたのが和室とベットがある物凄く広い部屋でびっくりしたw


7月27日


 吊り掛け電車が来るまで定点観測。昨日乗った1076は仏生山行で入庫かな

 3000形315。後ろは600。とりあえず、こいつの戻りは少なくとも吊り掛けにありつけるということだ
 3000形は1000形と同時に製造された琴電のオリジナル電車で1000とほぼ同じ構成となっている。開業時に同時に製造されたのに形式が異なるのは1000が汽車会社、3000が日本車輛で製造という製作会社の違いからであろう。この315は5両製造された3000形の最終号車である
 現時点では志度線にいた345のみ1999年に廃車となっている
 せっかくなので琴電オリジナル電車に付いて紙面を割かせてもらおう。高松琴平電鉄の前身、琴平電鉄が1926年、栗林公園〜滝宮間の営業開始に際して準備した電車が現在の1000形と3000形で、先述の通り製造会社の違いによって附番が異なる。1000形は5両が製造されたが、他の鉄道であるような1001、1002・・・1005というような連続した番号での附番が行われず、3桁で10の位を増やしてゆくという独特な手法がとられた。トップナンバーが100、以降10ずつ加算されて110、120、130、最後が140となる。3000も同様なのだが、こちらは1の位も使用して末尾は必ず5番、315、325、335、345となるのだが、トップナンバーのみ1000と同様にキリ番の300である。当時の資料がなく、どうしてこのような附番がなされたのか今となっては解明のしようもないが、当初は3000も含めて1000形にするところ、別形式を起こしたのでややこしくなったのでは無いかと推測する。別会社製造の1000を105、115・・・と附番するところ、それぞれの製造会社にトップナンバー枠で製造を依頼してしまったのでないか・・・・・・
 さらに、この後、増備車として5000形が登場するが、こちらは制御客車、つまりモーター無しで尾灯の位置など細部が異なるので別形式でもおかしくはない。しかしながら、全体的な車体の構造等は1000形と何ら変わりはないので、これも1000に連なる番号を与えても不自然さはない。が、1000、3000ともに不揃い(ある種統一された)附番がなされたので、これもその附番方法に則ったほうが整理がつきやすいと判断されたのかもしれない。第二号車に110と115(315)を使っていたら、次は1・・・いくつ使うか?ってなるもんな
 そんな5000形は増備車ということもあり、500、510、520の3両の製造にとどまった。御多聞にもれず、今度は加藤車輛に製造を依頼したので別形式を名乗った、とも言える。5000形の登場は1000、3000の登場の2年後なので、発注もそれ程間を置かずに行われた可能性もある。で、あれば当初から附番の迷走の被害に巻き込まれていたとも考えられるね
 ともあれ、たった13両なのに3形式もあって番号の付け方が滅茶苦茶、という琴電オリジナルシリーズの電車が戦前に出揃ったというわけだ。戦後になって輸送力増強の為に国鉄から付随車の譲渡を受けた際には電動車不足からこの5000が電装され、単独で使用できるように整備された。以後、1000や3000が長尾線や志度線に転属する中で琴平線で使い続けられた
 2002年現在では、120、300、315、325、500が長尾線、345が志度線にて運用を続けられている

  片原町→瓦町:62 「平木」

 315の前にも吊り掛けがやってきた。長尾線最大編成は3両だから、増結車は必然単行運転可能な吊り掛け車になるようだ
 朝イチから吊り掛け。前2両に比べて、妙に人気が無いと思ったら、62は次の瓦町で切り離しとのこと
<瓦町>

 瓦町は駅ビルの下で暗く、撮影には適さないな。一駅だけ乗った62。元京浜電鉄の29号形電車で、琴電に来てから後年車体新造された。京浜時代の面影は全くなく、古い、というのも台枠が種車から引継ぎだからというわけだ

  瓦町→長尾:315 「長尾」

 さっきみた電車。前2両は600の2連。後ろにぶら下がる琴電オリジナル車に乗り込む。当然ツリカケだ。堪能堪能。この列車は瓦町で増結車を落とさずに長尾まで行くらしい
 途中、120+760の2連とすれ違う
<長尾>
 長尾まで乗車して琴電は全線完乗した

 有効長が短くて、3両だと正面から撮れないな
 
 315の運転台。狭いね。運転台に扉がないので、出入りは客室を経由して客用扉から行う。

 315の車内。床はさすがにリノリウム敷きになっているけど、その他は木製だったり、グリーンのモケットも目に優しい

  長尾→平木:315 「高松築港」

 600に乗っても面白くないので、同じ電車だが315で少し戻る
<平木>
 一度下車して、一本後の電車を待つ。さっきすれ違ったやつが来るはずだ。入庫とかしてなければ・・・・・・

 狙い通りだ。長尾まで行って戻ってきたやつに乗ろう。唯一残った1000形120と後ろは760だ

  平木→高松築港:760 「高松築港」

 750形760は元玉野市営の電車。さらに大本は未成線の蔵王高速鉄道が発注した電車。琴電オリジナルの100〜500に比べて一回り大柄な車体
<高松築港>

 高松築港に到着した760。山形から上山温泉、蔵王を結ぶ計画で敷設が開始された蔵王高速鉄道が、開業準備として3両発注した電車の生き残り。線路は出来なかったが、電車は出来上がり、宇野、玉野市の市営鉄道で使用された
 750形は玉野市営が電車運転を取りやめ、気動車運転に切り替える際に海を渡って琴電にやってきた。当初は非貫通だったが、琴電では方向板を交換する都合、正面に貫通扉を取り付けた。750、760、770の3両が在籍したが、760を残して他は廃車となっている。未開業の鉄道が発注した車両が竣工して他社で使用される例は他でもあるが、現在そうした例で運行が続けられている例は本車くらいであろう
 
 狭いながらも運転台がしっかり独立している。専用扉もあり、乗り降りはしやすそう。室内の意匠は他の琴電旧型車と統一されている。琴電のオリジナル車に比べて幅広の車体なので客室内も余裕があるように見える

 後ろの120。前にうだうだ書いたので省略。行程の都合上こっちは乗れなかった

 高松築港まで乗り通して、初の琴電詣で終了。名残惜しいがJR高松駅へと急ぐ。これが、今後数年にわたって展開される高松通いの記念すべき第一回となったわけだ
<高松>

 キハ58が居た!土讃線運用かな?乗りたかったな。番号は・・・・・・ちょっとわからないな。全国的に数を減らしているキハ58系列だが、四国では数は少ないものの、高徳線、予讃線、土讃線と主要線区で広い範囲に運用されている

 後ろはキハ65 41。キハ65は関東以北では見かけることがなく、乗ったことがない車種の一つ
 1800両あまり作られたキハ58に比べて、104両しか作られなかったのでそもそもがレア車種。0番台は当初四国、九州地区に配備され、わずかに製作された寒地型の500番台も長野運転所での使用は僅かで西へと転配されている

 2000系気動車が幅を利かせているが、まだ僅かに185系使用の特急列車もあるようだ。高徳線の特急うずしお

 瀬戸大橋開業と周辺電化の為に新造された121系。車体裾に絞りがないが側面デザインは211系の様。正面は205系の貫通型って感じかな。それよりは207系900番台に酷似しているか

  高松→岡山:クモハ213−4 快速マリンライナー22「岡山」 6号車1D

<岡山>

 岡山に到着したマリンライナーの213系

 福塩線カラーの105系。福山まで行かないと見れないものだと思っていたが、岡山地区ローカルにも投入されていた。列車は赤穂線周りの相生行

  岡山→和気:クモハ115−1506 11:53発 普通「和気」

 次の姫路方面、直通まで時間があるので、区間列車で途中の和気まで行ってみようと。ついでに同和片上の廃線跡でも見れるかな?と
 車両は擬似223系カラーのリニューアル車。ニセ115系w
<和気>
 同和の痕跡は殆どなかった・・・・・・orz

  和気→岡山:モハ114−1104 12:28発 普通「三原」

 姫路行を1駅戻って瀬戸で捕まえようかな〜?なんて思って岡山方面行きに乗ったら、瀬戸到着直前ですれ違うという・・・時刻表見誤ったか・・・・・・orz
 仕方ないので、そのまま岡山まで戻る。だったら、赤穂線乗ってみるか?
<岡山>
 赤穂線乗り場に行ってみると、今度の播州赤穂行きは105系の2連。しかも混んでる・・・ヤメタ

  岡山→姫路:22−1038 こだま626「新大阪」 6号車14E 喫煙車

 結局、新幹線である

 0系の未更新車。昔ながらのアイボリーに青帯
<相生>

 のぞみの通過待ち。プチ下車

 博多行のぞみ通過。300系の走行シーンとか殆ど撮影したことないな。てか、のぞみ速すぎて上手く撮れないな

 東京行のぞみに道を譲る。どうせ撮るなら0系もしっかりファインダーに入れれば良いのにね
<姫路>
 到着直前、姫路市営モノレールの廃線跡が見えた

 キハ47体質改善車と、未更新車

  姫路→加古川:クモハ221−6 13:54発 普通「米原」
  加古川→西脇市:キハ40−2090 14:40発 普通「西脇市」

 車体更新車。谷川の行のはずなんだけどなぁ・・・
<加古川〜日岡>
 高砂線の築堤が分かれてゆく。まだあるんだなぁ
 厄神までは93年の夏に乗車済み
<厄神>
 三木鉄道の気動車は富士重工製のレールバスではなくなっていた。キハ47の2連と交換。
 厄神駅北側の留置線は架線柱が立ち並び、すでに電化工事準備中
<粟生>
 神鉄1300の4連を見る。加古川行きと交換
<西脇市>
 慌しく乗換え、今度は単行だ。どうも土休日は運行が分断される模様
 加古川線の北部の拠点で、ここから先は一段と輸送力が小さくなる。かつては野村を名乗り、真北へ分岐する鍛冶屋線の始発駅であった。加古川線はそれ自体がローカル線なのにもかかわらず、厄神からの三木線、粟生からの北条線、野村からの鍛冶屋線と三本もの枝線を持つ路線だった。それぞれが加古川方面への輸送に特化した作りだったが、鍛冶屋線のみ第三セクターに継承されずに1990年に廃線となっている。輸送密度からすれば野村〜谷川間の方が小さい筈なのだが、加古川線を分断して鍛冶屋線を残すのは戸籍の管理上好ましくないのと、福知山線へのバイパス路線を兼ねているので残さざるを得なかったのだろう。代わりにバスで鍛冶屋の街まで出られる鍛冶屋線は廃線となってしまった

  西脇市→谷川:キハ40 2133 普通「谷川」

 西脇市を出ると厄神の先で右岸へ渡って以来の加古川を渡り、再び左岸へ。少しずつ平野部が狭まってくる
 日本各地にある「日本のへそ」だが、その名をそのまま冠する駅は珍しい日本へそ公園を経て黒田庄、加古川から篠山川へと遡る流域を越えると、まもなく電化の線路が左から寄ってくる
<谷川>

 谷川に到着したキハ40 2133は「きょうりゅう号」だった。西脇市ではあわただしく乗り換えたので全容は確認できなかった。
 1998年に全国公募で採用された2選がイラストされた列車で2134がせいりゅう号、この2133がきょうりゅう号として運行されている。きょうりゅう号の作者は東京都八王子市の主婦だそうだ

  谷川→篠山口:モハ116−320 普通「篠山口」

 久々に117系乗ったな〜。一部ロングに改造されている。新快速運用を221系に追われて117は福知山や湖西のローカル運用に転用されている。塗装もアイボリーにグリーンの帯に変更された

  篠山口→三田:サハ221−75 快速「大阪」

 117系を新快速運用から駆逐した221系も後継の223系に追われて周辺線区での運用が増加している。山陰本線や福知山線はこれらの転用電車で古い113系や115系を少しずつ置き換えているようだ。黄色に青帯の福知山色の113系は見かけなくなった
<三田>
 三田からは神鉄電車で神戸に出るよ

 ウッディタウン中央行の1103。乗るならこっちが良いなぁ

 目指す方向の電車は3000系。3004Fは1974年に竣工した第2編成だ。4両固定編成で全電動車である。有馬や道場、鵯越など急勾配が連続する山岳路線なので電動車比率は高くなっている

○ 三田→有馬口:3004 普通「新開地」

 一番前に座席がないので立ってかぶりつき
 神戸電鉄初乗り。三田市内で公園都市線分岐駅の横山までは複線だが、横山を過ぎると途端にローカルになる。線路は単線で継ぎ目だらけ、木製の片持ち架線柱が延々と立ち並ぶ
 沿線人口は多そうだが、電車は少ない乗客のまま南へと進む

○ 有馬口→有馬温泉:1501 普通「有馬温泉」

 せっかくなので、有馬線に乗って有馬温泉にひと風呂浴びに行く
<有馬口〜有馬温泉>
 有馬温泉手前、トンネルの直前に廃駅を発見。調べてみたら「新有馬」という駅で、実は「休止中」なのだという。ホームは片面のみで、2両編成程度の長さしかない。周囲は完全に無人地帯のようで、廃止でも全く問題ない駅かと思われる
 ただ、ある程度広い空間があるので、土地開発でマンションでも出来れば復活するのかもしれない。1975年より休止中だということだが、それ以前の1968年ごろからの交通調査でも一日乗降は「0」だったそうだ。末期の停車列車は一日上下1本ずつだけだったと言うし、予め乗務員に言っておかないと停車列車でも通過してしまったようだ
<有馬温泉>
 神戸市内から最も近い温泉場。日本三古湯の一つで、秀吉が改修整備したことから随所に「太閤○○」の名称が残る。温泉街は駅前から谷間の両側に広がっており、多くの旅館が立ち並んでいる。旅館でも日帰り入浴はできるが、専用の施設があるようなので行ってみた
 金湯、銀湯という日帰り施設があるが、今回は「銀湯」の方で入浴

○ 有馬温泉→有馬口:1502 普通「有馬口」

 先ほどの編成。行ったり来たりしているのだから当然か
<有馬口>

 有馬口に到着した1502
 1000シリーズの最終編成で1991年に3連2本が登場した。同時期に登場した公園都市線用の2000系が新デザインを採用したのに、2000系の検査予備として導入された本車は旧来のデザインを継承しているのがおもしろい

  有馬口→谷上:3012 普通「新開地」

 また3000系だった
<谷上>
 そのまま乗りとおせば良いのに、わざわざ降りて乗り換えるというね・・・

  谷上→三宮:1109 普通「西神中央」

 神戸市交の車両。新神戸まで1駅は北神急行

 本日は三宮のホテルに泊まる〜


7月28日

  三宮→御影:5139 普通「梅田」

 青胴車が来た。朝から幸先良い
<御影>

 御影まで乗った5139

○ 御影→尼崎:5022 特急「梅田」

 山陽電鉄の車両。車内は転換クロス
<尼崎>

 見かけた5009

  尼崎→西九条:5511 普通「西九条」
  西九条→新今宮:モハ103−521 「環状線」
  新今宮→羽衣:9512 急行「関西空港」
○ 羽衣→高師浜:2252 普通「高師浜」

 乗っていない支線を少しでも潰してゆこう
<高師浜>

 高師浜支線は伽羅橋を挟んでたった2駅。途中交換設備も無く、本当の一本道
 本線からさして離れていない場所への支線だが、開設当時は陸軍払い下げ用地の大規模宅地開発という旺盛な需要と公共交通の使命的なものが作用したのだろう。今ならわざわざ鉄道を敷かないような立地だ

○ 高師浜→羽衣:2202 普通「羽衣」

 同じ電車で来た道を戻る
<羽衣>

 南海に限らず普通鋼製の電車は減少傾向なので、見かけて撮れるなら撮っておこうの精神

○ 羽衣→関西空港:1502 空港急行「関西空港」

 速めに関空に到着。いといろ見たいものがある
<関空>
 さっさと検査場通過して定点観測

 まずはオーストリアのA330

 旅客型改造のエールフランスカーゴのB747−200SF。F−GCBD、1986年に就航して1997年まで旅客型として使用された。元々がコンビ機(貨客混載型)なので貨物機に改修し易かったのだろう、1997年に貨物型へ

 同じ機体。貨物型だが客室窓が全部残っているので、「CARGO」の文字がなければ貨物機とはわからない

 日本航空のB747−300、JA8183。2001年からリゾッチャカラーになってリゾート路線に就航

 ヴェトナム航空のB767−300ER、VN-A765。関空でないと見られないレア機

 キャセイパシフィックのA330。トライスターに変わって、中規模需要の路線はほとんどこのA330になった

 日本航空のMD−11、JA8588「オジロワシ」。B747−400では大き過ぎる、だが航続距離は必要、な路線が多かった関空では使いやすい機材だったろう

 乗り入れは関空のみ、B757自体がレアなロイヤルネパール

 タイインターのB777−300、HS-TKC。ちょっと前までMD−11やDC−10だったのに、バンコクあたりでもB777−300が投入される

 A300は殆ど見かけなくなって、A330に変わったのは大韓航空も同じか

 関空は三発機が多くて楽しいね。アリタリアのMD−11

 こちらは初号機のJA8580「エトピリカ」

 続いてもMD−11、フェデックス、N621FE

 中規模の機体ならもっと飛んでても不思議ではないが、あまり見かけなかったエールフランスのA340

 シンガポールのB777−200

 エヴァエアのB767−300ER、N602EV。リース機なのかアメリカ籍

 ユナイテッドパーセルサービス、UPSのB767−300ERF、N318UP。767も貨物型が増えてきて、B707やDC−8の貨物機をどんどん置き換えている

 ソウル、プサン、チュジュとディスティネーションが多い大韓航空は中型機をよく見る

 このA330、HL7588はワールドカップ2002のアドカラー機だ

 ロイヤルネパールB757のお帰り

 アシアナのA321

 国際線に短同型のB767−200を投入するところはそれほど多くない。中国国際航空のB767−200ER、B−2555

 これが目当てだった。アエロフロートのイリューシン96。サマースケジュールで関空便にIL96の文字を確認した時から今回の旅行の最終目的地が決まった。新しい飛行機だが、殆ど日本への定期便には充当されない。アエロフロートの旧カラー撮れて良かった

 東京への帰りはDC−10。1年ぶり2回目のDC−10だ

大阪・関西→東京・羽田:JL344 JA8549 DC−10 44A

 了